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朝方、甲高く響くその音でシュラフに身を包んだ葉奈のまぶたが開く。
「んん。……な、に? この音。……にっかどさん?」
葉奈は急いでシュラフを脱ぎ捨てると、部屋を出て外に飛び出した。すると二賀斗が体操着姿で小屋の手前の日当たりのいい南面に何やら単管パイプを埋め込んでいた。
「おお! おはよう。……今七時か。ごめん、早く起こしちゃったかな」
二賀斗は腕時計で時間を確認すると、笑顔で葉奈に挨拶した。
「にっかどさん。……何、してるの?」
「ああ、ここに太陽光パネルを付けようと思って持ってきたんだよ。これで電気が使えるぞー!」
得意げにそう言うと、二賀斗は再びハンマーを振り下ろしてパイプを地面に埋め込み始めた。
「えっ? そうなの?」
「ああ、前々から取引のある業者から“あげるあげる”って言われてたんだよ。使うところなんてないからこんなのいらないって言ってたんだけどさ、助かったわ。組み立てが結構大変だからホントはその業者に手伝ってもらおうと思ったんだけど、都合が悪いってんでダメだったわ」
二賀斗は話をしながらハンマーを振り下ろし、単管パイプを地面に打ち付け続ける。
「……にっかどさん」
「んー?」
葉奈は凍てつくような目で二賀斗を睨んだ。
「ここに入れるのは私とあなただけ。……それができないなら今すぐ出ていって!」
その眼差しに二賀斗の手が止まった。
「あ。……ご、ごめん、悪かった。……ホント、ごめんなさい」
主人に叱られた犬のように二賀斗の表情が途端にシュンとなった。
「うん! じゃあ手伝うね、何する?」
葉奈は笑顔になって二賀斗の手伝いをし始めた。
〈なんなんだ、この変わり様。……もしかしてこいつ、独占欲が強いのか?〉
二賀斗はこれまで感じたことのない、何とも複雑な気持ちを味わった。
「え、えっと。……パネルは真南に向けて二〇度から三〇度の仰角で設置するらしいよ」
「ふーん。なるほど」
二人は慎重に角度を測り、畳半畳ほどの太陽光パネルを二枚設置した。その後、業者からもらった詳細な説明図を基にケーブルを接続し、配線類を小屋に引き込んだ後、スイッチやインバーターのコンセント、モニターなどの位置を使い勝手のいい場所を考慮しながらセットした。
普段から自分の車をあれこれといじくっていたのが功を奏したのか、それとも業者の説明図が分かりやすかったのか、取付け作業は予想以上に順調に進んだ。そして照明器具を玄関と居間と台所の三か所の天井に取り付けた。
夏の焼けつく日差しの中、二人は額からにじみ出る大粒の汗を拭きながら、どうにかその日の夕方前には作業を終わらせることができた。
「ふーっ。とりあえず終わったー。あとはライトが点くかどうかの確認だ」
「なんかドキドキするね」
期待に目を輝かせている葉奈を背に二賀斗がスイッチを点けると、LED電球が光り輝いた。
「よ――っしィ!」
二賀斗は思わずこぶしを突きあげた。
「きゃあ! すごいッ!」
葉奈も拍手をして大はしゃぎする。
翳る空のもと、二人の興奮はしばらく続いた。
夕暮れ時。二賀斗は用意してきた折りたたみ式のアウトドアコンロを車から取り出すと、小屋の前に設置した。そしてコンロの中に着火剤と炭を数個置き、火おこしを始めた。
「葉奈ちゃん、強く扇ぎ過ぎると灰が舞い上がるから注意して扇いでよ。燃えてきたら炭をまた何個か入れて、半分以上燃えるまで扇いでくれ」
「うん!」
その日は小屋の外で食事をすることにした。
「どォかな? 先生」
うちわで扇ぎながら、葉奈は二賀斗に指導を仰ぐ。
