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「お待たせしましたッ」
そう言って二賀斗は作業机の引き出しを開けると、久しくしまい込んでいた書類を取り出した。いつになく仕事が立て込んだ上に、一つ一つの作業に相当時間を取られていた。
とは言え、あんな夢物語に首まで浸かっている明日夏のことを考えると、悠長に時間を費やせないことは十分に分かっていた。
日曜日の朝。二賀斗はおもむろに部屋のカーテンを開けて窓から外を眺める。空はぼんやりとした曇り空。アパートの二階にある二賀斗の部屋からは、遥か遠くに高層ビル群が見える。外は見るからに寒そうな表情をしていた。部屋の壁に掛けられている洒落たインテリア時計を見ると、午前も十時を回っていた。二賀斗は社長の息子の居場所を再度スマホで確認する。目的地までは高速を使えば車で二時間ほどの距離。スマホをテーブルに置くと、あくびをしながら洗面所に向かった。
「……ょおしッ!」
洗面台の鏡に映った自分の顔を見て、気合を入れる。
ひげを剃り、顔を洗い、身支度を整えると、探し求めていた白窪社長に関する書類をカバンの中にしまい込んでアパートのドアを勇ましく開けた。
不意に北風が、か細い身体を通り抜けた。二賀斗は思わず肩をすくめる。
「寒ッ! ちょっと前までは汗かいてたのに、もうこんな寒さかぁ。……あの温泉街に行くの、もう少し早く行けばよかったかなぁ」
背中を丸めながらアパートの外階段を下りると、いそいそと自分の車が置いてある駐車場に向かう。
二賀斗の車は一五〇〇ccのステーションワゴン。燃費がいいというだけの理由で安直に決めてしまった車。震えながら運転席のドアを開けて車に乗り込むと、急いでスタートボタンを押す。寝起きを起こされたかのような唸り声を立てて愛車が目を覚ました。
「さぁてと、目指す場所は……」
カーナビに目的地を入力すると、静かにアクセルペダルを踏み込む。愛車は目的地に向けてゆっくりと動き出した。
「……ふぁーあ」
信号待ちの間、二賀斗は大きなあくびをかいた。それから眠気ざましに首を数回回しながらふと、空を窺った。
〈去年の今頃って、何してたんだっけ〉
ぼんやりと考えてみる。……未来ってものは、本当に予想がつかないものだと実感した。
「収も、俺も、明日夏も、まさかこんな未来が来るなんて……思いもしなかっただろうなぁ」
信号が青になり、二賀斗は車を発進させる。
一般道から高速道路を経由して、再び一般道を通る。そして目的地付近に到着したときには、すでに午後も二時を過ぎていた。
「ずいぶん中途半端な時間帯に着いちまったな」
到着したこの場所は、最寄りの駅から数キロほど離れており、幹線道路からも数百mは離れている静かな住宅街だった。近くには比較的大きな公園があったので、二賀斗はその公園の脇の道路に車を停め、少し辺りを歩いてみることにした。
日曜日の、しかもこんな曇り空の寒い午後。出歩いている人が全く見当たらないのは当然のことなのかもしれない。静かな住宅街を寒そうに身を縮めて歩き回っていると、古ぼけたレンガ調の外壁を持つ三階建てのマンションが目についた。外構部分にマンション名が表示されている。
“メゾン・ド・八景”
〈ここだ〉
尋ね人はこの建物の三〇三号室に居るらしい。マンションとは言いながらも、特にかしこまったエントランスのようなものはなく、外階段付近に各部屋の郵便受けが置かれていた。二賀斗は三〇三号室の郵便受けを探す。
“三〇三号室 磐木”
「名前が違うな」
二賀斗はとりあえず訪問してみようと思い、外階段から三階へと上って行った。
外廊下を歩く靴底の音が妙に耳に響く。
三〇一号室を抜け、三〇二号室を通り過ぎ、三〇三号室のドアの前に来た。
〈ここか〉
二賀斗は玄関ドアの横に設置されているチャイムを人差し指で軽く押した。部屋の中でチャイムの音がする。
「……」
そのまましばらく待ってみたが、反応がない。二賀斗は再びチャイムを押してみた。……やはり反応がない。
「時間も時間だし、もしかしたら出かけているのかもしれないな。飯でも食ってから、また訪問してみるか」
二賀斗は一旦、マンションを後にした。
遅い昼食を終え、近くで時間を潰して只今の時刻は午後五時。サラリーマンであれば明日は大体の人が出勤日。日中出掛けたとしても、そろそろ帰宅する時間帯。
二賀斗は先ほどのマンションのそばに車を停めると、再び外階段を上って三〇三号室を目指した。そして三〇三号室のドアの前に着くと、チャイムを押す。……しかし、反応がない。
〈まだ帰宅していないのか〉
仕方なく二賀斗は下に下りた。そして、ベランダ側が見渡せるマンションの南側に回ってみた。
三〇三号室の窓は暗く静まり返っている。
「電気がついていないな、やっぱり留守か。……仕事でもしてんのかなぁ」
二賀斗はその場でしばらく考えた。
〈今日はあきらめて帰ることにするか、それとも時間をずらして再度訪問するか〉
「……うーん。この時間で戻るにしてもアパートに着くのは八時か九時になるし。……しょうがない、もう一回だけ来てみるか」
二賀斗は車に戻ると、この付近の施設をスマホで調べ始めた。すると、ここから少し距離はあるが、大型のショッピングモールが見つかった。
「おー、いいところがあったよ。とりあえずそこで時間を潰すか」
二賀斗は車のエンジンを始動させると、そのショッピングモールへと車を走らせた。
時折、遠くから車の音が聞こえる。……時刻は間もなく午後九時。
例のマンションのそばに戻ると、二賀斗は路肩に車を停めた。
「おわ――ッ」
車から降りると、外の寒さに思わず厳しい声が漏れる。吐く息が夜の街に白く漂う。辺りにはポツリポツリと街灯が設置されてはいるが、夜の暗さが一段と冬の寒さを強調していた。二賀斗は、そのままマンションの南側に回り込むと、地上から三〇三号室のベランダを確認する。
〈灯りがついてる!〉
それを確認すると、気合を入れて三〇三号室に向かった。
外階段を進み、目的の部屋の前に着くと、緊張した面持ちでチャイムを押す。ドアの向こうでチャイム音が鳴るのが聞こえた。
二賀斗は、インターホンに取り付けられているカメラから視線を外して返事を待つ。
「……はいー」
少し間を置いて、インターホン越しから、低音のしわがれた声が聞こえてきた。
「……あの、日曜のこんな夜分に大変申し訳ありません。こちら白窪様のお宅でよろしかったでしょうか」
