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第一章 分身体
ひったくりとできる子
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城壁ののそばから、街道沿いに出てエリスの相手をしていたレヴィンの元に、つんざくような悲鳴が響き渡る。周年祭のイベントにはよからぬ輩も現れるわけで、声のしている方を振り返る。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「誰かつかまえて~!!」
「うっせぇ! 黙ってろ!!」
街道の歓声をつんざくようにして、商店街の一部から悲鳴が街道にこだましてくる。先程までの賑やかな街道は静まり返り、一斉に声のした方向へと視線が向く。人だかりをかき分けるようにして、ひとりの大柄な男が駆け出してくる。
スリをするには不釣り合いなほどの男は、その力でねじ伏せたのかひったくられた女性の頬には怪我の痕跡が見える。
「ひどいな......」
「はぁ、どうします? 団長?」
「まぁ、どこにでもいるからなぁ...」
皇都の治安を守るものとして、この場を収めないといけない。さりとて、騎士団として動いて大事にしても仕方ない。考えを巡らせるうちに、ピンッと手を上げるエリス。
「あっ! それじゃ、わたし。いきます!」
「できるか?」
「はい!」
三人で語り合っていた間で申し合わせをすると、エリスだけを残してレヴィンとセリアは近くの出店の陰に隠れる。買い物客の一部に紛れることで、うまく大男の視界から外れてエリスに向かうように仕向ける。
案の定、逃げることに夢中な大男は、ドカドカとエリスの元にまっすぐと走ってくる。そこに立ちはだかるエリスをそのまま弾き飛ばしそうな勢いだ。近づくにつれてエリスと大男の体格差がありありと露わになる。
『エリスならおそらく......』
『それに、あんな男がスリ?』
セリアが考えを巡らせるほどに、スリをするには目立ちすぎな上に、持ち崩すにも他にやりようがある。
『だな。何かありそうだな......』
『まずは、見てみようか......』
確かにスラム街出身のようなみすぼらしい格好こそしているものの、体躯はよく騎士団の新人として入っていても不思議ではない見た目をしている。それほどの恵まれた体格を、スラム街生まれで築けたのなら他にもあった。
それでも、それは見た目からの推測だけのことで、レヴィンやエリスの憶測の域を出なかった。そんな考えを巡らせるうちに、男の突進にも似た走りとエリスが対峙する。
「そこまでです!」
「あんっ?」
出店のひさしに余裕で手が届きそうなほどに高い大男と、セリア並んでも肩くらいしか無いエリスでは壁くらいに高く、それでいて巡回に武器など持つことも無いエリス。いくら騎士団の団員とは言え丸腰でこの体格差。エリスの方が圧倒的に不利だった。
「譲ちゃんが相手してくれんのか?」
「えぇ。つかまえてみせますよ? これでも、騎士団の団員。なので......」
「へぇ。そんな、ちっここくてぺったんこな体で、騎士団は子供でも務まるんだなぁ」
近くの出店の陰から見守るふたりは、いつでも乗り出せるようにと用心のために持ってきていた愛刀の束に手を乗せて構える。そんな男に対して、気圧されるどころかむしろ挑発し始める。
一方でエリスと相対していた大男は、その体を活かすのではなく腰に指した小刀《こがたな》を使おうと手を乗せる。
「えぇっ。こんな小さい子に、剣を使うんですかぁ?」
「私より大きいのに、中身は小さいんですね~」
男の動きを的確に指摘して、挑発し続けるエリス。
含みをいっぱい溜め込みながら、見上げるようにして男を挑発するエリス。その様子は、男の血管をぶちっとひとつふたつは余裕で切れていそうなほどに、見事なアオリを披露する。
