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屈辱のあの日から何日かが過ぎたが、このところ天気は雨が降ったりやんだりの繰り返しですっきりしない空模様が続いている。二賀斗は珠子の孫娘からおちょくられたあの日以降、明日夏と約束した件には一切手を付けず仕事に没頭していた。今日も朝から本降りの雨が降っていたが、二賀斗は書類作りで一日中机に張り付いていた。
「ふぁ――あ」
夕方、書類作りが完成した二賀斗は背伸びをしながら居間のソファーに座り、一息つく。そしてリモコンを握るとテレビを点けた。
「……低気圧は九州地方から移動し、現在近畿地方に非常に強い雨を降らせています。今夜遅くには関東地方にも非常に強い雨を降らせる可能性があります」
テレビでは天気のニュースが流れていた。
「雨が強くなるのか……」
二賀斗は立ち上がると、窓を開けて外を眺めた。ぬるったい風が部屋に侵入してくる。
降りしきる雨が街灯に照らされてその姿をさらけ出していた。二賀斗はしばらくぼんやりと雨を眺めていたが、何かを振り払うかのように頭を横に振って窓を閉めた。
「さーてと、風呂に入るか」
風呂から出て夕食を摂り終えると、テレビを点けて九時のニュースを映し出した。
「……今回の低気圧により、九州地方では川が氾濫し、多数の床上浸水世帯が出ています。近畿地方でも土砂崩れが起こっています。今夜遅くには関東地方でも大雨が降る予報となっています。ご注意ください。各地で警報・注意報が発令されています」
テレビには関東地方の警報・注意報が表示されていた。ふと、彼女が住んでいる地域に目をやる。
“大雨警報(土砂災害)”という表示が出ている。
〈土砂崩れか……。アイツ、山の上に居るんだよな〉
二賀斗は首を振った。
〈アイツがあそこに住んでるってこと、誰も知らねんだよな……〉
うつむいて目をつむる。
〈……まさかこの雨の中、今もあそこにいるんじゃねえだろうな?〉
顔をあげてテレビを見つめる。
〈……アイツ、警報出てることわかってんのかな〉
「……チッ!」
二賀斗はソファーから勢いよく立ち上がると、タンスの中を漁り始めた。
「この辺りにあったはず……」
そしてタンスの中にあった防災グッズの入ったリュックを探し出すと、急いで着替えてアパートを飛び出した。
「いなけりゃ、それでいい!」
そう言って車に飛び乗ると、アクセルを吹かしてすぐさま彼女のいる山に向かって発車した。
雨は強弱交えて降り続いている。ただ、この雨のせいなのか、行き交う車の数はそう多くはなかった。数時間後、二賀斗の車はようやくスーパー大吉のところまでたどり着いた。そばを流れるあの有卦川も激しく波打ちながら流れている。車の時計を見ると時刻は夜中の十二時をとうに過ぎている。歩いて行ったあの坂道をこの車で上れるか不安だったが、二賀斗はそのまま車で進んで行った。
ガクンッと石に乗り上げる音が時たまするが、お構いなしに道を上る。車幅ギリギリの道幅にハンドルを握る手が強ばる。……辺りは暗闇、ガードレールなどという都合のいいものは当然ない。もしかしたら歩くのと同じくらいの速さかもしれないほどにゆっくりと、ゆっくりと車は上る。ここで土砂崩れを受ければこの車が棺桶になることは必至だった。
犬の遠吠えのような音を出しながら車は坂道を上る、上る。ひたすら上っていく。そして車のヘッドライトがあの古びた小屋を映し出した。やっと集落の入り口にたどり着いた。
「ふーっ」
山桜の木の近くに車を停めると、ゆっくりとハンドルから手を放す。握っていた手が湿っているのがわかった。二賀斗は強張る手でシートベルトを何とか外すと、ドアを開けて外に出る。
「うわっ! 盛大に降ってるな」
雨は容赦なく二賀斗に降り注ぐ。二賀斗は傘を差すと、奥の小屋に向かって走り出した。
濡れた地面に水をはじく音がひびく。二賀斗は小屋の玄関を叩いた。
「おーい!」
応答がない。窓から室内を覗いてみるが、灯りも点いておらず人の気配もない。
