世界が終わる、次の日に。

佳乃

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紗羅 2

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 紗凪を意識してしまうとこの指で、この唇で愛されたのは自分だけではないのだと自覚してしまう。ただ、それを意識しても快感から遠ざかっていた身体はその指に、その唇に悦び、口にした欲望を叶えるための奉仕にあられもない声を抑えることはできなかった。
 紗柚がお腹に宿ってからは検診のための道具しか受け入れることの無かった秘部はその愛撫に泥濘み、差し入れられた指に過剰に反応してしまう。

 貴哉とは何度も何度も重ねた身体。
 離れていても私の良いところを忘れてはいなかったようで、気持ちの良いところを刺激されるたびに腰が動いてしまう。忘れていた快楽を与えて欲しくて「もう大丈夫だから、」と促し、久しぶりに受け入れた貴哉に少しの痛みを感じたものの、それにも勝る多幸感に翻弄される。

「たかや、」

 互いの名前を呼び合い、欲望をぶつけ合う。それ以外に部屋に響くのは嬌声と腰を叩きつける音だけで、甘い言葉は何もない。

 あれから何年も経っているのに、あの頃と同じように求めてくれることに私の中の【女】としての性が悦びの声を上げる。

「イクよ」

 腰を強く掴まれ、叩きつけられると同時に吐き出された白濁が私のナカを満たしていく。

「貴哉、嬉しい」

 奥で吐き出された白濁を全て受け入れたくて、貴哉が出て行かないように腰に足を絡めようとするけれど、その前に身体を離されてしまった。
 溢れ出てしまう白濁に淋しさを覚える。

「ごめん、」

 何に対してのごめんなのだろう。
 甘い言葉もなく抱いたことなのか、私のナカに精を注いだことに対してなのか。もしそうなら気にしないで欲しい。
 私こそ、それを望んだのだから。

「できないんだから大丈夫」

 もっともっと欲しくて、安心させるためにそんなことを言ってみる。これで終わりにしたくなんかなかったから。
 何度も何度も貴哉を受け入れ、その精で満たして欲しかったから。

「紗羅、変わってないね」

 そう言った言葉は褒め言葉として受け止める。異性の気を引くよう、【女】として見てもらえるように努力してきたことが報われた気がした。

「そう?
 あの頃より太ったし、子どもだって産んだのよ?」

 自虐の言葉はもっともっと自分を肯定して欲しいから。欲しい言葉や行為を貰えないなら、自分から貪欲に求めるしかないことを学習した私は欲しい言葉を口にするように貴哉を誘導する。

「でも…、変わらないよ」

「そう?
 貴哉こそ、変わらないね」

 欲しかった言葉を同じように返し、その身体に触れる。紗凪のしないような行動と言動で私の方が【良い】のだと思わせたくて、忘れていないとアピールしてみる。
 性的な意味を込めず下腹に手のひらを乗せ、「お腹も出てないし」と小さく笑うと「誰と比べてるの?」と不機嫌そうな声を上げるのは、きっと夫に嫉妬しているからだろう。

「あの頃の貴哉よ?」

 安心させるためにそう言った後に「夫とはこんなことしないし」と
 告げてみる。

「え?」

 驚いた顔を見せた貴哉と目を合わせず
「子供ができてからは夫と触れ合いはないの」と答え、夫婦の事情を赤裸々に伝える。

「子どもはひとりしか望んでなくても夫と触れ合いたく無かったわけじゃないのに、必要ないって言われて…何が悪かったのかわからないままで。
 私のことも、子どものことも大切にしてはくれるのよ?
 だけど、それだけじゃ満たされないものもあるって、夫は理解してくれないの」

 嘘は言っていない。

 行為はしたいけれど子どもができることは避けたいと、どちらかが処置をすることを望んだことを夫が拒んだことを言わなかっただけ。

『夫婦の触れ合いは必要ない』

 ではなくて

『処置をしてまで触れ合うことを望んでいない』

 が正解だけど、私にしてみれば同じようなことだ。ふたり目、3人目を望んでいないのだから夫がパイプカットをしたところで問題無いし、私がピルを飲んでも、避妊リングを入れても問題無い。自分の身体に負担を掛けず欲を満たしたいと思い、先に夫に処置を頼んだのが悪かったのだろうか。
 あの時、私が処置をすると伝え、夫が私の身体を気遣い自分が処置を受けると言わせるよう誘導しなかったことを今でも後悔している。

 もしも夫との行為があれば、夫が私を満たしてくれれば紗凪とふたりで映る写真を見せられても嗤えたかもしれない。

 孕ませられない男と孕むことのない男、お似合いだとその不毛な関係に溜飲を下げたかもしれない。

「夫婦って、案外そんなものなのかもね」

 答えに困ったのだろう。
 そんな無難な言葉を口にした貴哉に「でも、私だって【女】なのよ?」と本音が漏れる。【女】としての性を満たすために必要なのは心だけでは足りないのだから。
 臍の下に置いた手を下腹部に這わせて精を吐き出したばかりの反応していない陰茎に指を絡ませる。
 今でも戯れに指を絡める行為を喜んでくれるだろうか。

