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4 冗談のつもりだったのに
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しおりを挟む「椛乃社長、お疲れ様でした!」
「お疲れ様。また明日もよろしくね」
タクシーに乗った椛乃社長を見送る為、軽い会釈を一度。その後社長が手を振ってくれたので私も軽く振り返えした。タクシーが角を曲がって見えなくなるまで、じっとその場に立ち尽くす。肩の力が抜けて、ようやく一息ついた。
「よし、今日の仕事終わり! 早く行かないと……!」
今日何度目になるかわからない。腕時計で時間を確認すると間もなく6時。ネイルサロンの予約まで30分しかない。もう数年通ってるネイルサロンで、ネイリストの橘さんはすっかり顔馴染み。個人的な連絡先も知っている。
『お世話になっております。申し訳ないのですが仕事が長引いて、今から向かいます。少し遅れるかもしれないですが大丈夫ですか?』
メッセージアプリでささっと連絡を入れると、すぐに既読がつく。よかったすぐ見てくれたと安堵すると同時に返事までやってきた。こういうとき、橘さんのマメさに毎回救われてる。感謝しかない。
『お世話になっております。かしこまりました! 今日は茉乃ちゃんが最後だから遅れても大丈夫! 1時間以上遅れる時はもう一度連絡ください!』
可愛らしいスタンプつきなのも橘さんらしい。ありがとう橘さん! 声に出さずにお礼を言って、それから駅へと向かおうとバッグを肩に掛け直す。
だけど、ヒールを鳴らす前に私の足は止まってしまった。
「黒瀬さん! よかった、まだいらっしゃったんですね」
「秋月さん? どうしましたか?」
振り返って声の主を探すとすぐに見つかった。エントランスから出てきたのは社長秘書の秋月さん。私を見てほっとした表情を浮かべると同時に椛乃社長を探すように周りを見渡した。
「椛乃社長はもうお帰りになりましたか?」
「はい、たった今。何か問題でも……?」
「いえ、今日お2人にお渡しするものがあったのを忘れていまして。社長室に準備してありますので、お時間大丈夫ならお渡しさせてください」
ネイル遅れるって連絡しておいてよかった。こうなれば確実に間に合わないコース。ナイス判断、私。
お互いの友好の為、椛乃社長と惟真社長は定期的にプレゼントを送り合っている。出張があればLUNARIA用のお土産だって買うのはいつものこと。だから秋月さんの話には驚かない。
ただ――持って来てくれたらよかったのに。
ここまで来たのにまたビルの中、しかも社長室。ってことは――久世社長の顔をまた見ないといけない。
さっきの事で明らかに呆れ荒れて睨まれたせいで顔合わせずらいのに。椛乃社長がいないと余計に気まずい。まあ、秋月さんがいるならまだいいか。
「わかりました。わざわざすみません」
笑顔を作って、再びエントランスへ。ここでもうひとつ予想外のことが起こった。
「社長室には黒瀬さんが行くことお伝えしておきます。申し訳ございません。私は別件で急遽呼び出されているので、これで失礼します」
「えっ!?」
嘘でしょ!? 秋月さん抜きで久世社長とふたりとか……無理無理無理。いやでも、これも仕事。仕事だから。うん。
一瞬だけ驚きの表情が出たが秋月さんは気づかないふりをしてくれた。
その後、エレベーターの前で秋月さんと挨拶を交わして別れると一気に肩が重たくなるのを感じながらエレベーターに乗った私はLUNARIA社長室のある階をボタンを押した。
ひとりで社長室なんて、緊張しかしない。
ボタンを押す指先が、ほんの少し震えていた。
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