〈……やっぱり、アイツ避難したのかもしれないな〉
二賀斗はしばらくその場に留まってみたが、もはや彼女がいないことを覚ると、傘を広げて車の方に歩き出した。点けたままのヘッドライトが二賀斗の身体を明るく照らし出す。
「にっかどさん?」
聞いたことのある声がどこからか届いた。
「……ん? ……いるの? おーい!」
二賀斗は辺りを見回した。が、当然暗くてわからない。
「お――いッ!」
雨の音に負けじと二賀斗は大声を出した。
「見えなーい? ここよー」
声が響く先に目をやる。
「ヤッホー」
彼女は山桜の木の枝に乗っかっていた。
「おい! そんなところにいたんじゃずぶ濡れだろ! 車に乗りなよ!」
「平気でーす。合羽着てるから」
「風邪ひいちゃうよ! とりあえず乗ってくれよ!」
彼女の姿が暗くてよく見えないが、二賀斗は必死に声をかけた。
「おかまいなくー」
二賀斗はいつまでも茶化す彼女にしびれを切らし、持っていた傘を放り投げると深々と頭を下げた。
「お願いします! どうかお入りくださいッ!」
「……」
彼女は枝から飛び降りると、無言で二賀斗の車に近づいた。
「い、いま準備するからちょっと待ってて」
二賀斗はそう言うと、急いで後部座席をフラットにして丸めてあった薄いマットレスを敷いた。
「合羽、どこに置きます?」
「合羽は前の座席に置いとくよ」
そう言うと二賀斗は彼女の合羽を受け取った。そして二賀斗は運転席に、彼女は後部席に乗り込んだ。
「あー、すっごい雨だったぁ」
「このタオル、使って」
二賀斗は取引業者からもらった未開封のタオルを彼女に手渡した。
「あっ、ありがとうございまーす」
「寒かったろ? 飲みなよ」
二賀斗は自分で飲むために買ったペットボトルのホットティーを彼女に差し出した。
「あ、すいません。……いいんですか?」
彼女は急にしおらしくお礼を言い出した。
「あの、……改めての紹介だけど、俺、にかどひろきっていいます。……とりあえず変態じゃないからね。あンときは、ちょっと……閉め忘れただけだから」
二賀斗はフロントガラスを見ながら彼女にこの前の弁解を兼ねた挨拶をした。
「あはは。知ってますよ。あの……わたし、三輪葉奈っていいます。……でも、なんでこんな時間にこんなところまでわざわざ来たんですか?」
体操着姿の葉奈は、袋からタオルを取り出すと髪をふき始めた。
「ああ、うん。……その、ニュースでさ、この辺りに土砂崩れの警報が出ててさ。……まぁ、なんだ、ちょっと気になって。……葉奈ちゃんだっけ、何であの小屋にいなかったの」
「へへ。……あの家、電気来てないから。同じ暗い状況なら外の方がまだ気がまぎれるかなー、なんて思って」
「え? 電気、来てないの? ……今までどうやって生活してたの」
思わず二賀斗は振り返って葉奈の方を見た。
「……にっかどさん。にっかどさんこそ何でこんなに何度も何度もここに来てるの?」
葉奈は二賀斗の質問を遮るように尋ねた。
「ああ、あの……そのォ、なんだ。お、俺さ、俺……あの、廃墟とか、廃れた集落見るのが趣味でさ、いろんなところ巡ってるんだけど、たまたまここに廃れた集落があるって聞いてさ、それであの日ただ立ち寄っただけなんだよ。……人がいるなんて聞いてなかったしさ! 君がここに居て逆にこっちがびっくりしたよ! 二回目来たのはただ謝りに来ただけさっ。だって葉奈ちゃんあんなに怒ってたから……」
二賀斗はまたしても弁解交じりの作り話を口にしてしまった。
「ん?」
突然、腹の虫の鳴る音が後部座席から聞こえた。
「あっ、……ごめんなさい」
葉奈は恥ずかしそうにお腹を押さえた。
「なに。……メシ、食ってないの?」
「……へへ。ずっと外にいたから」
葉奈は照れ笑いすると、隠すように顔を下に向けた。
二賀斗は運転席から手を伸ばしてルームライトを点ける。
「そこのリュック、ちょうだい」
「あ、はい」
葉奈はリュックを持ち上げると二賀斗に渡した。二賀斗はリュックを開けるとパンの缶詰を数個取り出し、葉奈に差し出した。
