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義兄 2
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待ち合わせたのは父のお気に入りの洋食屋で母と来たこともある店。
デリカシーがないと思わないでもないけれど、半個室で箸で食事のできるこの店は〈あの子〉の緊張をほぐすには良いのかもしれない。
母との記憶は薄れつつあるのだから新しい思い出で塗り替えるのも悪くないだろう。
そんなことを考えながら父との会話を楽しんむ。
母の話をしなくなったのはいつからだったか。亡くなりかたが亡くなりかただっただけに他人の口から母の話題が出ることも少なくその存在は徐々に薄れていった。
父も内心は母との関係に疲れていたのだろう。俺の〈あの子〉を思う気持ちを自分の義母への想いだと勘違いしたまま仲を深めていったのは僥倖だ。
「彼女も死別?」
約束の時間まではまだ時間があるため失言を防ぐために父に聞いてみる。
「存命だよ。交流もあるみたいだし、子どものことも大切に思ってる。
ただ、彼女と子どもの生活よりも自分の生活が大切だったらしい」
〈自分の生活〉とはどんな生活かは敢えて聞かなかったけれど彼女が我慢できなかった〈自分の生活〉がなんとなく推測できてしまい互いに苦笑いを浮かべながらもどうやら〈緩い〉らしい〈あの子〉の父親に感謝する。
貴方のお陰で俺は欲しいものを手中にできるのだから。
会食は穏やかに進んだ。
〈あの子〉は俺のことを覚えていない様子だったけれど、たった一度幼い頃に会った俺を覚えていないことは普通の事だ。覚えていて執着している俺がおかしいのだ。
「はじめまして、弟君。
僕は君の兄になる真秋(まさあき)です。
名前、教えてくれる?」
一番最初に言った俺の言葉。
その言葉に少し緊張して返してくれる〈あの子〉。
「はじめまして、渉(わたる)です」
小さな口から紡ぎ出される言葉が愛しくて「渉、ね」と思わず反芻してしまう。
「渉君、来年から高校生だったよね?」
義母から聞いた情報を交えはなしを続ける。
「そうです。真秋さんは?」
「僕は今、2年。そうなると一緒に過ごせるのは1年ちょっとかな」
渉に名前を呼ばれたことに喜びを感じずにいられないのだけど、それを悟られないようその口から情報を引き出していく。
一緒に過ごせるのは1年ちょっとと言った時に少し淋しげな顔をしたのは俺の願望の見せた幻影だろうか?
「とりあえず座ろうか」
父の言葉に渉と向かい合って座る。
身長は背の低い義母に似たのかそれほど高くなく、その容姿も幼いときの印象通り義母とよく似ている。髪を伸ばせば女性と間違われそうな容姿と華奢な体型。
思い描いていた〈あの子〉よりも数倍好みの渉が目の前で話し、食事をする姿を見るだけで様々な感情が湧き上がる。
独占欲。
執着心。
庇護欲。
そして情欲。
「渉君は高校はどこ目指してるの?」
話の流れから俺の通う学校の話になったついでに渉の志望校を聞いてみる。
義母から聞いた通りの工業高校だということを確認すると少し安堵してしまう。
工業高校なら女子が少ないため悪い虫が付く可能性が低くなる。
俺のような嗜好の人間がいないとは言えないけれど、それを防ぐ術は色々と有る。
「工業高校なら上位にいたら大学の推薦だって取れるんだったね、確か」
俺たちの話を聞いていたのだろう。
父が口を挟む。確かに進学してくれた方が一緒に過ごす時間は増えるだろう。
「進学は考えてませんから」
「そうなの?」
即座に否定した渉の言葉にこちらも条件反射で聞いてしまう。
「ですね。あまり勉強好きじゃないし」
「そっか。でも進級したばかりだし、ちゃんと決めるのはこれからだね」
まだ時間はある。
まだまだこれからだ。
穏やかに食事が進み、その日はその場での解散となった。父も義母も車で来ていたため現地解散だ。
