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飲み会から数日後、自宅アパートで黙々と作業机に向かって仕事をしている二賀斗のスマホに、戸室から連絡が入った。二賀斗は口元を少し緩めて電話に出る。
「よう! 度々で悪いな、ニッカ」
「トーム。この前はどうもね」
「おお、いやいや、なになに。それより昼飯時に悪いな。ところでさ、この前の主織のことなんだけどさ、どうよ」
「ああ、まあ。……そうだね、うん、いい人だよね。でも……歳が離れすぎてるだろ」
二賀斗は、遠慮するような口調で戸室の問いに答えた。
「だからぁ、歳なんて関係ねーんだって! 実はさ、アイツがお前のこと結構気に入ってるみたいなのよ。だからさ、お前からアイツに連絡入れてさ、少しメシでも食ってこいよ」
「えっ? ……そ、そうなの? でも……うーん、別に話すことなんかないんだよなぁ」
「なーに言ってんだよ、お前。あの時さんざん話してたじゃねえかよ。電話番号言うぞ、〇九〇……」
「あ、ああ……」
二賀斗は、言われるがままに番号をメモ帳に記した。
「じゃあ、健闘を祈る」
そう言って戸室の通話は切れた。椅子に座りながら、二賀斗は電話番号を記したメモ紙をぼんやりと眺めた。
「ふぅ……。あの時の葉奈の言葉に今まで惑わされちまってたのかなぁ。“また会おうね”ってさ。……会いたい会いたいと思いながら会えずじまいでとうとうこんな歳になっちまったよ。もしかしたらあの世で会おう、ってことだったのかなぁ。ふふっ」
二賀斗は苦笑いしながら椅子にもたれ掛かると、そのまま天井を見上げた。そしてその日のうちに二賀斗は主織に連絡を取り、数日後会う約束をした。
それから幾日かが過ぎた休日の午後、二賀斗と主織は都内で待ち合わせをしていた。
駅の改札口を出て、正面にあるロータリーの中の小さな円形の広場。何人もの人々がその空間で話をしたり、人を待っていたりしている。二賀斗も広場の端のほうで待ち人として立ち尽くしていた。
「……ごめんなさい、待ってました?」
後ろの方から聞こえてくる控えめな声が、二賀斗の肩を叩いた。
「あ、ああ、どうも。いや、全然。少し早く着いちゃっただけだから」
二賀斗は振り向くと、優しく笑った。
「遅れちゃったかなって、思っちゃいました」
主織も穏やかに微笑んだ。
二人は待ち合わせの場所を離れて、大通りの方に足を運んだ。休日の街は多くの人で溢れ返っている。
「なんだか、親子と間違われそうだよね」
主織と並んで歩く二賀斗は、恥ずかしそうな顔で自嘲した。
「えっ? ……そんなことないですよ。二賀斗さん、年齢より全然若く見えますから」
主織は朗らかな顔で返答する。
「都心だから、主織ちゃんの職場の人とも会いそうだよね。大丈夫かなぁ」
「かもしれないですね。そう言う話、みんな好きですから。……でも全然平気ですよ、私。逆に見つかってくれたほうがいいかも……」
主織は顔をうつむかせて、そう答えた。
街中を当てもなく歩き、ときに店の中に入り、ときに喫茶店でお茶を飲み、二人は限られた時間を満喫した。
そして駅のフォーム。ふたりは隣り合わせの別々のプラットフォームにやって来る電車をしばし待つ。その間、二人は屈託のない会話を楽しんだ。しばらくして主織を乗せる電車がやってきた。
「今日はほんとにありがとうございました。楽しかったです」
「あ、いや。俺の方こそありがとね」
「あの……連絡してもいいですか?」
主織は少しうつむいて右手で長い黒髪を右の耳にかけながら、恥ずかしそうに話す。
「あ、……うん。いつでもどうぞ」
主織は電車に乗り込む。そして圧縮空気の音とともにドアが閉まる。主織は控えめに二賀斗に向かって手を振る。二賀斗は優しく微笑むと同じように小さく手を振った。
主織を乗せた電車は小さくなってゆく。その風景を二賀斗はしばらく静かに見つめていた。