「あんっ? 今なんつった?」
「そんなに大きくても、剣をつかうんですね? と......」
挑発にしなやかさを混ぜ、子供が大人を小馬鹿にするように、わざとらしく挑発するエリス。そのあまりの煽りの様子に、セリアが心配の声を上げる。
「いかなくて大丈夫ですか? あれでは熊と子供です......」
「ははは、熊と子供か......言い得て妙だな」
「笑い事ですか?」
「あぁ、笑い事だ、セリア。見ていろ、エリスはあぁ見えて強いんだ」
「は、はい。それは知っていますが......」
レヴィンの言い回しに首をかしげながらも、納得するセリア。一方のレヴィンにはエリスが勝つ未来か想像できなかった。
『自分の窮地を見誤ってる。こういう時は挑発に乗らない方が良い』
『それに、地雷。踏み抜いてるからなぁ...』
『ちっちゃいとか、禁句だろ......』
『終わったな。あいつ......』
いつでも助けに入れるようにと構えるセリアとは裏腹に、どっしりと構えていたレヴィン。男と対峙したエリスの身の丈は、まさに熊と子供。それも、立ち上がった熊で今にも飛びかかりそうな様子。しかし、エリスはその小さい体を活かして、見事な立ち回りを見せる。
「どんな声で泣くのか、みせてくれっかなぁぁぁ!!」
「せぇぇぇぃっ!!」
盛大に振り上げられた大男の拳はエリスに向かって振り下ろされる。慈悲などまったくない、子供であろうと関係なしに振り下ろされるその拳は、普段から振り下ろされ慣れているかのように容赦がない。
しかし、その拳がエリスの愛らしい顔を捉えることはなく、不意に空振りをすることになった大男はバランスを崩しかけて足元が疎かになる。すぐに周囲を見回すが、男からはエリスの姿が見えない。
「おい、譲ちゃん、かくれんぼか?」
「騎士団とやらは、子供のお遊びの集まりなのか?」
「えぇっ? どうしたってんだよ?」
虚空をに投げかけるような大男の声は、無駄に空気を震わせる。そんな時に、不意に後ろから声を掛けられる。
「こっちですよ~」
「このっ!」
“ぶんっ!”
振り向きざまの丸太ほどに太い腕が振り回されるものの、その腕もエリスの体を捉えることはできずに、空を切ってしまう。
「あらあら、どこを見てるんですか~」
「このっ!! 姿を見せろ!」
「嫌ですよ~ 圧倒的に不利じゃないですか......」
「なんだ? 怖くなったのかぁ? 泣いて謝るなら許してやんぞ?」
「がっはははは!!」
エリスと大男の立ち回りを、傍観者として眺めるセリアはその軽快な足取りに目を丸くする。
「ほんと、すごい......」
「あぁ、あれがエリスの本気だ」
「うまく視界から外れてるだろ?」
「えぇ、それも、つかず離れずで......」
セリアが感激するのも無理はなく、エリスが騎士団で本気を出すことなど皆無で、団員のマスコット的な存在でもあった。そんなエリスが相手をする熊のような大男は、なかなか当たらない攻撃にしびれを切らして、煽る様子に流石に腹が経つエリス。
「はぁ、しかたないですね......」
そういうと、あえて男の前に姿を表すエリス。呼吸も乱れず、息も上がってない様子で平然と立つ。あたかも最初から“そこにいた”かのように。その一方で男は上気して、肩で息をするほどに体力を使っていた。
「か、かくれんぼは終わりか? 譲ちゃん」
「あなたが姿を出せというから......」
「それでホイホイと出てきたと......」
「えぇ、まぁ」
にやりと不敵な笑みを浮かべると、もういちど同じように拳を振り下ろす。是が非でも突破したい男は、容赦なく当てに行く。
「そこから動くんじゃねぇぞ!」
「それは、どうですかねっ!!」
そういうと、また男の視界からエリスが消える。
「なにっ! どこ行った!」
不意に姿を消したエリスを探すようにして、周囲をブンブンと振り返る。しかし、エリスの姿は見つけられないどころか、今度は肩から背中にかけてなにか生暖かいものを感じる。
『なんだ? どこだ? それに、何だこの感触。俺。何か背負って......』
ブンブンと振り返ってもエリスの姿はなく、ただ背中の感触が大男の肩を熱くする。
「団長が言ってましたね。灯台下暗しと......」
「なにっ!」
「でも、この場合は......」
「灯台“うえ”暗し、ですか?」
そういうと、エリスの姿は男の肩の上にあった。
厳密にいうと、男に背負われるような位置にいたエリスは、ガッチリと男の体に手足を絡めて抱きつくようにしてしがみついていた。そんなエリスは耳元から声をかける。。
「なんだ? 俺には幼女趣味はないぞ? どんな色仕掛だ......」
「色仕掛けじゃないですよ?」
「じゃぁ、なんだ? 甘えてるようにしか見えんぞ?」
「そうですね。甘えたほうが良いんじゃないですか?」
「なんだと?」
凄む男に諭すようにして腕を絡める様子は、まさに甘えているようにも見える。首筋に細い腕を回し、太い首を抱え込む。
その様子を傍観していたレヴィンは一言。。
「あぁ、あいつ。終わったな......」
「へっ? 団長、どういう......」
レヴィンの言葉にいまいち答えを見出だせないセリアは首を傾げる。どう見ても男におぶられただけで、エリスが優位に立っているようには見えない。ブンブンと振り回したり、後ろに倒れでもしたら、エリスが潰れてしまう。
しかし、レヴィンの考えはそうではなかった。
『セリア。見ていろ。エリスの本気を......』
『えっ? は、はい。』
そういうと、セリアの方に手を置いてエリスの方を見るように促すレヴィン。意図せず近づくレヴィンの顔に戸惑いながらも、指し示す方向をみて絶句する。
「あれが、エリスが強いっていう証拠だ!」
「なっ!!」
澄んだ瞳に飛び込んできたのは、あの優位を取っていたはずの大男が青い顔をしていたことだった。エリスの細い腕が首に食い込み、ガッチリとロックをしている様子は、見事なもので、騎士団でもセリアに継ぐ役職を与えられているのも納得だった。
「どうです? 気が変わりましたか?」
「あなたが言っている“ちっちゃい子”に“締められる”気分はどうですか?」
鍛え上げられた男ほど、拘束から逃れようと踏ん張るもの。しかし、その踏ん張りこそが男を窮地に追いやる。
腰に巻き付いた細い脚と首に巻き付いた細い腕が、絶妙に絡み大男の頚椎を締め上げる。しなやかでムチのような乙女の体から繰り出される絞め技は、なまじ立派な体躯をしている大男だからこそ抜け出せなくなる。
がっちりと背中を取られる形で、締め上げられる大男はそれでも抵抗を続けるため、エリスも締めるのをやめない。
「いい加減に、観念しないと、本当に落としますよ?」
「や、や、やってみろ!!」
「へぇ、これでもですかっ!」
そういい、ぐっと背筋を反らせると、更に締まる。
男の顔も青から赤といよいよまずい状況になる。
「さすがに......団長......」
「だな...」
そういうと、店の陰から飛び出るようにして、男のみぞおちに一発入れるレヴィン。絞め技とみぞおちへの攻撃で、さすがの男も崩れ落ちる。
「あぁっ! もぉっ! 団長! どうして出てきちゃうんですか!」
「もう少しで仕留められたのに......」
ムスッと頬を膨らませながら、詰め寄るエリス。
そんなエリスにレヴィンがひとこと。
「仕留めちゃだめだろ。場所をわきまえろ...」
「......あっ。てへっ」
「まったく......」
エリスをたしなめたあと、大男を拘束するセリアが駆けつけた警護隊に引き渡されていく。
「驚きました......」
感嘆した様子でレヴィンに話しかけるセリア。目を丸くしながらも、被害にあった女性にバックを返すエリスを眺める。
「エリスがあんな技を......」
「あぁ。エリスが武器を持って巡回しない理由。わかるか?」
「えっと、確か......あっ!」
「あぁ、気づいたな。つまりはだ、相手が大柄だとエリスには有利なんだ」
「自分の武器と同じだからな」
「なるほど!」
エリスは普段、道場でも周囲に合わせるようにして木刀を使い鍛錬をするものの、時々。レヴィンが相手をして鍛錬をする時がある。それは、エリスが本気を出せるから。
セリアも団長とエリスが鍛錬をしていることは知っていたし、大剣を使うことも知っていた。しかしその“サイズ”に関しては知らなかった。
納得がいった表情をしていると、気絶していた男が目を覚ますと、レヴィンはかねてからの疑問を男に投げかける。
「くそぉっ! 騎士団だかなんだか知らんが......」
「あんな小娘に負けてられるか!」
拘束されていても未だに威勢のいい男に、進み出るレヴィン。
「まだ、立場が分かってないみたいだな」
「ほぅ、今度はあんたが相手をしてくれんのか?」
両手を拘束されながらも凄む男。
そんな男に呆れるようにして、生い立ちや職など、色々なことを聞くが、まったく聞く耳を持たなかった。
「いうもんか!」
「ふーん。キミの出てきた場所は、繁華街だね......」
「そこは良いウワサは聞かない。誰に頼まれたのか?」
「言うか! んなもん!」
「んぅ、だな。ここではあれだし、みっちりと絞られるんだな」
「連れていけ」
「はっ!」
そうして連れて行かれる男を見送りながらも、街道はいつもの歓声に戻っていった。
その後、エリスを先頭にして、楽しげで誇らしげな背中を眺めながらも、セリアとレヴィンが後ろをついていく。
楽しげな喧騒に包まれながらも、セリアの脳裏では考えが巡っていた。
「団長、戻ったらいいですか?」
「ん? あぁ......」
どこか物思いに耽るような、思慮深い顔をしながらも、ぼんやりと楽しげに歩くエリスの背中を眺めていたセリアだった。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「誰かつかまえて~!!」
「うっせぇ! 黙ってろ!!」
街道の歓声をつんざくようにして、商店街の一部から悲鳴が街道にこだましてくる。先程までの賑やかな街道は静まり返り、一斉に声のした方向へと視線が向く。人だかりをかき分けるようにして、ひとりの大柄な男が駆け出してくる。
スリをするには不釣り合いなほどの男は、その力でねじ伏せたのかひったくられた女性の頬には怪我の痕跡が見える。
「ひどいな......」
「はぁ、どうします? 団長?」
「まぁ、どこにでもいるからなぁ...」
皇都の治安を守るものとして、この場を収めないといけない。さりとて、騎士団として動いて大事にしても仕方ない。考えを巡らせるうちに、ピンッと手を上げるエリス。
「あっ! それじゃ、わたし。いきます!」
「できるか?」
「はい!」
三人で語り合っていた間で申し合わせをすると、エリスだけを残してレヴィンとセリアは近くの出店の陰に隠れる。買い物客の一部に紛れることで、うまく大男の視界から外れてエリスに向かうように仕向ける。
案の定、逃げることに夢中な大男は、ドカドカとエリスの元にまっすぐと走ってくる。そこに立ちはだかるエリスをそのまま弾き飛ばしそうな勢いだ。近づくにつれてエリスと大男の体格差がありありと露わになる。
『エリスならおそらく......』
『それに、あんな男がスリ?』
セリアが考えを巡らせるほどに、スリをするには目立ちすぎな上に、持ち崩すにも他にやりようがある。
『だな。何かありそうだな......』
