63 / 172
13 初めて知る、新しいなにか
5
しおりを挟む「久世社長が……椛乃社長に私を秘書にするように薦めたんですか?」
「結果論だけみればそうなる」
胸の奥で何かが跳ねた。
椛乃社長が社長に就任すると知った時、ショックだった。せっかく椛乃社長の役に立てるようになったと思っていたから。だからこそ「秘書職に興味はない?」と提案された時、大興奮した。
それを提案してくれたのが――まさか久世社長だったなんて。
アルコールで赤くなった頬を抑えると驚きと同時に恥ずかしさが胸の奥から込み上げてくる。同時にトクトクと鼓動も早くなって、――無意識に理由を求めた。
「どうして……ですか?」
「あの人は重圧が大きい。信頼できる人間を傍に置いた方がいいと思っただけだ」
大したことはしてないと言わんばかりの態度。
だけど私にとっては大ごと。
だって尊敬して、大好きな椛乃社長と今も一緒に働けているのが久世社長のお陰だったなんて……。まるで借りが出来たような感覚。
「……ありがとうございます」
感謝の気持ちを紡げば、久世社長は「ああ」とただ頷いた。――ってちょっと待って!
「じゃあなんであの時、身体使って秘書になったのかって――」
頭を過る過去のやり取り。こんな関係になってしまったのは、久世社長が秘書になったのは身体使ってるって言い出したからなのに。
つまり――あれば違うってわかっていてわざと挑発したってこと?
「お前がわがままで生意気だから揶揄っただけだ」
「――っ! ひどい!」
意地悪! あの言葉かなりショックだったのに。悔しい……けどあの言葉のせいで、こうやって一緒に食事を取って、久世社長の評価を聞くことが出来ている。悔しいのに、複雑な気分だ。怒りたいのに――ちゃんと怒れない。
もしかして――私が知らないだけでこの人私のこと結構知ってるのかも……。そう思うだけで、何でも見透かされたような感覚に慌てて口に放り込んだ肉料理の味もほんの少し薄れてしまった。
最小限の会話しかしていなかったテーブルでほんの少し会話が続いた。このまま何か次の話題をと――少し考える。
えっと、何か……話題。そうだ――せっかくだから。
「久世社長はどうして美容業界を目指したんですか?」
「……急にどうした?」
「いいじゃないですか別に」
多分久世社長は思った以上に私のことを知ってる。だったら私だって久世社長のことを知らないとフェアじゃない。……なんて。こういうすぐ対抗することろが“わがまま秘書”って言われるのかも。
「父の影響だ」
「お父様ですか?」
「ああ」
久世社長のお父さん。全然想像がつかない。LUNARIAは久世社長が立ち上げた会社だから両親はきっと一般人のはず。だけどこの気難しくて冷たい久世社長の父親を想像するだけで、堅苦しそうな人が浮かんで来る。
秘書として取引先のLUNARIAの情報は集めているが、久世社長の御両親のことに関しては一切情報がない。もうちょっと深く聞いてもいいかな? もっと具体的なこととか。
ワインで唇を湿らせて、続きを待つ。少しの沈黙のあと、久世社長の形のいい唇がまたゆっくりと動き出した。
「うちは幼いころに両親が離婚している。だけど俺に手がかからなくなった……高校2、3年の頃に父にも新しい出会いがあった。10年ぶりの出来事に一生懸命着飾る父を見た。それが今の義母だ。数年交際して、俺が大学生の頃に再婚した」
「……」
「義母は年の割には綺麗で、父はそんな義母の為に努力をしていた。そんな父の姿を見て、ちょっとしたことで自分に自信を与えることが出来る美容業界を目指した」
何気ない質問だったはず。だけど予想もしてなかった返事だった。
そっか、お父さんの影響なんだ。今の話を聞く限り、堅苦しい人ではなく、優しい方なのかもしれない。
冷たく感じるこの人のルーツに少し触れた気がする。
そしてその話にはちょっと親近感があった。
「なんかちょっとわかります」
「何がだ?」
「私も、昔からお洒落とかコスメが好きで、自分に自信を与えてくれるCOCONOEのブランドが大好きで……それで美容業界で働きたいって思ったから」
久世社長の言葉を借りた形にはなるが、事実だった。その瞬間、ほんの微かに久世社長の口元が緩んだ……気がする。
「お前らしいな」
いつもの冷たい低音もほんの少しだけ柔らかい。ドキッって心臓がまた震えた気配を抑える為に一気にワインで唇を湿らせた。
たった今、知ったことを頭の中で羅列する。
小さい頃に両親が離婚している。父親は再婚。それを見て美容業界を選んだ。
椛乃社長とは広報時代からの付き合い。私を秘書にするように椛乃社長に提案してくれた。それに、言葉にしないだけでちゃんと私のことを評価してくれてる。
それから……スマートに食事をする姿がかっこいい。
心臓の音……早く治まってほしい。ちょっと褒められて、ちょっと知らないことを知っただけ。
そのほんのちょっとが嬉しいなんて……それも全部このレストラン雰囲気のせいだ。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」
母に紹介され、なにかの間違いだと思った。
だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。
それだけでもかなりな不安案件なのに。
私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。
「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」
なーんて義父になる人が言い出して。
結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。
前途多難な同居生活。
相変わらず専務はなに考えているかわからない。
……かと思えば。
「兄妹ならするだろ、これくらい」
当たり前のように落とされる、額へのキス。
いったい、どうなってんのー!?
三ツ森涼夏
24歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務
背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。
小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。
たまにその頑張りが空回りすることも?
恋愛、苦手というより、嫌い。
淋しい、をちゃんと言えずにきた人。
×
八雲仁
30歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』専務
背が高く、眼鏡のイケメン。
ただし、いつも無表情。
集中すると周りが見えなくなる。
そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。
小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。
ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!?
*****
千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』
*****
表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101
貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈
玖羽 望月
恋愛
朝木 与織子(あさぎ よりこ) 22歳
大学を卒業し、やっと憧れの都会での生活が始まった!と思いきや、突然降って湧いたお見合い話。
でも、これはただのお見合いではないらしい。
初出はエブリスタ様にて。
また番外編を追加する予定です。
シリーズ作品「恋をするのに理由はいらない」公開中です。
表紙は、「かんたん表紙メーカー」様https://sscard.monokakitools.net/covermaker.htmlで作成しました。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
ワケあり上司とヒミツの共有
咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。
でも、社内で有名な津田部長。
ハンサム&クールな出で立ちが、
女子社員のハートを鷲掴みにしている。
接点なんて、何もない。
社内の廊下で、2、3度すれ違った位。
だから、
私が津田部長のヒミツを知ったのは、
偶然。
社内の誰も気が付いていないヒミツを
私は知ってしまった。
「どどど、どうしよう……!!」
私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
ソツのない彼氏とスキのない彼女
吉野 那生
恋愛
特別目立つ訳ではない。
どちらかといえば地味だし、バリキャリという風でもない。
だけど…何故か気になってしまう。
気がつくと、彼女の姿を目で追っている。
***
社内でも知らない者はいないという程、有名な彼。
爽やかな見た目、人懐っこく相手の懐にスルリと入り込む手腕。
そして、華やかな噂。
あまり得意なタイプではない。
どちらかといえば敬遠するタイプなのに…。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です!
https://estar.jp/novels/26513389
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる