風と共に現れし虎、風と共に消える。

チャンスに賭けろ

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第七章 ―戦―

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「それで、どうする。全員でかかってくるか」

 「そいつは下策だ。何人死傷者がでるかわからねえ」

 「すると、誰が俺の相手をしてくれるんだ」

 「――こちらの方だ」

 野盗たちの中から、ひときわ大きな人影がぬう、とあらわれた。
 遠目でも、それが人間ではないとわかった。 



 異形であった。
 あらわれたのは小型の竜そのもの。――ドラグ族だった。
 ドラグ族はドラゴンの末裔といわれている。外観は爬虫類そのものであり、鱗でおおわれた皮膚といい、小型の竜を直立させ、人型に押し込めたようである。
 ただし、その風貌から誤解を招くことも多いが、始祖であるドラゴンの特徴は、長い年月で退化してしまい、今では空を飛ぶことも、火を噴くこともできない。
 その身体的特徴、太い尻尾のみが伝説の名残を伝えている。

「わるいが、死んでもらいに来た」

 その巨大なあぎとから、低い声がひびいた。

「はいそうですかと聞くわけにはいかんな」

「―――まさか亜人! それもドラグ族を連れてくるとは!」
 
 村人たちはあからさまに驚愕している。
 動揺の激しさから、その姿をはじめて見る村人がほとんどのようだった。
 ドラグ族は、戦闘に特化している生物といってもいい。剽悍さ、腕力、敏捷、すべての面において、人間とは比較にならぬほどの戦力を有する。
 ただし、繁殖力が低いとされ、その絶対数は不足している。
 その希少な存在と、虎は対峙している。

「では、我と闘うつもりか――?」

 ドラグ族の男は静かにいった。

「嫌だといったら、茶でも飲んで帰るかね?」

「それはできん。受けた仕事はこなす。どのような者からの依頼でもな」

「奇遇だな、俺もそうさ」

 「そうか。おまえは誇り高き戦士なのだな。だが、その勇敢な戦士を殺さねばならぬというのは、つらいものだ……」


 挑発ではなさそうだ。その声にはかすかな憐憫がまじっている。
 人間と、ドラグ族の戦力差を知っているからこそなのだろう。
 虎はゆるりと背後をみた。
 そこには、覚悟を決めた村人たちの顔がならんでいる。虎の援護をするつもりなのかもしれない。

 「……おひとよしどもが」
 
 虎は苦笑いした。

 「おい、ここは場所がわるい。場所を変えるか」

 「異存はない」

 「お、俺たちもいくぞ!」

 村人たちは、決死の覚悟をみなぎらせている。
 虎は静かな口調で告げた。

 「まあ落ち着け。ここを守るのがお前さんたちの役目だろう。こいつらの始末は俺の役目さ」

「し、しかし、あの化物相手では、いくらあんたでも……」
 
「そこは信用してもらうしかないな。どうだ、俺は頼りにならぬ男かね」

 虎は軽くウインクしてみせた。
 だが、その瞳に輝く真剣な光に、村人は気付いたようだ。
 村人たちはこぞって頷いた。

「わかった。勝ってくれ、虎!」

「ここで勝利の報告を待っているぞ」

「虎、負けたらメシ抜きだよ!」

「――そいつは困る。なら、メシのために頑張るか」

 口の端にいつもの不敵な微笑を浮かべると、小竜を見やる。

 「待たせたな」

 「そうでもない」

 ひとりと一匹は、連れ立って歩き始めた。
 その周囲をとりかこむように、ぞろぞろと盗賊たちがついていく。
 村人たちは不安げに、その背中を見送っていた。
 二度と還らぬ、その背中を。

 村全体の意識が東門に集中しているときである。
 フードを目深にかぶった小柄な人物が、誰にも見咎められぬよう、こそこそと西門へと移動していた。誰がどう見ても、不審であった。

「どこへいくつもりだね」

 背中から声をかけられ、フードの人物はびくんと跳ね上がった。
 
「ひとりで外へ出るのはやめなさい、セシリア」

 声をかけた人物は、ノギトであった。
 頭を覆っていたフードを外すと、鮮やかな金色が視界に飛び込んでくる。

「お父さん、脅かしっこなしだわ」

「それはこっちのセリフじゃ、危ない目にあったばかりなのに、ひとりで外へ出るなんて危険極まりない。どこへいくつもりなんだね」

 セシリアは視線を伏せたまま、答えない。
 頑なな横顔に、ノギトはふう、と溜息をついた。

「まあ、見当はついておる。虎のところじゃろう」

 ぱっと、少女は父の顔をみた。頬が朱に染まっている。

「やれやれ図星か。しかし今追いかけるのは危険すぎる」

「でも、相手はドラグ族よ。さすがの虎もやられちゃうかもしれない」

「だからと言って、お前さんがついていっても、何をできるわけではなかろう」

 ぐっとセシリアは言葉につまった。
 こうも喜怒哀楽が、表情にはっきり出る子もめずらしい。
 ノギトが返事をじっと待っていると、少女は素直に、

「確かにあたしが行っても、何もできないと思う」と、認めつつ、

「でも、うちでじっと待っているのは嫌なの。怖くて、我慢できない」

 はっきりとした声で言った。
 今度はノギトが溜息をつく番だった。彼女の決意は本物で、容易に覆せるようなものではなさそうだったからだ。

「わかった。好きになさい。ただし、いざという時は大声を出して、虎に助けを求めるんだよ。できるね」

「でも、虎に迷惑がかからないかしら」

「あの男はそういう事を気にする性格ではない」

 短いながらも、ノギトは虎と行動をともにしてきたのだ。
 掴みどころのない虎の性格を、おおよそ把握していると思っている。
 皮肉屋だが人情家で、決して困っている人を放ってはおけないだろう。