「大切にしてくれてるのは分かってるの。でも、それだけじゃないと思わない?」

 刺激を与えたことで反応を見せ始めたことに気を良くして愛おしむように指を絡ませ続ける。こんなふうに反応するのは貴哉だって私を欲しているからだろう。

「だから、満たされたいの」

 一度だけじゃ足りない。
 何度も何度も私を満たし、私を孕ませてくれたら良いのに。

 あり得ないからこそ望んでしまう、夢見てしまう貴哉との子どもは貴哉に似ると良いなと無意識に考える。紗凪によく似た、私によく似た顔は紗柚だけで十分だ。私に似た紗柚と、貴哉に似た子ならふたりとも平等に愛することができるかもしれない。紗柚に我慢させることなく、紗柚と共に慈しむことができれば家族みんなで幸せになれることだろう。

 この時に思い描いた家族の中にいたのは夫だったのか、貴哉だったのか…。

「あれから検査とかは?」

 ほんの少しの可能性に賭けて聞いてみる。もしも検査結果に変化があればもしかしたら、と考えてしまう。
 そんなことがあれば連絡が来ないはずもないのに望んでしまう貴哉との生活。だけど、私の望むような言葉を聞くことはできなかった。

「いくつか結果が届いたけど変わらなかったよ。自然妊娠は100%無理じゃないけどその可能性は限りなく低いって」

 少し落胆して、それでも本気で願ったことを口にする。

「あの時、赤ちゃんできてたら今も一緒にいられたのにね」

 そう言いながら絡ませた指を離し、貴哉の手を掴むと自分の下腹に押し当てる。

「ねえ、たくさんして欲しいの。
 もしかしたら…赤ちゃんできるかな」

 子どもができれば紗凪ではなくて私を選んでくれるかもしれない。
 叶うことのない願いを口にすることはしない。でも、想うくらいは自由だろう。

「できたら困るんじゃないの?
 旦那さんとしてないのに出来たらどう言い訳するの?」

「だって、出来ないんでしょ?」

 矛盾していることは分かっている。
 心では孕むことを望みながらも口では貴哉の傷を開くような言葉を口にしてしまうのは現実を見つめたくないから。

「でも、もっと欲しいの」

 まだまだ満たされない秘部に貴哉の手を導く。

「あの時みたいに、ね?」

 何も考えたく無かった。
 紗凪のことも、夫のことも。
 きっと終わらない世界のこともどうでも良かった。
 今はただ、貴哉との時間が永遠に続けば良いのにと願うことしかできなかった。

「飲みすぎて帰れなくなったって、後で連絡すればいいから。



 だから、


 沢山、して?」

 心からの願い。
 私のナカを満たして溢れないように蓋をすればもしかしたら…、そんな荒唐無稽なことを考えてしまう。

「紗羅が望むなら何度でも」

 その言葉に気を良くして「私が気持ち良くしてあげる」と言って貴哉に跨る。
 零れ落ちる白濁を再び受け止めるために貴哉を自分のナカに埋めていく。

「貴哉、」

 貴哉に抱かれているけれど、貴哉を抱いているつもりだった。

 時間も何も気にせず、ただただ欲望を満たすことに集中してベッドで、露天風呂で、何度も交わり合う。

 身体が汚れれば風呂で流し、そのままことに及び、のぼせそうになればベッドに戻りまた身体を重ねる。
 お腹が空いたらルームサービスを頼み、満たされればまた身体を重ねた。

 叶えられるならこのまま世界が終われば良いのにと願ってしまう。

 紗柚のことも、夫のことも、汐勿の家もどうでもよかった。
 あれほど憎いと思った紗凪のこともどうでもよかった。

 ただただ貴哉との時間だけが続くことを願い、このまま終わりたいと本気で思った。

 結局、私は貴哉のことが欲しかったんだ。
 汐勿の家を継ぐために【男性不妊】を理由に諦めたはずの貴哉を忘れることができず、汐勿の家を継ぎ、後継を産んだことで得たものは『こんなものか、』という虚しさ。
 こんなもののために貴哉を諦め、こんなことのために紗凪を陥れ、それで得たものが虚しさだったなんて認めたくなくて満たされているフリをする。

 私は幸せだから。

 ワタシノオモイエガイタシアワセハ、コレジャナイ。

 誰もが羨む生活を私は手に入れたのだから。

 ホントウハ、コンナセイカツダレモウラヤンデナイコトニキヅイテタ。

 これで貴哉と身体を重ねるのは最後だろう。この先、顔を合わせることすらできないのかもしれない。
 どのみち最後の日には家族と過ごすことになるし、貴哉だって結局は紗凪の元に帰るのだろう。

 紗凪は、私のことを知っているのだろうか。

 紗凪のことを【彼女】と呼び、大切なものとして扱っていた貴哉は部屋に戻れば私とのことを無かったことにして元の生活に戻るのだろうか。
 私を抱くように紗凪を抱き、孕むことのない紗凪を慈しむのだろうか。

 このまま世界が終われば良いのに。

 満たされないまま最後を迎える紗凪を嗤いながら、身体も心も満たされたまま最後を迎えることができたらどんなに幸せだろう。

 叶うことのない願望と分かっていても、それでも乞い願ってしまう。

 馬鹿みたいに獣のように交わり、何度も揺さぶられ続けたせいでいつしか気を失うように眠っていたのだろう。確実にあの頃よりも体力は落ちているのだ。
 自分の上げた甘い声で目を覚まし、貴哉に組み伏せられていることを幸せに思う。

 この時間が永遠に続けば良いのに。

 信じていなかった噂だけど、今この瞬間に終わりを迎えれば良いのにと願う。

 終わりの日まで、あと3日。

 その時、私は何を想っているのだろう。



 
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