風と共に現れし虎、風と共に消える。

チャンスに賭けろ

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第八章 ―魔―

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 ブライに体勢を立て直すいとまを与えず、ふたたびルゴルスが突進した。
 尻尾がうなった。
―――かと思えば、両刃斧のすさまじい連続攻撃。
 突く、薙ぐ、振りまわす。
 当れば一撃で、骨まで粉砕してしまいそうな重い打撃である。
 だが、ブライはいずれも紙一重でかわしている。

「ブライ、おまえはすごい男だ。人間という種族を、俺はどうやら甘く見ていたようだ。おまえのお陰で認識があらたまった」

「お役に立てて何よりだ」

 ブライの見切りには、秘密があった。

 かれは最初から、この怪物が尾を攻撃に用いると想定していたのだ。
 ここまで歩きつつ、その尾の長さを観察していたのである。
 
 剣闘において最も厄介なのは、相手の得物の距離が測れないということだ。
 見切りをひとつ誤まれば、切断された骸となる。
 ブライはルゴルスの腕のリーチも存分に観察している。移動の最中に、すでに勝負は始まっていたのだ。
 逆にブライは、背に大刀を差したままマントを羽織っている。ルゴルスにその全貌を見せてはいない。

「おまえはここまでの短い間に、頭脳を縦横にめぐらし、必勝の策を練っていたのだな」

「買いかぶりだよ」

「そうは思わん。だから、俺も奥の手を出すことにした」

 ルゴルスは、斧の柄をぐりっと回した。

 斧からカチッという異質な音が鳴った――その直後、それはわずかに振動し――ほのかな燐光をはなちはじめた。

 「―――これで、どうだ?」

 ルゴルスの動きが明確に変わった。
 重厚な地響きを立てていた足音が、軽快なものに変わる。
 竜の末裔はまるで重量を失ったかのように、大地を滑走している。
 両刃斧に秘められた魔術が発動したのだ。
 彼の手にした得物は魔剣ならぬ、魔斧だったのだ。

 「まだまだ、純粋な闘いを楽しみたくはあったが、こちらも必死でな」

 「ふむ、 速度加速ブーストの加護のついた斧だったか」

 「こうなっては、もはや万が一にもおまえに勝ち目はない」

 ルゴルスは咆哮とともに突進した。
 今までとは、比較にならぬ速度だった。
 高速の斬撃が、雷光のようにブライを襲った。

 わずかに見切りそこない、刃先がキモノをかすめた。
 ブライは抜いていない。
 いや、抜くいとますら与えてもらえなかったと言っていい。
 
 ブライの刀は抜刀のさい、その刀身の長大さから、一瞬、上へのびあがるようにして抜かねばならない。
 
 その隙を与えれば、どうなるか。

 尻尾で両足を砕かれるか、斧で頭を叩き割られるか。
 いずれにせよ、心楽しい未来はなさそうだ。そうセシリアには思えた。
 
(無理よあんなの。人の身で、どう相手にすれば……) 

 彼女の目には、もはやブライの勝ちは消滅したように見える。
 
 鞭のようにしなる尻尾は、さらなる加速を生んだ。猛烈な砂埃が舞った。
 竜の末裔はすさまじい勢いで旋回し、颶風となってブライを呑みこもうとしていた。

――――それは、まさに竜巻であった。

「―――――っ!!?」
 
 周囲で様子を見ていた野盗も、木陰のセシリアも、圧倒されて息を呑んだ。

「おまえら、もう少し距離をとれ。下手すると巻き込まれちまう!」
 
 野盗のリーダー、ボランがあわてて叫んだ。
 周囲で見守っていた盗賊団は、戦慄とともに逃げ惑う。

「さて、そろそろ終幕といこうか。ブライよ」

「おしゃべりな竜だ。お袋にそのでかい口を縫ってもらえ」
 
 心なしか、ブライの軽口も余裕がない。それも当然かもしれない。
 もはやそれは、人間の反射神経でかわせる代物ではなかった。

「―――奈落へ消えろ」
 
 竜巻が、ブライを包みこんだ。

 セシリアは息を呑んだ。あの竜巻が去った後、なますのように切り刻まれ、人か肉塊かわからぬものと化したブライの死体が大地にころがっている。
 彼女には、その光景がまざまざと見えた。
 いますぐ、絶叫とともに木陰から飛び出したい。 
 その誘惑が、ひたひたとセシリアの精神を満たしていく。
 
