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1 秘書の朝
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しおりを挟む秘書室から出て廊下を進む。するとエレベータ前に到着したタイミングで扉が開いた。その瞬間、社内の空気がふわりと和らいだ気がした。
「おはようございます。椛乃社長」
「おはようございます黒瀬さん」
静かにエレベーターから出てきた椛乃社長は今日もまるで空気をまとったみたいに儚げで、いつだって夢の中の住人みたい。
綺麗な黒髪はゆるく内巻に揺れて、流した前髪から覗く瞳も、深くて柔らかい黒。長いまつげが影を落とす度、誰もが目を奪われる。
肌だって透けるような白さには毎日嫉妬しちゃう。
私よりちょっとだけ背が高くて細身で着やせしているが、スタイルはいいし、細身のスーツをいつもさらっと着こなしてる。
今日だってアイボリーのスタンドカラーシャツに、ベージュのハイウエストのショートパンツ。足元のヒールは控えめな高さだけど、首元の細いゴールドネックレスがワンポイントアクセントでいい。
一度すれ違えれば誰も振り返る美人。静かなで落ち着いていて、儚げな印象。
私が唯一勝てないと思っている女性がこの椛乃社長だ。
椛乃社長と合流して、社長室へ向かう。鍵を開けて椛乃社長に入るように促せば、すぐに今日のスケジュールの確認が始まる。
「今日は10時30分より、第2会議室でKasaneの商品開発部の試作品のプレゼンがあります。その後、午後2時より、広報部での社内インタビューです。会議の資料はこちらです」
「ありがとう」
スケジュールを伝えながら、持って来た会議資料を椛乃社長のデスクの上へ。
「予め椛乃社長が気になりそうなこともピックアップして付け足してます」
「ありがとう。 これもらったの昨日の午後だったでしょ? 残業してたらちゃんと申請してね」
――こういう気遣い、椛乃社長らしい。
「大丈夫です。思ったより早くいただけたので定時にちゃんと帰れましたよ」
私の報告に社長は安堵の息を零した。こういう当たり前だけどちょっとした気遣いができるのは椛乃社長で、だから私は社長が好きだ。
椛乃社長はこの会社を立ち上げた先代の1人娘。学生時代から美人で勉強も出来て、アメリカの大学に留学して英語も堪能。大学卒業後はこの会社に入社。広報部の一員として1から社会人生活をスタートした。
父譲りの才能で広報部でもその実力を発揮、私が入社して広報部に配属された時には直属の上司として指導してもらった。
パワハラ、モラハラが多いと呼ばれるこの時代。だけど椛乃社長の指導は分かりやすくて、丁寧で、やる気に繋がった。
そして会社が20周年を迎えた2年前。健康上の理由で社長を退いた先代に変わり2代目社長に就任した。
外部から社長を――という案もあったようだが、椛乃社長の人柄や仕事の功績もあり、みんなに望まれて社長になった。
何が嬉しかったって、広報部を離れることになって寂しがっている私に椛乃社長は「秘書にならない?」と誘ってくれた。もちろんすぐに首を縦に振り、私は社長秘書になった。
最初は分からないことだらけで大変だったが、2年経つと仕事にもかなりなれた。今では椛乃社長と二人三脚で日々頑張っている。
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