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あの出来事以降、結愛は学校にも行かず、風呂とトイレ以外は部屋に閉じこもったままの日々を送っていた。
「結愛、お昼ごはんここに置いとくよ」
いつものように陽生はお盆に載せた食事を結愛の部屋の前に置く。部屋の中からは返事すら返ってこなかった。
「……結愛のヤツ、部屋に籠って何やってんだか」
階段を下りながら陽生はつぶやく。
「まぁ、学校なんか行ったって行かなくたって別にどおってことないし。実際、世間じゃ有名大学って言われてる学校出たって……こんなありさまじゃな。その日その日を何とか生きていけりゃあ……それで十分だ」
陽生はダイニングの椅子に腰をかける。
「大切なのは、……愛する人と一緒にどんな人生を生きていくか……だと思うんだよ」
そう言うと、陽生は日陰に包まれたダイニングから、リビングの掃き出し窓を介して光あふれる外の世界をぼんやりと眺めた。
同じころ、明日夏は収友の部屋のドアを手の甲で軽くノックした。
「収、お昼どぉ。……収?」
部屋からの返事はない。
「収、入るわよ」
引き戸を開けると、部屋には誰もいなかった。
「ふぅ。……また行ってんのかなぁ。裏山に」
一人、明日夏は裏山を登る。
「……はぁ、……はぁ。段々きつくなってきたかなぁ。もう年かもね、ふぅ」
数十分の山登りの末、禿げた斜面にたどり着くと、地面に腰を下ろした収友が一人ほおづえをついてぼんやりとしていた。
「はぁ……疲れた。収―――!」
収友は明日夏の呼びかけを耳に入れながらも、黙ったまま眉一つ動かさなかった。明日夏は収友の傍まで歩み寄ると、向かい合う様に腰を下ろした。
「収ちゃん、お昼だよ」
明日夏は笑顔で収友に話しかけた。
「……いいです」
顔を隠すように下を向くと、弱々しく寂しい声で収友は答えた。
明日夏は収友のつむじを見ながら返ってきた返事に対して軽く溜め息をつくと、収友は身を屈めて怯えるように話しかけてきた。
「ね、姉ちゃん。……何で、俺のこと追い出さないの。俺……姉ちゃんのこと殺そうとしたんだよ? 結愛のことだって本気で殺そうとしたのに……」
明日夏は縮こまった収友の手を握り締めた。
「……収ちゃん。今の収ちゃんは悲しい気持ちでいっぱいなんだよね。収ちゃんは私なんかよりずっとずっとこの世界の事を真剣に考えてた。だからね、逆に私は恥ずかしいよ。この程度のことでいい気になってたんだから」
収友は下を向いたまま目をつむって、そして唇を噛みしめた。
「またさぁ、一からやっていこうよ。収ちゃんのその想いがありさえすれば、この世界のためにもっとすごいことができるんだから。……ねッ」
明日夏は優しく収友を励ましたが、収友は握られた手を解いて上着のポケットにしまい込み、哀しげに言葉を吐いた。
「もう、……人間として……生きたくない」
「え?」
「……独立栄養生物に……なりたい」
明日夏は呆気に取られて収友を見る。
「独立栄養……って、それ植物のことでしょ? ……もう、なにバカなこと言ってんのよ、アンタは。いい加減シャッキとしなさい! 男でしょ! ほら行くわよッ」
明日夏は収友の右腕を掴むと、無理矢理に身を起させた。そして二人して山を下って行った。
翌日、朝。明日夏は収友の部屋のドアを二回、軽く叩く。
「収ー。学校行かないのは全然いいけどさぁ、食事だけは一緒に摂ろうよ」
中からの返事はない。
〈まったく。……どうしたもんかしらね。少し、放っておいたほうがいいのかなぁ……〉
明日夏は苦虫を噛んだような顔をしながら溜め息を漏らした。
正午になっても収友は姿を見せない。
「ほんとにィ。……収友があんなにイジケ虫だとは思わなかったわ」
明日夏はカップラーメンをほお張りながらくだを巻いた。
日も暮れ、星が瞬き始める。空はすっかり青碧色に染まっていた。
「もぅ。部屋に行ったらもぬけの殻。どうせまた裏山にいるんだろうけど、いつまであそこに居るつもりなのよ! ちょっと懲らしめてやらないとダメねッ」
明日夏はジャンパーの袖を通すと、懐中電灯を持って裏山に向かって行った。
懐中電灯の灯が蛍の光の様にゆらゆらと山の中を飛び交う。
「はぁ……はぁ。……アイツには、グーでゲンコツしてやんなきゃ!」