それから数回、二人はドライブに行ったり、夕食をしたり、親交を重ねた。
夏も近くなったある日の休日、二賀斗と主織は、車で少し遠出をしていた。
「あー。足湯って気持ちいいー」
温泉街で二人は、並んで足湯を楽しんでいた。主織は、はしゃいだ声で二賀斗に話しかける。
二賀斗はジッと足元を見つめていた。……何かに想いを馳せるような、優しい眼差し。
主織は隣から黙ってその姿を見ていた。
「……ん? 熱い?」
二賀斗は我に返ったかのような顔で主織の方を向いて話しかける。
「……疲れが取れるね」
主織が微笑む。
「うん。足湯って気持ちいいね。俺、温泉とかあんまり興味ないけどさ、これはいいよ」
二賀斗は笑顔で答えた。
「ねえ、二賀斗さん、この後アイス食べよ。なんか熱くなってきたから」
主織は静かに二賀斗に肩を寄せ、自分の手を二賀斗の手の甲に乗せた。
日も暮れ、二賀斗の車が主織の自宅に着いた頃には、夜も八時近くになっていた。
「今日はどうもありがとう。足湯、気持ち良かったね」
主織はうつむいたまま、二賀斗に話しかけた。
「そうだね。あそこの渓流も見ごたえあったし。今度はどこ行こうか」
「二賀斗さん。……少し、いいですか」
「あ、……うん」
主織の静かな口調に、二賀斗は少し緊張した面持ちで車のエンジンを切った。
「二賀斗さんって、あの……かっこいいですし、すごいやさしいし、……私、初めて会った時から……好きでした」
主織は、途切れ途切れに、でも必死に、自分の思いを言葉にした。
「……あ、ありがと。……俺のこと好きになってくれる人なんて、そうそういないから……うれしいよ」
二賀斗は、照れながら鼻を掻いて、そう答えた。
「……その照れた顔がとっても好きなんです」
「そう、なんだ。はは……」
主織は顔を上げると、二賀斗の顔をジッと見つめた。……瞬きもせず、じっと見つめる。まるで瞼に焼き付けるかのように。
「……二賀斗さんって、だれか好きな人……いますよね」
二賀斗はその言葉に息を飲み込んだ。
「……なん、で?」
主織は視線をずらし、頬を緩ませた。
「だって、二賀斗さんってだれか大切な人を待っているような、そんな目をしてるから。最初に会った時からそんな感じがしてたんですよ。……でも、今日わかった気がしました。二賀斗さんの大切な人って、少なくとも私じゃないんだなって」
「そ、そんなことは……」
そう言いながらも二賀斗は視線を落とし、バツの悪そうな顔をした。
「私、その人がうらやましい。……すごい、うらやましい」
主織は唇を強く結んで真っ直ぐに二賀斗を見つめる。……何かを求めるかのように主織は強く見つめた。二賀斗は言い返すことなく、無言のまま下を向いた。
「……二賀斗さん、私の負けですね。その人からあなたを奪えませんでした。……あなたはステキな人なんだから、もっと胸張ってくださいね。いままで、ありがと。……さよなら」
主織の頬に光の粒が流れる。二賀斗はその姿を見ないまま、主織の車を降りる音だけを耳に入れた。遠く離れる彼女の足音。そして玄関の扉が閉まる音を最後に、辺りは静まり返った。
運転席の中で二賀斗は下を向いたまま、ぼんやりと目を開けている。……深い闇の中。しばらくすると二賀斗は車のエンジンをかけて静かにその場から去って行った。
徐々に小さくなっていく赤色のテールランプを、主織は二階の部屋から寂しそうに見つめていた。
〈やっぱり……行っちゃうんだね〉
赤色の光が見えなくなると、主織は静かに窓のカーテンを降ろした。
自宅アパートに戻ると、二賀斗は作業机の椅子に力なく寄りかかった。烙印でも押されたかのように自信なさげな顔でじっとうつむく。……しんと静まり返った部屋。
そして、黙ったまましばらく下を向いていたが、急に椅子を半回転させるとそこからハンガーに掛けられた葉奈の体操着を見つめた。
「……ふっ。ふふふっ。……待っているってさ、葉奈。君のことを待っているんだってさ」
二賀斗は両手で顔を覆うとそのまま上を向いた。が、すぐにその手を外して立ち上がった。
「君の事を待っている……。そうさ。そのとおりだ! 俺はお前を待っている、待ち続けているんだ! ずっと、ずっと。……でもそれでいい! 俺は、俺が生きている限りずっと葉奈、お前を待ち続けるッ!」
二賀斗は吹っ切れた表情で叫んだ。
それから一年経った春。二賀斗の母親が突然、この世を去った。くも膜下出血によるものだった。近所の寄り合いに出かけていたときに、急に気分が悪くなり、嘔吐してしまった。そのまま救急車で病院に運ばれ、しばらく入院していたが、手術をする前に亡くなってしまった。
父親は二賀斗が高校生の時に亡くなっており、それ以後、父方の親族とは疎遠になっていた。母親の兄弟に至ってはすでに全員、この世にはいない。そんなこともあり、一人息子の二賀斗は母の葬式を行わなかった。
生まれ育った実家の居間の隅には、花とともに母親の骨壺が置かれている。二賀斗は居間の床に仰向けに寝ころんでいた。
〈お袋が死んだってのに悲しくもないし、涙も出ない。いろいろと思い出すものはあるけど、なんで懐かしい気分になるのに涙がでないんだろう〉
二賀斗は両手で顔を覆う。
〈お袋の死に顔を見ても涙一つ出ないのに、なんで葉奈の、あの最後の笑顔を思い出すと涙が止まらないんだ! 俺の感情はどこかで壊れちまったのか。俺はもう、まともな感覚を持てないのか……〉
二賀斗は、思い立ったかのように急に起き上がると、母親の骨壺を見つめた。
「……これで俺も天涯孤独ってやつか。親父の持っていた不動産はもう売っちまったけど、この家とか自分ちの墓とか、どうしたもんかなぁ。さすがにいまさら、こんな田舎なんかに越して来れないし。……頼れる人がそばに誰もいないかぁ。……もしかしたら葉奈もこんな気持ちだったのかなぁ」
二賀斗は再び床に仰向けに寝転んだ。
「よう! 度々で悪いな、ニッカ」
「トーム。この前はどうもね」
「おお、いやいや、なになに。それより昼飯時に悪いな。ところでさ、この前の主織のことなんだけどさ、どうよ」
「ああ、まあ。……そうだね、うん、いい人だよね。でも……歳が離れすぎてるだろ」
二賀斗は、遠慮するような口調で戸室の問いに答えた。
「だからぁ、歳なんて関係ねーんだって! 実はさ、アイツがお前のこと結構気に入ってるみたいなのよ。だからさ、お前からアイツに連絡入れてさ、少しメシでも食ってこいよ」
「えっ? ……そ、そうなの? でも……うーん、別に話すことなんかないんだよなぁ」
「なーに言ってんだよ、お前。あの時さんざん話してたじゃねえかよ。電話番号言うぞ、〇九〇……」
「あ、ああ……」
二賀斗は、言われるがままに番号をメモ帳に記した。
「じゃあ、健闘を祈る」
そう言って戸室の通話は切れた。椅子に座りながら、二賀斗は電話番号を記したメモ紙をぼんやりと眺めた。
「ふぅ……。あの時の葉奈の言葉に今まで惑わされちまってたのかなぁ。“また会おうね”ってさ。……会いたい会いたいと思いながら会えずじまいでとうとうこんな歳になっちまったよ。もしかしたらあの世で会おう、ってことだったのかなぁ。ふふっ」
二賀斗は苦笑いしながら椅子にもたれ掛かると、そのまま天井を見上げた。そしてその日のうちに二賀斗は主織に連絡を取り、数日後会う約束をした。
それから幾日かが過ぎた休日の午後、二賀斗と主織は都内で待ち合わせをしていた。
駅の改札口を出て、正面にあるロータリーの中の小さな円形の広場。何人もの人々がその空間で話をしたり、人を待っていたりしている。二賀斗も広場の端のほうで待ち人として立ち尽くしていた。
「……ごめんなさい、待ってました?」
後ろの方から聞こえてくる控えめな声が、二賀斗の肩を叩いた。
