世界が終わる、次の日に。

佳乃

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大輝 3

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「お久しぶりです」

 紗凪が返したのは定型の言葉。
 相手の意図が分からない以上無難な言葉を返すことしかできないのだろう。

『元気?』

「そうですね、変わりはないです」

『そうなんだ、』

 言葉だけなら久しぶりに連絡を取った親族との何気ないやり取りに聞こえるけれど、その会話はよそよそしく聞こえる。

『紗凪君、最後に帰ってきたのっていつだった?』

「え、いつだろう」

 義兄のした質問に素で答えながら考え込む紗凪を無視するように『世界が終わるとか言われてるけど、こっちには帰ってこない?』と質問の言葉が投げかけられる。

「そうですね。
 きっと終わらないだろうし」

『紗凪君もなんだ』

 小さな呟きの【も】というのが紗凪以外に誰を指しているかなんて決まってる。紗凪の話では噂に恐怖して貴哉を頼ったと言っていたけれど、それはきっと貴哉の気持ちを自分に向けるための虚言だったのだろう。今までの話から伝わってくるのは紗羅の気の強さで、オレが送った写真でふたりの関係に気付いていたはずなのに静観していたのは【何か】機会を待っていたのかもしれない。

『紗凪君は帰省もせずに何してるの?
 仕事してるの?』

「そうですね。
 普通に仕事してますよ」

『そっか、』

 淡々と続く会話。

「紗柚君は元気ですか?」

 その言葉に一瞬戸惑う様子を見せた義兄だったけれど、その戸惑いはすぐに消え去りその口調は嘲るようなものに変わったように聞こえた。

『紗羅ちゃんのことは聞かないんだ?』

「え、」

 今度は紗凪が戸惑う様子を見せるけれどすぐに気を取り直し、言葉を続ける。

「母から連絡があって、その時に義兄さんと紗柚君は実家に戻ってるって聞いてたので、」

『あ、そうなんだ。
 そうなんだよ、紗羅ちゃんは来てないんだよね。紗凪君は知ってただろうけどね』

 そう言った義兄の声は明らかな嘲を含んでいて、不安そうな顔でオレを見た紗凪が動揺しないようにと無言で首を振りながら〈挑発に乗るなよ〉と打ち込んだスマホの画面を見せる。
 明らかに紗凪から決定的な言葉を引き出そうとしている彼は、どうやら色々と気付いているようだ。

「そうですね。
 母から姉は着いていかないと聞きましたから」

『本当にそれだけ?』

「ボクと母が話した時には義兄さんと紗柚君は実家に泊まりに行ってるって聞いただけですよ?」

 一方的に打ち込んだ言葉を見せるだけでは埒が空かないと思い、物件をプリントアウトしたものを裏返し、メモをすることがあればと持ってきていたシャーペンを紗凪に渡すと自分はボールペンを手に持ち、[イヤな感じ]と書いてそれを紗凪に見せる。
 スピーカーにしてあるせいで両手の空いている紗凪とコミュニケーションを取るには筆談は有効だ。

『そっか。
 まあ、それならそれで良いけど。
 ところで紗凪君の同居人はそこにいるの?』

 突然探られた自分の存在にちょうど良いと思い[いるって言って]と書いたけれど、紗凪は「同居人ですか?」と聞き返す。
 実家に知らせている住所はここの住所だし、貴哉と同棲していたことを伝えたのはオレにだけだったはずだ。だったらオレのことをそのまま伝えれば良いのに【同居人】と言われて貴哉を思い浮かべてしまったのだろう。

『そう、同居人。
 一人暮らしじゃないよね』

[オレのこと言って]

 怪しまれないようにと思いながら、もう一度ペンを走らせる。明らかに含みを持たせた言葉は貴哉と紗凪の関係を、貴哉と紗羅が今一緒にいることを知っていることを匂わせているのだろう。
 そうじゃなければこんな時に電話をかけてきた理由が説明できない。

「そうですね。
 同居人ならいますけど、ここには居ませんよ?」

『居ないって、不在?』

「それ、義兄さんに何か関係ありますか?」

 紗凪もそれに気付いたのだろう。
 誘導するような言葉に不快感を露わにする。

[遠回しにお姉さんのこと聞こうとしてるんだろうな]

[そうだと思う]

[あの部屋でひとりで過ごしてると思ってるのか?]