月光輝く夜の山。遠くで鳥のさえずる声がかすかに聞こえる。大きなカーブを曲がって山の斜面に出ると、月の光がむき出しの大地を穏やかに照らしていた。
「収――ッ。いい加減、帰るわよ――」
静まり返った大地。明日夏は禿げた斜面を登って辺りを見回す。
「収友。……どこ、行っちゃったの? ……ん? 何? 木が……生えてる」
明日夏は、収友がいつも腰を落としている場所に木が生えているのを見つけた。根から樹冠まで二メートルほどの木。
「えー? 昨日までこんなの無かったわよねェ。……収友が植えた? でも何処からこんな大きな木持ってきたのよ」
明日夏はライトで木を照らした。枝に破れた衣服がぶら下がっていた。
「……これ、収友が着てた……服」
昨日、収友が漏らした言葉が明日夏の脳裏を過ぎった。
――独立栄養生物に……なりたい――
あのとき放った結愛の怒りを含んだ声が脳裏を過ぎる。
――攻撃するチカラは、アンタにはもう無い――
「……う、そ。……ま、まさか……そんな」
明日夏は目を見開いて震えるように地面を見ると、視線の先、木の根元に何かが埋まっているのに気が付いた。明日夏は何かに駆り立てられるようにその場所を手で掘り起こした。
「はぁ……はぁ……。こ、これって……」
掘り起こされたのは、いつも収友が履いていた青いランニングシューズ。
「ま、まさか……そ、そんなアアアアア―――――ッ!」
明日夏は土にまみれた両手で顔を覆った。……そう。収友は願った。なりたいと強く願い、そしてチカラは純粋にその願いを叶えた。キレイな緑色の葉を枝中に茂らせて誇り高そうにその木は空を仰いでいる。
「なんでェええええ――――ッ。なんでみんな、収も収友もどうしてみんな私を置いて行っちゃうのよオオオオオ―――! 私がそんなに憎いのッ、私のことがそんなに嫌いなのッ、置いてかないでよォオオオオオオオ―――ッ!」
明日夏は泣いた。一度ならず二度も愛する人に先立たれた悲しみは明日夏には耐えきれるものではなかった。頭を地面に押し当てると、何度も何度もこぶしを振り下ろして怒りを大地に染み渡らせた。……大地は何も言わず、静かにその痛みに耐えていた。
「結愛、お昼ごはんここに置いとくよ」
いつものように陽生はお盆に載せた食事を結愛の部屋の前に置く。部屋の中からは返事すら返ってこなかった。
「……結愛のヤツ、部屋に籠って何やってんだか」
階段を下りながら陽生はつぶやく。
「まぁ、学校なんか行ったって行かなくたって別にどおってことないし。実際、世間じゃ有名大学って言われてる学校出たって……こんなありさまじゃな。その日その日を何とか生きていけりゃあ……それで十分だ」
陽生はダイニングの椅子に腰をかける。
「大切なのは、……愛する人と一緒にどんな人生を生きていくか……だと思うんだよ」
そう言うと、陽生は日陰に包まれたダイニングから、リビングの掃き出し窓を介して光あふれる外の世界をぼんやりと眺めた。
同じころ、明日夏は収友の部屋のドアを手の甲で軽くノックした。
「収、お昼どぉ。……収?」
部屋からの返事はない。
「収、入るわよ」
引き戸を開けると、部屋には誰もいなかった。
「ふぅ。……また行ってんのかなぁ。裏山に」
一人、明日夏は裏山を登る。
「……はぁ、……はぁ。段々きつくなってきたかなぁ。もう年かもね、ふぅ」
数十分の山登りの末、禿げた斜面にたどり着くと、地面に腰を下ろした収友が一人ほおづえをついてぼんやりとしていた。
「はぁ……疲れた。収―――!」
収友は明日夏の呼びかけを耳に入れながらも、黙ったまま眉一つ動かさなかった。明日夏は収友の傍まで歩み寄ると、向かい合う様に腰を下ろした。
「収ちゃん、お昼だよ」
明日夏は笑顔で収友に話しかけた。
「……いいです」
顔を隠すように下を向くと、弱々しく寂しい声で収友は答えた。
明日夏は収友のつむじを見ながら返ってきた返事に対して軽く溜め息をつくと、収友は身を屈めて怯えるように話しかけてきた。
「ね、姉ちゃん。……何で、俺のこと追い出さないの。俺……姉ちゃんのこと殺そうとしたんだよ? 結愛のことだって本気で殺そうとしたのに……」
明日夏は縮こまった収友の手を握り締めた。