「これね、結構いけるのよ。あとクラッカーもあるわ。こんなんで申し訳ないけど、食べてみて」
「え? あ、ありがとうございます」
雨は先ほどより小降りになってきた。
二賀斗は正面を向いたままルームミラーを覗く。葉奈がぼんやりと窓の外に視線をやっている姿が見える。ため息を一つすると二賀斗はルームミラーを視線から逸らした。
「葉ー奈ちゃん。大したものじゃないんだからさ、遠慮は無しだよ」
「あ、はい」
葉奈は缶を開けると、中に入っているパンを指でちぎって口に入れた。
二賀斗は車のラジオを点けてその場の空気を和らげる。
「……家に電気が来てないってゆうんならさ、とりあえず今日はここで雨宿りしてよ。雨も小雨になってきたし、土砂崩れはないと思うよ。なんにしても明日は晴れるって予報だからさ」
「……迷惑じゃ、ないんですか」
葉奈の声はひどく弱々しかった。
「ははっ。そんな事ないよ。……ってゆうか、逆に申し訳ないね、俺のお節介に付き合ってくれて。えっと、寝るときはその辺にバスタオルがあるからさ、それ掛けて寝なよ。……本当は雨が降ってなかったら俺、外に出るんだけど、今日は一緒でゴメン」
「いえ、そんな。…………あの、にっかどさん」
葉奈の声は緊張していた。
「ん? ……どした?」
「……私の事、抱きたかったら、……どうぞ」
葉奈が漏らしたその言葉に、二賀斗の心臓は縮み上がった。
「……葉奈ちゃんって、何歳?」
二賀斗は静かに尋ねた。
「……十八」
葉奈の声は震えていた。
「ふぅーん、そっか。……まだ青いね。俺、四十過ぎの未亡人以外は興味が無いからさ! お子様は早く寝な。早く寝ないとおばけが出るぞー」
二賀斗は子どもを茶化すような口調で言い放った。
「に、にっかどさんってやっぱ変ね! おやすみッ!」
そう言うと葉奈はバスタオルを被って横になった。心なしか、葉奈の声に覇気が戻ったような感じがした。
「おやすみー」
二賀斗はルームライトとラジオを消し、瞼を閉じる。そして頭の中でこう思う。
〈なんなんだ、コイツは。あんなこと言うなんて。……ああ、早く寝たい。こんなにも眠りに就くのが待ち遠しいなんて、今までなかったな……〉
「ふぁ――あ」
夕方、書類作りが完成した二賀斗は背伸びをしながら居間のソファーに座り、一息つく。そしてリモコンを握るとテレビを点けた。
「……低気圧は九州地方から移動し、現在近畿地方に非常に強い雨を降らせています。今夜遅くには関東地方にも非常に強い雨を降らせる可能性があります」
テレビでは天気のニュースが流れていた。
「雨が強くなるのか……」
二賀斗は立ち上がると、窓を開けて外を眺めた。ぬるったい風が部屋に侵入してくる。
降りしきる雨が街灯に照らされてその姿をさらけ出していた。二賀斗はしばらくぼんやりと雨を眺めていたが、何かを振り払うかのように頭を横に振って窓を閉めた。
「さーてと、風呂に入るか」
風呂から出て夕食を摂り終えると、テレビを点けて九時のニュースを映し出した。
「……今回の低気圧により、九州地方では川が氾濫し、多数の床上浸水世帯が出ています。近畿地方でも土砂崩れが起こっています。今夜遅くには関東地方でも大雨が降る予報となっています。ご注意ください。各地で警報・注意報が発令されています」
テレビには関東地方の警報・注意報が表示されていた。ふと、彼女が住んでいる地域に目をやる。
“大雨警報(土砂災害)”という表示が出ている。
〈土砂崩れか……。アイツ、山の上に居るんだよな〉
二賀斗は首を振った。
〈アイツがあそこに住んでるってこと、誰も知らねんだよな……〉
うつむいて目をつむる。
〈……まさかこの雨の中、今もあそこにいるんじゃねえだろうな?〉
顔をあげてテレビを見つめる。
〈……アイツ、警報出てることわかってんのかな〉
「……チッ!」
二賀斗はソファーから勢いよく立ち上がると、タンスの中を漁り始めた。
「この辺りにあったはず……」
そしてタンスの中にあった防災グッズの入ったリュックを探し出すと、急いで着替えてアパートを飛び出した。
「いなけりゃ、それでいい!」
そう言って車に飛び乗ると、アクセルを吹かしてすぐさま彼女のいる山に向かって発車した。
雨は強弱交えて降り続いている。ただ、この雨のせいなのか、行き交う車の数はそう多くはなかった。数時間後、二賀斗の車はようやくスーパー大吉のところまでたどり着いた。そばを流れるあの有卦川も激しく波打ちながら流れている。車の時計を見ると時刻は夜中の十二時をとうに過ぎている。歩いて行ったあの坂道をこの車で上れるか不安だったが、二賀斗はそのまま車で進んで行った。
ガクンッと石に乗り上げる音が時たまするが、お構いなしに道を上る。車幅ギリギリの道幅にハンドルを握る手が強ばる。……辺りは暗闇、ガードレールなどという都合のいいものは当然ない。もしかしたら歩くのと同じくらいの速さかもしれないほどにゆっくりと、ゆっくりと車は上る。ここで土砂崩れを受ければこの車が棺桶になることは必至だった。
犬の遠吠えのような音を出しながら車は坂道を上る、上る。ひたすら上っていく。そして車のヘッドライトがあの古びた小屋を映し出した。やっと集落の入り口にたどり着いた。
「ふーっ」
山桜の木の近くに車を停めると、ゆっくりとハンドルから手を放す。握っていた手が湿っているのがわかった。二賀斗は強張る手でシートベルトを何とか外すと、ドアを開けて外に出る。
「うわっ! 盛大に降ってるな」
雨は容赦なく二賀斗に降り注ぐ。二賀斗は傘を差すと、奥の小屋に向かって走り出した。
濡れた地面に水をはじく音がひびく。二賀斗は小屋の玄関を叩いた。
「おーい!」
応答がない。窓から室内を覗いてみるが、灯りも点いておらず人の気配もない。
〈……やっぱり、アイツ避難したのかもしれないな〉
二賀斗はしばらくその場に留まってみたが、もはや彼女がいないことを覚ると、傘を広げて車の方に歩き出した。点けたままのヘッドライトが二賀斗の身体を明るく照らし出す。
「にっかどさん?」
聞いたことのある声がどこからか届いた。
「……ん? ……いるの? おーい!」
二賀斗は辺りを見回した。が、当然暗くてわからない。
「お――いッ!」
雨の音に負けじと二賀斗は大声を出した。
「見えなーい? ここよー」
声が響く先に目をやる。
「ヤッホー」
彼女は山桜の木の枝に乗っかっていた。
「おい! そんなところにいたんじゃずぶ濡れだろ! 車に乗りなよ!」
「平気でーす。合羽着てるから」
「風邪ひいちゃうよ! とりあえず乗ってくれよ!」
彼女の姿が暗くてよく見えないが、二賀斗は必死に声をかけた。
「おかまいなくー」
二賀斗はいつまでも茶化す彼女にしびれを切らし、持っていた傘を放り投げると深々と頭を下げた。
「お願いします! どうかお入りくださいッ!」
「……」
彼女は枝から飛び降りると、無言で二賀斗の車に近づいた。
「い、いま準備するからちょっと待ってて」
二賀斗はそう言うと、急いで後部座席をフラットにして丸めてあった薄いマットレスを敷いた。
「合羽、どこに置きます?」
「合羽は前の座席に置いとくよ」
そう言うと二賀斗は彼女の合羽を受け取った。そして二賀斗は運転席に、彼女は後部席に乗り込んだ。
「あー、すっごい雨だったぁ」
「このタオル、使って」
二賀斗は取引業者からもらった未開封のタオルを彼女に手渡した。
「あっ、ありがとうございまーす」
「寒かったろ? 飲みなよ」
二賀斗は自分で飲むために買ったペットボトルのホットティーを彼女に差し出した。
「あ、すいません。……いいんですか?」
彼女は急にしおらしくお礼を言い出した。
「あの、……改めての紹介だけど、俺、にかどひろきっていいます。……とりあえず変態じゃないからね。あンときは、ちょっと……閉め忘れただけだから」
二賀斗はフロントガラスを見ながら彼女にこの前の弁解を兼ねた挨拶をした。
「あはは。知ってますよ。あの……わたし、三輪葉奈っていいます。……でも、なんでこんな時間にこんなところまでわざわざ来たんですか?」
