世界が終わる、次の日に。

佳乃

文字の大きさ
90 / 128
that day

紗凪

しおりを挟む
「………」

 僕が落ち着いたのを見計らいそっと身体を離した大輝を無言で見つめていると、「そんなに見られると恥ずかしいんだけど」と言いながらゴムを外す。

「なんか、慣れてない?」

 思わずそんなことを言ってしまい後悔する。当たり前だけど大輝には大輝の積み重ねてきた時間があって、ボクにはボクの積み重ねてきた時間があって…。
 学生の頃から大輝の彼女だって見てきたし、大輝だってボクの彼女を見てきた。
 あの頃はお互いにそれが普通だったのに、今ボクが思い浮かべてしまうのはこの家で同じ時間を過ごしていた彼女のことだった。

 学生の頃の軽い付き合いとは違い、将来を見据えて付き合っていた彼女ともこうやって身体を重ねていたのかと思うと嫉妬する気持ちを抑えることができなくて、彼女も大輝のこんな姿を見ていたのかと思うと目の前にある肉のついていない脇腹を抓りたくなってしまった。

「ちょ、紗凪。
 痛いって、」

 抓りたいと考えていただけのつもりだったのに無意識に手が伸びていたようで、痛いと言いながらも嬉しそうな顔を見せた大輝が「何、ヤキモチ?」と笑う。

「そんなんじゃないし、」

 そう言いながらも手慣れた様子で片付けを終えてボクの隣で横になった大輝に身体を寄せ、「面白くないだけ」と言ってみる。

「だからそれ、ヤキモチでしょ?」

 何がそんなに嬉しいのか、身体を寄せたボクを抱きしめると「何が気に入らなかった?」と揶揄うような言葉を口にする。

 手慣れた様子でゴムを外すのが気に入らない。

 すぐにゴミを捨てることのできる位置にあるゴミ箱も、サイドテーブルのティッシュも気に入らない。

 ボク以外がその姿を知ってることが気に入らない。

 思いが通じただけで良かったと思ったのに、身体を重ねて幸せだと思ったのに、それなのに欲張りなボクは今のボクと同じ場所で、同じ角度で大輝を見た相手がいることが面白くないと思ってしまう。
 大輝の今までの相手に嫉妬しても仕方がないと分かっているけれど、頭では分かっていても感情が追いついていかないのは仕方がないことなのだろう。

「紗凪だって、彼女相手にモタモタしてるとこなんて見せたくなかっただろう?」

 慣れていると言った言葉に対しての答えは確かに身に覚えがあることだけど、それはそれ、これはこれ。
 感情的になりながらも学生の頃のことを思い出せば、ボクの部屋だってサイドテーブルはなかったものの手の届く範囲にティッシュもゴミ箱も置いてあったことを思い出す。

「分かってるんだけど…面白くない」

 手の届く範囲にティッシュやゴミ箱があるのは普通のことだし、ことを及ぶためだけに置いてあるわけじゃないなんて本当はちゃんと分かっているけれど、それでも自分勝手な想いを消化しきれずにそう言い訳すると「オレだって、きっと一緒だよ」と大輝が笑う。

「色んなことに後悔ばかりだし、今だってあの人と比べられないように、あの人よりも好きになってもらえるようにって思ってる」

 ピロートークで過去のパートナーのことを持ち出すなんて本来ならばタブーなのだけれど、ボクたちの前にあるその壁は越えるか壊すしかないのだろうというのはきっと共通の認識。

「たらればの話をしても仕方ないけど、あの時逃げなければって、ずっと考えてた」

「ボクだって、あの時に簡単な方に逃げずにちゃんと部屋を探してたらって何回も後悔した」

 大輝の言葉にボクも素直な気持ちを伝える。彼女の存在に傷付き、淋しさを紛らわせるために貴哉を頼ったけれど、あの時に淋しさに負けなければ少なくとも貴哉と付き合うことはなかったはずだ。