『まずは、見てみようか......』
確かにスラム街出身のようなみすぼらしい格好こそしているものの、体躯はよく騎士団の新人として入っていても不思議ではない見た目をしている。それほどの恵まれた体格を、スラム街生まれで築けたのなら他にもあった。
それでも、それは見た目からの推測だけのことで、レヴィンやエリスの憶測の域を出なかった。そんな考えを巡らせるうちに、男の突進にも似た走りとエリスが対峙する。
「そこまでです!」
「あんっ?」
出店のひさしに余裕で手が届きそうなほどに高い大男と、セリア並んでも肩くらいしか無いエリスでは壁くらいに高く、それでいて巡回に武器など持つことも無いエリス。いくら騎士団の団員とは言え丸腰でこの体格差。エリスの方が圧倒的に不利だった。
「譲ちゃんが相手してくれんのか?」
「えぇ。つかまえてみせますよ? これでも、騎士団の団員。なので......」
「へぇ。そんな、ちっここくてぺったんこな体で、騎士団は子供でも務まるんだなぁ」
近くの出店の陰から見守るふたりは、いつでも乗り出せるようにと用心のために持ってきていた愛刀の束に手を乗せて構える。そんな男に対して、気圧されるどころかむしろ挑発し始める。
一方でエリスと相対していた大男は、その体を活かすのではなく腰に指した小刀《こがたな》を使おうと手を乗せる。
「えぇっ。こんな小さい子に、剣を使うんですかぁ?」
「私より大きいのに、中身は小さいんですね~」
男の動きを的確に指摘して、挑発し続けるエリス。
含みをいっぱい溜め込みながら、見上げるようにして男を挑発するエリス。その様子は、男の血管をぶちっとひとつふたつは余裕で切れていそうなほどに、見事なアオリを披露する。
「あんっ? 今なんつった?」
「そんなに大きくても、剣をつかうんですね? と......」
挑発にしなやかさを混ぜ、子供が大人を小馬鹿にするように、わざとらしく挑発するエリス。そのあまりの煽りの様子に、セリアが心配の声を上げる。
「いかなくて大丈夫ですか? あれでは熊と子供です......」
「ははは、熊と子供か......言い得て妙だな」
「笑い事ですか?」
「あぁ、笑い事だ、セリア。見ていろ、エリスはあぁ見えて強いんだ」
「は、はい。それは知っていますが......」
レヴィンの言い回しに首をかしげながらも、納得するセリア。一方のレヴィンにはエリスが勝つ未来か想像できなかった。
『自分の窮地を見誤ってる。こういう時は挑発に乗らない方が良い』
『それに、地雷。踏み抜いてるからなぁ...』
『ちっちゃいとか、禁句だろ......』
『終わったな。あいつ......』
いつでも助けに入れるようにと構えるセリアとは裏腹に、どっしりと構えていたレヴィン。男と対峙したエリスの身の丈は、まさに熊と子供。それも、立ち上がった熊で今にも飛びかかりそうな様子。しかし、エリスはその小さい体を活かして、見事な立ち回りを見せる。
「どんな声で泣くのか、みせてくれっかなぁぁぁ!!」
「せぇぇぇぃっ!!」
盛大に振り上げられた大男の拳はエリスに向かって振り下ろされる。慈悲などまったくない、子供であろうと関係なしに振り下ろされるその拳は、普段から振り下ろされ慣れているかのように容赦がない。
しかし、その拳がエリスの愛らしい顔を捉えることはなく、不意に空振りをすることになった大男はバランスを崩しかけて足元が疎かになる。すぐに周囲を見回すが、男からはエリスの姿が見えない。
「おい、譲ちゃん、かくれんぼか?」
「騎士団とやらは、子供のお遊びの集まりなのか?」
「えぇっ? どうしたってんだよ?」
虚空をに投げかけるような大男の声は、無駄に空気を震わせる。そんな時に、不意に後ろから声を掛けられる。
「こっちですよ~」
「このっ!」
“ぶんっ!”