「あ、ああ、どうも。いや、全然。少し早く着いちゃっただけだから」
二賀斗は振り向くと、優しく笑った。
「遅れちゃったかなって、思っちゃいました」
主織も穏やかに微笑んだ。
二人は待ち合わせの場所を離れて、大通りの方に足を運んだ。休日の街は多くの人で溢れ返っている。
「なんだか、親子と間違われそうだよね」
主織と並んで歩く二賀斗は、恥ずかしそうな顔で自嘲した。
「えっ? ……そんなことないですよ。二賀斗さん、年齢より全然若く見えますから」
主織は朗らかな顔で返答する。
「都心だから、主織ちゃんの職場の人とも会いそうだよね。大丈夫かなぁ」
「かもしれないですね。そう言う話、みんな好きですから。……でも全然平気ですよ、私。逆に見つかってくれたほうがいいかも……」
主織は顔をうつむかせて、そう答えた。
街中を当てもなく歩き、ときに店の中に入り、ときに喫茶店でお茶を飲み、二人は限られた時間を満喫した。
そして駅のフォーム。ふたりは隣り合わせの別々のプラットフォームにやって来る電車をしばし待つ。その間、二人は屈託のない会話を楽しんだ。しばらくして主織を乗せる電車がやってきた。
「今日はほんとにありがとうございました。楽しかったです」
「あ、いや。俺の方こそありがとね」
「あの……連絡してもいいですか?」
主織は少しうつむいて右手で長い黒髪を右の耳にかけながら、恥ずかしそうに話す。
「あ、……うん。いつでもどうぞ」
主織は電車に乗り込む。そして圧縮空気の音とともにドアが閉まる。主織は控えめに二賀斗に向かって手を振る。二賀斗は優しく微笑むと同じように小さく手を振った。
主織を乗せた電車は小さくなってゆく。その風景を二賀斗はしばらく静かに見つめていた。
それから数回、二人はドライブに行ったり、夕食をしたり、親交を重ねた。
夏も近くなったある日の休日、二賀斗と主織は、車で少し遠出をしていた。
「あー。足湯って気持ちいいー」
温泉街で二人は、並んで足湯を楽しんでいた。主織は、はしゃいだ声で二賀斗に話しかける。
二賀斗はジッと足元を見つめていた。……何かに想いを馳せるような、優しい眼差し。
主織は隣から黙ってその姿を見ていた。
「……ん? 熱い?」
二賀斗は我に返ったかのような顔で主織の方を向いて話しかける。
「……疲れが取れるね」
主織が微笑む。
「うん。足湯って気持ちいいね。俺、温泉とかあんまり興味ないけどさ、これはいいよ」
二賀斗は笑顔で答えた。
「ねえ、二賀斗さん、この後アイス食べよ。なんか熱くなってきたから」
主織は静かに二賀斗に肩を寄せ、自分の手を二賀斗の手の甲に乗せた。
日も暮れ、二賀斗の車が主織の自宅に着いた頃には、夜も八時近くになっていた。
「今日はどうもありがとう。足湯、気持ち良かったね」
主織はうつむいたまま、二賀斗に話しかけた。
「そうだね。あそこの渓流も見ごたえあったし。今度はどこ行こうか」
「二賀斗さん。……少し、いいですか」
「あ、……うん」
主織の静かな口調に、二賀斗は少し緊張した面持ちで車のエンジンを切った。
「二賀斗さんって、あの……かっこいいですし、すごいやさしいし、……私、初めて会った時から……好きでした」
主織は、途切れ途切れに、でも必死に、自分の思いを言葉にした。
「……あ、ありがと。……俺のこと好きになってくれる人なんて、そうそういないから……うれしいよ」
二賀斗は、照れながら鼻を掻いて、そう答えた。
「……その照れた顔がとっても好きなんです」
「そう、なんだ。はは……」
主織は顔を上げると、二賀斗の顔をジッと見つめた。……瞬きもせず、じっと見つめる。まるで瞼に焼き付けるかのように。
「……二賀斗さんって、だれか好きな人……いますよね」
二賀斗はその言葉に息を飲み込んだ。
「……なん、で?」
主織は視線をずらし、頬を緩ませた。