 だが――その瞬間は、訪れない。
 

「どうした、敵に背を向けて」

 意外な声に、竜巻はふりかえった。
 額から血を流しているものの、五体満足で立っているブライがいる。

 「ば、ばかな!?」

 ルゴルスが浮かべた驚愕は、尋常なものではなかった。
 顎を開き、思わず戦闘態勢を解いてしまうほどの。
 
「いかなる魔術を用いたのか、このようなことはありえぬ!」
 
 そのとき、ルゴルスは気付いたようだった。
 ブライの背から、光が漏れているのを。
 いや、正確には、鞘の内にある刀身が輝いているのだ。

「もしや、もしや、貴様も―――」

「奥の手を持っているのが自分だけだと、ゆめ思わぬことだ」

 牙をむく虎のように、ブライが獰猛な笑みを浮かべた。
 ブライの刀もまた、魔を宿していたのだ。

 ほぼ表情というものが読み取れない、竜人のルゴルスであったが、その周章狼狽は傍目からも明らかだった。

 「……まさかな。このような辺境の森で、魔法武具をもった戦士がふたりも立っているとは……」

 夢のただなかにいるような、おぼつかない口調でルゴルスはつぶやく。

魔法の付与された武器というのは、それだけで希少価値がたかい。
 呪文の詠唱無しで、武器から魔法が発動するのだ。
 
 およそ剣士と名のつくもので、欲しないものは皆無であろう。
 その便利さ、威力もさることながら、現在その技法は失われている点も、希少性に輪をかけている。

 現代の魔道師は、新たに魔法の武器を作成できない。
 つまり魔道具は損耗し、減る事はあっても増えることはないのだ。
 手に出来るのは一部の特権階級のもの。あるいはトップクラスの収入をたたき出す、一流の傭兵などしか所有することはできない。
 ただの傭兵ではない、と思っていたが、ブライも自分と同じ、ランクSの傭兵なのだろう。
 
 傭兵ランク最高位の戦士が、ともに魔武具を持って邂逅する。
 これはどういう運命のいたずらなのか。ルゴルスはすこし考えた。

(――しかし、結論のでる問いでもないな)

 むしろ戦士として、魔武具どうしの戦いを経験できるのは僥倖。
 そう結論づけた。

「……おもしろい。これで戦力はふたたび拮抗したわけか」

「さあな、そうとも限らん」

 そのとおりだ―――とルゴルスは思った。
 彼自身の、速度加速ブーストはすでに知られているが、彼はブライの付与されている魔術が何なのか、まだ把握できていないのだ。
 しかし、推測することはできる。
 まず武器に付与された魔術で多いのは当然ながら、武器そのものが強化されるものだ。
 武器に火の能力、氷の能力などが加味されたり、破壊力を倍増させるものもある。
 ついで多いのは身体強化系。
 得物のもちぬしに加護をもたらすものだ。
 ルゴルスの魔斧はこれにあたる。

 ルゴルスは、ブライの魔武具の能力もこれだ、と確信していた。
 でなければ、あの必殺の竜巻を受けて無事でいられるはずもない。
―――おそらくは、同じブースト系。
 同じ速度で動けるなら、かわすのも難しくはないだろう。

「厄介なことになった、が……」

 古代龍語でつぶやく。
 つまるところ、条件は対等にもどった。
 こうなれば―――技量―――互いの技術のみが勝負の決め手になるはずであった。

 「こうして睨みあっても、勝負はつくまい」

 ブライが半身の姿勢でいう。指先は柄頭に。

 「まあな、ここまでの勝負になるとは、想像もつかなかった」
 
 自嘲をふくんだ声でルゴルスは応える。

「想像力の欠如だな、直すべきだ」

「そうさせてもらおう。おまえを斬ったあとでな―――!」

―――またも、ルゴルスから動いた。
 ふたたび、速度加速ブーストから旋回し、竜巻が出現した。
 ブライはまちがいなく、竜巻に呑まれる前に動くだろう。
 それだけの速度を持っているはずだ。
 そこで―――。
 手前。
 斧を、突いた。
 握りをぎりぎりまで下に持ちかえ、距離を伸ばす。

 「ぬうっ」
 
 身を沈め、これをかわすブライ。
 すぐさま身をよじり、尻尾を鞭のように飛ばすルゴルス。
 これを、ブライが跳躍してかわした。

―――ここだ。
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