49 / 172
11 戸惑いと日常のはざまで
1
しおりを挟むあのキスの熱が唇から離れてくれない。
「椛乃社長、繋がりました」
「ありがとう。これもう映ってるの?」
「はい、念の為音声だけは切ってます」
社長室のデスクで椛乃社長のパソコンをオンライン会議用のソフトに繋ぐ。ミーティングが始まるまであと10分。今のうちに資料の最終チェックをしておくべきだろう。
今日は珍しくLUNARIAとのオンラインミーティング。明後日に迫ったとある商談に向けての最終確認の予定だ。
大まかなことは詰めているが、念には念を入れての最終チェック。それをしたいと申し出たのは椛乃社長の方で、LUNARIA側に都合を合わせてもらった結果、社長同士が空いていた1時間を使ってオンライン開催することになった。
用意しておいた資料をデスクに置き、カメラには映らないが何があってもいいように隣には控えている予定。恐らくLUNARIA側の秋月さんも同じ。だけど――久世社長の姿はハッキリとパソコンに映る筈だ。
……まだ唇が熱い気がする。
無意識に唇に触れる。今日は少し色の濃い赤の口紅。だけど派手すぎものではない。濃いけど落ちついている、お気に入りの口紅のひとつ。……しまった。口紅ついちゃった。
薄く指についた色を慌ててティッシュで拭いて、ゴミ箱へ。
このままだと会議中持たない。だけど今回はオンラインだし、私はカメラに映らないし。多分きっと――何も起こらない。いや、絶対に起こるわけない。
久世社長の姿を見て身構えないで済むのは今日が初めてかもしれない。いつもはいつあの冷たい目で見られるかと思うと気が気じゃないから。
椛乃社長と軽く雑談していると、予定の数分前パソコンの画面が切り替わる。画面が切り替わり、現れたのは久世社長――ではなく、穏やかな笑みを浮かべた秋月さんだった。
「九重社長、お世話になっております。お待たせしてすみません」
ぱっと画面が明るくなった気配。いつものどこか人懐っこく柔らかく甘いマスクと、落ち着くような声に椛乃社長もすぐ微笑んだ。
「お世話になっております。こちらこそお忙しい中すみません」
「申し訳ございません。少し会議が押しまして、すぐ久世も来ますのでお待ちください」
秋月さんと椛乃社長のやり取りがひと段落した後、画面越しに軽く頭を下げた秋月さんは、私にも挨拶をくれた。だけどすぐに、また椛乃社長へと声をかけた。
「九重社長、今日もお綺麗ですね」
「……相変わらず口が上手いですね。けど……ありがとうございます」
「そのピアス初めて見ました。新しいものですか?」
「え? あ、はい。今日初めてつけて……」
「お似合いです」
秋月さんって本当スマート。元モデルだけあって女性の扱いが上手なのかな?
いつも自然な流れで椛乃社長を褒めてるし、私のことも結構褒めてくれる。話してるだけで自然と自己肯定感が上がっちゃう。それが秋月さんの魅力なんだろう。
つくづく思う、久世社長とは全然違う。久世社長はあんな風に褒めてくれない――っていうかあの人が私のこと褒めたことなんて一度もない。
なのにこの前――久世社長とキスをした。あれは……夢なんかじゃない。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」
母に紹介され、なにかの間違いだと思った。
だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。
それだけでもかなりな不安案件なのに。
私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。
「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」
なーんて義父になる人が言い出して。
結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。
前途多難な同居生活。
相変わらず専務はなに考えているかわからない。
……かと思えば。
「兄妹ならするだろ、これくらい」
当たり前のように落とされる、額へのキス。
いったい、どうなってんのー!?
三ツ森涼夏
24歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務
背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。
小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。
たまにその頑張りが空回りすることも?
恋愛、苦手というより、嫌い。
淋しい、をちゃんと言えずにきた人。
×
八雲仁
30歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』専務
背が高く、眼鏡のイケメン。
ただし、いつも無表情。
集中すると周りが見えなくなる。
そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。
小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。
ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!?
*****
千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』
*****
表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101
貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈
玖羽 望月
恋愛
朝木 与織子(あさぎ よりこ) 22歳
大学を卒業し、やっと憧れの都会での生活が始まった!と思いきや、突然降って湧いたお見合い話。
でも、これはただのお見合いではないらしい。
初出はエブリスタ様にて。
また番外編を追加する予定です。
シリーズ作品「恋をするのに理由はいらない」公開中です。
表紙は、「かんたん表紙メーカー」様https://sscard.monokakitools.net/covermaker.htmlで作成しました。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
ワケあり上司とヒミツの共有
咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。
でも、社内で有名な津田部長。
ハンサム&クールな出で立ちが、
女子社員のハートを鷲掴みにしている。
接点なんて、何もない。
社内の廊下で、2、3度すれ違った位。
だから、
私が津田部長のヒミツを知ったのは、
偶然。
社内の誰も気が付いていないヒミツを
私は知ってしまった。
「どどど、どうしよう……!!」
私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
ソツのない彼氏とスキのない彼女
吉野 那生
恋愛
特別目立つ訳ではない。
どちらかといえば地味だし、バリキャリという風でもない。
だけど…何故か気になってしまう。
気がつくと、彼女の姿を目で追っている。
***
社内でも知らない者はいないという程、有名な彼。
爽やかな見た目、人懐っこく相手の懐にスルリと入り込む手腕。
そして、華やかな噂。
あまり得意なタイプではない。
どちらかといえば敬遠するタイプなのに…。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です!
https://estar.jp/novels/26513389
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる