皇国聖騎士♂うっかり宵闇の邪姫♀として世直し調停?〜幻影魔術で和平?〜

結城里音

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第一章 分身体

鍛錬と日常

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 皇国の騎士団は、万事が有事。といった意味合いももつ。それこそ、政《まつりごと》、戦争がなければ事足りる。そこに際しても、日々の鍛錬は欠かすことはなく、この日の道場には騎士団の団員が集まり鍛錬を行う。
 昨日の捕物事案より、時折。皇都の一部では窃盗が多いらしく、騎士団が対処することが増えてしまっていた。セリアも、エリスの男を相手にする様子を見てからは、目の色がすっかり変わっていた。

「すぅっ......」

 静まり返る道場の中央で、団長レヴィンと副団長のセリアが向かい合うようにして木剣を構える。その立会いは道場で鍛錬していた団員の注目を浴び、ピリッと空気が張り詰める。空気の流れすら動きを止めて、ふたりを見守るような中でふたりの相対が始まっていく。

「ふっ!」

“シュンッ!”

 風を切るような音と共に、空気の流れがあとから付いてくる。まるで、瞬間移動したかのような錯覚を覚えるほどに、鋭い剣戟が飛んでくる。しかし、それを上回るような動きで、セリアの剣戟を交わしてしまう。

「......やっぱりすげぇ。セリア副団長の剣戟もそうだが、団長の交わし方も...」
「あぁ、まるですべてを見切ってるみたいだ......」

 カン!と鋭く木剣同士がふれあいながらも、ふたりとも激しい撃ち合いが続く。しかし、まったく息を切らしている様子がない。その様子に団員たちも目を見張っていく。

『やっぱりセリアは、エリスとは違うな......』
『エリスは華奢な体だからこその、あの体術だが、セリアはそれを必要としない』
『セリアが使ったら、最強なんだろうが。それすら必要がない』
『ほんと、早いよ。セリアは......』

 強者同士の相対ほど、レヴィンは笑みが溢れる。安心して背中を任せられる上に、素直で真っ直ぐな剣戟は、信頼に足る技術を持つ。それは、魔術など必要ないほどに、しなやかな体と美しく澄んだ瞳が捉える、相手の動きに応じた攻撃に迷いがない。

『ほんと、レヴィン。隙がない......』
『でも、安心する......』
『レヴィンなら、きっと交わしてくれる......』
『他の団員なら、こうはいかないから......』

 レヴィンと相対する時の方が、イキイキをしているかのように、セリアの剣戟が飛んでいく。そんな中で、どちらも剣戟で語り合うかのように笑みが溢れる様子は、団員たちからしたら狂気の沙汰にも感じる。しかし同時に、それらは団員に取って安心の材料にもなる。

「......俺、騎士団に入ってよかった」
「俺もだ。この団長と副団長なら、ついていける!」
「勝てるか、と言われたらそれ別だけど......」
「そうだ、ムリムリ。勝つなんて......」

 そんな、ずっとでも続けていたい試合も、レヴィンの一手で幕を下ろす。
 一瞬の攻撃を、風をいなすようにして交わすと、シュッ!と風を切るようにして切っ先がセリアの首元を捉える。そのあまりの鮮やかさに、団員たちも目を丸くするほどだった。

「これで、ひとまずかな?」
「そう、ですね。レヴィン団長」

 見世物のつもりではなかったふたりの試合も、いつの間にか団員たちが人だかりを作るほどに注目を浴びてしまう。ドッと歓声が沸き起こる様子が、その最たる例でもあった。

「おぉっ!!」
「まったく、お前らは......見せもんじゃないんだが......」
「ふふっ、私とレヴィンの試合なんて、なかなかしないですからね......」
「まぁ、そりゃ、そうなんだが......」

 歓声に湧く道場のあちこちで、立ち回りの考えを口にする団員たち。レヴィンとセリアの試合がいい刺激になり、自然と団員たちの士気も上がっていた。そんな人だかりの中から、ひとり、手合わせをお願いする声が聞こえる。

「団長! お手合わせ良いですか?」
「ん?」

 その声は、あまりにも軽快で、あまりにも人だかりの中から聞こえたため、団員たちがこぞって指差しを始める。

「お、おまえ! 何を言ってんだ。団長と試合とか......」
「俺じゃねぇよ。お前じゃねえのか?」
「俺でもねえよ」
「じゃぁ誰だよ......団長と試合をしようっていうのは......」

 ざわざわと団員たちの人だかりから、犯人探しのような状況が続くも。ひょっこりとかき分けるようにして顔をのぞかせる団員がいた。その様子を目撃した団員も、納得がいった様子で見守る。

「あぁ、エリスか......」
「エリスなら......」
「納得だな!」

 もはや、団員のマスコット的ポジションに収まっていたエリスは、団長の様子を見て声をあげたものの、元々の身長が男性団員の背中に隠れてしまうほどしかないため、その存在が分からなくなってしまう。
 しかしその腕は確かで、先日の体術はもちろんの事、剣さばきでも団員より抜きん出ていた。特に、新米団員などは、その見た目に騙されて、手痛い洗礼を受けるのが通例のようになっていた。

「やっぱり、エリスか......」
「やっぱりってなんですかぁ......団長」
「むぅっ......」

 エリスが相手となっても、彼女の身長に合わせたような木剣はあるはずもなく、体術を使っての試合をすることになってしまう。
 向かい合えばその違いは歴然で、肩よりも低い身長を持つエリスがどう見ても体格的にも劣っているようにも見える。しかし、それらを補うのが体術だった。