「うん、いい感じで燃えてるよ。じゃあ、ご飯をつくるからナベを二つ用意して、水を入れたらコンロに置いてくれ」
「え? どうやって作るの?」
「見てろよ! こうやってビニール袋に米と水を入れたらよく空気を抜いて密閉する。そのあと沸騰したお湯に入れてフタして十分ほど待つ。そうすりゃうまいご飯ができる……らしい」
「……なに、やるの初めてなの」
葉奈は冷ややかな眼つきで二賀斗を見た。
「そ、そんな顔しないでよ。だいじょうぶだって(多分)。もし失敗したってどうせレトルトカレーかけちゃうんだから味なんて変わんないじゃない」
「へー……」
葉奈は目を細めてニヤついた。
ナべのお湯が沸騰し始めた。二賀斗はコメの入ったビニール袋を二つ、お湯に沈めるとフタをした。
「なんか、実験してるみたいで楽しくなるなぁ」
二賀斗は子どものようにはしゃぎ出した。
「にっかどさんて、実験とか好きなの?」
はしゃぐ二賀斗の隣で葉奈は微笑みながら尋ねた。
「ん、まぁ……。数学は全然できなかったけどね、化学の実験は何だか好きだったんだよなぁ」
二賀斗はナベを見ながら学生時代のことを思い出していた。
「……ふーん。されてるお仕事も理屈屋っぽいお仕事だもんねッ」
そう言うと、葉奈はワザと肩で二賀斗の身体を押した。
「わッ! チョット。……理論って言ってくれよ。まぁそんな大した仕事じゃないんだけどさ」
ふと、思い立ったかのように二賀斗は葉奈の顔を見る。
「……葉奈ちゃんさ、ちょっといいかな」
「ん?」
葉奈は上目づかいで二賀斗を見る。
「……葉奈ちゃんてさ、将来やりたい仕事とか……夢とかって、あるの?」
「…………」
二賀斗の問いかけを聞くなり葉奈は煮え立つナベに視線を落とした。
「あっ……いや、別に答えなくてもいいや。……ごめん、つまんないこと聞いちゃったよ。ゴメン」
二賀斗は頭を掻いて気まずそうな顔をした。
「……私の夢は……生きること。……生き抜くこと、かな」
葉奈が口にしたその答えを聞くと、思わず二賀斗は目を丸くした。
「……何それ、詩人かよ!」
二賀斗の突っ込みと被るようにスマホのアラームが鳴った。
「にっかどさん、鳴ったよ」
「あ、ああ、取り出すんだ。……あっちィ! そのレトルト取り出してくれ」
「え! 手で取るの? あつッ!」
煮えたごはんとレトルトを取り出し皿に盛り付けると、二人は縁側に並んで座り夕食を食べ始めた。
「うん! コメ食えるよ、上手くできた」
「ほんと! おいしい。にっかどさんすごっ!」
暗闇の中でコンロの火が二人の姿を照らし出す。二賀斗と葉奈は終始興奮しながら夕食を楽しんだ。
食事をすまし、後片付けも終わると、二賀斗は身体のべたつきが急に気になり始めた。
「今日はこのお湯で身体を拭くとしても、明日は小屋の風呂を使ってみようよ」
「お風呂かぁ。……でもね、私ちょっとあのお風呂の使い方よくわかんないよ。……あれ、水溜めて使うのかなぁ」
「まあ、明日見てみようよ。こっちのナベのお湯は俺が使う。葉奈ちゃんのはこのポリタンクに入れといたから持っていきな」
「……にっかどさん、やさしいね」
葉奈は優しい笑顔で言った。
「え? そう? 普通でしょ?」
二賀斗はキョトンとした顔をする。
「……みんなひどいな、にっかどさんのいいところ言わないなんて」
二賀斗は少し照れくさくなりながらも平静を装って見せた。
「今日は疲れたろ。……まあ、今日から電気が点くからさ、夜更かしでも何でもしてくれよ」
「……にっかどさんは一緒にこっち来ないんですか?」
葉奈はまじまじと二賀斗を見つめた。
「い、行かないよ! 婿入り前なんだから」
