93 / 109
18 零れ落ちた本音
3
しおりを挟むこの前の食事の時にも少し感じたけど、久世社長から家族の話を聞くのは不思議な気分。
一人でなんでもできそうな人なのに。知れば知るほど、案外冷たい人じゃないのかなって思ってしまう。美容業界を目指したきっかけも父親だったし。
「……」
「どうした?」
「いえ、……なんでもないです」
やっぱり、まだ病み上がりでちょっと冷静な判断が出来ないのかも。
久世社長のことをもっと知りたいと思ってしまった。
もっと知れば、この人の考えていることが分かるかもしれない。――だけど、そんなふうに思ったこと、これまで一度もなかった。
これまでプライベートで会うこともなかったし、仕事中にプライベートな話をするタイプの人でもない。だから――プライベートのことを話すこの環境が異常なんだ。
だからついほだされてしまって、知りたいなんて……久世社長の思うツボかもしれない。
忘れてはいけない。この人は私のことを面白がって都合のいい女扱いしようとしてるんだから。
ちょっと優しい一面を見せられたぐらいで、揺れちゃダメ。
残ったたまご雑炊を一気に食べて、用意された水分を取る。「ごちそうさまでした」と手を合わせたあと、椅子を引いた。
よし、これでもう帰ってもらえる――そう思って立ち上がった時だった。
「――っ」
ふらっと、微かに身体が揺れる。急に食べたからか、急に立ち上がったからかはわからない。とにかく目の前が軽くゆがんで景色が揺れる。
だけどそれも一瞬だった。
「病み上がりのくせに急に立つな」
「……っ!」
立ち眩みでふらっと揺れた身体を支えてくれたのは力強い腕だった。大きな手のひらに腕をつかまれると、急に心臓のリズムが乱れ始める。
「すみません、ありがとうございます」
「大丈夫か?」
「はい、ただの立ち眩みですから」
とっさのことに目線を上げれば、こちらを見下げる冷たい瞳。私をいつも翻弄する視線に思わず下唇を噛んだのはなんでだろう。
掴まれた腕がじりじりと焼けるように熱い。近い距離にこのまま引き寄せられたら――なんて考えてしまうのは、久世社長と近づくことが危険だと身体が知っているからだ。
「もう大丈夫ですから――」
もう一度お礼を言おうと言ったタイミングだった。
「――きゃっ……っ!」
ふわりとまた身体が揺れた。だけど、さっきとは違う。身体が宙に浮く感覚と同時に、膝裏に腕を回される。
嘘でしょ? お姫様だっこされてる!?
「久世社長……っ!」
「このまま寝ろ」
「自分で行けます……!」
「連れて行った方が早いだろ」
久世社長の声が近くなって、また心臓の鼓動が早くなる。一気に体温が上がって、込み上げる何かに声が上ずった。
0
あなたにおすすめの小説
嘘をつく唇に優しいキスを
松本ユミ
恋愛
いつだって私は本音を隠して嘘をつくーーー。
桜井麻里奈は優しい同期の新庄湊に恋をした。
だけど、湊には学生時代から付き合っている彼女がいることを知りショックを受ける。
麻里奈はこの恋心が叶わないなら自分の気持ちに嘘をつくからせめて同期として隣で笑い合うことだけは許してほしいと密かに思っていた。
そんなある日、湊が『結婚する』という話を聞いてしまい……。
6年分の遠回り~いまなら好きって言えるかも~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
私の身体を揺らす彼を、下から見ていた。
まさかあの彼と、こんな関係になるなんて思いもしない。
今日は同期飲み会だった。
後輩のミスで行けたのは本当に最後。
飲み足りないという私に彼は付き合ってくれた。
彼とは入社当時、部署は違ったが同じ仕事に携わっていた。
きっとあの頃のわたしは、彼が好きだったんだと思う。
けれど仕事で負けたくないなんて私のちっぽけなプライドのせいで、その一線は越えられなかった。
でも、あれから変わった私なら……。
******
2021/05/29 公開
******
表紙 いもこは妹pixivID:11163077
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない
絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。
Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~
汐埼ゆたか
恋愛
絶え間なく溢れ出る涙は彼の唇に吸い取られ
慟哭だけが薄暗い部屋に沈んでいく。
その夜、彼女の絶望と悲しみをすくい取ったのは
仕事上でしか接点のない上司だった。
思っていることを口にするのが苦手
地味で大人しい司書
木ノ下 千紗子 (きのした ちさこ) (24)
×
真面目で優しい千紗子の上司
知的で容姿端麗な課長
雨宮 一彰 (あまみや かずあき) (29)
胸を締め付ける切ない想いを
抱えているのはいったいどちらなのか———
「叫んでも暴れてもいい、全部受け止めるから」
「君が笑っていられるなら、自分の気持ちなんてどうでもいい」
「その可愛い笑顔が戻るなら、俺は何でも出来そうだよ」
真摯でひたむきな愛が、傷付いた心を癒していく。
**********
►Attention
※他サイトからの転載(2018/11に書き上げたものです)
※表紙は「かんたん表紙メーカー2」様で作りました。
※※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~
蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。
嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。
だから、仲の良い同期のままでいたい。
そう思っているのに。
今までと違う甘い視線で見つめられて、
“女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。
全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。
「勘違いじゃないから」
告白したい御曹司と
告白されたくない小ボケ女子
ラブバトル開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる