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C 部活の時間です

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「C様、聞きまして?エイ様とビイ様の事」

C辺境伯爵令嬢が、更衣室に入ると、女子達がキャイキャイ囀っていた。

やっぱり。

令嬢は着替えながら、心の中でため息をつく。

B嬢からはフクロウ便で、経緯の報告が直ぐにあった。
これは、後日集合だわ、と考えてはいたが。
今から、剣術部の活動には、Cの婚約者であるシーも出てくる。

シーは騎士団長の三男坊。
正義感が強く、いかつい身体に四角い顔。
だけど、容貌は整い、茶色の瞳は澄んでおり、その誠実さが現れている。
笑うと、くしゅっとなる顔が可愛らしい。くせ毛の赤い短髪をポリポリ掻いて照れる仕草は、更に可愛い。

そんな事を思い出すと、ふふっとCは笑顔になる。

そこへ隣の子が、ひそっと

「貴女は大丈夫?シー様も、あの女の取り巻きではなくて?」
「……」

そうなのだ。
この頃は、殿下と共に、アーディアとかいう女をチヤホヤしている。
根が単純で単細胞だから、色仕掛けと、ぶりっ子のギャップに、ころっと引っかかったに、違いない。

騎士のくせに、何を血迷っているんだか……

「いいのよ。さあ、練習に参りましょ!」
「貴様ぁ!そこに直れぇっ!」

………。

女子更衣室からCが出た途端に、シーの咆哮が轟いた。

誰とケンカを?
と、思ったが、シーの目の前には自分がいる。

「C!
貴様っ!アーディア嬢に狼藉を!」

はあ。
私にも来たわよ、B嬢。

シーは、真っ赤になり、赤毛を逆立て、鬼の形相である。

「婦女子とはいえ、容赦はせん!」

「お待ちください。わたくしが何を?」

「しらばっくれるな!
貴様がやったんだろう!
アーディアは腕にキズを!
貴様が、突然短剣で襲ってきたと!咄嗟にかわしたが、かわしきれず腕を切られたと。
そのまま噴水池に自ら逃げ落ち、人の気配に貴様は逃げたと!」

……成程。

自分でちょっと腕を切って、ジャボンと池に自分で落ちて、助けを呼んで大騒ぎしたと。

それを聞きつけたこの男は、うるうる泣く女の自作自演をころっと信じたと。そういう事。

「……わたくしの短剣はここに。一度血の着いた剣は研がなければ曇ったままの筈。どうぞご検分なさって」

「ふん!姑息な女め!どうせすり替えているに決まっている!」

はあ。

「では、アーディア嬢を襲ったという証拠は」

「彼女が泣いて訴えている!」

「私の潔白も、彼女の訴えも、どちらも曖昧と言うことですね。
それでは、警察を呼びましょう。現場に私も赴きますわ。足跡、角度、痕跡の全てを検証していただ「五月蝿うるさ」い!!」

更に赤鬼と化したシーは、C嬢の理路整然とした言葉が、言い訳にしか聞こえない。

「貴様の様な奴が辺境伯の跡取りだと?どうせ辺境の田舎者。
平和続きのこの国に、貴様の様な売女は不要!俺との婚約は」

周りは騒めく。期待をこめて。
さあ!

「破棄だっ‼︎」

おおーっ!
出ました!
やれるかシー‼︎
どうするC嬢!

「……触れてはいけない領域に触れましたわね…。」

C嬢は、防具を付けない稽古着のまま、自身の真剣を手にした。

束ねた銀髪に夕焼けが染まる。
長身細身のその肢体は、軍神に愛された証のように美しい。

「長らく平和が保たれているのは、我が領でひいお爺様の代より国境を守るわが一族が居るから。
隣国とのひりつく外交も小競り合いも、担って来たのはわが一族。その家を蔑ないがしろにするその言葉。
我が婚約者としてもまかり通らぬ。」

「……C…」

「不確かな嫌疑で名誉を傷つけたそなたについては、この剣で白黒つけましょう。我が名にかけて。」

抜きなさい。

静かに告げる剣の女神。斜め45度、一分の隙もない下段の構え。
切れ長の眼。
すっと通る鼻梁。
不敵に微笑む唇。


「……C…」
ぶる、とシーは武者震いする。
喉仏がゴクリと動く。
剣を持つ手に力が入る。

「いざ、参る」

ヒュン
ヒュッ!
キン‼︎

鋭い太刀筋と、素早い踏み込み。
力では敵わないはずの彼女は、防戦一方の騎士候補を押している。

「くっ!」  

貴方がアーディアにうつつを抜かす間も、私は身を整え、学び、剣を鍛えてきたわ。
「……女相手に本気は出ないの?」  
「―っ。」

ざっ!
カンカン!
切っ先をかわし、打ち合う二人。

ハラハラと見守る周囲。


ほら!小手は?
そうそう、右よ
ふふ
太刀筋が狭くなってよ。
力は増してきたわね。
もう少し頑張りなさい。
ふふ。


うっすら上気するC嬢と、真っ赤なシー。

二人の打ち合いは、15分程であったろうか。

カラン。

男が剣を落とした。

「……ここまでにしよう。C嬢。」

息が上がりつつ、シーは真っ赤な頬にしどどに汗をかいている。

「何故?」
「いや、その、あの」

「はじめに剣を持ったのはそちら。私を伐つつもりなのでしょ?犯人として」

「そうだが…その、あー」
「何?」

構えを外したC嬢に、
「あ!いや!構えはそのままで!」

(……は?)

「あの、いや、その、…だな。
できたら下段の構えで、左向きで、」
「はい?」

「そう!それで俺を睨んで、
でも、口元は、その、微笑みを」
「……」

(あ。成る程。)

彼女は合点がいった。
こいつは、シーは、とことん脳筋なのだ。

戦いが好きで好きで、戦う興奮と、違う興奮が接続している男なのだ。
美は戦闘にあり、快感もそこにあるのだ。

一度黙した彼女は、すちゃっと、下段から中段に構えをかえて、舐めるような視線を彼にロックオンした。

ぞく。
ゾクゾクっ。

「シー」「はいっ!」

「もっと、欲しい?」
「……は、はいぃー」

なんだ、どうした、
と、遠巻きのギャラリーには状況が掴めないが、真剣勝負は取りやめだという事は理解できた。

(え。断罪は?)

「ふ。シー。
今の私は貴方の、何?」

ふーふー蒸気を上げる剣術馬鹿は、恍惚としながら、言葉を出した。

「俺の、め、女神。」

死をもたらす女神。
生きるか死ぬかの瀬戸際の快感をくれる、紛れもない、女神様…。

「……そう。ふふ。そして?」
「お、俺の、こ、こ、婚約者、です。」

(お利口さん。いつでもお相手するわよ……
そうね、今度は弓を引いてあげましょう。)

熱で潤んだ眼の男の顎に、切っ先をちょんと当てて、彼女は誘惑する。

ついに
シーは、どすん、と腰が抜けてへたり込んでしまった。

ヒュッ。

C嬢は剣を鞘に納めて、にっこりギャラリーに微笑んだ。

「皆様。婚約者は納得したようですわ。お騒がせしました」

そう言って、何かが抜けたような呆然とする脳筋男をひょいと引き上げ、スタスタとクラブハウスに去っていった。


チャイムの音が鳴り響く。

学園の放課後となった――。

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