二賀斗は緊張のせいか、少し早口でインターホンに話しかけてしまった。
「……違うよ」
インターホン越しの低音の声が、よけい低音になった。
「あの、実はG県の甲町にある六園館のことでお伺いしたいことがありまして……。こちらにその関係者の方がお住まいと存じ上げているのですが」
二賀斗は、かまをかけてみた。
「……ブチッ」
インターホンからの通話が突然、切れてしまった。
〈住んでいる人がもしかしたら違う人かもしれない。住所の転出を役所に届け出なければ、その人の住所は転出前のままだ。こちらはその先以降の住所の把握はできない……。一から調べ直しをすることになりそうか……〉
二賀斗は、もしものことを考えた。
「……ふぅ」
軽いため息がおもわず口から洩れる。
その時、ドアが突然開いた。
部屋の中から、白髪交じりの髪を七三に分けた初老の男性が姿を現した。
「……あんた、誰?」
男性は、白いワイシャツに黒のスラックスの身支度でこちらを見ている。帰宅後間もない感じがした。
「あの、白窪様ですか?」
「なんの用だよ」
男性は仁王立ちして二賀斗を見ている。すかさず二賀斗は、自身の名刺を男性に差し出した。
「あの。……私、行政書士をしております二賀斗と申します。こんな夜分に失礼いたします。実は昔、六園館に泊まられた方のご家族が旅館のことをいたく気にしておりまして、それで六園館のことを調べてほしいとのご依頼がありました。その方は六園館に大変思い入れが御有りでして、あの旅館が今どんな状況なのか、どんな些細なことでもいいので話が聞きたいと言っておられます。もしご関係されている方であればぜひともお話をお伺いしたいと思い、夜分に失礼とは思いつつ、訪問させていただきました」
初老の男性は眉間にしわを寄せて二賀斗をにらんだ。
「……ったく、帰ってきたばっかりなんだぞ、俺は」
「誠に……申し訳ありません」
二賀斗は、軽く頭を下げた。
「こんなところでそんな話、……ったく、入んな」
男性は、背を向けるとそのまま部屋の奥に入っていった。
「あ……おじゃまします」
二賀斗は、玄関で靴を脱ぐと男性を追って部屋に上がる。歩いて数歩の短い廊下を通り抜け、正面にあるドアをゆっくりと開けた。
室内はエアコンの暖かい風が吹いている。
東西に広がったリビング・ダイニング・キッチン。二賀斗は、何気に室内を見渡す。
南側はカーテンが降ろされているのでそこから外を見ることはできなかったが、周囲には二階建ての建物くらいしか建っていないので、見晴らしの良さは容易に想像することができた。東側にカウンターキッチンが見えるが、食器や食料品が雑然と置かれている。部屋の隅には、取り込んだ洗濯物が積み重なって置かれていた。
「そこ、座れよ」
男性は、カウンターキッチンのそばに置かれたテーブルの椅子を指さした。
「ありがとうございます」
二賀斗は、おじぎをして椅子に座る。
男性は、ハンガーに掛けておいた上着の中から煙草の箱を取り出すと、二賀斗の正面の椅子にドカッと座った。
そして、左手で煙草の箱を揺すって一本口に含むと、右手で煙草の先端にライターで火をつけた。
「あんな旅館にそんなに執着してるやつがいるんか。……どんな間抜けな奴なんだ」
二賀斗は姿勢を正して答える。
「……その方は六園館のことを、きめ細やかでとても温かい旅館だとお話しされていました」
その話を聞くなり、男性は思わず苦笑した。
「あんた、吸うんかい?」
「いえ……」
男性はテーブルに置いてある卓上の小型空気清浄機のスイッチを押した。
微かな音を出しながら機械が動き出す。
「ふ――っ」
男性は口から静かに煙を吐き出す。そして、その煙は緩やかに清浄機の中に消えていく。
「……あの、早速で恐縮ですが、六園館をご存知ということでよろしかったでしょうか」
二賀斗は男性に質問した。
男性は、眉をひそめながら再び口から煙を吐く。
「ふー。……そうだ」
二賀斗は、逸る気持ちを抑えながらゆっくりと、さらに質問をする。
「どのようなご関係が、おありなんでしょうか」
男性は、吸っていた煙草を灰皿に押し付けた。
「……当時の、社長の息子だよ」
〈ビンゴ!〉
二賀斗はテーブルの下で思わずこぶしを握った。
男性は、黙ったまま腕を組んで厳しい表情を浮かべる。
「……社長様のお名前は確か、白窪様だったかと思ったのですが……」
二賀斗の質問に、男性は上目づかいで答えた。
「……ふん。よく知ってるな。……磐木は俺の母親の姓だ」
男性は再び箱から煙草を振り出すと、右手の人差し指と中指でそれを挟んだ。
「……そこまで知ってるんなら当然、あんたあの旅館を見に行ったんだろ? あれがすべてだ! ……旅館がダメになったあと、どうにも借金が返せなくなった親父は、借金取りが自分の所にだけ来るようにするためにお袋と離婚して、俺とお袋はそのまま親父の元を離れることになったんだ。……だから表札は磐木になってんだよッ!」
磐木は指に挟んでいた煙草を口にくわえ込んだ。……が、それを前歯で力いっぱいに噛みしめた。
「あの旅館の、今の状況なんざ俺に聞くなよ! んなことァ俺の知ったことじゃねえ! だいたい親父は当の昔に死んじまった! おふくろもこの世にはもういねえ! 子どもは俺一人だし、どちらの相続も放棄した! あの旅館だって今、誰の持ち物かなんてお前の方がよく知ってんじゃねえのかッ!」
磐木はテーブルを握りこぶしで叩き、声を荒げて答えた。くわえていた煙草はテーブルの上に落ちる。……くわえていた根元部分が強く押しつぶされた状態で。
二賀斗はテーブルの上に転げ落ちた煙草をじっと見つめる。そして、少し間を置いて磐木に話しかけた。
「……ご苦労、なされましたね」
磐木は椅子の背にもたれ掛かかった。
「……苦労? 苦労、……したよ! 住んでいた自宅を逃げるようにして離れ、通っていた大学も中退した。慣れない仕事をいくつもして、……親父もおふくろもみんな苦労したよ。俺はこの年でもまだ独り身だ!」
磐木は、あの頃を思い出したかのようにひどく渋い顔で言い放った。
「……お父様のつくられた六園館、失礼ながら拝見させていただきました。……きれいな川のそばにありました。古くはなっていましたが、立派な造りの建物だと感じました。あれだけの立派な旅館をお造りするに当たっての、磐木様のお父様とお母様のご苦労は、私などには計り知れないほどのご苦労だったと思います。……ご迷惑でなければ、磐木様の旅館があのような姿になってしまった経緯などをお聞かせ願えないでしょうか。……心苦しいことは重々承知しています」