「あのままこの家で過ごしてれば紗凪が傷付くこともなかったのにな、」

「そうかもしれないけど、それでもいずれはここを出ることになったと思うけどね」

「そっか、」

 もしも世界が終わるだなんて噂が無ければ大輝と彼女はあのまま同じ時間を過ごしていたはずだ。

 ボクと貴哉だって、その関係は変わらなかっただろう。
 引きずられて、恐れや恐怖から派生した感情ではあったけれど、【好き】という気持ちは純粋なものではなくても、それでもボクは貴哉が離れないかぎりあの場所に居続けたはずだ。

 姉だって、あの噂が無ければ貴哉と会う時間を取ることができず、気にしつつもいつかは貴哉のことも、貴哉への想いも風化していってはずだ。

 それぞれの今までとこれからを想像しながら身体を寄せ合い、思いついたことを言い合う心地よい時間が過ぎていく。

 別の相手と過ごしていた頃の話をしてヤキモチを妬き、宥めるように唇を重ねることを繰り返すうちにもう一度身体を重ね、別の相手の名残を感じてしまいまたヤキモチを妬く、なんてことを馬鹿みたいに繰り返す。

 思ったことを言い合い、気持ちを確かめ合い、欠けていた時間を埋めていく。

「このまま世界が終わればいいのに」

 何度も言葉を交わし、何度も身体を重ね、事後の気怠さを楽しみながらそんなことを言ってみる。
 今、この瞬間に終わることができたら多幸感に包まれながら終わることができるだろう。

 だけど、そんなことを考えながら言った言葉は即座に否定される。

「え、普通に嫌なんだけど」

 ボクの言葉を否定した大輝はそう言うと「せっかく紗凪と好き同士だって分かったのに、これで終わりとか、あり得ないし」と不満気な顔を見せる。

「でも、こんなふうに幸せな気持ちのまま終われたら幸せじゃない?」

「こんな気持ちがずっと続いてた方が幸せじゃない?」

 揚げ足を取るわけではなくて、ボクの言葉をさらなる幸せへと導いていく。

「朝起きて、隣にいる紗凪におはようって言って、一緒に食事して、仕事して」

「何で隣なの?」

「え、だって、一緒に寝るだろう?」

 ストレートな言葉に照れてしまい「ベッド買ったし」とついつい言ってしまうけれど、嬉しくて頬が緩むのを隠すようにその胸に顔を押し付ける。

「あれは…その場しのぎ?
 紗凪が落ち着くまでは言うつもりなかったし」

「いつかは言うつもりだったの?」

「当然」

 そう言った大輝は「もう絶対に逃す気はなかったし」と不穏なことを言う。

 後になってこの言葉の本当の意味を知らされるのだけれども、この時のボクは大輝の重さにまだ気付いていなかった。

 それは、自分の居場所を失ってばかりいたボクには幸せな重さで、その片鱗はこの時からもう見せてていたのだけど、大輝との時間に夢中だったボクはそれに気付かず、ただただ幸せな時間が過ぎていく。

「今、何時?」

 時折確認する時間はいつの間にか進んでいて、ボクが何度目かにそう聞いた時に大輝がボクを抱きしめて「終わらなかったよ」と囁く。

「え?」

「日付、変わってる」

 何度も何度も愛し合い、心地よい疲労と共に眠りにつき、目が覚めればまた愛し合う。
 そんなことを繰り返しているうちに終わりを迎えることなく、新しい1日が始まっていたようだ。

「終わらなかったの?」

 このままふたりで重なり合って終わってもいいと思っていたのに、終わらなかったことが嬉しくて自分でも時間を確認する。
 確かに日付は1日進み、新しい1日が始まったことを告げていた。

「だから言ったじゃん、終わらないって」

「そうだったね」

 終わってしまえば煩わしいことから解放されると思いながらも、本当に終わってしまうのが怖かった。
 
「本当は、ひとりで終わるのが怖かったんだ」
 
 終わらなかったことで安心したせいで本音が漏れる。

「だから、少しだけ意地悪したくてここに来たのに…」

「来てくれて良かった」

「ボクが来なかったらひとりで終わるつもりだったの?」

「信じてなかったから、少し我慢すれば紗凪に会えると思ってた」

「終わってたら会えなくなってたよ?」

「でも、紗凪が幸せな気持ちのまま終われるなら良いと思ってた」

「終わらなかったけど…、終わらなかったから幸せだよ」

 貴哉が姉を選んだと告げられた時にボクの世界は終わったと思っていた。

 家族の中に居場所がない気がして、大輝にも必要とされなくて。
 ボクを欲しがってくれると思っていた貴哉はボクを【紗羅】の身代わりにしていただけで、最後には本物を選んだ。

