心を洗う洗濯機はありません。涙を乾かす乾燥機もありません。でも……

高橋晴之介(たかはしせいのすけ)

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洗濯支援スタート

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4月6日 水曜日
3人はそれぞれのタイミングで出発した。一番積み荷が多い須田が会社を出たのは4時30分であった。高速道路の工事の状況次第で通行止めの箇所がある可能性もあるが、14時に多賀城市役所の駐車場に集合する、遅れても文句なしという緩いスケジュール感である。
10時過ぎに鈴木にいやんが那須のサービスエリアに入ると申し合わせたかのように残りの2人も同じサービスエリアに車を止めた。
「そんなもんだよな。みんな考えることは同じだ」
3人の中で一番年上の鈴木にいやんはぼそりと呟いた。
那須から多賀城まではそれぞれの車が付かず離れずの距離を保ちながらのんびり走り、予定通り14時前には市役所に着いた。
伊豆の国市役所から積んできた支援物資を降ろしていると、その奥には須田が近距離移動用に持ってきたママチャリが見えた。
「あーっ、自転車もある! 助かります。市役所と避難所の移動に自転車欲しかったんです」
そう多賀城市役所の職員に言われてしまうと、渡さないわけにいかないというのが須田らしさであった。
その後、3人は明日からの活動場所になる4か所の避難所の下見をして、日没前にはホテル新浜に向かった。
それぞれ食料は持って来ていた。カップラーメンにカロリーメイト、保存が効くパン、飲み物は他の社員たちが陣中見舞いとして大量にダンボールに詰め込んでくれた。
しかし、須田が下見に来た2週間前とは状況は変わっていた。
比較的早いタイミングで水道が復旧した塩釜市内ではスーパーもコンビニも営業を再開し、ガソリンスタンドの行列も短くなっていた。それどころか漁船が打ちあがったままの魚市場の目の前の蕎麦屋の看板には明かりが灯っていた。

漁港の前のスペースに車を停めて蕎麦屋に入り、3人はお茶で乾杯してからボリュームがあるカツ丼と蕎麦のセットを平らげた。
古い旅館の6畳間に男が3人。贅沢な空間ではないが最悪の場合には乗って来たトラックの荷台で寝袋で寝る準備と覚悟をしていたことに比べたらシャワーが使えて暖かい布団があるだけで極楽であった。
避難所の中はいったいどうなっているのだろうか。そんな心配も頭によぎったが、とにかく明日からの活動に備えて早々に寝た。

4月7日 木曜日 8時
多賀城市立天真てんしん小学校の校庭からついに3人の洗濯支援がスタートした。


2tトラックのアルミボディは両サイドがウイングになっていて羽根のように開けることができる。さらに後部にはコンビニの配送車でよく見るエレベーターのようなリフトを装備していた。どちらも珍しいものではないがフォークリフトを使う業種ではウイング、手積み手降ろしの業界はリアゲートが一般的なので両方を装備しているトラックはまさにレアな1台だ。
それもそのはず、このトラックはデモに使うことに特化した仕様で特注したものであったので、まさかこんな時に役に立つとは考えてもいなかった。
テストは十分にしてきたがどんなトラブルが起こるかは予想できなかった。
左右と後ろのゲートを開くと、荷台の前方には大きな発電機、その後ろに200リットルの水が入るタンク、一番後ろには22kgタイプのコインランドリー用洗濯乾燥機と2段式の乾燥機が装備されている。脱水の時の振動や乾燥機から出る熱にも配慮して改造してある。

3人は手慣れた様子で水タンクにホースを繋ぎ、乾燥機のガスをセットした。下水道が回復していないこともあり排水は側溝に市のまま流すしかないから環境配慮型のすすぎ1回タイプの柔軟剤入りの洗剤を用意してきた。

発電機のキーを捻るとトラックのようなエンジン音が響いて洗濯機のディスプレイが明るく光る。
タンクの水も十分たまった頃には、避難している人たちが物珍しさで集まって来ていた。この天真小学校の避難所はあと数日で他の避難所と統合するということもあり、避難者は少なく基本的に毛布のみを洗濯するという方向で進んでいた。これらは避難所の管理者と打ち合わせをしながら日々流動的に対応していた。
今回の機材は薄手の毛布なら1回に7~8枚洗い、30~40分で乾かすことができる。順調にいけば1日25回、200枚ほどの毛布をきれいでホッカホカの状態で避難者の手元に届けることができる。

避難所での毛布はただの寝具ではない。被災直後は寝具であり敷物であり防寒具の代わりもしている。毎日避難所から自宅に戻り瓦礫や家財道具を運び出し、ヘドロを掻き出して帰って来ると靴も含めて全身泥にまみれて帰って来る。この避難所にはシャワーもなく震災の日から1度も入浴できない人も多かった。
そのため洗濯機からは濃いミルクティーのような排水が流れ出した。
それを見ていた避難者たちは
「これじゃあ具合が悪くなる人も出るね」
「息が苦しいって病院に運ばれた人もいるの」
「洋服も洗濯してほしい」
など、様々な声をこぼし、避難所の中に3人を招き入れた。

教室をいくつかに区切って家族やグループごとに使うことができるため、比較的プライバシーが保たれ、土足でいい場所、靴を脱ぐ場所などが区画されていた。
「次に行く避難所はこうはいかないの。体育館だから。見てきたけどバスケットボールやる床にブルーシートと段ボールを敷いただけのところ。ずっとここにいたいけど、学校だから子供たちに早く返してあげないとね」
そんな時期だ。もう新年度の1学期が始まる。

入口には子どもたちが描いた絵がたくさん飾ってあった。
動物や山々の景色など子どもらしい絵の中に、打ち上げられた船や倒れた建物に潰された車、捜索を続ける自衛隊のヘリ、たすけての文字が書かれたものもある。
小さい子どもの目に、心に大きな衝撃があったことは間違いない。この先ずっとこの記憶を持って生きていくのだろうと。

洗濯機が動いている間、3人はというと……
たいした用事はないのである。洗濯に30分、乾燥に30分。とにかく機械が遊んでいる時間がないようにテンポよく毛布を回収して、仕上がったら返却することを繰り返すだけだった。
今日洗濯するのは8世帯31人分の毛布約100枚。
市で備蓄していた毛布も含め、支援品として他の自治体から送られたものも多数あり未開封で保管されている物もあった。

14時過ぎにはすべての毛布を洗い終え、3人は機械の点検と消毒をして明日の支援場所である多賀城市文化センターに向かった。
センター敷地内の駐車場には自衛隊の炊き出しのテントがあった。
洗濯支援はその隣でという指示を受けて機材の展開場所を確保した。
文化センターの裏手には水道局の事務所と大きな給水タンクがある。ここなら水の心配はない。ホースをつなげば水道局の蛇口をひねるだけで水が出る。

洗濯車を指定の場所に置くと、山崎ざきさん鈴木にいやんはプロボックスに乗り込み、
「じゃ、あとよろしく」
と言って帰って行った。非常時とは言え会社にはそれぞれ仕事がある。ここからしばらくは須田1人で支援を行うことになる。

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