「なぁ、エリス......」
「なんですか? 団長」
「俺のほうが不利じゃないか?」
「何を言っているんですか? 団長の方が強いですよ~♡」

 愛嬌を振りまきながらも、団長と試合を始めていくエリス。組み手のような突きから始まる足技と、体躯の差をものともしないエリスの動きは、並の相手なら見失うほどに速く。そして、すばしこい。小さな体を惜しげもなく使う体術は、なまじ鍛えた男ほど不利になっていく。

「相変わらずすばしっこいなぁ。エリス......」
「でも、付いてきてる団長もすごいですよ?」
「そいつはどうも! ふっ!」
「っと! あぶないあぶない」

 団長の突き出された拳を、枯れ葉が舞うようにして交わすと、大男を捉えた時のようにスルスルとレヴィンの体に、まとわりつくようにして手足を絡める。決め技のようにして、団長の肩に乗るエリスだったが、すぐにその状態は解かれてしまう。

「あらっ......」
「相変わらず、絞め技が好きだなぁ......」
「もぅ、団長。逃げちゃだめですよ~」
「逃げなきゃやられるだろ。まったく......」

 一瞬の出来事に、団員たちも困惑する。
 当の本人たちは楽しげに試合をしているものの、それを見ていた団員たちは、またしても目を丸くしてしまう。

「いま、何が起こった?」
「エリスが、絞め技をしようとしたが......」
「あ、あぁ、団長がそれを交わしたのは分かった。分かったけど......」
「どうして背中にいたエリスが、団長の正面にいるんだ?」

 大通りで披露したあの時のように、首をロックしようとしたエリスの技を、器用に交わす団長。

「というか、エリス。恥ずかしくないのか?」
「何がですか?」
「この体勢、妙にエロくないか?」
「えっ? あっ......♡ そ、そうですね......」

 エリスの拘束を体を回転させることで回避したレヴィンだったが、エリスの絡んだ脚はそのままだったため、ちょうど団長に抱かれているような体勢になってしまった。思わず頬を真っ赤にしてしまうエリスに、試合を見ていたセリアが割って入る。

「エリス~。あなた、試合をしているのよね?」
「あ、セリアお姉さま......」
「道場で何をいちゃついてるの‼」
「降りなさい‼」
「は、はいぃぃぃ‼」

 団長の見事な回避と共に、エリスの痴態が露わになってしまい、道場がセリアの時とは違う意味で沸き立ったしまう。
 団長から降りたエリスは、セリアにこっぴどく怒られ、団長と組み手は禁止されることになってしまった。

「まったく......」
『ほんとうにエリスは騎士団のマスコットだな......』
『まぁ、他の団員たちやセリアには見えないからな......』
『こればっかりは......』

 楽しげに会話をするセリアとエリス。そして、各々練習を始める団員たちをぼんやりと眺めながら、レヴィンの目には別の色が見えていた。

“マナの流れ”

 それは、生まれ持って獲得したものが多く、後天的に獲得することもできるものの、先天性ほうが、断然強く発現する。レヴィンはその際たるもので、先々代の隔世遺伝のようで強いマナ制御を持っている。
 それと同じものをエリスも持ち合わせている。元々、隣国の出身でもあったエリスは、その愛くるしい姿と、類まれなる技術とマナ制御を元として騎士団入りを果たすことになっていた。

『ほんと、よくあの体に収まってるマナ量だなぁ』
『元々、使い方もうまいんだろう』

 団員の過去など、そこまで詮索することのないレヴィンは、いくら過去が汚れていたとしても、今がすべてだった。更生し、自己を律することができるのなら、それはもう、犯罪者とは違う。全ては“律することができるか否か”であることを知っていた。

「ほら、軸がずれてるぞ?」
「は、はい! 団長!」
「ここで動け、ここがブレなければ、剣もぶれない」
「はい!」

 そういって、胸板をトン。と叩く。それは、芯がブレなければ自ずと剣筋も整ってくる音を暗に伝えていた。しかし、それを身につけるのには、それなりの時間もかかる。それを知った上での教えだった。


 それからも、団員たちの相手をしていく内に、日が暮れて一日が終わりを告げていく。それぞれ、皇都にある騎士団寮舎の見回りを当番制でしていたものの、この日はセレナが当番になっていた。
 とっぷりと夜が更ければ、あれほど賑やかな街並みや、騎士団の建物も静まり返り巡回の当番騎士たちの甲冑が擦れ合う音と、風の音色がこだまする程度になっていく。そんな中で、部屋で寝る準備をするレヴィンは、自身に宿る隔世遺伝のマナと唯一のスキルに考えを巡らせる。

「うーん」
『このスキル。本当に使えるのか?』
『まぁ、使ってみれば分かるか......』

 そのスキルは、レヴィン生来のもので隔世スキルでもあったが、どうも使いみちが皆無だった。魔術ギルドの登録こそしているものの、そこまで公にすることのできない皇国では、宝の持ち腐れである。
 そのうえ、そのスキルすら使いどころが定かでないのなら、なおのこと持ち腐れだ。

『しっかし、幻影魔術ってなににつかうんだ?』
『そうだ、分身でも作ってみるか!』
『どうせ、幻影なんだし、都合が悪くなれば、引っ込めればいいし......』

 使いどころの無いスキルでも、術師次第では何倍にもその価値が跳ね上がるものもある。特に、犯罪に使うのであれば他者を害することだってできる。そんなことが横行してしまったため、ギルドが介入して免許制になり、今に至っていた。
 その上、使えることを公言することも禁止されているため、おいそれと使うことすらままならないのだから、皇国は魔術災害や魔術犯罪とは無縁の都市として発展することとなった。

 そんなハズレ魔術と割り切っていたレヴィンがさり気なく使い始めたことをキッカケにして、物事に新たな方向へと向かっていくことになる。
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