二賀斗は、ほんの少しだけ前のめりになって磐木に話しかけた。
「…………」
黙ったまま磐木は、左手の親指と人差し指で自身の眉間をギュッと抑えた。
「……あんた、飲むかい」
二賀斗は間髪入れず答える。
「いただきます」
磐木は椅子から身を起こすと、キッチンの方に歩いて行った。そして冷蔵庫から缶ビールを二本取り出すとテーブルに置いた。
それから磐木は静かに椅子に座ると、そのうちの一本を手に取り、ビール缶のふたを開けた。
ビール缶から炭酸の抜ける音がする。磐木は、そのまま勢いよくビールをのどに流し込んだ。
「……ふぅ」
磐木は、半分ほど飲んだビール缶をテーブルに勢いよく置くと、その缶をじっと見つめた。……そして、おもむろに話し始めた。
「……俺がハタチになるか、ならないかって時だったよ。もう……何十年も前のことだからよくは覚えちゃいねえけど、ウチの宿に住み込みで働いていたんだよ、その人が」
磐木は、再びビールを口にする。
「んぐっ……ふぅ。……その人が働き出してから何か月経ったのかなぁ、一年は経ってなかったと思ったなぁ。……まあ、当時の話だけどな」
二賀斗は、うなずきながら聞いていた。
「その人が。……まぁ、俺がハタチくらいの時に、住み込みでウチの宿に来たんだけどよ。……きれいなひとだった。うん、きれいだった、色が白くて。……いくつ位だったんだろう、二十代も半ばくらいだったんかなぁ。……もう、何十年も前のことだから顔もうる覚えになっちまったけど、肌が透き通るくらいに白かったことだけは今でも覚えているよ」
磐木がビールに手を出す。……心なしか、彼の顔がほころんできたように見える。
「大学が夏休みで、親父に“少しは宿の手伝いでもしろ”って言われたもんだから、しょうがねえウチの宿に手伝いに行ったとき、あの人に会ったんだよ。……うん」
磐木は、椅子の背もたれに身を委ねると、顔を緩めて話を続けた。
「あんなにきれいな顔してんのに全然ツンとしてなくてさ……。いつも笑みを絶やさず、仕事も人一倍やって、それでいて誰よりも気遣いがあって。……ほんと、みんなに慕われていた。……うん、慕われていたよ」
二賀斗は、前かがみ気味になりながら黙って磐木の話を聞いていた。
「うーん……。あの頃は良かった。よかったよ。すごいにぎわう観光地、ってわけじゃないけどさ、それなりにウチの宿も繁盛してたし、フフッ……。あのころはよかった……」
にやけながら磐木はビールを飲み干した。
「……はぁ」
ため息を吐くと、磐木は空になったビール缶を力任せにテーブルに叩き置いた。そして、うつむいて急に黙り込んでしまった。
「…………」
「……磐木さん?」
二賀斗は覗き込もうとした。
「……火事があったんだよ。……ウチの宿で」
磐木はボソッとつぶやいた。
「……宿泊していた客の寝たばこが原因らしいって、親父が言ってたけどな。宿が……炎で埋まっちまったんだよ。俺はちょうどその日、その場に居なかったからよくはわからねえんだけどよ。でも、聞いた話だとあの人が炎に埋まってる宿に、……何でか知らねえが、飛び込んじまったらしいんだ」
磐木は神妙な面持ちで腕を組んだ。
「……そしたら、火が……火が消えちまったらしい。一瞬で……」
眉間にしわを寄せて、磐木は厳しい顔をした。
「あの人は宿の中で気を失っていたってよ。それからすぐに病院に運ばれたらしいんだけど、あの人はすぐ病院を抜け出してどっかに消えちまったって話だ。……ハァー」
磐木は大きくため息をついた。
「こんな話、ウソだと思うだろ? 言ってる俺だって恥ずかしいよ、こんなこと話すの。……でも、実際あの人はいなくなっちまった」
一呼吸置いて二賀斗は一つ、磐木に尋ねる。
「……そうすると、今あるあの建物は火事になった建物、ではない?」
磐木はうつむいて答えた。
「……火事になった宿は取り壊された。そんでそのあとすぐに宿の立て直しを始めたんだ。……でもよぉ」
「……でも? どう、されたんですか」
二賀斗の問いに、磐木は大きくため息をつくと、吐き捨てるように答えた。
「宿で働いていた連中が、気味悪がってみんな辞めちまったんだ! ……おふくろが寂しそうに言ってたよ」
磐木は唇を噛みしめた。
「いくら泊まりたい客がいたって、それを世話する従業員がいなくっちゃ宿は開けねえだろ! 従業員の募集をしても、一斉に従業員が辞めるのにゃあ何か訳があるんだろォって、誰も応募に来ない。……従業員がいないから客が呼べない、客がいないから売り上げが出ない。そうこうしてるうちに資金繰りができなくなってトンズラすることとなったのさ。……ふっ」
磐木は、やるせない顔をして首を左右に振った。
「でも、でもだからといって俺はぁ、あの人のせいだなんてこれっぽちも思っちゃいねえ! あの人は何も悪いことなんかしちゃいねえよ! 親父だって、おふくろだってこれっぽっちも恨んじゃいなかった。……そりゃそうだ。だって、あの人がウチで働き始めてから確かに宿の雰囲気がいい雰囲気に変わったんだ。……なんか、こう、居心地がいいってゆうか、なんつうんだろう。落ち着けるっていうか、気持ちが和らぐっていうか……。それに客足も増えた。宿に活気があったんだよ、あの人が来てから」
磐木はテーブル越しに二賀斗の目をまじまじと見た。……と思うとまたうつむき出した。
「……はぁ。……何だったんだろうなぁ、あの出来事は。一体、何が起こったんだか。まったく。……今頃あの人、何やってんだかなぁ」
磐木は、腕を組み直すと寂しそうな顔でつぶやいた。
「……その方って、どちらのご出身なんですか」
二賀斗は前のめりになって尋ねた。
「そんなの知らねえよ。そんなこと知ってたら探し出してこっちから土下座でも何でもしてまた働いてもらってただろうに。……そもそも、帳簿も何もかもあの火事で全部焼けちまったって言うんだから、何もわからねえだろうって」
「……じゃあ、その方のお名前は?」
二賀斗は矢継ぎ早に尋ねた。
「……ふ――っ」
磐木は今までにない大きなため息をついた。そして、うつむいたまましばらく考え込む。……と思ったら、急に笑い出した。
「くっくっくっ……。何だったかなあ。あんたにここで聞かれるまで、そんなこと思い出しもしなかったよ。あんなにあこがれていた人なのになぁ。ふふっ。……うーん、なんつったかなー。……何さん、何とかさん。……うーん」