「本当はわしがついていってやりたいぐらいだが、足手まといが増えてもことだ」

 ノギトは笑った。少女もつられて笑い、かるく抱き合った。
 それからセシリアは、再びフードを目深にかぶると、ノギトと共に西門へと向かい、そこで別れた。
 森林のなかに消えていく少女の背中を見つめ、さみしそうにノギトはつぶやいた。

「あの子の、巣立ちのときなのかも知れんな……」

 村からの小路は円を描くようにゆるやかに曲線を描き、街道へ合流する。
 どこを見ても、ひたすら闇と緑が交錯する森林がつづいている。
 セシリアは息を切らして木陰に隠れつつ、彼らを追っていた。
 やがて街道沿いに、ぽつんと開けた林間地がある。
 闘うにはうってつけの場だろう。

 空は曇天模様だった。強い風に、虎のマントがたなびいた。
 セシリアはすこし離れた大木の背後にかくれ、ようすを窺っている。
 虎はこちらに気付いているのか、ときおり意味ありげな含み笑いをしている。
 盗賊に気取られると厄介なので、そしらぬふりを装っているのかもしれない。

 「我の名は奈落のルゴルスという。おぬしの名は?」

 「聞く必要があるのか?」

「墓碑に刻む名は、あったほうがいい」

「そうか。俺は虎……いや―――」

 すこしの間があった。

 「―――俺の名は、ブライ=セイガン=アスルという」

 この相手には、真の名を明かすべきだと判断したのか。

「ブライ……」

 セシリアは、やっと虎の本名を知ることができた。

「ふむ、不思議と聞きおぼえのある名だが……」

 ルゴルスは首をひねったが、答えはでなかったようだ。

「ではブライ。なんの因果かわからぬが、ここで果ててもらう」

 「ルゴルス、おまえは因果というが、俺には解せぬ。ドラグ族といえば誇り高い戦闘民族。なぜ盗賊ふぜいに加担する?」
 
 竜の末裔は、うなるように声をふるわせた。

「恥かしき限りよ。金がなければ浮世では暮らしもままならぬ」

「なるほどな。連中め、よほど奮発したとみえる」

「さて。もはや言葉は要らぬだろう――闘おう」

「せっかちな奴だな。嫌われるタイプだ」

―――竜虎が相搏とうとしている。
 どちらも、構えを取ってはいない。
  まるで塑像と化したかのように、ふたりは棒立ちである。
 だがセシリアには、目に見えぬなにかが見えた気がした。
 両者の間には、呼吸するのも躊躇われるような、すさまじい緊張感がはりつめている。
 野盗たちもそれを感じとったか、寂として声もない。

―――ごう

 竜人の気配が増した。猛烈な鬼気と呼ぶべきだろうか。
 ルゴルスから急速に、おびただしい殺気が風のように吹き抜けた。その迫力たるや、離れた位置に隠れているセシリアですら、息苦しさを感じるほどであった。
 しかし、ブライは身じろぎひとつしない。
 ルゴルスの殺気を浴びても、平然とした面構えで佇立している。

 「むう……?」

 ルゴルスは意外そうな声をだした。
 一気に決めてしまう腹だったのだろう。それだけの戦闘力の差が、両種族間に横たわっている。
 ブライの隙のなさが、それを妨げたのだ。

 「人の身で、よくぞそこまで鍛錬を重ねたものだ。おどろいた」

 「あんまり褒めるなよ。鼻が天まで伸びちまう」

 ブライは軽く鼻の頭をかいた。 

 「これは愉快だ。一方的な殺戮には飽いていたところだ」
 
 ルゴルスはごろごろと喉を鳴らした。笑ったのだろう。

 「そんなにおかしいかね、トカゲ野郎」

 わずかにブライが動いた。
 猿臂をのばし、背の柄に触れている。
 それが機だったのだろうか。
 先に動いたのは、ルゴルスだった。

 「ぬうっ」

 その手に握られた巨大な両刃斧ラブリュスが、ブライの頭上を襲った。
 頭を振ってそれをよけた。
 尋常ならざる反射だった。
 紙一重でかわされた斧は、大気を切り裂いただけのように見えた。
 だが、次の瞬間、それは風を巻いて横に変化する。
 胴をねらった、巨体に似合わぬすさまじい動きだった。
 それも当らない。
 予期していたものの如く、よける。
 斧を振りぬいたルゴルスは隙だらけだった。
 ブライは反撃の好機に見えた。
 しかし瞬時、とっさに背後へ跳躍した。
 彼の足元を、のたうつ大蛇のような尻尾がうなりをあげて通過していった。

 「これをかわすか、人間!」

 ルゴルスが愉快そうに笑った。
 両眼が、路傍で宝石を見つけたかのように輝いている。

 「やっかいな連続攻撃だな」

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