その時に夏休みを目処に引っ越してくる事、通学は少し遠くなるけれど幸い父と義母の職場の通り道になるため朝は義母の車に便乗させてもらう事になること。帰宅時間が違うため父と義母は同じところに行くのに別々に通勤する事になる。下校時は迎えに行けないため帰宅時は徒歩になるのが心配だけど、渉は朝歩かない分運動になると全く気にしていないようだ。
夏休みを心待ちにするなんて初めての経験かもしれない。
夏休みに入りすぐに越してきた義母と渉だったけれど、その荷物の少なさに驚かされた。
家具はこちらで用意する、と言うか義母は父と寝室を共にするし洗面所で化粧をした方が効率的だからと化粧台なども必要ないと化粧箱ひとつ持ってきただけだった。衣類はそれなりにあるようだけど、それは2人の寝室のクローゼットに収めるのだろう。
渉の荷物も多くない衣類とゲーム機。
勉強机を満たしたのは学校の勉強道具と〈時間を拘束されたくない〉という理由で選んだタブレット学習で使うタブレット端末。
1人の時間を消化するためのゲーム機とソフトは部屋にあるテレビに接続しておいた。
本棚は用意したけれどお気に入りだという本を入れても少し大きい本棚にはまだまだ余裕がある。
それでも話をしていると学力はそれなりに高いようで大学進学を見据えてもいいのにと他人事ながら思ってしまう。高卒で就職するとなると18歳。18歳で成人となったけれど長い人生のまだまだ入口だ。就職、進学、その後の人生を考えれば選択肢はたくさんあった方がいい。俺は色々と画策する。
とりあえずは毎日の生活に慣れてもらうことから始めようとあれこれ世話を焼くことにしてみた。
父との2人暮らしが長かったため家事に困ることはない、というより〈あの子〉との生活を思い描いて邪魔者が入らないよう、ただそれだけの為に家事スキルを身につけたのだ。
家事のために〈あの子〉以外の他人が家に入り込むなんて到底許せることではない。
不確かな未来の為に何でそこまでできたのか自分でもその執着心に呆れるけれど、それらは無駄ではなかったのだから良しとしよう。
俺が家事スキルを上げるきっかけとなった母の死はとっくに消化しているのだけど義母と渉にとってはそうではないようで、この家に来てまず母の仏壇に手を合わせてくれた2人はこの家で過ごす覚悟を告げたのだろうか。
部屋の片付けが終わり、冷たいものを飲みながら涼もうと入ったリビングで再び仏壇を気にする渉に気付いた。うちの仏壇はいわゆる昔からの仏壇では無く、最近流行りのモダン仏壇であるため扉を閉めて仕舞えば普通の家具にしか見えない。
「母のことが気になる?」
そう聞いてみると微妙な表情を見せる。ただ気付いてしまったせいか手を合わせたいというので扉を開いてみせる。
扉を開けると渉は手を合わせ、目を瞑り仏壇の中の母に何かを語りかける。
今はもうこの世にいない、その記憶すらも曖昧になった母に何を語りかけているのか気にはなるけれど、その言葉は俺には聞こえない。
そして俺も無言のまま母に語りかける。
〈貴方のお陰で欲しいものが手に入りそうです〉
「真秋さんはお父さん似?お母さん似?」
気が済んだのか目を開いた渉が俺に話しかける。どこからどうみても父似の俺だけど渉なりに会話のきっかけを作ってくれたのだろう。
「俺は父似だね。写真、見せてあげようか?お義母さんには内緒だよ」
そう言って仏壇の引き出しから写真を取り出す。写真が嫌いだった母は予想外に早く亡くなったため遺影に相応しい写真を見つけることができず、亡くなり方が亡くなり方だったため葬儀も行わなかった。そこにしまってある写真は幼い俺を抱いた母の写真だ。
俺を見る眼差しは愛おしそうに見えるけれど、この気持ちの向け方を間違えた為に早世するなんてこの時の母は思いもしていなかっただろう。
「綺麗な人」
ポツリと呟いた渉に「好み?」と思わず笑ってしまったのは亡くなっているのに渉の気を引いたことへの嫉妬心だったのだろうか。
「確かに綺麗な人だったけど写真でしか思い出せないかな、もう。母と過ごした時間よりも母がいなくなってからの時間のほうが長くなっていくんだから仕方ないよね」
その気持ちを隠す為に言い訳のように告げた言葉。それなのに渉は俺の欲しい言葉を返してくれたんだ。
「じゃあさ、いつかは僕といる時間の方が長くなるのかな?」
「それ、何だか嬉しいかも」
返した言葉は俺の本心。
渉に対する俺の執着はその言葉に歓喜した。
渉と過ごす夏休みは穏やかに毎日が過ぎていく。
時間を拘束されるのは嫌だとタブレット学習を選んだ渉は自分のペースで勉強を進め、毎日コツコツと宿題を終わらせていく。
分からないところは教えると言ってみたけれど、様子を見る限りその必要はなさそうだ。
話を聞いてみると志望校の合格ラインの判定はAだと得意そうに教えられる。好奇心で俺の通う学校を判定してみるとそこもAだったのだけど、本人は志望校を変える気は全く無さそうだった。
毎朝、家族で朝食をとり父と義母は出社する。食器を洗うのは俺の仕事でそのことを気にした渉に家事を教えて欲しいと言われたけれど、受験生なのだからと禁止した。
それでもどうしても手伝いたいと乞われそれではと洗濯だけは手伝ってもらうことにする。
料理をしたいならちゃんと覚えた方がいいと、覚えるのならば基本からちゃんと教えるからと、食器を洗うのはお皿を割って指を怪我したら大変だからと禁止した。
少し過保護だと思ったけれど父も義母も俺の主張を支持した為渉は渋々諦めたのだ。
本当は俺の願望を満たすだけのための主張。
渉を構成するものを提供するのは俺の手でありたかった。俺のテリトリーで俺の手を介した食事で構成された渉。
俺の用意した衣類を身につける渉。
本当は勉強を教えてその頭の中も俺で満たしたかったけれど、それができないのがもどかしい。
こんなことができるのは〈この夏休み〉しかないのだ。
来年になれば俺は受験生で、流石に今ほど渉のために時間を割くことはできなくなるだろう。
それでも環境の変わった今のタイミングで渉の全てに入り込むことで刷り込みをすることは可能だ。
じわじわと侵食し、それが当たり前だと思えばいい。
可哀想かもしれないけれど、もう手放す気はないのだから。
デリカシーがないと思わないでもないけれど、半個室で箸で食事のできるこの店は〈あの子〉の緊張をほぐすには良いのかもしれない。
母との記憶は薄れつつあるのだから新しい思い出で塗り替えるのも悪くないだろう。
そんなことを考えながら父との会話を楽しんむ。
母の話をしなくなったのはいつからだったか。亡くなりかたが亡くなりかただっただけに他人の口から母の話題が出ることも少なくその存在は徐々に薄れていった。
父も内心は母との関係に疲れていたのだろう。俺の〈あの子〉を思う気持ちを自分の義母への想いだと勘違いしたまま仲を深めていったのは僥倖だ。
「彼女も死別?」
約束の時間まではまだ時間があるため失言を防ぐために父に聞いてみる。
「存命だよ。交流もあるみたいだし、子どものことも大切に思ってる。
ただ、彼女と子どもの生活よりも自分の生活が大切だったらしい」
〈自分の生活〉とはどんな生活かは敢えて聞かなかったけれど彼女が我慢できなかった〈自分の生活〉がなんとなく推測できてしまい互いに苦笑いを浮かべながらもどうやら〈緩い〉らしい〈あの子〉の父親に感謝する。
貴方のお陰で俺は欲しいものを手中にできるのだから。
会食は穏やかに進んだ。
〈あの子〉は俺のことを覚えていない様子だったけれど、たった一度幼い頃に会った俺を覚えていないことは普通の事だ。覚えていて執着している俺がおかしいのだ。
「はじめまして、弟君。
僕は君の兄になる真秋(まさあき)です。
名前、教えてくれる?」
一番最初に言った俺の言葉。
その言葉に少し緊張して返してくれる〈あの子〉。
「はじめまして、渉(わたる)です」
小さな口から紡ぎ出される言葉が愛しくて「渉、ね」と思わず反芻してしまう。
「渉君、来年から高校生だったよね?」
義母から聞いた情報を交えはなしを続ける。
「そうです。真秋さんは?」
「僕は今、2年。そうなると一緒に過ごせるのは1年ちょっとかな」
渉に名前を呼ばれたことに喜びを感じずにいられないのだけど、それを悟られないようその口から情報を引き出していく。
一緒に過ごせるのは1年ちょっとと言った時に少し淋しげな顔をしたのは俺の願望の見せた幻影だろうか?