 自分の世界が終わってしまったから大輝と彼女の最後に少しだけ割り込んでやろうと意地悪な気持ちできたここで、ボクの世界が終わっていなかったことに気付かされるなんて思ってもいなかった。

「紗凪、オレのところに来てくれてありがとう」

 ボクの顔を覗き込み、枕元のティッシュを取り涙を拭いてくれる。意地悪な気持ちで来たのにそんなふうに言われてしまうと少し居心地が悪い。

「意地悪しに来たんだけどね、本当は」

「それでも、最後に会いに来てくれようとしたのが嬉しい」

 ボクの言葉に大輝が嬉しそうな顔を見せ、「最後じゃないけどね」と笑う。

「とりあえず、新居探しから始めないとな」

 世界が終わらなかったことで始める新しい日々に思いを馳せる。

「やっぱり温泉地?」

「紗凪とふたりならどこでも良いんだけどね」

「じゃあ、沖縄?」

「北海道は?」

「寒いのは苦手かな、」

 ポツリポツリと交わされる会話。

「どこ選んでも、ずっと一緒だから」

 心地よい声を聞きながら、気づけばボクは大輝も胸の中で眠りについていた。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

元カレの今カノは聖女様

abang
恋愛
「イブリア……私と別れて欲しい」 公爵令嬢 イブリア・バロウズは聖女と王太子の愛を妨げる悪女で社交界の嫌われ者。 婚約者である王太子 ルシアン・ランベールの関心は、品行方正、心優しく美人で慈悲深い聖女、セリエ・ジェスランに奪われ王太子ルシアンはついにイブリアに別れを切り出す。 極め付けには、王妃から嫉妬に狂うただの公爵令嬢よりも、聖女が婚約者に適任だと「ルシアンと別れて頂戴」と多額の手切れ金。 社交会では嫉妬に狂った憐れな令嬢に"仕立てあげられ"周りの人間はどんどんと距離を取っていくばかり。 けれども当の本人は… 「悲しいけれど、過ぎればもう過去のことよ」 と、噂とは違いあっさりとした様子のイブリア。 それどころか自由を謳歌する彼女はとても楽しげな様子。 そんなイブリアの態度がルシアンは何故か気に入らない様子で… 更には婚約破棄されたイブリアの婚約者の座を狙う王太子の側近達。 「私をあんなにも嫌っていた、聖女様の取り巻き達が一体私に何の用事があって絡むの!?嫌がらせかしら……!」

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

君に不幸あれ。

ぽぽ
BL
「全部、君のせいだから」 学校でも居場所がなく、家族に見捨てられた男子高校生の静。 生きる意味を失いかけた時に屋上で出会ったのは、太陽に眩しい青年、天輝玲だった。 静より一つ年上の玲の存在は、静の壊れかけていた心の唯一の救いだった。 静は玲のことを好きになり、静の告白をきっかけに二人は結ばれる。 しかしある日、玲の口から聞いた言葉が静の世界を一瞬で反転させる。 「好きになられるからあいつには近づかない方がいいよ。」 玲に対する感情は信頼から憎悪へと変わった。 それから十年後。 静は玲に復讐するために近づくが…

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

幼馴染を溺愛する旦那様の前からは、もう消えてあげることにします

睡蓮
恋愛
「旦那様、もう幼馴染だけを愛されればいいじゃありませんか。私はいらない存在らしいので、静かにいなくなってあげます」

裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……

希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。 幼馴染に婚約者を奪われたのだ。 レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。 「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」 「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」 誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。 けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。 レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。 心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。 強く気高く冷酷に。 裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。 ☆完結しました。ありがとうございました!☆ (ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在)) (ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9)) (ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在)) (ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))

処理中です...