風と共に現れし虎、風と共に消える。

チャンスに賭けろ

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第五章 ―住―

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 手ごたえはなかった。
 それもそのはず、棍棒の握り手よりも上の部分が消失している。
 
「な、なんじゃこりゃあ!?」

 ボランが思わず間抜けな声をあげた。
 解答は、やがてくるくると回転して地に墜ちてきた。
 すなわち、綺麗に寸断された棍棒の上部分が。
 切断されたのだ。虎の刀の一振りで。
 ボランがその答えにたどりついたとき、頚部にひんやりとした感覚があった。
 
「まだ、やるかね」

 刀が、首筋に突きつけられている。
 虎がわずかでも刃先を内側にひねれば、彼はその瞬間、この世からおさらばすることになるだろう。
 どっと冷汗が滝のようにすべり落ちてくる。
 なんとか隙をつくろうと、言葉を紡ぎだそうとした瞬間――

「まだ、やるかね」

 念を押す声がした。機先を制するように。
 間違いなく、この男に奇策は通じない。
 ようやくボランは、虎と名乗る男とのレベル差を痛感した。

「……わかった。この場は、引く」

 ようよう、それだけの言葉を吐き出した。
 
「親分、そりゃねえですぜ」

「全員でかかりゃ、こんな若造――」

「ばかめ、全員でかかれば、そのとき俺の頚部は切断されとるわ。黙って引け!」

 不満げな背後の野盗の声も、それで静まった。
 虎も刀を鞘に納めた。無用の騒ぎを収めようとするかのように。
 
「若造、虎といったな。その腕、只者じゃねえ。本当の名前はなんだ?」

「虎は虎だ。それ以上でも、それ以下でもない」

「……まあいい、この場は引こう。だが、諦めたわけじゃねえ。忘れるなよ」

「諦めない気持ちは大事さ。それが結実するかはともかくな」

「言ってろ」

 ボランは捨てゼリフとともに、背をむけた。
 無論、このままですますつもりはない。
 自分の腕で敵わぬ相手ならば、どうすればよいか。
 彼の胸中に去来するのはそれのみであった。


 野盗の群れは、虎へ罵声を浴びせつつも、命令どおりにそこから去っていった。
 その姿が見えなくなると、どおっと、村人達が歓喜の声をあげた。

「すごいなあんた、本当にすごい!」

「なんて腕の立つ傭兵なんだ。あんなの今まで見たことがないぜ」

「村の救世主だな、本当に」

「なに、俺は種を蒔いただけさ」

 けろりとした顔で虎は応じた。
 村人たちは、虎の言葉の意味がわからず、首をかしげる。
 
「どういう意味だね?」

「いずれ収穫のときが来る。それまで厄介になるということさ」

 こうして、この風来坊の存在は、たちまち村中に知れ渡った。
 唯一の希望として。


――村には、つかのまの平和がもどった。
 翌日から盗賊たちの気配が、村の周囲から消えたのだ。
 村人たちはこれで外へ出ることができると、虎に礼を言いに、酒場の二階へと押し寄せてきた。
 ぜひお返しをしたいと、少ない金をかき集めてきた者もいたが、虎は階下を指差し、こういったものだ。

「酒を一杯おごってくれ。それでチャラだ」

 一階の酒場は、お祭り騒ぎのようになった。酒を奢るというものが続出し、ならば全員で呑もうと虎が誘ったからだ。
 ささやかな宴会がはじまった。あちこちで酒の満ちた碗が掲げられ、調子外れの歌がひびきわたる。

「ここがこんなに活気に満ちたのは、久しぶりさね」

 ゾイトイ女将が、うれしそうに微笑む。
 
「それもこれも、あんたのおかげだよ。みんなに代わってお礼を言っておくよ」

「ついでに宿賃が安くなると最高だがね」

「おおっと、それとこれとは別問題さね。こっちも生活がある」

「女将の場合、すこし飢えた方がちょうどよいかもな」

「男の余計なひとことは身を滅ぼすよ」

 ゾイトイ女将は、じろりと虎を睨めつけた。

「……肝に銘じておこう」

 虎は肩をすくめ、周囲は爆笑に包まれた。
 こうして虎は、わずかな日数で村にすっかりと馴染んだ。


 次の日はセシリアの依頼で、狩猟の護衛についていくことになった。
 狩りには、猟師のアランも一緒の予定であった。

「別にふたりでも大丈夫なんだけど、お父さんが心配するから」

 ということだった。仕事ならば虎に否やはない。
「そうか」とだけ告げて、ついていくことにした。
 
 待ち合わせ場所で待っていた猟師アランは、五十代の程よく締まった肉体を持つ、敏捷そうな黒い髭面の男だった。セシリアが、虎が同行する理由を簡潔に説明する。
 彼はふうんとつぶやいて、虎を無遠慮にじろじろと眺めまわすと、