磐木は、頭を右に振ったり左に振ったりして何とか思い出そうとしていたが、真一文字に結んだ口は終始、閉じられたままだった。
「だーめだあ、思い出せねえ。はははっ」
頭を掻きながら磐木は、照れ笑いをした。
「そんなにおキレイな人だったんですか。その方は」
二賀斗は、好奇心で尋ねてみた。
「……さすがに何十年も前のことだからなぁ。もう記憶もあいまい、うる覚えだよ。でもきれいだったってゆう記憶だけはあるんだよなぁ」
そう言うと、磐木は天井を見上げて遠い目をした。その表情は何とも寂しそうな、苦しそうな、そんな気持ちに満ち溢れていた。
「……そうですか」
二賀斗はこれ以上の話の進展はないと判断し、席を立とうと腰を上げた。
「夜分にお邪魔しまして……」
「たま!」
「……は?」
二賀斗の腰が浮いたまま止まった。
「そうだよ! そうそう。たま! そうだー! 名前通りに真珠のような肌をしてるって、あの人と話し込んだんだよ! ハッハハハ! ……たま乃? たま江? うーん、どっちだったかなー。でもたまナントカだ! ハハハ、よーく憶えてたなー」
磐木は、大きく口を開けて笑いだした。先ほどまでの重苦しく厳しい表情がウソのようだった。本当に無邪気な幼児の様に屈託なく笑っている。
「ハハハハ! そうだ、そうだ」
二賀斗は、磐木の楽しい時間を邪魔することに引け目を感じながらも割り込んだ。
「磐木さん、たまさんの苗字は……」
「……知らん。苗字は、わからん」
磐木はあっさりと答えた。
「たぶん、俺は下の名前でしかあの人のことを呼んでなかった気がする。……たまのさん、たまえさん、そんな風に呼んでたなぁ。……たぶんな」
磐木は笑顔で答えた。
「……そうですか」
二賀斗は急に立ち上がると、その場で深々と頭を下げた。
「磐木さん、本当にありがとうございました!」
磐木はその姿を見ると面食らった顔をした。
「……あ、ああ。いや、まあ。……はは。……いやー、お兄ちゃん。よかったよ、あんた来てくれて。あんたと話してて思い出したよ、俺にもいい時代があったんだって。……ほんと、苦労して苦労してすっかり俺自身腐った気持ちで今まで生きてきたけどさ。あんな輝いていた時間が確かにあったんだよ、俺にも。……俺にもな」
磐木は、かつての楽しかった時を懐かしむように微笑みを浮かべていた。
二賀斗は丁寧にあいさつをすると、磐木の住まいを後にした。
マンションの外に出ると、辺りはすでに真っ暗闇となっていた。夜の空は黒に見えるほどに暗い紺色に染まり、その中に冬の星々がちりばめられていた。ふと腕時計を見てみると、時刻は午後十一時。今年もあと数週間で終わり、また新しい年が来る。
凍りつくような冬の風に思わず身体が震えた。静まり返った夜の住宅街、夜中の寒さが身に染みる。二賀斗の手には磐木からもらった缶ビールが握られていた。
“土産にもっていきな”
「言われるがままに頂いたけど、あんま飲めないし……」
二賀斗は停めてあった車に乗り込むと、エンジンをかけた。
冷え切ったエンジンが、けたたましく始動する。そして、ヘッドライトを点灯させると、そのままゆっくりと車を発進させた。
二賀斗の車は住宅街の道を通り抜け、幹線道路に乗り、ひたすら帰路に向かって走る。
スピーカーから流れ出る音楽をよそに、二賀斗は少し感傷的な気分になっていた。……磐木の生きてきた様。その父親の人生。そして磐木があこがれていた、あの女性の事。……明日夏の探し求めている、あの女性。
フロントガラスに映る夜景を見ながら、二賀斗はその女性のことを考える。
〈どんな女の人なんだろう。磐木さんは美しい美しいと繰り返し語っていたけれど……〉
それはそうと、二賀斗は正直驚いていた。
〈明日夏のじいさんの話が本当だったとはね……。あの女の人が燃えている旅館に入っていって、そして火事が消えた。……で、当の本人はと言うと、あの火事以降どこかに行ってしまった、か。まぁ、そんな大火事の後で急に行方をくらましちまったら、誰がどうしたってあの人が怪しいってなっちまうよな。何十年も前の田舎町だし、迷信とかも普通に息づいていたんだろうに〉
“あの人のせいだなんて、これっぽちも思っちゃいねえ”
ふいに磐木の発した台詞が、二賀斗の頭を過ぎった。
〈でも実際にあの人が火を消したかどうかまでは磐木さんは見ていない。……どうやって火を消したのかが分かればいいんだけどなぁ。建物に入った理由なんかどうでもいいんだ。問題は消火の方法だ。それがわかれば明日夏にガツンと言える!〉
運転しながら二賀斗はこの先のことを考えた。
〈何にしても、とりあえず情報が足りない。今ある情報だけじゃとてもあの女性のところになんてたどり着けない。それと年齢か。あの人が当時二〇代半ばだとしても、今だともう……七〇歳台か。若いと言えば若いけど、今も生きてるとは断言できないし〉
「……ふぅ」
二賀斗は頭を整理しようと、軽く息を吐いた。あの女性に辿り着くための方法を何か考えなければならないが、何があるのだろうかと、少し頭を巡らす。
「探偵にでも、頼んでみるか?」
頭によぎった考えが、思わず口から飛び出した。
「ははっ、そんなことしたら収に怒られるか。なんたって俺は何でも打破できるヤツなんだからな」
二賀斗は、つぶやきながら苦笑した。
「収も明日夏も俺を頼ってくれている。……そうさ、俺を頼りにしてくれている。だから俺がやりきらないとダメなんだ。それに、結論としてあの女の人に話を聞ければそれで白黒がつくんだ。……居場所さえ分かれば結論が出る」
明日夏が会いたがっているあの女性の輪郭が少しではあるが顕わになったことで、その先の道が少しではあるがぼんやりと見えてきた。そして二賀斗は考える。……彼女が病院から抜け出した後のことを。もしかしたら女中として旅館を転々と渡り歩いていたのかもしれない。結婚して家庭に入ってしまったのかもしれない。そもそもこの日本にいないのかもしれない。それによってその先の道も変わってくる。……いろいろな道が頭に浮かんでくるが、そんなことをあれこれ考えたところで切りがないことはわかっていた。
「いつもならこんな時間に車を運転していれば当然眠くなるはずなんだけど。……なんだか目が冴えまくってるよ」
そう言っているそばからまた、あの女の人のことが頭をよぎる。
「俺も磐木さんのように憑りつかれたか……」
二賀斗の運転する車は、いろいろな思いを引きずりながらどこまでも続く暗い道の中に消えていった。