「……収ちゃん。今の収ちゃんは悲しい気持ちでいっぱいなんだよね。収ちゃんは私なんかよりずっとずっとこの世界の事を真剣に考えてた。だからね、逆に私は恥ずかしいよ。この程度のことでいい気になってたんだから」
収友は下を向いたまま目をつむって、そして唇を噛みしめた。
「またさぁ、一からやっていこうよ。収ちゃんのその想いがありさえすれば、この世界のためにもっとすごいことができるんだから。……ねッ」
明日夏は優しく収友を励ましたが、収友は握られた手を解いて上着のポケットにしまい込み、哀しげに言葉を吐いた。
「もう、……人間として……生きたくない」
「え?」
「……独立栄養生物に……なりたい」
明日夏は呆気に取られて収友を見る。
「独立栄養……って、それ植物のことでしょ? ……もう、なにバカなこと言ってんのよ、アンタは。いい加減シャッキとしなさい! 男でしょ! ほら行くわよッ」
明日夏は収友の右腕を掴むと、無理矢理に身を起させた。そして二人して山を下って行った。
翌日、朝。明日夏は収友の部屋のドアを二回、軽く叩く。
「収ー。学校行かないのは全然いいけどさぁ、食事だけは一緒に摂ろうよ」
中からの返事はない。
〈まったく。……どうしたもんかしらね。少し、放っておいたほうがいいのかなぁ……〉
明日夏は苦虫を噛んだような顔をしながら溜め息を漏らした。
正午になっても収友は姿を見せない。
「ほんとにィ。……収友があんなにイジケ虫だとは思わなかったわ」
明日夏はカップラーメンをほお張りながらくだを巻いた。
日も暮れ、星が瞬き始める。空はすっかり青碧色に染まっていた。
「もぅ。部屋に行ったらもぬけの殻。どうせまた裏山にいるんだろうけど、いつまであそこに居るつもりなのよ! ちょっと懲らしめてやらないとダメねッ」
明日夏はジャンパーの袖を通すと、懐中電灯を持って裏山に向かって行った。
懐中電灯の灯が蛍の光の様にゆらゆらと山の中を飛び交う。
「はぁ……はぁ。……アイツには、グーでゲンコツしてやんなきゃ!」
月光輝く夜の山。遠くで鳥のさえずる声がかすかに聞こえる。大きなカーブを曲がって山の斜面に出ると、月の光がむき出しの大地を穏やかに照らしていた。
「収――ッ。いい加減、帰るわよ――」
静まり返った大地。明日夏は禿げた斜面を登って辺りを見回す。
「収友。……どこ、行っちゃったの? ……ん? 何? 木が……生えてる」
明日夏は、収友がいつも腰を落としている場所に木が生えているのを見つけた。根から樹冠まで二メートルほどの木。
「えー? 昨日までこんなの無かったわよねェ。……収友が植えた? でも何処からこんな大きな木持ってきたのよ」
明日夏はライトで木を照らした。枝に破れた衣服がぶら下がっていた。
「……これ、収友が着てた……服」
昨日、収友が漏らした言葉が明日夏の脳裏を過ぎった。
――独立栄養生物に……なりたい――
あのとき放った結愛の怒りを含んだ声が脳裏を過ぎる。
――攻撃するチカラは、アンタにはもう無い――
「……う、そ。……ま、まさか……そんな」
明日夏は目を見開いて震えるように地面を見ると、視線の先、木の根元に何かが埋まっているのに気が付いた。明日夏は何かに駆り立てられるようにその場所を手で掘り起こした。
「はぁ……はぁ……。こ、これって……」
掘り起こされたのは、いつも収友が履いていた青いランニングシューズ。
「ま、まさか……そ、そんなアアアアア―――――ッ!」
明日夏は土にまみれた両手で顔を覆った。……そう。収友は願った。なりたいと強く願い、そしてチカラは純粋にその願いを叶えた。キレイな緑色の葉を枝中に茂らせて誇り高そうにその木は空を仰いでいる。
「なんでェええええ――――ッ。なんでみんな、収も収友もどうしてみんな私を置いて行っちゃうのよオオオオオ―――! 私がそんなに憎いのッ、私のことがそんなに嫌いなのッ、置いてかないでよォオオオオオオオ―――ッ!」
明日夏は泣いた。一度ならず二度も愛する人に先立たれた悲しみは明日夏には耐えきれるものではなかった。頭を地面に押し当てると、何度も何度もこぶしを振り下ろして怒りを大地に染み渡らせた。……大地は何も言わず、静かにその痛みに耐えていた。
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