極星 青と赤 《希望の山羊》

春野 サクラ

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翌日。陽生と布団に包まれた容子の亡骸以外に誰もいない如月家の玄関が開くと、夜勤明けの葉奈が静かに帰って来た。
ダイニングを素通りし、容子の部屋の引き戸を開ける。陽生は正座したまま容子の傍らでじっと彼女を見つめていた。
「……ただいま」
陽生は振り向きもせず、下を向いたまま葉奈に話しかけた。
「……ごめん。お義母さんのこと、助けることができなかった……」
葉奈は陽生の隣に膝を突くと、左の手のひらを陽生の右の頬にそっと重ねた。
「ううん。あなたはちゃんと看取ってくれたわ。毎日毎日あんなにママのこと慕ってくれてたんだもの。陽生……お疲れさま」
その言葉に陽生は思わず瞼を閉じた。葉奈は容子に近づくと、同じように容子の頬を優しく手のひらで撫でた。
「ママ、ごめんね。ちゃんとお別れ言えなくて。……私をここまで育ててくれてありがとう。ほんとに……ほんとにゴメンね、ママのこと送れなくて」
葉奈の瞳からは絶え間なく涙がこぼれる。しかし、決して泣き崩れることなくしっかりと容子の姿を見つめていた。

次の日。小雨の降る中、喪服姿に身を包んだ明日夏と葉奈、陽生、収友、結愛の五人は、小高い丘に建てられた市営の斎場で容子の最後を見届けていた。
結愛と陽生は終始黙ったまま、火葬炉付近で一緒になって佇み、収友は雨の中、傘を片手に斎場の周りをうろついている。明日夏と葉奈は待合室の椅子に並んで座っていた。
「……お父さんも逝っちゃって、お母さんも逝っちゃって、とうとうこれで私も一人っきりかぁ。……寂し」
明日夏は背を反らし顔を上げると、出し抜けにそう言った。
「なに、その言い方。おねえちゃんって私のこと家族と思ってないの?」
葉奈は眉をひそめると、明日夏の発したその言葉に咬みついた。
「えっ? あ、あああ、違うよ。違う違う! そういう意味で言ったんじゃなくって、その……葉奈ちゃんは妻であり母親であり、そういう頼られるってゆうか、家族っていうものをもってるけどさぁ、私にはそういう人がいなくなっちゃったなぁ、って思っちゃったの。変なふうに思わないでね」
明日夏は慌てた様子で手を振って、くすぶった火種を消そうとした。葉奈は心配そうに明日夏を見ると、静かな口調で話しかけた。
「私はあなたの妹じゃないの? 一人とか……そんな風に言わないでよ、おねえちゃん」
「……ん、ごめんね」
明日夏は頬を緩めた。

それから徐々にではあるが、如月家は日常を取り戻していった。
いつも通り陽生が朝食の準備をして寝起きの明日夏を迎え、時間になると収友と結愛を起こして朝食を摂らせる。そしていつものように結愛のおしゃべりに明日夏と陽生が笑顔で付き合い、収友は黙々と食事をする。その後、三人を送り出すと、陽生は食事の後片付け、洗濯、掃除をし、夜勤明けの葉奈が帰宅するのを待った。
鮮やかな美空色に染まった空。その青青しい空の中に所狭しとひつじ雲が浮かんでいる。澄んだ空気が辺りを飛び回ると、穏やかな秋の季節が少しずつ、少しずつ影を潜めてゆく。朝晩の寒暖差を肌で感じるようになると、それに釣られるかのように庭に植えられたシンボルツリーのジューンベリーの葉も日増しに緑色から山吹色や紅色に色を変えてゆく。そして、そのうち暖色に染まった葉も無くなり寂しい裸木になると、冷たく乾いた風が街を我が物顔で闊歩し始めた。
年末を意識し始める頃の或る日の日曜日。暖かい日差しが差し込む午前、ダイニングでは陽生と明日夏が歓談していた。
「……あ、こんな時間か。行かなきゃ」
明日夏は腕時計を見ると急に席を立った。
「ん? 何か用事?」
「んん。ちょっとね。もしかしたら帰り遅くなるかもしれないから、その時は連絡するわ」
明日夏は足元に置いてあったリュックを軽快に持ち上げると、そのまま右の肩にかけた。
「最近、収友を連れてかないけど、行きたくなくなっちゃったの? アイツ」
「えーっ。そんなことは言ってないけど、でも今は勉強に専念しなさいって私が言ったのよ。だって収ちゃん来年高校受験でしょ? いっくら頭がイイって言ったって、やっぱり勉強はしなくっちゃねぇ。それに……収ちゃんはちょっと連れていけないしね」
「……何。またなんか変なことしてんの?」
陽生が眉をしかめて明日夏を見上げた。
「ええ? そんな、やめてよ。こんなお婆さんに何ができるっていうのよ。もう行くわね」
軽く笑みを浮かべて明日夏は玄関に向かって歩いていった。
陽生は立ち上がりリビングの掃き出し窓から外を眺めると、明日夏の運転する車がちょうど家の前を通り過ぎて行った。
「冬でも午前中はあったかいなぁ」
陽生は腕を組むと、木々の葉が落ち、清々しいくらいにスッキリとした庭を見つめた。結愛は遊びに出かけ、あと家にいるのは二階で勉強をしている収友だけ。……だが、間もなく葉奈も家に帰ってくる時刻。
〈……結局、何にも調べられなかったなぁ、葉奈の家族のこと。あんだけいろんな本を読んで、わけのわからん郷土史にまで手を伸ばしたのに……サッパリだった。俺の読み方が悪かったのか? それとも何か見落としていたのか? まったくもってわからない。一体、何であんなチカラが葉奈に宿っていたんだ。なんでアイツらはあんな奇妙なワザを使っているんだ。……不安だよ。何か、嫌なことが起こりそうで不安だよ。葉奈……〉
陽生はいつの間にかうつむいて苦々しい顔つきをしていた。
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