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19 知らない感情
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しおりを挟む嘘、私嫉妬してる? あの人が女の人と話してることに? 嘘でしょ……?
だって今までそんなこと一度も――。
「黒瀬さん」
「え? あ、なんですか?」
混乱に気持ちを落ち着かせているとふいに声が上から振って来る。久世社長でも、秋月さんでもない。この声は――。
「宗方さん、どうしました?」
冷静を装って笑顔を作る。見上げた先にあったのは秋月さんとは違う甘いマスクのイケメン。今回からYoruiのイメージモデルを務めている宗方柾さんは、パリコレにも出演した経験がある人気男性モデルだ。
「これつけてもらえますか? 自分不器用で上手く付けられなくて……」
「はい、いいですよ。このボタン結構硬くて付けるの大変ですよね」
袖口のカフスボタンが取れたので付けて欲しいと頼まれると引き受けない理由はない。ボタンを受け取って、元の位置に戻すのは簡単だった。
ボタンを留める為に近づいたせいでふわりと甘い香水の匂いが近くなる。Yoruiの香りのひとつ。久世社長とはまったく違う香り。だけど女の子は好きそうな匂いだ。
「撮影順調みたいですね」
「はい、宗方さんのお陰です。紗英さんとの息もばっちりあっていて、素敵です」
自然な流れで世間話が始まる。久世社長ほど低くない声で宗方さんが「ありがとうございます」と笑う。
パリコレの経験もあるだけあって、商品を持って立つだけで宗方さんは絵になった。カメラの前に立つ前は気さくで話やすい印象だったけど、ひとたびカメラの前に立てば雰囲気が一気に変わる。クールで洗練された雰囲気に、力強くて色っぽい目力。
前のイメージモデルとはまた違う感じですごくいい。それは私だけじゃなくて、さっき椛乃社長とも「いいですね」と話したばかり。
「はい、これでOKです」
「ありがとうございます」
取れていたカフスボタンを付け終わると、一歩後ろに下がる。宗方さんも満足そうに笑っていて、いいモデルさんだなと実感しちゃった――けど同時に視線を感じる。
「あの……なんですか?」
「あ、すみません」
宗方さんがじっと私を見てる。久世社長のねっとりした視線とは少し違うが、顔のいいイケメンに見られて浮足たない女の子はいないと思う。
「噂通りだなって」
「噂って?」
「COCONOEの花園2人は相当綺麗で可愛らしいって聞いてたんですけど、噂顔負けですね」
人懐っこく宗方さんが歯を見せて笑う。
ストレートな褒め言葉。嘘をついているようには見えなくて、素直に褒め言葉を受け取った。実際椛乃社長の儚く綺麗な噂は業界内でも有名。それに伴って私も美人秘書としてそれなりに名は通っている。――けどこうやって実際褒められるとやっぱり嬉しい。
私は嫌味を言われるより褒められるのが好き。宗方さんの一言に改めてそれを実感しちゃった。
「スタイルもよくて、脚も綺麗ですね。モデルさんみたいだ」
「ありがとうございます」
すっと宗方さんの視線が脚へと落ちるが、嫌な感じではなく。それどころか、褒められてちょっとくすぐったいくらいだ。
久世社長と紗英さんのやり取りを見て、ソワソワしていた気持ちがすっと落ち着いていく。よかった、いいタイミングで話相手になってくれて。
「宗方さん、お願いします」
「あ、はーい! じゃあ、黒瀬さんボタンありがとうございました」
撮影が再開するのか撮影スタッフが宗方さんを呼ぶ。カメラの前には既に紗英さんもいて、今からはCM用の撮影がスタートする。撮影もいよいよ終盤と言ったところだろうか。このまま無事に終わりますように――なんて思ってたけど、やっぱり最後まで気持ちは落ち着かなかった。
一度気になってしまったせいで、ずっと紗英さんと久世社長を見てしまうから。
久世社長って……紗英さんとも関係持ってたりするのかな?
そんなバカなことを考えてしまうぐらい。私は今――嫉妬してるかもしれない。こんな感情信じられない。
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