振り向きざまの丸太ほどに太い腕が振り回されるものの、その腕もエリスの体を捉えることはできずに、空を切ってしまう。
「あらあら、どこを見てるんですか~」
「このっ!! 姿を見せろ!」
「嫌ですよ~ 圧倒的に不利じゃないですか......」
「なんだ? 怖くなったのかぁ? 泣いて謝るなら許してやんぞ?」
「がっはははは!!」
エリスと大男の立ち回りを、傍観者として眺めるセリアはその軽快な足取りに目を丸くする。
「ほんと、すごい......」
「あぁ、あれがエリスの本気だ」
「うまく視界から外れてるだろ?」
「えぇ、それも、つかず離れずで......」
セリアが感激するのも無理はなく、エリスが騎士団で本気を出すことなど皆無で、団員のマスコット的な存在でもあった。そんなエリスが相手をする熊のような大男は、なかなか当たらない攻撃にしびれを切らして、煽る様子に流石に腹が経つエリス。
「はぁ、しかたないですね......」
そういうと、あえて男の前に姿を表すエリス。呼吸も乱れず、息も上がってない様子で平然と立つ。あたかも最初から“そこにいた”かのように。その一方で男は上気して、肩で息をするほどに体力を使っていた。
「か、かくれんぼは終わりか? 譲ちゃん」
「あなたが姿を出せというから......」
「それでホイホイと出てきたと......」
「えぇ、まぁ」
にやりと不敵な笑みを浮かべると、もういちど同じように拳を振り下ろす。是が非でも突破したい男は、容赦なく当てに行く。
「そこから動くんじゃねぇぞ!」
「それは、どうですかねっ!!」
そういうと、また男の視界からエリスが消える。
「なにっ! どこ行った!」
不意に姿を消したエリスを探すようにして、周囲をブンブンと振り返る。しかし、エリスの姿は見つけられないどころか、今度は肩から背中にかけてなにか生暖かいものを感じる。
『なんだ? どこだ? それに、何だこの感触。俺。何か背負って......』
ブンブンと振り返ってもエリスの姿はなく、ただ背中の感触が大男の肩を熱くする。
「団長が言ってましたね。灯台下暗しと......」
「なにっ!」
「でも、この場合は......」
「灯台“うえ”暗し、ですか?」
そういうと、エリスの姿は男の肩の上にあった。
厳密にいうと、男に背負われるような位置にいたエリスは、ガッチリと男の体に手足を絡めて抱きつくようにしてしがみついていた。そんなエリスは耳元から声をかける。。
「なんだ? 俺には幼女趣味はないぞ? どんな色仕掛だ......」
「色仕掛けじゃないですよ?」
「じゃぁ、なんだ? 甘えてるようにしか見えんぞ?」
「そうですね。甘えたほうが良いんじゃないですか?」
「なんだと?」
凄む男に諭すようにして腕を絡める様子は、まさに甘えているようにも見える。首筋に細い腕を回し、太い首を抱え込む。
その様子を傍観していたレヴィンは一言。。
「あぁ、あいつ。終わったな......」
「へっ? 団長、どういう......」
レヴィンの言葉にいまいち答えを見出だせないセリアは首を傾げる。どう見ても男におぶられただけで、エリスが優位に立っているようには見えない。ブンブンと振り回したり、後ろに倒れでもしたら、エリスが潰れてしまう。
しかし、レヴィンの考えはそうではなかった。
『セリア。見ていろ。エリスの本気を......』
『えっ? は、はい。』
そういうと、セリアの方に手を置いてエリスの方を見るように促すレヴィン。意図せず近づくレヴィンの顔に戸惑いながらも、指し示す方向をみて絶句する。
「あれが、エリスが強いっていう証拠だ!」
「なっ!!」
澄んだ瞳に飛び込んできたのは、あの優位を取っていたはずの大男が青い顔をしていたことだった。エリスの細い腕が首に食い込み、ガッチリとロックをしている様子は、見事なもので、騎士団でもセリアに継ぐ役職を与えられているのも納得だった。
「どうです? 気が変わりましたか?」
「あなたが言っている“ちっちゃい子”に“締められる”気分はどうですか?」
鍛え上げられた男ほど、拘束から逃れようと踏ん張るもの。しかし、その踏ん張りこそが男を窮地に追いやる。
腰に巻き付いた細い脚と首に巻き付いた細い腕が、絶妙に絡み大男の頚椎を締め上げる。しなやかでムチのような乙女の体から繰り出される絞め技は、なまじ立派な体躯をしている大男だからこそ抜け出せなくなる。