「いや、そういうことなら、今回私は遠慮しよう」

 突然、そんなことを言い出した。
 
「何がそういうことなのよ、師匠、三人で行きましょう」

「いやいや、俺は野暮天ではない。今日は独りで狩るさ」

 笑顔のまま、言ったものだ。
 セシリアはなぜか白皙の顔を赤く染めて、

「もう、そんなんじゃないのに……」

 とかつぶやいていた。虎だけは何も言わぬ。
 
「そこで呆然としてないで、さっさと行きましょ」

 セシリアがせかせかと歩き出す。
 虎は軽く吐息を漏らすと、黙って後にしたがった。

 農村の狩りというのは、制限が多い。
 自分が狩りを楽しむために、殆どの貴族は、特定の生物に対する狩猟を禁じている場合が多いのだ。
 鹿やイノシシ、白鳥などは貴族が好むため、農民には狩猟が禁じられている。
 ただし、野ウサギやヘビなど、一部の生物に対する狩りは許可されている。
 セシリアと虎はそうした獲物を求め、さんざん歩き回った。収穫は野ウサギ1羽という、惨澹たる結果に終わったが。
 
「まあ、手ぶらよりはいいわ」

 とセシリアは憔悴しきった顔で、つぶやいた。
 その直後であった。
 
「グオオォォォォオオオオッッッッ!!」

 獰猛な雄叫びが森林をゆるがした。
 肥大化した熊のような大型の化け物が、不意に突進してきたのだ。

「モ、モンスターのゴズマよ! 逃げなきゃ!」

「うん、速く逃げろ」

「なに言ってるのよ、ゴズマは人間の手に負える怪物じゃないわ。逃げましょう」

「二人揃って逃げる方がむずかしい。離れていろ」

 ゴズマは下草や切り株を粉砕しながら、まっすぐに突進してくる。
 その迫力は並の人間では、耐え切れるものではないだろう。
 虎は静かに、背負った刀の鞘に手をやった。
 
 一閃、いや二閃。

 虎は凄まじい勢いで繰り出された右の前脚を刎ね飛ばすと、そのまま刀を、ゴズマの頭上へと振り下ろした。
 鮮血の花が咲き、下草を濡らした。
 頭蓋を砕かれてもなお、ゴズマは虎へ左の前脚を突きだした。
 虎は、跳躍した。さらに脳天へ一撃。
 流星のごとく落下した刀は、ゴズマの脳天を粉砕し、胴まで切り裂いた。

 すさまじい光景を目の当たりにし、セシリアは声もない。
 虎は刃こぼれ一つない刀を振り、付着した血を撥ね飛ばすと、

「こいつは食い出がありそうだな」

 と、セシリアに笑いかけた。


 虎が、ひとりでゴズマを斬殺した話は、村では誰ひとり知らぬ者とてない話題となった。
 巨大で粗暴なゴズマを退治するには、猟師が数人がかり、さらに罠を仕掛けた上でかからねば不可能なことだったからだ。それを虎は単身でやってのけたのだから、これまた村人が驚嘆するのも無理からぬことであった。

「えらいことをやってのけるもんだ。俺にはあんたの方が怪物に見える」

 呆れた口調で、猟師のアランはいったものだ。
 さらにくわしく聞くと、この化物の肉は硬く、さらに独特の臭みがある。
 食肉にするには、さまざまな行程を経ないといけないということだった。

「ああ面倒くさい。全部そちらで片付けてくれ」

 虎は投げやりにそういった。
 そういうことで、すべて村の人々に提供することになった。
 
 

「――ね。虎ってば、あきれるでしょう?」

 「そうだなあ……」
 
 夕餉の席で、セシリアがそう語るのを聞いたときは、ノギトは返答に窮した。
 その話が事実なら、彼女は二度も命を救われたことになる。

 「他にもね、あの男ときたら……」

 「セシリア、あまり人のことをわるく言うものではない」

 「そうよ、いい人でしょ、虎さんは」

 「むー。ふたりともあの男に甘いんだから」

 セシリアはぷうっと頬をふくらませた。

 最近セシリアから出る話題といえば、ほとんどあの男のことだ。
 笑顔も増えた。いいことだ、とノギトは思った。
 ここしばらく、セシリアはふさぎこみがちだった。当然である。
 盗賊団のリーダーであるボランに、その美貌を狙われ、何度もつけ狙われてきた。生きた心地もしなかっただろう。
 また、自分のせいで、村に迷惑がかかっていると、ひそかに思い悩んでいるのも知っていた。
 虎のおかげだ、とノギトは思う。それが解消されたのは。
 彼が現われて、村全体が活気を取り戻したようだ。

 セシリアは自覚しているのかいないのか、確実に虎を異性として意識しているようである。
 これまで幾度か「誰か男とつきあったりはしないのか」と、セシリアに尋ねたこともあった。
 しかしセシリアは、そうした色恋沙汰に無頓着だった。

「そんなことより弓の練習をしたり、薪割りや水汲みと、毎日やることがいっぱいあるんだから。そんな暇なんて全然ないわ」

 と応えるのが常だった。
 
 しかしいま、こうして虎の話をして、屈託なく笑っているセシリアを見て、ノギトは思う。
 これはいい兆候なのだと。

「お父さん、どうしたの、ぼーっとして」

「ああ、いやいや、なんでもない」
 

――その時、前々から考えていたことをノギトは決断した。

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