 何度か交わされた文字でのやり取りに「たぶん」と小さく答えた声に義兄の声が重なる。

『いや、ひとりで淋しいんじゃないかと思って』

「淋しくなんかないですよ?
 仕事中は同じ部屋だし、何なら食事も一緒だし」

 嘲るような言葉に紗凪が答えた時に何か呟いていたけれど、その言葉を聞き取ることはできなかった。

「ボクのことより紗柚君はそこに居ないんですか?」

 ほとんど会ったことはないはずだけど甥のことが気になるのか、もう一度その名前を口にする。もしも同じ部屋でこの話を聞いていたとしたら父の口調に不安を感じるかもしれない。
 
『紗柚は両親の部屋で寝るから。
 今はまだ兄の部屋でゲームかな?
 紗羅ちゃんは楽しんでいるだろうから僕だって息抜きしても良いんじゃないかな』

「そうなんですね。
 ところで要件って何だったんですか?」

 自分から確信に触れようとする紗凪に思わず「馬鹿、」と声を上げてしまったけれど、その声に気づかなかったのか義兄が楽しそうな口調で話し出した内容は胸糞の悪い話だった。

『要件、要件っていうか、責任の追求?
 紗凪君のせいで僕たちの家族はバラバラになるんだよね』

 不穏な言葉を楽しそうに口にして『紗凪君は紗羅ちゃんのことが嫌いなの?』と続ける。
 家族がバラバラになるという言葉の意味がわからずふたりで顔を見合わせるけれどそれには触れず、紗凪が質問に答える。

「嫌いというほど接点はないですよ、正直なところ」

『あ、違うか。
 好き過ぎるのかな、お姉さんの元婚約者と寝ちゃうくらいだから』

 その言葉は衝撃的だった。
 貴哉と紗羅が一緒に過ごしていることも、貴哉と紗凪の関係も知っていると分かる言葉だけど言い方に悪意を感じる。彼が何を言いたいのかは分かるけれど、それと家族がバラバラになるのは関係無い。
 紗羅の家族の問題は家族間で解決するべきことだ。

「寝ちゃうって、」

『寝るって言葉が嫌なら…お姉さんの元婚約者とセックスするくらいだから紗羅ちゃんのこと、大好きなのか「何言ってるんですか?」』

 あまりの下品な勘繰りに紗凪が声を荒げる。オレも上げそうになった声を抑え、紗凪にかける言葉を考える。

『まだ惚けるつもり?
 昨日はホテルから動かなかったし。あっちはあっちで楽しんでるんだから紗凪君がヤキモチ妬くのも仕方ないよね』

「何言ってるのか分からないです」 

 煽る言葉に冷静に答えようとする紗凪をよそに義兄は言葉を続ける。

『あ、家族には内緒のつもりだったのかな?でもすごい神経だよね、自分のお姉さんの元婚約者とセックスするとか、紗凪君は紗羅ちゃんになりたかったの?』

 揶揄する言葉に気分が悪くなるけれど、当事者の紗凪はその言葉がショックだったようで顔色が悪く、指先が震えだす。

[落ち着いて]

 そう書いて震える指先を包み込むように自分の手を重ねる。口を挟まれることを望んでいないのだから側で見守っているからと態度で伝えることしかできない。
 オレの書いた言葉を見て少しだけ落ち着いたのか、指先の震えがおさまる。

「何か誤解していません『写真があるんだよ』」

 義兄が口にした【写真】という言葉に動揺したせいで重ねた手に力が入ってしまうけれど、【写真】の存在を知らない紗凪には落ち着かせるための行動だと伝わったはずだ。

「写真、ですか?」

『そう、紗凪君と紗羅ちゃんの元婚約者が写った写真。
 何枚あるのかな、紗凪君、女の子みたいな顔してるよ?
 そんなにこの人、上手いの?』

 紗凪の動揺を悟ったのか、執拗に繰り返される下品な言葉。
 紗羅に送った写真が彼女以外に見られることを想定していなかったせいで、義兄がそんなことを想像してしまうような写真を送ったことを後悔したくなる。

 写真を送り続けたことで紗羅が動き出したことに後悔はないけれど、そんな想像をした義兄が許せない。だって、彼も紗凪のことを性の対象として見ているということだから。

『あ、でも何枚かは紗凪君の顔、傷だらけだったけどね。紗羅ちゃん、相当怒ってるみたいだよ』

 クスクス笑いながら告げられる紗羅の行動は期待した通りのものだったけれど、義兄に見られたのは誤算だった。
 どんな保管の仕方をしていたのだと舌打ちしたいのを堪える。

『何が良かったの?
 テクニック?
 大きさ?
 優しさなら僕だって優しいと思うんだけど、紗羅ちゃんは満足できなかったみたいなんだ。まあ、僕は所詮種馬だったみたいだけど』

 あまりにも下品な言葉に[切るか?]と書いて紗凪に見せるけれど、首を横に振りそれを拒否する。

[切ったらまた掛かってくるから]

 そう書いた紗凪は、耐えるようにそっと溜め息を吐いた。
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