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第3話「先へ」
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数ヶ月が経ち、上京することができた。
半ば反対を押し切った形になったけど、心は晴々としている。
電車の窓から見えるビル群は、思っていたよりも冷たく無機質だった。
それでも胸の奥は、不思議と高鳴っている。
今日から、私の新しい生活が始まる。
配属されたのは、ジュエリーメーカーの製造部門。
初日はデスクでの書類整理、量産品の検品、タグ付け……。
「あの、制作の現場は――」
「まずは全体の流れを覚えてからね」
先輩社員は笑顔でそう言った。
けれど、専門学校を出たわけでもないし、専門資格を持ってるわけでもない私に、クリエイティブ部門は御門違いだと――社内の噂で聞いた。
昼休み前、納品用のジュエリーを段ボールに詰めて渡された。
「これ、瑠璃工房さんに届けて」
「はい!」
電車を乗り継いで40分。古びたアーケードの一角に、その工房はあった。
木製の扉には色褪せた看板。ガラス越しに見える作業机には、工具やルーペが所狭しと並んでいる。
カラン、とドアを開けると、金属の匂いと、どこか懐かしい油の匂いが鼻をくすぐった。
奥の机で、小柄な男性がルーペ越しに何かを覗き込み、細い工具で銀色の鎖を編んでいる。
その指先は、迷いが一切ない。
「こんにちは、ジュエリーメーカーの新入社員で、納品に来ました」
声をかけると、男性は顔を上げ、静かに頷いた。
「そこに置いてくれ」
段ボールを置いたあとも、私はつい、その手元から目を離せなかった。
鎖の切れ端と切れ端を、まるで呼吸するみたいな自然さで繋げていく。
「……これって、新品よりも綺麗じゃないですか?」
男性は手を止め、私を見た。
「新品なんて、ただの物だ。でもこれは“物語”を直してるんだ」
その言葉が、胸の奥にまっすぐ落ちてきた。
「……興味があるなら、暇なときに来な」
「えっ、いいんですか?」
「仕事帰りでも、土日でも。やる気があるなら、教えてやる」
それから私は、本当に時間を見つけては工房に通った。
数週間後、瑠璃工房の職人さんは小さな箱を差し出した。
「やってみな」
中には、石が外れたシルバーのリング。
「まずは接着だけだ。失敗しても命までは取られねえ」
ルーペをのぞき込み、石座に接着剤をほんの一滴。
ピンセットで石をつまみ、ゆっくりと嵌め込む。
呼吸を止めたまま数秒……そして手を放すと、石はぴたりと収まっていた。
仕上がったリングを、たまたま工房に来ていたお客様に手渡すと、
「これでまた身につけられるわ」と、目尻を下げて笑ってくれた。
その笑顔が、胸に焼き付いた。
「私、やっぱり……こういう仕事がしたい」
帰り道、夜風に当たりながらそう呟いた。
半ば反対を押し切った形になったけど、心は晴々としている。
電車の窓から見えるビル群は、思っていたよりも冷たく無機質だった。
それでも胸の奥は、不思議と高鳴っている。
今日から、私の新しい生活が始まる。
配属されたのは、ジュエリーメーカーの製造部門。
初日はデスクでの書類整理、量産品の検品、タグ付け……。
「あの、制作の現場は――」
「まずは全体の流れを覚えてからね」
先輩社員は笑顔でそう言った。
けれど、専門学校を出たわけでもないし、専門資格を持ってるわけでもない私に、クリエイティブ部門は御門違いだと――社内の噂で聞いた。
昼休み前、納品用のジュエリーを段ボールに詰めて渡された。
「これ、瑠璃工房さんに届けて」
「はい!」
電車を乗り継いで40分。古びたアーケードの一角に、その工房はあった。
木製の扉には色褪せた看板。ガラス越しに見える作業机には、工具やルーペが所狭しと並んでいる。
カラン、とドアを開けると、金属の匂いと、どこか懐かしい油の匂いが鼻をくすぐった。
奥の机で、小柄な男性がルーペ越しに何かを覗き込み、細い工具で銀色の鎖を編んでいる。
その指先は、迷いが一切ない。
「こんにちは、ジュエリーメーカーの新入社員で、納品に来ました」
声をかけると、男性は顔を上げ、静かに頷いた。
「そこに置いてくれ」
段ボールを置いたあとも、私はつい、その手元から目を離せなかった。
鎖の切れ端と切れ端を、まるで呼吸するみたいな自然さで繋げていく。
「……これって、新品よりも綺麗じゃないですか?」
男性は手を止め、私を見た。
「新品なんて、ただの物だ。でもこれは“物語”を直してるんだ」
その言葉が、胸の奥にまっすぐ落ちてきた。
「……興味があるなら、暇なときに来な」
「えっ、いいんですか?」
「仕事帰りでも、土日でも。やる気があるなら、教えてやる」
それから私は、本当に時間を見つけては工房に通った。
数週間後、瑠璃工房の職人さんは小さな箱を差し出した。
「やってみな」
中には、石が外れたシルバーのリング。
「まずは接着だけだ。失敗しても命までは取られねえ」
ルーペをのぞき込み、石座に接着剤をほんの一滴。
ピンセットで石をつまみ、ゆっくりと嵌め込む。
呼吸を止めたまま数秒……そして手を放すと、石はぴたりと収まっていた。
仕上がったリングを、たまたま工房に来ていたお客様に手渡すと、
「これでまた身につけられるわ」と、目尻を下げて笑ってくれた。
その笑顔が、胸に焼き付いた。
「私、やっぱり……こういう仕事がしたい」
帰り道、夜風に当たりながらそう呟いた。
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