そう言って二賀斗は作業机の引き出しを開けると、久しくしまい込んでいた書類を取り出した。いつになく仕事が立て込んだ上に、一つ一つの作業に相当時間を取られていた。
とは言え、あんな夢物語に首まで浸かっている明日夏のことを考えると、悠長に時間を費やせないことは十分に分かっていた。
日曜日の朝。二賀斗はおもむろに部屋のカーテンを開けて窓から外を眺める。空はぼんやりとした曇り空。アパートの二階にある二賀斗の部屋からは、遥か遠くに高層ビル群が見える。外は見るからに寒そうな表情をしていた。部屋の壁に掛けられている洒落たインテリア時計を見ると、午前も十時を回っていた。二賀斗は社長の息子の居場所を再度スマホで確認する。目的地までは高速を使えば車で二時間ほどの距離。スマホをテーブルに置くと、あくびをしながら洗面所に向かった。
「……ょおしッ!」
洗面台の鏡に映った自分の顔を見て、気合を入れる。
ひげを剃り、顔を洗い、身支度を整えると、探し求めていた白窪社長に関する書類をカバンの中にしまい込んでアパートのドアを勇ましく開けた。
不意に北風が、か細い身体を通り抜けた。二賀斗は思わず肩をすくめる。
「寒ッ! ちょっと前までは汗かいてたのに、もうこんな寒さかぁ。……あの温泉街に行くの、もう少し早く行けばよかったかなぁ」
背中を丸めながらアパートの外階段を下りると、いそいそと自分の車が置いてある駐車場に向かう。
二賀斗の車は一五〇〇ccのステーションワゴン。燃費がいいというだけの理由で安直に決めてしまった車。震えながら運転席のドアを開けて車に乗り込むと、急いでスタートボタンを押す。寝起きを起こされたかのような唸り声を立てて愛車が目を覚ました。
「さぁてと、目指す場所は……」
カーナビに目的地を入力すると、静かにアクセルペダルを踏み込む。愛車は目的地に向けてゆっくりと動き出した。
「……ふぁーあ」
信号待ちの間、二賀斗は大きなあくびをかいた。それから眠気ざましに首を数回回しながらふと、空を窺った。
〈去年の今頃って、何してたんだっけ〉
ぼんやりと考えてみる。……未来ってものは、本当に予想がつかないものだと実感した。
「収も、俺も、明日夏も、まさかこんな未来が来るなんて……思いもしなかっただろうなぁ」
信号が青になり、二賀斗は車を発進させる。
一般道から高速道路を経由して、再び一般道を通る。そして目的地付近に到着したときには、すでに午後も二時を過ぎていた。
「ずいぶん中途半端な時間帯に着いちまったな」
到着したこの場所は、最寄りの駅から数キロほど離れており、幹線道路からも数百mは離れている静かな住宅街だった。近くには比較的大きな公園があったので、二賀斗はその公園の脇の道路に車を停め、少し辺りを歩いてみることにした。
日曜日の、しかもこんな曇り空の寒い午後。出歩いている人が全く見当たらないのは当然のことなのかもしれない。静かな住宅街を寒そうに身を縮めて歩き回っていると、古ぼけたレンガ調の外壁を持つ三階建てのマンションが目についた。外構部分にマンション名が表示されている。
“メゾン・ド・八景”
〈ここだ〉
尋ね人はこの建物の三〇三号室に居るらしい。マンションとは言いながらも、特にかしこまったエントランスのようなものはなく、外階段付近に各部屋の郵便受けが置かれていた。二賀斗は三〇三号室の郵便受けを探す。
“三〇三号室 磐木”
「名前が違うな」
二賀斗はとりあえず訪問してみようと思い、外階段から三階へと上って行った。
外廊下を歩く靴底の音が妙に耳に響く。
三〇一号室を抜け、三〇二号室を通り過ぎ、三〇三号室のドアの前に来た。
〈ここか〉
二賀斗は玄関ドアの横に設置されているチャイムを人差し指で軽く押した。部屋の中でチャイムの音がする。
「……」
そのまましばらく待ってみたが、反応がない。二賀斗は再びチャイムを押してみた。……やはり反応がない。
「時間も時間だし、もしかしたら出かけているのかもしれないな。飯でも食ってから、また訪問してみるか」
二賀斗は一旦、マンションを後にした。
遅い昼食を終え、近くで時間を潰して只今の時刻は午後五時。サラリーマンであれば明日は大体の人が出勤日。日中出掛けたとしても、そろそろ帰宅する時間帯。
二賀斗は先ほどのマンションのそばに車を停めると、再び外階段を上って三〇三号室を目指した。そして三〇三号室のドアの前に着くと、チャイムを押す。……しかし、反応がない。
〈まだ帰宅していないのか〉
仕方なく二賀斗は下に下りた。そして、ベランダ側が見渡せるマンションの南側に回ってみた。
三〇三号室の窓は暗く静まり返っている。
「電気がついていないな、やっぱり留守か。……仕事でもしてんのかなぁ」
二賀斗はその場でしばらく考えた。
〈今日はあきらめて帰ることにするか、それとも時間をずらして再度訪問するか〉
「……うーん。この時間で戻るにしてもアパートに着くのは八時か九時になるし。……しょうがない、もう一回だけ来てみるか」
二賀斗は車に戻ると、この付近の施設をスマホで調べ始めた。すると、ここから少し距離はあるが、大型のショッピングモールが見つかった。
「おー、いいところがあったよ。とりあえずそこで時間を潰すか」
二賀斗は車のエンジンを始動させると、そのショッピングモールへと車を走らせた。
時折、遠くから車の音が聞こえる。……時刻は間もなく午後九時。
例のマンションのそばに戻ると、二賀斗は路肩に車を停めた。
「おわ――ッ」
車から降りると、外の寒さに思わず厳しい声が漏れる。吐く息が夜の街に白く漂う。辺りにはポツリポツリと街灯が設置されてはいるが、夜の暗さが一段と冬の寒さを強調していた。二賀斗は、そのままマンションの南側に回り込むと、地上から三〇三号室のベランダを確認する。
〈灯りがついてる!〉
それを確認すると、気合を入れて三〇三号室に向かった。
外階段を進み、目的の部屋の前に着くと、緊張した面持ちでチャイムを押す。ドアの向こうでチャイム音が鳴るのが聞こえた。
二賀斗は、インターホンに取り付けられているカメラから視線を外して返事を待つ。
「……はいー」
少し間を置いて、インターホン越しから、低音のしわがれた声が聞こえてきた。
「……あの、日曜のこんな夜分に大変申し訳ありません。こちら白窪様のお宅でよろしかったでしょうか」
二賀斗は緊張のせいか、少し早口でインターホンに話しかけてしまった。
「……違うよ」