「うふふ。……おやすみなさい」
葉奈は小さく手を振ると、小屋に入っていった。
「うん、また明日」
二賀斗はナベを抱えて山桜の前に停めた車に向かって歩き出した。
次の日も、朝から溢れるくらいの夏の日差しが空いっぱいに広がっていた。
「カナカナカナ……」
杉林の中でセミの鳴き声がこだまする。
二賀斗は小屋の玄関先でしばらく立ち尽くしていた。
「あちーなー。お嬢さーん、まだですかー」
「おまたせー」
葉奈は体操着を身に着け、上機嫌で玄関から出てきた。
「おいおい、体操着ごときでそんな時間かけるなってー」
二賀斗はあきれ顔で葉奈を見た。
「時間かけてないわよ、下着見えないようにしてたの!」
葉奈は眉を吊り上げて答えた。
「上下長袖だろ、見えねェよ。ちょーっとかわいいからって自意識過剰ですよ、お嬢さま」
「あーら、やっと私の美貌に気がつきましたこと?」
二人は互いの顔を見合わせる。……が、二賀斗はすぐに顔を赤くして目をそらし、白旗を上げた。
「……いくぞ」
二賀斗は下を向いて言い放った。
「はーい」
葉奈は笑いを堪えるように手で口を塞ぎ、答えた。
二賀斗が葉奈の小屋で居候を始めてからまだほんの数日しか経っていなかったが、二人はいつの間にかこんな戯れ事を言い合う間柄になっていた。
今日は風呂を沸かすための薪集めをすることにした。そのため小屋の奥にある集落に何か使えるものがないか、二人は探検に出掛けた。
集落にある家々は、屋根がさび付いていたり、木が腐っていたりと見事なまでに朽ち果てており、しかも蔓が壁から屋根から縦横無尽に勢力を伸ばしていた。
「ひぇぇェ。こりゃ昼間でも恐えーなぁ。……葉奈ちゃんさ、よくこんなところに一カ月も居れたなぁ」
なるべく周りを見ないように、恐る恐る二賀斗は歩く。
「廃墟好きなんでしょ! 何言ってんのよ。こんなの、ただのボロ家の集まりよ。本当に怖いものを知らないからそんなこと言うのよ、にっかどさんはッ!」
先頭を歩く葉奈の意気込みに、二賀斗は身を縮めてついていった。
集落は日当たりが良いせいか、所狭しと草が生い茂っていてなかなかに歩きずらかった。二人は葉奈が作った水汲み場までの道を通りながら下草の少ない杉林の中から小枝を拾っては小屋に持ち帰っていった。
二賀斗は軍手を叩きながらしかめっ面でつぶやいた。
「ふぅ……。これじゃ、子供の火遊び程度の火しか起こせねぇぞ」
「にっかどさーん! こっち来て!」
葉奈の声に二賀斗は急いでそちらに向かったが、葉奈は廃墟と化した家屋群の中にいた。
「この中に入るのか……。ったく、アイツ勇ましすぎるぞ。……どしたー」
二賀斗は嫌そうな顔をしながら草を掻き分け、葉奈のところまで歩いて行った。
「なんかあったかぁ」
「ねえねえ、あれ薪じゃない?」
葉奈は指差した。
「どれどれ……」
廃墟と化した、とある家の庭先に蔓がびっしりと絡んだ薪棚が置いてあり、その薪棚の中には朽ちた薪が口いっぱいに詰め込まれていた。
「でかしたッ! あんたすごいよ!」
「いやー。やればできる子だってよく言われてましたからー」
「あっははははは――」
二人は向き合って笑い出した。
その後、二人は荷台いっぱいに薪を乗せて小屋に持ち帰った。
「はあぁ。……もう、このくらいでいいだろ」
二人は水くみ場から何往復もして風呂に使う水を汲むと、小屋の風呂釜に注ぎ込んだ。
「これからどうするの?」
葉奈の問いかけに、二賀斗は風呂釜を触りながら答えた。
「五右衛門風呂ってやつだから。……まぁ、コンロと同じく火を起こしてお湯を作って入るんだろうよ。……これ、お湯になるのにどのくらいかかるんだろうな?」
「もう焚いてみようよ」
葉奈が提案をした。
「え? だってまだ午後も三時を回ったくらいだぞ」
「いいじゃない、夜もゆっくり過ごせるよ」
「……じゃあ、やってみるか」
葉奈の住む小屋には東側に二賀斗のワゴン車がすっぽりと入るくらいの広さの南北に通じる外土間があり、その土間の南側の入り口手前に引き戸の玄関がある。そして外土間の北側奥に勝手口があり、台所に通じている。台所と言ってもあるのはカマドだが……。風呂場は、その台所の壁一枚挟んだ隣にある。そして風呂のかまどは台所側にあった。
二賀斗は風呂のかまどに小枝を詰め込むと、火のついた新聞紙を放り込んだ。かまどの中がオレンジ色に染まる。そしてうちわで優しく扇ぎながら具合を見て朽ちた薪を差し込んだ。
作業を始めてから三十分が経過した。
「どうだーい?」
風呂場にいる葉奈に向かって二賀斗は叫んだ。
「うーん。……まだかなー!」
葉奈は風呂場で風呂釜のお湯の様子を見ている。
……それからまた三十分が経った。
「どうだい?」
「いいかも!」
「よし。……じゃあさ、先に入りなよ!」
二賀斗は、かまどの様子を見ながら壁の向こう側にむかって叫んだ。
「……にっかどさん! 覗かないでよッ!」
壁の向こうから威勢のいい声が帰って来た。
「……覗かねえよ。大体そんな言うほどいい身体してねえだろーっての」
かまどの様子を見ながらつぶやいた。
「え! なに! 文句あんの!」
葉奈の凶暴な叫び声が二賀斗の方に響いた。
「……いえ、何でも……ないっす」
二賀斗は身体を縮めて小さな声で答えた。
二賀斗は縁側に座り、水を飲みながら葉奈が風呂から出るのを待っていた。
「あー、久しぶりにいいお湯だったー!」
葉奈は風呂からあがると、手をうちわ代わりに扇ぎながら居間に入ってきた。頬がピンク色に染まっていて、いっそう彼女の肌の白さを浮き立たせていた。
「なんか汗が止まんないよ。あついー」
葉奈は服のすそをパタパタと扇ぎながら、半そで半ズボンの体操着姿で二賀斗の前に現れた。
「下着が見えるぞ」
二賀斗は横目で注意した。
「それがどうしたー。にっかど!」
葉奈は裾を扇ぎながら笑顔で叫んだ。
「な、なんだよ、よっぱらってんのか?」
二賀斗はその姿を見ないようにうつむいた。
「入ってきなよ、にっかどさん。すっごい気持ちいいから!」
「……じゃあ、行ってくるか。これ、飲みな」
二賀斗は葉奈の分として用意していたペットボトルの水を彼女に差し出した。
「ほんとにやさしーね、にっかどさん。もてるでしょ」
葉奈は嬉しそうに二賀斗の肩を人差し指でツンツンと押した。
二賀斗はムスッとした表情で立ち上がった。
「は、は、は。君ほどじゃないけどねー」
そう言って、風呂場に向かった。
しばらくして二賀斗が頭から湯気を出しながら風呂から出てきた。
「汗が止まんねェぞ――ッ。あつい!」
上も下も下着姿で葉奈の前に現れた。
「ち、ちょっと! なんなのよ変態! もう!」
葉奈は突然のことに手で顔を隠し、大騒ぎした。
「あははははは、確かに気が大きくなるなー。よし、飯作るか!」
「んん。……な、に? この音。……にっかどさん?」
葉奈は急いでシュラフを脱ぎ捨てると、部屋を出て外に飛び出した。すると二賀斗が体操着姿で小屋の手前の日当たりのいい南面に何やら単管パイプを埋め込んでいた。
「おお! おはよう。……今七時か。ごめん、早く起こしちゃったかな」
二賀斗は腕時計で時間を確認すると、笑顔で葉奈に挨拶した。
「にっかどさん。……何、してるの?」
「ああ、ここに太陽光パネルを付けようと思って持ってきたんだよ。これで電気が使えるぞー!」
