世界が終わる、次の日に。

佳乃

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after that

大輝 2

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 自分の気持ちを整理するように、自分の想いを捨て去るように呟き続ける紗凪は、オレに身体を預けながらもその存在を認めているのかいないのか分からない状態が続いていた。

 抱き寄せた腕を嫌がらず、身体を預けたままなのは安心するからなのか、それともそんなことを感じる余裕さえもないのか、静かに涙を流しながら呟くことをやめない。

 時々耳に届くその呟きは自分を否定する言葉ばかりで、ほろほろと涙を溢し続ける。
 嗚咽も慟哭も無い、ただただ静かに涙を溢し、ただただ静かに言葉を溢し続けるだけ。

「どうすればよかったのかな」

「どこからやり直せばいいのかな」

「ボクは、いらない子?」

「どこで間違えたのかな」

 その疑問に答えたいけれど、紗凪の欲しい答えが何かを考えても自分に都合のいい言葉しか思い浮かばず無言のままその背中を摩り続ける。

「大丈夫だから」

「オレがいるから」

 そんなありきたりのことしか言えず、抱きしめ続けることしかできない自分を不甲斐なく思いはするものの、オレしか頼る相手のいないこの状況に満足していることを否定することはできない。

 このままずっと、こうしていられたらいいのに。

 そんなことを考えているうちに泣き疲れて眠ってしまったのか、否定的な言葉は聞こえなくなり、静かな息遣いだけが聞こえてくる。
 流石に意識のない紗凪を寝室まで運ぶのは無理で、仕方なくソファに横たわらせて毛布を取りに行くと、オレが離れたせいで寒かったのか、無意識に身体を丸めた紗凪が一段と小さく見えて包み込むように毛布をかけ、その傍に座り込む。

「紗凪はどうしたい?」

 意識のない紗凪にそう話しかけ、これからのことを考える。

 きっと、これで連絡が途絶えることはないだろう。次に連絡が来るのは母親からなのか、紗羅からなのか。
 そういえば義兄は何をしているのかと考え、あの時に義兄の連絡先は拒否したのだったと思い出す。

 こちらに来る様子のない義兄は何か知っているのだろうか。

 食事の支度をしようとしていた時に電話が入ったため空腹を感じたものの、食事を作る気になれず、眠ったままの紗凪を確認して家を出る。
 少し迷ったものの、自分のスマホと共に紗凪のスマホも持って出たのは静寂を壊されたくなかったから。

 紗凪のスマホは通信機器としてはほとんど機能しておらず、俺以外から連絡が来ることはまず無かったから油断していたけれど、攻撃は不意に来るものだと気付いてしまったから放置しておくわけにはいかない。

 近くのコンビニで適当にすぐに食べられるものを買い込み部屋に戻ると出た時のままの紗凪の姿勢に安心する。
 紗凪が起きた時にと買ってきたものをテーブルに並べ、自分のために買った缶コーヒーを開け、それを飲みながらこれからの計画を立てていく。

 居場所を知られることはないだろうけれど、紗凪への連絡を止めることはできないだろう。だったら連絡先そのものを無くしてしまおうか。
 紗凪のスマホを解約して新しいものを用意すればその存在を知るのはオレだけになる。
 そうすれば紗凪はオレだけのものになったと思ってもいいだろう。

 問題は紗凪の気持ちで、姉である紗羅との関係は拗れてしまっているけれど、両親や祖父母との関係を断つ事は望まないかもしれない。
 姉弟の縁は切れても親子の縁を断ち切るのはなかなか難しいだろう。

 考え続け、どのくらい時間が経ったのだろう。手元に置いた紗凪のスマホが着信を告げた。

【母】

 表示された名前は母親のもので、紗凪を起こすのを躊躇っているうちに留守電につながる。

 勝手に出るわけにもいかず、通話の終了を待つけれどなかなか終わらない。そして、終わったと思ったらまた同じように着信を告げる。
 母親からの着信に勝手に出ることはできず、それでも内容が気になってしまいその内容によっては紗凪を起こそうと、通話が切れた時点で留守電を再生してみる。

『紗凪、貴哉どこにやったのよ?
 あんた達、どこにいるの?
 貴哉のこと、出しなさいよ』

 聞こえてきたのは女性の声だったけれど、数時間前に聞いた声とは違うものだった。

 怒りに任せた声は母親のものではなく紗羅のもので、『何言ってるの?』『紗羅、落ち着け』と両親が宥める声に『紗凪が貴哉のこと隠してるのよ』と紗羅の声が被さる。
 紗羅から連絡が来ない事を不思議に思っていたけれど、連絡をしてこないのではなくて、連絡をすることができなかったのかもしれない。
 命に別状はなかったけれど、スマホが手元になかったのか、使える状態ではなかったのだろう。

『紗凪が隠してるから連絡が取れないのよ。勝手に引越しまでして、紗凪、どこにいるのか教えなさいっ!』

 一方的な言葉と宥めるような声。
 しばらく続いたそれは録音時間の制限に阻まれたのか、唐突に終わりを告げる。もう一件残された留守電も同じように再生するとだけど、再び紗凪を問い詰める言葉が再び聞こえてくる。