インターホン越しの低音の声が、よけい低音になった。
「あの、実はG県の甲町にある六園館のことでお伺いしたいことがありまして……。こちらにその関係者の方がお住まいと存じ上げているのですが」
二賀斗は、かまをかけてみた。
「……ブチッ」
インターホンからの通話が突然、切れてしまった。
〈住んでいる人がもしかしたら違う人かもしれない。住所の転出を役所に届け出なければ、その人の住所は転出前のままだ。こちらはその先以降の住所の把握はできない……。一から調べ直しをすることになりそうか……〉
二賀斗は、もしものことを考えた。
「……ふぅ」
軽いため息がおもわず口から洩れる。
その時、ドアが突然開いた。
部屋の中から、白髪交じりの髪を七三に分けた初老の男性が姿を現した。
「……あんた、誰?」
男性は、白いワイシャツに黒のスラックスの身支度でこちらを見ている。帰宅後間もない感じがした。
「あの、白窪様ですか?」
「なんの用だよ」
男性は仁王立ちして二賀斗を見ている。すかさず二賀斗は、自身の名刺を男性に差し出した。
「あの。……私、行政書士をしております二賀斗と申します。こんな夜分に失礼いたします。実は昔、六園館に泊まられた方のご家族が旅館のことをいたく気にしておりまして、それで六園館のことを調べてほしいとのご依頼がありました。その方は六園館に大変思い入れが御有りでして、あの旅館が今どんな状況なのか、どんな些細なことでもいいので話が聞きたいと言っておられます。もしご関係されている方であればぜひともお話をお伺いしたいと思い、夜分に失礼とは思いつつ、訪問させていただきました」
初老の男性は眉間にしわを寄せて二賀斗をにらんだ。
「……ったく、帰ってきたばっかりなんだぞ、俺は」
「誠に……申し訳ありません」
二賀斗は、軽く頭を下げた。
「こんなところでそんな話、……ったく、入んな」
男性は、背を向けるとそのまま部屋の奥に入っていった。
「あ……おじゃまします」
二賀斗は、玄関で靴を脱ぐと男性を追って部屋に上がる。歩いて数歩の短い廊下を通り抜け、正面にあるドアをゆっくりと開けた。
室内はエアコンの暖かい風が吹いている。
東西に広がったリビング・ダイニング・キッチン。二賀斗は、何気に室内を見渡す。
南側はカーテンが降ろされているのでそこから外を見ることはできなかったが、周囲には二階建ての建物くらいしか建っていないので、見晴らしの良さは容易に想像することができた。東側にカウンターキッチンが見えるが、食器や食料品が雑然と置かれている。部屋の隅には、取り込んだ洗濯物が積み重なって置かれていた。
「そこ、座れよ」
男性は、カウンターキッチンのそばに置かれたテーブルの椅子を指さした。
「ありがとうございます」
二賀斗は、おじぎをして椅子に座る。
男性は、ハンガーに掛けておいた上着の中から煙草の箱を取り出すと、二賀斗の正面の椅子にドカッと座った。
そして、左手で煙草の箱を揺すって一本口に含むと、右手で煙草の先端にライターで火をつけた。
「あんな旅館にそんなに執着してるやつがいるんか。……どんな間抜けな奴なんだ」
二賀斗は姿勢を正して答える。
「……その方は六園館のことを、きめ細やかでとても温かい旅館だとお話しされていました」
その話を聞くなり、男性は思わず苦笑した。
「あんた、吸うんかい?」
「いえ……」
男性はテーブルに置いてある卓上の小型空気清浄機のスイッチを押した。
微かな音を出しながら機械が動き出す。
「ふ――っ」
男性は口から静かに煙を吐き出す。そして、その煙は緩やかに清浄機の中に消えていく。
「……あの、早速で恐縮ですが、六園館をご存知ということでよろしかったでしょうか」
二賀斗は男性に質問した。
男性は、眉をひそめながら再び口から煙を吐く。
「ふー。……そうだ」
二賀斗は、逸る気持ちを抑えながらゆっくりと、さらに質問をする。
「どのようなご関係が、おありなんでしょうか」
男性は、吸っていた煙草を灰皿に押し付けた。
「……当時の、社長の息子だよ」
〈ビンゴ!〉
二賀斗はテーブルの下で思わずこぶしを握った。
男性は、黙ったまま腕を組んで厳しい表情を浮かべる。
「……社長様のお名前は確か、白窪様だったかと思ったのですが……」
二賀斗の質問に、男性は上目づかいで答えた。
「……ふん。よく知ってるな。……磐木は俺の母親の姓だ」
男性は再び箱から煙草を振り出すと、右手の人差し指と中指でそれを挟んだ。
「……そこまで知ってるんなら当然、あんたあの旅館を見に行ったんだろ? あれがすべてだ! ……旅館がダメになったあと、どうにも借金が返せなくなった親父は、借金取りが自分の所にだけ来るようにするためにお袋と離婚して、俺とお袋はそのまま親父の元を離れることになったんだ。……だから表札は磐木になってんだよッ!」
磐木は指に挟んでいた煙草を口にくわえ込んだ。……が、それを前歯で力いっぱいに噛みしめた。
「あの旅館の、今の状況なんざ俺に聞くなよ! んなことァ俺の知ったことじゃねえ! だいたい親父は当の昔に死んじまった! おふくろもこの世にはもういねえ! 子どもは俺一人だし、どちらの相続も放棄した! あの旅館だって今、誰の持ち物かなんてお前の方がよく知ってんじゃねえのかッ!」
磐木はテーブルを握りこぶしで叩き、声を荒げて答えた。くわえていた煙草はテーブルの上に落ちる。……くわえていた根元部分が強く押しつぶされた状態で。
二賀斗はテーブルの上に転げ落ちた煙草をじっと見つめる。そして、少し間を置いて磐木に話しかけた。
「……ご苦労、なされましたね」
磐木は椅子の背にもたれ掛かかった。
「……苦労? 苦労、……したよ! 住んでいた自宅を逃げるようにして離れ、通っていた大学も中退した。慣れない仕事をいくつもして、……親父もおふくろもみんな苦労したよ。俺はこの年でもまだ独り身だ!」
磐木は、あの頃を思い出したかのようにひどく渋い顔で言い放った。
「……お父様のつくられた六園館、失礼ながら拝見させていただきました。……きれいな川のそばにありました。古くはなっていましたが、立派な造りの建物だと感じました。あれだけの立派な旅館をお造りするに当たっての、磐木様のお父様とお母様のご苦労は、私などには計り知れないほどのご苦労だったと思います。……ご迷惑でなければ、磐木様の旅館があのような姿になってしまった経緯などをお聞かせ願えないでしょうか。……心苦しいことは重々承知しています」