「とりあえず座ろうか」
父の言葉に渉と向かい合って座る。
身長は背の低い義母に似たのかそれほど高くなく、その容姿も幼いときの印象通り義母とよく似ている。髪を伸ばせば女性と間違われそうな容姿と華奢な体型。
思い描いていた〈あの子〉よりも数倍好みの渉が目の前で話し、食事をする姿を見るだけで様々な感情が湧き上がる。
独占欲。
執着心。
庇護欲。
そして情欲。
「渉君は高校はどこ目指してるの?」
話の流れから俺の通う学校の話になったついでに渉の志望校を聞いてみる。
義母から聞いた通りの工業高校だということを確認すると少し安堵してしまう。
工業高校なら女子が少ないため悪い虫が付く可能性が低くなる。
俺のような嗜好の人間がいないとは言えないけれど、それを防ぐ術は色々と有る。
「工業高校なら上位にいたら大学の推薦だって取れるんだったね、確か」
俺たちの話を聞いていたのだろう。
父が口を挟む。確かに進学してくれた方が一緒に過ごす時間は増えるだろう。
「進学は考えてませんから」
「そうなの?」
即座に否定した渉の言葉にこちらも条件反射で聞いてしまう。
「ですね。あまり勉強好きじゃないし」
「そっか。でも進級したばかりだし、ちゃんと決めるのはこれからだね」
まだ時間はある。
まだまだこれからだ。
穏やかに食事が進み、その日はその場での解散となった。父も義母も車で来ていたため現地解散だ。
その時に夏休みを目処に引っ越してくる事、通学は少し遠くなるけれど幸い父と義母の職場の通り道になるため朝は義母の車に便乗させてもらう事になること。帰宅時間が違うため父と義母は同じところに行くのに別々に通勤する事になる。下校時は迎えに行けないため帰宅時は徒歩になるのが心配だけど、渉は朝歩かない分運動になると全く気にしていないようだ。
夏休みを心待ちにするなんて初めての経験かもしれない。
夏休みに入りすぐに越してきた義母と渉だったけれど、その荷物の少なさに驚かされた。
家具はこちらで用意する、と言うか義母は父と寝室を共にするし洗面所で化粧をした方が効率的だからと化粧台なども必要ないと化粧箱ひとつ持ってきただけだった。衣類はそれなりにあるようだけど、それは2人の寝室のクローゼットに収めるのだろう。
渉の荷物も多くない衣類とゲーム機。
勉強机を満たしたのは学校の勉強道具と〈時間を拘束されたくない〉という理由で選んだタブレット学習で使うタブレット端末。
1人の時間を消化するためのゲーム機とソフトは部屋にあるテレビに接続しておいた。
本棚は用意したけれどお気に入りだという本を入れても少し大きい本棚にはまだまだ余裕がある。
それでも話をしていると学力はそれなりに高いようで大学進学を見据えてもいいのにと他人事ながら思ってしまう。高卒で就職するとなると18歳。18歳で成人となったけれど長い人生のまだまだ入口だ。就職、進学、その後の人生を考えれば選択肢はたくさんあった方がいい。俺は色々と画策する。
とりあえずは毎日の生活に慣れてもらうことから始めようとあれこれ世話を焼くことにしてみた。
父との2人暮らしが長かったため家事に困ることはない、というより〈あの子〉との生活を思い描いて邪魔者が入らないよう、ただそれだけの為に家事スキルを身につけたのだ。
家事のために〈あの子〉以外の他人が家に入り込むなんて到底許せることではない。
不確かな未来の為に何でそこまでできたのか自分でもその執着心に呆れるけれど、それらは無駄ではなかったのだから良しとしよう。
俺が家事スキルを上げるきっかけとなった母の死はとっくに消化しているのだけど義母と渉にとってはそうではないようで、この家に来てまず母の仏壇に手を合わせてくれた2人はこの家で過ごす覚悟を告げたのだろうか。