がっちりと背中を取られる形で、締め上げられる大男はそれでも抵抗を続けるため、エリスも締めるのをやめない。
「いい加減に、観念しないと、本当に落としますよ?」
「や、や、やってみろ!!」
「へぇ、これでもですかっ!」
そういい、ぐっと背筋を反らせると、更に締まる。
男の顔も青から赤といよいよまずい状況になる。
「さすがに......団長......」
「だな...」
そういうと、店の陰から飛び出るようにして、男のみぞおちに一発入れるレヴィン。絞め技とみぞおちへの攻撃で、さすがの男も崩れ落ちる。
「あぁっ! もぉっ! 団長! どうして出てきちゃうんですか!」
「もう少しで仕留められたのに......」
ムスッと頬を膨らませながら、詰め寄るエリス。
そんなエリスにレヴィンがひとこと。
「仕留めちゃだめだろ。場所をわきまえろ...」
「......あっ。てへっ」
「まったく......」
エリスをたしなめたあと、大男を拘束するセリアが駆けつけた警護隊に引き渡されていく。
「驚きました......」
感嘆した様子でレヴィンに話しかけるセリア。目を丸くしながらも、被害にあった女性にバックを返すエリスを眺める。
「エリスがあんな技を......」
「あぁ。エリスが武器を持って巡回しない理由。わかるか?」
「えっと、確か......あっ!」
「あぁ、気づいたな。つまりはだ、相手が大柄だとエリスには有利なんだ」
「自分の武器と同じだからな」
「なるほど!」
エリスは普段、道場でも周囲に合わせるようにして木刀を使い鍛錬をするものの、時々。レヴィンが相手をして鍛錬をする時がある。それは、エリスが本気を出せるから。
セリアも団長とエリスが鍛錬をしていることは知っていたし、大剣を使うことも知っていた。しかしその“サイズ”に関しては知らなかった。
納得がいった表情をしていると、気絶していた男が目を覚ますと、レヴィンはかねてからの疑問を男に投げかける。
「くそぉっ! 騎士団だかなんだか知らんが......」
「あんな小娘に負けてられるか!」
拘束されていても未だに威勢のいい男に、進み出るレヴィン。
「まだ、立場が分かってないみたいだな」
「ほぅ、今度はあんたが相手をしてくれんのか?」
両手を拘束されながらも凄む男。
そんな男に呆れるようにして、生い立ちや職など、色々なことを聞くが、まったく聞く耳を持たなかった。
「いうもんか!」
「ふーん。キミの出てきた場所は、繁華街だね......」
「そこは良いウワサは聞かない。誰に頼まれたのか?」
「言うか! んなもん!」
「んぅ、だな。ここではあれだし、みっちりと絞られるんだな」
「連れていけ」
「はっ!」
そうして連れて行かれる男を見送りながらも、街道はいつもの歓声に戻っていった。
その後、エリスを先頭にして、楽しげで誇らしげな背中を眺めながらも、セリアとレヴィンが後ろをついていく。
楽しげな喧騒に包まれながらも、セリアの脳裏では考えが巡っていた。
「団長、戻ったらいいですか?」
「ん? あぁ......」
どこか物思いに耽るような、思慮深い顔をしながらも、ぼんやりと楽しげに歩くエリスの背中を眺めていたセリアだった。
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追放された俺の木工スキルが実は最強だった件 ~森で拾ったエルフ姉妹のために、今日も快適な家具を作ります~
☆ほしい
ファンタジー
ブラック企業で過労死した俺は、異世界の伯爵家の三男・ルークとして生を受けた。
しかし、五歳で授かったスキルは「創造(木工)」。戦闘にも魔法にも役立たない外れスキルだと蔑まれ、俺はあっさりと家を追い出されてしまう。
前世でDIYが趣味だった俺にとっては、むしろ願ってもない展開だ。
貴族のしがらみから解放され、自由な職人ライフを送ろうと決意した矢先、大森林の中で衰弱しきった幼いエルフの姉妹を発見し、保護することに。
言葉もおぼつかない二人、リリアとルナのために、俺はスキルを駆使して一夜で快適なログハウスを建て、温かいベッドと楽しいおもちゃを作り与える。
これは、不遇スキルとされた木工技術で最強の職人になった俺が、可愛すぎる義理の娘たちとのんびり暮らす、ほのぼの異世界ライフ。
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