二賀斗は、ほんの少しだけ前のめりになって磐木に話しかけた。
「…………」
黙ったまま磐木は、左手の親指と人差し指で自身の眉間をギュッと抑えた。
「……あんた、飲むかい」
二賀斗は間髪入れず答える。
「いただきます」
磐木は椅子から身を起こすと、キッチンの方に歩いて行った。そして冷蔵庫から缶ビールを二本取り出すとテーブルに置いた。
それから磐木は静かに椅子に座ると、そのうちの一本を手に取り、ビール缶のふたを開けた。
ビール缶から炭酸の抜ける音がする。磐木は、そのまま勢いよくビールをのどに流し込んだ。
「……ふぅ」
磐木は、半分ほど飲んだビール缶をテーブルに勢いよく置くと、その缶をじっと見つめた。……そして、おもむろに話し始めた。
「……俺がハタチになるか、ならないかって時だったよ。もう……何十年も前のことだからよくは覚えちゃいねえけど、ウチの宿に住み込みで働いていたんだよ、その人が」
磐木は、再びビールを口にする。
「んぐっ……ふぅ。……その人が働き出してから何か月経ったのかなぁ、一年は経ってなかったと思ったなぁ。……まあ、当時の話だけどな」
二賀斗は、うなずきながら聞いていた。
「その人が。……まぁ、俺がハタチくらいの時に、住み込みでウチの宿に来たんだけどよ。……きれいなひとだった。うん、きれいだった、色が白くて。……いくつ位だったんだろう、二十代も半ばくらいだったんかなぁ。……もう、何十年も前のことだから顔もうる覚えになっちまったけど、肌が透き通るくらいに白かったことだけは今でも覚えているよ」
磐木がビールに手を出す。……心なしか、彼の顔がほころんできたように見える。
「大学が夏休みで、親父に“少しは宿の手伝いでもしろ”って言われたもんだから、しょうがねえウチの宿に手伝いに行ったとき、あの人に会ったんだよ。……うん」
磐木は、椅子の背もたれに身を委ねると、顔を緩めて話を続けた。
「あんなにきれいな顔してんのに全然ツンとしてなくてさ……。いつも笑みを絶やさず、仕事も人一倍やって、それでいて誰よりも気遣いがあって。……ほんと、みんなに慕われていた。……うん、慕われていたよ」
二賀斗は、前かがみ気味になりながら黙って磐木の話を聞いていた。
「うーん……。あの頃は良かった。よかったよ。すごいにぎわう観光地、ってわけじゃないけどさ、それなりにウチの宿も繁盛してたし、フフッ……。あのころはよかった……」
にやけながら磐木はビールを飲み干した。
「……はぁ」
ため息を吐くと、磐木は空になったビール缶を力任せにテーブルに叩き置いた。そして、うつむいて急に黙り込んでしまった。
「…………」
「……磐木さん?」
二賀斗は覗き込もうとした。
「……火事があったんだよ。……ウチの宿で」
磐木はボソッとつぶやいた。
「……宿泊していた客の寝たばこが原因らしいって、親父が言ってたけどな。宿が……炎で埋まっちまったんだよ。俺はちょうどその日、その場に居なかったからよくはわからねえんだけどよ。でも、聞いた話だとあの人が炎に埋まってる宿に、……何でか知らねえが、飛び込んじまったらしいんだ」
磐木は神妙な面持ちで腕を組んだ。
「……そしたら、火が……火が消えちまったらしい。一瞬で……」
眉間にしわを寄せて、磐木は厳しい顔をした。
「あの人は宿の中で気を失っていたってよ。それからすぐに病院に運ばれたらしいんだけど、あの人はすぐ病院を抜け出してどっかに消えちまったって話だ。……ハァー」
磐木は大きくため息をついた。
「こんな話、ウソだと思うだろ? 言ってる俺だって恥ずかしいよ、こんなこと話すの。……でも、実際あの人はいなくなっちまった」
一呼吸置いて二賀斗は一つ、磐木に尋ねる。
「……そうすると、今あるあの建物は火事になった建物、ではない?」
磐木はうつむいて答えた。
「……火事になった宿は取り壊された。そんでそのあとすぐに宿の立て直しを始めたんだ。……でもよぉ」
「……でも? どう、されたんですか」
二賀斗の問いに、磐木は大きくため息をつくと、吐き捨てるように答えた。
「宿で働いていた連中が、気味悪がってみんな辞めちまったんだ! ……おふくろが寂しそうに言ってたよ」
磐木は唇を噛みしめた。
「いくら泊まりたい客がいたって、それを世話する従業員がいなくっちゃ宿は開けねえだろ! 従業員の募集をしても、一斉に従業員が辞めるのにゃあ何か訳があるんだろォって、誰も応募に来ない。……従業員がいないから客が呼べない、客がいないから売り上げが出ない。そうこうしてるうちに資金繰りができなくなってトンズラすることとなったのさ。……ふっ」
磐木は、やるせない顔をして首を左右に振った。
「でも、でもだからといって俺はぁ、あの人のせいだなんてこれっぽちも思っちゃいねえ! あの人は何も悪いことなんかしちゃいねえよ! 親父だって、おふくろだってこれっぽっちも恨んじゃいなかった。……そりゃそうだ。だって、あの人がウチで働き始めてから確かに宿の雰囲気がいい雰囲気に変わったんだ。……なんか、こう、居心地がいいってゆうか、なんつうんだろう。落ち着けるっていうか、気持ちが和らぐっていうか……。それに客足も増えた。宿に活気があったんだよ、あの人が来てから」
磐木はテーブル越しに二賀斗の目をまじまじと見た。……と思うとまたうつむき出した。
「……はぁ。……何だったんだろうなぁ、あの出来事は。一体、何が起こったんだか。まったく。……今頃あの人、何やってんだかなぁ」
磐木は、腕を組み直すと寂しそうな顔でつぶやいた。
「……その方って、どちらのご出身なんですか」
二賀斗は前のめりになって尋ねた。
「そんなの知らねえよ。そんなこと知ってたら探し出してこっちから土下座でも何でもしてまた働いてもらってただろうに。……そもそも、帳簿も何もかもあの火事で全部焼けちまったって言うんだから、何もわからねえだろうって」
「……じゃあ、その方のお名前は?」
二賀斗は矢継ぎ早に尋ねた。
「……ふ――っ」
磐木は今までにない大きなため息をついた。そして、うつむいたまましばらく考え込む。……と思ったら、急に笑い出した。
「くっくっくっ……。何だったかなあ。あんたにここで聞かれるまで、そんなこと思い出しもしなかったよ。あんなにあこがれていた人なのになぁ。ふふっ。……うーん、なんつったかなー。……何さん、何とかさん。……うーん」
磐木は、頭を右に振ったり左に振ったりして何とか思い出そうとしていたが、真一文字に結んだ口は終始、閉じられたままだった。