『貴哉のこと呼びなさいよっ。
 あんたなんか、子供も産めないくせにっ!!』
 
 その言葉がきっかけだったのだろう。『子供って、なんのことだ?』『ちょっと、紗羅』『お前、知ってたのか?』そんな言い争いのような声が聞こえ、通話は終了した。

「子供?」

 思わずそんな言葉が漏れる。
 紗羅の口から出た【子供も産めないくせに】という言葉は紗凪にとっては当たり前のことで、だけどそれは貴哉相手では紗羅にも不可能に近いことだったはずだ。それなのにあえて【子供】という言葉を使うことに疑問を感じ、その後に聞こえた会話に違和感を感じる。

 紗羅がひとりでこちらに来たのは何故なのか。

 紗凪に執拗に貴哉の居場所を問うのは何故なのか。

 そして、【子供】という言葉に対する両親のリアクションは何なのか。

「まさか、な」

 考えて導き出した答えは紗羅のお腹に新しい命が宿っているというとで、あの時の義兄の言葉を信じるとすればそれは夫婦の間に宿ったものではないということだった。
 世界が終わるかもしれないと言われる中で再会したふたりに何も無かっただなんて、誰も信じないだろう。だけど、ふたりが別れた理由を考えると、その時に孕んだと結論付けるのは難しい。

 眠ったままの紗凪と沈黙したままのスマホ。
 何かを知っている様子の母親。
 そして、何も知らなかった様子の父親。

 家族の会話を聞いてしまったことに罪悪感を感じながらも話の先が気になってしまう。
 紗羅は何をしているのか。
 紗羅は何がしたいのか。

 続けて電話がかかってくるのではないかと待っているものの、スマホは沈黙を守ったままだった。

 消してしまおうか。
 紗羅の言葉に紗凪が惑わされることが気に入らなくて履歴も留守電も消してしまおうかと考える。
 履歴を消して、録音された紗羅の声も消して、家族からの連絡が繋がらないようにブロックをしてしまえばこんな不快な連絡は無くなるだろう。
 ただ、連絡が来ないことを紗凪が気にしないわけはないと思い、それを諦める。

 何か方法はないかと考えながら、それでも【子供】という言葉が気になり完全に連絡を断つことは悪手ではないかと考える。
 いつかは家族とも連絡の取れない状況にしたいとは思っているけれど、今はまだその時ではない。

「大輝?」

 その姿を見守っていたつもりがオレもいつの間にかウトウトしていたのだろう。紗凪の声で目が覚め、「風邪ひくよ」と笑われる。
 自分には毛布を被せてくれたのにどうしてもオレは毛布を被らないのかと呆れた口調で言うけれど、その笑顔は曇って見える。
 留守電が入っている事を告げるべきだと分かっているけれど、寝起きの紗凪には刺激が強いのではないかと悩み、出た言葉は「お腹空いてない?」という間抜けなものだけだった。

「ごめん、ご飯作るところだったのにね」
 
 自分の置かれた状況に気付いたのだろう。時間を確かめようとして手元にスマホが無いことに気付き、それを探す。
 言わなければしばらくは着信や留守電に気づかないかもしれないと思いながらも、またかかってきた時に話が拗れても困ると思い「電話、かかってきてたよ」と告げる。

「母さんから?」

「違う。
 留守電入ってる」

 オレの言葉で何かに気付いたのか、「大輝は聞いた?」と不安そうな顔を見せる。

「ごめん、気になって」

 正直に聞いてしまったことを告げ、母親からではなくて紗羅からだったことも告げると「着いたんだ」とポツリと答えた紗凪は両親が無事に病院に着いたことに安堵しているのか、これから起こることへの不安なのか、その表情は明るいとは言い難い。

「姉さん、大丈夫そうだね」

 オレの言葉で紗羅が話せる状態だと知り、その様子で大事は無いのだと理解したものの、留守電を聞く気にはなれないようで「お腹空いた」と言いながらテーブルに並べられたものに手を伸ばす。
 
 現実と向き合うために心の準備をしたいのかもしれない。

「温かいもの食べる?
 カップラとかも買ってあるからお湯沸かそうか?」

「温かいもの、飲みたい」

 そう言ってテーブルの上のおにぎりを手に取るけれど、海苔を巻くとそのまま動きを止めてしまう。

「お茶入れるから先に食べてて」

 動きを止めた紗凪をそんな風に促してからお茶を淹れるけれど、おにぎりを持ったまま動かないのを見て隣に座ると適当に選んだパンを開ける。

「ほら、紗凪も食べな」

 普段、紗凪が好んで食べている菓子パンをちぎり、口元に持っていく。反射的に開いた口にパンを入れれば素直に咀嚼する。
 きっと無意識の行動なのだろう。

 口元に運べば素直に口を開くのが面白くて何度も繰り返すと「おにぎり、食べれない」と不満を漏らすため少し安心する。
 手に持ったままだったおにぎりを食べる気になったのなら食餌の必要はないだろう。

 ゆっくりとおにぎりを口にする紗凪を見ながらどうすれば良いのかを考えるけれど、何をすれば良いか思いつかずゆっくりと食事を続ける。

「姉さん、貴哉に会いに来たんだよね」

 紗凪がそう言った時、置いたままにしてあったスマホが再び着信を知らせた。

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