「だって、二賀斗さんってだれか大切な人を待っているような、そんな目をしてるから。最初に会った時からそんな感じがしてたんですよ。……でも、今日わかった気がしました。二賀斗さんの大切な人って、少なくとも私じゃないんだなって」
「そ、そんなことは……」
そう言いながらも二賀斗は視線を落とし、バツの悪そうな顔をした。
「私、その人がうらやましい。……すごい、うらやましい」
主織は唇を強く結んで真っ直ぐに二賀斗を見つめる。……何かを求めるかのように主織は強く見つめた。二賀斗は言い返すことなく、無言のまま下を向いた。
「……二賀斗さん、私の負けですね。その人からあなたを奪えませんでした。……あなたはステキな人なんだから、もっと胸張ってくださいね。いままで、ありがと。……さよなら」
主織の頬に光の粒が流れる。二賀斗はその姿を見ないまま、主織の車を降りる音だけを耳に入れた。遠く離れる彼女の足音。そして玄関の扉が閉まる音を最後に、辺りは静まり返った。
運転席の中で二賀斗は下を向いたまま、ぼんやりと目を開けている。……深い闇の中。しばらくすると二賀斗は車のエンジンをかけて静かにその場から去って行った。
徐々に小さくなっていく赤色のテールランプを、主織は二階の部屋から寂しそうに見つめていた。
〈やっぱり……行っちゃうんだね〉
赤色の光が見えなくなると、主織は静かに窓のカーテンを降ろした。
自宅アパートに戻ると、二賀斗は作業机の椅子に力なく寄りかかった。烙印でも押されたかのように自信なさげな顔でじっとうつむく。……しんと静まり返った部屋。
そして、黙ったまましばらく下を向いていたが、急に椅子を半回転させるとそこからハンガーに掛けられた葉奈の体操着を見つめた。
「……ふっ。ふふふっ。……待っているってさ、葉奈。君のことを待っているんだってさ」
二賀斗は両手で顔を覆うとそのまま上を向いた。が、すぐにその手を外して立ち上がった。
「君の事を待っている……。そうさ。そのとおりだ! 俺はお前を待っている、待ち続けているんだ! ずっと、ずっと。……でもそれでいい! 俺は、俺が生きている限りずっと葉奈、お前を待ち続けるッ!」
二賀斗は吹っ切れた表情で叫んだ。
それから一年経った春。二賀斗の母親が突然、この世を去った。くも膜下出血によるものだった。近所の寄り合いに出かけていたときに、急に気分が悪くなり、嘔吐してしまった。そのまま救急車で病院に運ばれ、しばらく入院していたが、手術をする前に亡くなってしまった。
父親は二賀斗が高校生の時に亡くなっており、それ以後、父方の親族とは疎遠になっていた。母親の兄弟に至ってはすでに全員、この世にはいない。そんなこともあり、一人息子の二賀斗は母の葬式を行わなかった。
生まれ育った実家の居間の隅には、花とともに母親の骨壺が置かれている。二賀斗は居間の床に仰向けに寝ころんでいた。
〈お袋が死んだってのに悲しくもないし、涙も出ない。いろいろと思い出すものはあるけど、なんで懐かしい気分になるのに涙がでないんだろう〉
二賀斗は両手で顔を覆う。
〈お袋の死に顔を見ても涙一つ出ないのに、なんで葉奈の、あの最後の笑顔を思い出すと涙が止まらないんだ! 俺の感情はどこかで壊れちまったのか。俺はもう、まともな感覚を持てないのか……〉
二賀斗は、思い立ったかのように急に起き上がると、母親の骨壺を見つめた。
「……これで俺も天涯孤独ってやつか。親父の持っていた不動産はもう売っちまったけど、この家とか自分ちの墓とか、どうしたもんかなぁ。さすがにいまさら、こんな田舎なんかに越して来れないし。……頼れる人がそばに誰もいないかぁ。……もしかしたら葉奈もこんな気持ちだったのかなぁ」
二賀斗は再び床に仰向けに寝転んだ。
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