体操着姿の葉奈は、袋からタオルを取り出すと髪をふき始めた。
「ああ、うん。……その、ニュースでさ、この辺りに土砂崩れの警報が出ててさ。……まぁ、なんだ、ちょっと気になって。……葉奈ちゃんだっけ、何であの小屋にいなかったの」
「へへ。……あの家、電気来てないから。同じ暗い状況なら外の方がまだ気がまぎれるかなー、なんて思って」
「え? 電気、来てないの? ……今までどうやって生活してたの」
思わず二賀斗は振り返って葉奈の方を見た。
「……にっかどさん。にっかどさんこそ何でこんなに何度も何度もここに来てるの?」
葉奈は二賀斗の質問を遮るように尋ねた。
「ああ、あの……そのォ、なんだ。お、俺さ、俺……あの、廃墟とか、廃れた集落見るのが趣味でさ、いろんなところ巡ってるんだけど、たまたまここに廃れた集落があるって聞いてさ、それであの日ただ立ち寄っただけなんだよ。……人がいるなんて聞いてなかったしさ! 君がここに居て逆にこっちがびっくりしたよ! 二回目来たのはただ謝りに来ただけさっ。だって葉奈ちゃんあんなに怒ってたから……」
二賀斗はまたしても弁解交じりの作り話を口にしてしまった。
「ん?」
突然、腹の虫の鳴る音が後部座席から聞こえた。
「あっ、……ごめんなさい」
葉奈は恥ずかしそうにお腹を押さえた。
「なに。……メシ、食ってないの?」
「……へへ。ずっと外にいたから」
葉奈は照れ笑いすると、隠すように顔を下に向けた。
二賀斗は運転席から手を伸ばしてルームライトを点ける。
「そこのリュック、ちょうだい」
「あ、はい」
葉奈はリュックを持ち上げると二賀斗に渡した。二賀斗はリュックを開けるとパンの缶詰を数個取り出し、葉奈に差し出した。
「これね、結構いけるのよ。あとクラッカーもあるわ。こんなんで申し訳ないけど、食べてみて」
「え? あ、ありがとうございます」
雨は先ほどより小降りになってきた。
二賀斗は正面を向いたままルームミラーを覗く。葉奈がぼんやりと窓の外に視線をやっている姿が見える。ため息を一つすると二賀斗はルームミラーを視線から逸らした。
「葉ー奈ちゃん。大したものじゃないんだからさ、遠慮は無しだよ」
「あ、はい」
葉奈は缶を開けると、中に入っているパンを指でちぎって口に入れた。
二賀斗は車のラジオを点けてその場の空気を和らげる。
「……家に電気が来てないってゆうんならさ、とりあえず今日はここで雨宿りしてよ。雨も小雨になってきたし、土砂崩れはないと思うよ。なんにしても明日は晴れるって予報だからさ」
「……迷惑じゃ、ないんですか」
葉奈の声はひどく弱々しかった。
「ははっ。そんな事ないよ。……ってゆうか、逆に申し訳ないね、俺のお節介に付き合ってくれて。えっと、寝るときはその辺にバスタオルがあるからさ、それ掛けて寝なよ。……本当は雨が降ってなかったら俺、外に出るんだけど、今日は一緒でゴメン」
「いえ、そんな。…………あの、にっかどさん」
葉奈の声は緊張していた。
「ん? ……どした?」
「……私の事、抱きたかったら、……どうぞ」
葉奈が漏らしたその言葉に、二賀斗の心臓は縮み上がった。
「……葉奈ちゃんって、何歳?」
二賀斗は静かに尋ねた。
「……十八」
葉奈の声は震えていた。
「ふぅーん、そっか。……まだ青いね。俺、四十過ぎの未亡人以外は興味が無いからさ! お子様は早く寝な。早く寝ないとおばけが出るぞー」
二賀斗は子どもを茶化すような口調で言い放った。
「に、にっかどさんってやっぱ変ね! おやすみッ!」
そう言うと葉奈はバスタオルを被って横になった。心なしか、葉奈の声に覇気が戻ったような感じがした。
「おやすみー」
二賀斗はルームライトとラジオを消し、瞼を閉じる。そして頭の中でこう思う。
〈なんなんだ、コイツは。あんなこと言うなんて。……ああ、早く寝たい。こんなにも眠りに就くのが待ち遠しいなんて、今までなかったな……〉
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