「だーめだあ、思い出せねえ。はははっ」
頭を掻きながら磐木は、照れ笑いをした。
「そんなにおキレイな人だったんですか。その方は」
二賀斗は、好奇心で尋ねてみた。
「……さすがに何十年も前のことだからなぁ。もう記憶もあいまい、うる覚えだよ。でもきれいだったってゆう記憶だけはあるんだよなぁ」
そう言うと、磐木は天井を見上げて遠い目をした。その表情は何とも寂しそうな、苦しそうな、そんな気持ちに満ち溢れていた。
「……そうですか」
二賀斗はこれ以上の話の進展はないと判断し、席を立とうと腰を上げた。
「夜分にお邪魔しまして……」
「たま!」
「……は?」
二賀斗の腰が浮いたまま止まった。
「そうだよ! そうそう。たま! そうだー! 名前通りに真珠のような肌をしてるって、あの人と話し込んだんだよ! ハッハハハ! ……たま乃? たま江? うーん、どっちだったかなー。でもたまナントカだ! ハハハ、よーく憶えてたなー」
磐木は、大きく口を開けて笑いだした。先ほどまでの重苦しく厳しい表情がウソのようだった。本当に無邪気な幼児の様に屈託なく笑っている。
「ハハハハ! そうだ、そうだ」
二賀斗は、磐木の楽しい時間を邪魔することに引け目を感じながらも割り込んだ。
「磐木さん、たまさんの苗字は……」
「……知らん。苗字は、わからん」
磐木はあっさりと答えた。
「たぶん、俺は下の名前でしかあの人のことを呼んでなかった気がする。……たまのさん、たまえさん、そんな風に呼んでたなぁ。……たぶんな」
磐木は笑顔で答えた。
「……そうですか」
二賀斗は急に立ち上がると、その場で深々と頭を下げた。
「磐木さん、本当にありがとうございました!」
磐木はその姿を見ると面食らった顔をした。
「……あ、ああ。いや、まあ。……はは。……いやー、お兄ちゃん。よかったよ、あんた来てくれて。あんたと話してて思い出したよ、俺にもいい時代があったんだって。……ほんと、苦労して苦労してすっかり俺自身腐った気持ちで今まで生きてきたけどさ。あんな輝いていた時間が確かにあったんだよ、俺にも。……俺にもな」
磐木は、かつての楽しかった時を懐かしむように微笑みを浮かべていた。
二賀斗は丁寧にあいさつをすると、磐木の住まいを後にした。
マンションの外に出ると、辺りはすでに真っ暗闇となっていた。夜の空は黒に見えるほどに暗い紺色に染まり、その中に冬の星々がちりばめられていた。ふと腕時計を見てみると、時刻は午後十一時。今年もあと数週間で終わり、また新しい年が来る。
凍りつくような冬の風に思わず身体が震えた。静まり返った夜の住宅街、夜中の寒さが身に染みる。二賀斗の手には磐木からもらった缶ビールが握られていた。
“土産にもっていきな”
「言われるがままに頂いたけど、あんま飲めないし……」
二賀斗は停めてあった車に乗り込むと、エンジンをかけた。
冷え切ったエンジンが、けたたましく始動する。そして、ヘッドライトを点灯させると、そのままゆっくりと車を発進させた。
二賀斗の車は住宅街の道を通り抜け、幹線道路に乗り、ひたすら帰路に向かって走る。
スピーカーから流れ出る音楽をよそに、二賀斗は少し感傷的な気分になっていた。……磐木の生きてきた様。その父親の人生。そして磐木があこがれていた、あの女性の事。……明日夏の探し求めている、あの女性。
フロントガラスに映る夜景を見ながら、二賀斗はその女性のことを考える。
〈どんな女の人なんだろう。磐木さんは美しい美しいと繰り返し語っていたけれど……〉
それはそうと、二賀斗は正直驚いていた。
〈明日夏のじいさんの話が本当だったとはね……。あの女の人が燃えている旅館に入っていって、そして火事が消えた。……で、当の本人はと言うと、あの火事以降どこかに行ってしまった、か。まぁ、そんな大火事の後で急に行方をくらましちまったら、誰がどうしたってあの人が怪しいってなっちまうよな。何十年も前の田舎町だし、迷信とかも普通に息づいていたんだろうに〉
“あの人のせいだなんて、これっぽちも思っちゃいねえ”
ふいに磐木の発した台詞が、二賀斗の頭を過ぎった。
〈でも実際にあの人が火を消したかどうかまでは磐木さんは見ていない。……どうやって火を消したのかが分かればいいんだけどなぁ。建物に入った理由なんかどうでもいいんだ。問題は消火の方法だ。それがわかれば明日夏にガツンと言える!〉
運転しながら二賀斗はこの先のことを考えた。
〈何にしても、とりあえず情報が足りない。今ある情報だけじゃとてもあの女性のところになんてたどり着けない。それと年齢か。あの人が当時二〇代半ばだとしても、今だともう……七〇歳台か。若いと言えば若いけど、今も生きてるとは断言できないし〉
「……ふぅ」
二賀斗は頭を整理しようと、軽く息を吐いた。あの女性に辿り着くための方法を何か考えなければならないが、何があるのだろうかと、少し頭を巡らす。
「探偵にでも、頼んでみるか?」
頭によぎった考えが、思わず口から飛び出した。
「ははっ、そんなことしたら収に怒られるか。なんたって俺は何でも打破できるヤツなんだからな」
二賀斗は、つぶやきながら苦笑した。
「収も明日夏も俺を頼ってくれている。……そうさ、俺を頼りにしてくれている。だから俺がやりきらないとダメなんだ。それに、結論としてあの女の人に話を聞ければそれで白黒がつくんだ。……居場所さえ分かれば結論が出る」
明日夏が会いたがっているあの女性の輪郭が少しではあるが顕わになったことで、その先の道が少しではあるがぼんやりと見えてきた。そして二賀斗は考える。……彼女が病院から抜け出した後のことを。もしかしたら女中として旅館を転々と渡り歩いていたのかもしれない。結婚して家庭に入ってしまったのかもしれない。そもそもこの日本にいないのかもしれない。それによってその先の道も変わってくる。……いろいろな道が頭に浮かんでくるが、そんなことをあれこれ考えたところで切りがないことはわかっていた。
「いつもならこんな時間に車を運転していれば当然眠くなるはずなんだけど。……なんだか目が冴えまくってるよ」
そう言っているそばからまた、あの女の人のことが頭をよぎる。
「俺も磐木さんのように憑りつかれたか……」
二賀斗の運転する車は、いろいろな思いを引きずりながらどこまでも続く暗い道の中に消えていった。
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