部屋の片付けが終わり、冷たいものを飲みながら涼もうと入ったリビングで再び仏壇を気にする渉に気付いた。うちの仏壇はいわゆる昔からの仏壇では無く、最近流行りのモダン仏壇であるため扉を閉めて仕舞えば普通の家具にしか見えない。
「母のことが気になる?」
そう聞いてみると微妙な表情を見せる。ただ気付いてしまったせいか手を合わせたいというので扉を開いてみせる。
扉を開けると渉は手を合わせ、目を瞑り仏壇の中の母に何かを語りかける。
今はもうこの世にいない、その記憶すらも曖昧になった母に何を語りかけているのか気にはなるけれど、その言葉は俺には聞こえない。
そして俺も無言のまま母に語りかける。
〈貴方のお陰で欲しいものが手に入りそうです〉
「真秋さんはお父さん似?お母さん似?」
気が済んだのか目を開いた渉が俺に話しかける。どこからどうみても父似の俺だけど渉なりに会話のきっかけを作ってくれたのだろう。
「俺は父似だね。写真、見せてあげようか?お義母さんには内緒だよ」
そう言って仏壇の引き出しから写真を取り出す。写真が嫌いだった母は予想外に早く亡くなったため遺影に相応しい写真を見つけることができず、亡くなり方が亡くなり方だったため葬儀も行わなかった。そこにしまってある写真は幼い俺を抱いた母の写真だ。
俺を見る眼差しは愛おしそうに見えるけれど、この気持ちの向け方を間違えた為に早世するなんてこの時の母は思いもしていなかっただろう。
「綺麗な人」
ポツリと呟いた渉に「好み?」と思わず笑ってしまったのは亡くなっているのに渉の気を引いたことへの嫉妬心だったのだろうか。
「確かに綺麗な人だったけど写真でしか思い出せないかな、もう。母と過ごした時間よりも母がいなくなってからの時間のほうが長くなっていくんだから仕方ないよね」
その気持ちを隠す為に言い訳のように告げた言葉。それなのに渉は俺の欲しい言葉を返してくれたんだ。
「じゃあさ、いつかは僕といる時間の方が長くなるのかな?」
「それ、何だか嬉しいかも」
返した言葉は俺の本心。
渉に対する俺の執着はその言葉に歓喜した。
渉と過ごす夏休みは穏やかに毎日が過ぎていく。
時間を拘束されるのは嫌だとタブレット学習を選んだ渉は自分のペースで勉強を進め、毎日コツコツと宿題を終わらせていく。
分からないところは教えると言ってみたけれど、様子を見る限りその必要はなさそうだ。
話を聞いてみると志望校の合格ラインの判定はAだと得意そうに教えられる。好奇心で俺の通う学校を判定してみるとそこもAだったのだけど、本人は志望校を変える気は全く無さそうだった。
毎朝、家族で朝食をとり父と義母は出社する。食器を洗うのは俺の仕事でそのことを気にした渉に家事を教えて欲しいと言われたけれど、受験生なのだからと禁止した。
それでもどうしても手伝いたいと乞われそれではと洗濯だけは手伝ってもらうことにする。
料理をしたいならちゃんと覚えた方がいいと、覚えるのならば基本からちゃんと教えるからと、食器を洗うのはお皿を割って指を怪我したら大変だからと禁止した。
少し過保護だと思ったけれど父も義母も俺の主張を支持した為渉は渋々諦めたのだ。
本当は俺の願望を満たすだけのための主張。
渉を構成するものを提供するのは俺の手でありたかった。俺のテリトリーで俺の手を介した食事で構成された渉。
俺の用意した衣類を身につける渉。
本当は勉強を教えてその頭の中も俺で満たしたかったけれど、それができないのがもどかしい。
こんなことができるのは〈この夏休み〉しかないのだ。
来年になれば俺は受験生で、流石に今ほど渉のために時間を割くことはできなくなるだろう。
それでも環境の変わった今のタイミングで渉の全てに入り込むことで刷り込みをすることは可能だ。
じわじわと侵食し、それが当たり前だと思えばいい。
可哀想かもしれないけれど、もう手放す気はないのだから。
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