極星 青と赤 《希望の山羊》

春野 サクラ

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翌日。夜勤明けで帰ってきた葉奈を明るく出迎えた陽生は、葉奈と一緒に自宅で昼食を摂り、リビングで小春日和の暖かな陽射しに照らされていた。
ソファに座り、パラパラとマガジンを見る葉奈を陽生は遠い眼差しで見つめる。肩にかかる長い黒髪。冬のまぶしい光を浴びてきれいな栗色に染まる。雪ウサギのように柔らかく白い肌。長いまつ毛にほんのりとした桃色の唇。
〈……白い女〉
一瞬、その言葉が脳裡をかすめると、陽生の息が自然と荒くなった。
「は……葉奈。……あ、あのさ」
葉奈の方を向きながらも少しだけ視線を落とすと、満を持したように陽生は葉奈に話しかけた。
「ん? なーに」
葉奈は雑誌に落としていた視線を即座に陽生に向けると、優しく微笑んだ。
「ん、ああ。……あの、なんだ。……そのォ」
陽生はうつむいて煮え切らない返事を繰り返す。葉奈は雑誌をテーブルに置き、腰を上げると、笑いを堪えるような表情で陽生の隣に座り直した。
「なんですかァ。また”愛してる”とかって言ってくれるの?」
「い、いや。そうじゃなくってェ……。あのォ、実はさ。……ずっと前に話したと思うんだけど、あの、前にアイツらがケンカしてたっていう話、覚えてるかな?」
「うーん。そんな話……聞いたのかなァ」
葉奈は首を傾けて思い出そうとしている。
「俺、アイツらがケンカしてるところを見たんだよ。……ケンカしてるところを」
陽生は頭を垂れながら力なく声を出す。葉奈はその表情を目にすると、さっきまで振りまいていた明るい笑顔を消した。
「……アイツらはリビングで突っ立ってた。……そう、お互いを睨みながら突っ立ってた。突っ立っていたんだよ。でもさ、何ていうんだ? ……オーラ? そう、オーラみたいなもんがアイツらの周りを覆っていて、それで火花みたいな光がパチパチパチパチアイツらの周りを飛び跳ねてた! し、収友なんか、アイツ竜巻の中にいるみたいに髪の毛を逆立ててたんだぞッ。ハ……ハア、ハアァ。……ゆ、結愛は苦しそうな顔して立ってたけど、あいつ。……あ、あいつは宙に浮いてた! 浮かんでたッ! い、一体なんなんだッ、どうなってるんだッ!」
一気に言葉を掃き出すと、陽生は大きく身体を震わせた。葉奈はそんな陽生の姿を瞬きもせずにジッと見つめる。
「葉奈、君はあン時俺にこう言ったよな。『もう私にそんなチカラは無い』って。じゃああれは一体何なんだ! アイツらはチカラを持ってるんじゃないのかッ? お前の時と同じように俺はアイツらを失っちまうんじゃないのかッ! 俺は……俺はもうそんなのはイヤなんだあァァァ――――ッ!」
陽生は両手を強く握ると、自分の膝に叩きつけた。葉奈は陽生から顔を逸らすと、視線を床に落とした。
荒い息をゆっくり整えると、陽生は顔を上げて真っ直ぐに葉奈を見つめた。
「俺はさ、ふと思ったんだよ。”三輪葉奈”。……君は一体何者なのか、って」
「……私のこと、嫌いになった?」
葉奈は陽生の顔を見つめると、口角をほんの少し上げてそう言った。
「葉奈。たとえどんなことがあったって、君のことだけは絶対に離さないし、もう二度と離れたくない。ただ……俺は突き止めてみたくなったんだよ。君たちの家族の正体を。一体何がどうしてどうなってこんなチカラを持つようになったのかって。でもどうやってそれを突き止めればいいか全くわからなかった。……まったくわからなかったんだけど、ある時ひらめいたんだ。もしかしたら古い書物とかに逸話として何か記載されているんじゃないかって」
葉奈は黙って陽生の言葉に耳を傾ける。
「それから目についた古い本を片っ端から読み漁ったよ。古事記だとか何だとか、地方の郷土史にも手を出した。……でも、わからなかった。全然、わからなかった。でも、読んだ本の中にI大学の教授が書いた解説本が結構あることに気付いてその人にコンタクトを取ってみたんだ。……で、この前その人と会ってきた」
「……陽生。あなたは本当にすごい人。お姉ちゃんの言ってた通り、何でも突破してくれるのね」
「そんなこと……言わないでくれ。俺は、なんにもできてない」
陽生は腕を膝に置き、うなだれたながら、菩提寺が話してくれた内容をそっくりそのまま葉奈に伝えた。
葉奈は驚く様子もなく、陽生の話を黙ったまんま最後まで聞いていた。
「葉奈。……き、君たち家族は、尼の因果をずっと背負っている。どこまでも、背負い続けている! しかも君は一度死んでいるんだッ。今の君にチカラが無いとすれば、龍になるのはアイツらだ!」
興奮する自分をなだめるように、陽生は両手で顔を押さえつけた。
「アイツらを離したい! 何をバカなこと言ってるんだって思われるかもしれないけど、でも俺はすぐにでもアイツらを別々にさせたいんだッ。恨んでくれていい、罵ってくれていい、こんなにも大切な家族を壊そうとする俺を! でも、……怖いんだ。アイツらが本当に殺し合いしそうで。……葉奈、賛成してくれッ」
葉奈は背中を丸めた陽生の姿を黙って見つめていたが、そっとその背に左手を置いた。
「うん、いいよ。私はあなたを信じる。あなたがあの子たちを愛してるからこそ、そう考えるんだもの。……お姉ちゃんにも話しとこうね」
「葉奈。本当に……済まないッ」
「笑い話で終われば、いいね……」
いつの間にか空には薄く棚引いた雲が現れていた。
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