得意げにそう言うと、二賀斗は再びハンマーを振り下ろしてパイプを地面に埋め込み始めた。
「えっ? そうなの?」
「ああ、前々から取引のある業者から“あげるあげる”って言われてたんだよ。使うところなんてないからこんなのいらないって言ってたんだけどさ、助かったわ。組み立てが結構大変だからホントはその業者に手伝ってもらおうと思ったんだけど、都合が悪いってんでダメだったわ」
二賀斗は話をしながらハンマーを振り下ろし、単管パイプを地面に打ち付け続ける。
「……にっかどさん」
「んー?」
葉奈は凍てつくような目で二賀斗を睨んだ。
「ここに入れるのは私とあなただけ。……それができないなら今すぐ出ていって!」
その眼差しに二賀斗の手が止まった。
「あ。……ご、ごめん、悪かった。……ホント、ごめんなさい」
主人に叱られた犬のように二賀斗の表情が途端にシュンとなった。
「うん! じゃあ手伝うね、何する?」
葉奈は笑顔になって二賀斗の手伝いをし始めた。
〈なんなんだ、この変わり様。……もしかしてこいつ、独占欲が強いのか?〉
二賀斗はこれまで感じたことのない、何とも複雑な気持ちを味わった。
「え、えっと。……パネルは真南に向けて二〇度から三〇度の仰角で設置するらしいよ」
「ふーん。なるほど」
二人は慎重に角度を測り、畳半畳ほどの太陽光パネルを二枚設置した。その後、業者からもらった詳細な説明図を基にケーブルを接続し、配線類を小屋に引き込んだ後、スイッチやインバーターのコンセント、モニターなどの位置を使い勝手のいい場所を考慮しながらセットした。
普段から自分の車をあれこれといじくっていたのが功を奏したのか、それとも業者の説明図が分かりやすかったのか、取付け作業は予想以上に順調に進んだ。そして照明器具を玄関と居間と台所の三か所の天井に取り付けた。
夏の焼けつく日差しの中、二人は額からにじみ出る大粒の汗を拭きながら、どうにかその日の夕方前には作業を終わらせることができた。
「ふーっ。とりあえず終わったー。あとはライトが点くかどうかの確認だ」
「なんかドキドキするね」
期待に目を輝かせている葉奈を背に二賀斗がスイッチを点けると、LED電球が光り輝いた。
「よ――っしィ!」
二賀斗は思わずこぶしを突きあげた。
「きゃあ! すごいッ!」
葉奈も拍手をして大はしゃぎする。
翳る空のもと、二人の興奮はしばらく続いた。
夕暮れ時。二賀斗は用意してきた折りたたみ式のアウトドアコンロを車から取り出すと、小屋の前に設置した。そしてコンロの中に着火剤と炭を数個置き、火おこしを始めた。
「葉奈ちゃん、強く扇ぎ過ぎると灰が舞い上がるから注意して扇いでよ。燃えてきたら炭をまた何個か入れて、半分以上燃えるまで扇いでくれ」
「うん!」
その日は小屋の外で食事をすることにした。
「どォかな? 先生」
うちわで扇ぎながら、葉奈は二賀斗に指導を仰ぐ。
「うん、いい感じで燃えてるよ。じゃあ、ご飯をつくるからナベを二つ用意して、水を入れたらコンロに置いてくれ」
「え? どうやって作るの?」
「見てろよ! こうやってビニール袋に米と水を入れたらよく空気を抜いて密閉する。そのあと沸騰したお湯に入れてフタして十分ほど待つ。そうすりゃうまいご飯ができる……らしい」
「……なに、やるの初めてなの」
葉奈は冷ややかな眼つきで二賀斗を見た。
「そ、そんな顔しないでよ。だいじょうぶだって(多分)。もし失敗したってどうせレトルトカレーかけちゃうんだから味なんて変わんないじゃない」
「へー……」
葉奈は目を細めてニヤついた。
ナべのお湯が沸騰し始めた。二賀斗はコメの入ったビニール袋を二つ、お湯に沈めるとフタをした。
「なんか、実験してるみたいで楽しくなるなぁ」
二賀斗は子どものようにはしゃぎ出した。
「にっかどさんて、実験とか好きなの?」
はしゃぐ二賀斗の隣で葉奈は微笑みながら尋ねた。
「ん、まぁ……。数学は全然できなかったけどね、化学の実験は何だか好きだったんだよなぁ」
二賀斗はナベを見ながら学生時代のことを思い出していた。
「……ふーん。されてるお仕事も理屈屋っぽいお仕事だもんねッ」
そう言うと、葉奈はワザと肩で二賀斗の身体を押した。
「わッ! チョット。……理論って言ってくれよ。まぁそんな大した仕事じゃないんだけどさ」
ふと、思い立ったかのように二賀斗は葉奈の顔を見る。
「……葉奈ちゃんさ、ちょっといいかな」
「ん?」
葉奈は上目づかいで二賀斗を見る。
「……葉奈ちゃんてさ、将来やりたい仕事とか……夢とかって、あるの?」
「…………」
二賀斗の問いかけを聞くなり葉奈は煮え立つナベに視線を落とした。
「あっ……いや、別に答えなくてもいいや。……ごめん、つまんないこと聞いちゃったよ。ゴメン」
二賀斗は頭を掻いて気まずそうな顔をした。
「……私の夢は……生きること。……生き抜くこと、かな」
葉奈が口にしたその答えを聞くと、思わず二賀斗は目を丸くした。
「……何それ、詩人かよ!」
二賀斗の突っ込みと被るようにスマホのアラームが鳴った。
「にっかどさん、鳴ったよ」
「あ、ああ、取り出すんだ。……あっちィ! そのレトルト取り出してくれ」
「え! 手で取るの? あつッ!」
煮えたごはんとレトルトを取り出し皿に盛り付けると、二人は縁側に並んで座り夕食を食べ始めた。
「うん! コメ食えるよ、上手くできた」
「ほんと! おいしい。にっかどさんすごっ!」
暗闇の中でコンロの火が二人の姿を照らし出す。二賀斗と葉奈は終始興奮しながら夕食を楽しんだ。
食事をすまし、後片付けも終わると、二賀斗は身体のべたつきが急に気になり始めた。
「今日はこのお湯で身体を拭くとしても、明日は小屋の風呂を使ってみようよ」
「お風呂かぁ。……でもね、私ちょっとあのお風呂の使い方よくわかんないよ。……あれ、水溜めて使うのかなぁ」
「まあ、明日見てみようよ。こっちのナベのお湯は俺が使う。葉奈ちゃんのはこのポリタンクに入れといたから持っていきな」
「……にっかどさん、やさしいね」
葉奈は優しい笑顔で言った。
「え? そう? 普通でしょ?」
二賀斗はキョトンとした顔をする。
「……みんなひどいな、にっかどさんのいいところ言わないなんて」
二賀斗は少し照れくさくなりながらも平静を装って見せた。
「今日は疲れたろ。……まあ、今日から電気が点くからさ、夜更かしでも何でもしてくれよ」
「……にっかどさんは一緒にこっち来ないんですか?」
葉奈はまじまじと二賀斗を見つめた。
「い、行かないよ! 婿入り前なんだから」
「うふふ。……おやすみなさい」
葉奈は小さく手を振ると、小屋に入っていった。
「うん、また明日」
二賀斗はナベを抱えて山桜の前に停めた車に向かって歩き出した。
次の日も、朝から溢れるくらいの夏の日差しが空いっぱいに広がっていた。
「カナカナカナ……」
杉林の中でセミの鳴き声がこだまする。
二賀斗は小屋の玄関先でしばらく立ち尽くしていた。
「あちーなー。お嬢さーん、まだですかー」
「おまたせー」
葉奈は体操着を身に着け、上機嫌で玄関から出てきた。
「おいおい、体操着ごときでそんな時間かけるなってー」
二賀斗はあきれ顔で葉奈を見た。
「時間かけてないわよ、下着見えないようにしてたの!」
葉奈は眉を吊り上げて答えた。
「上下長袖だろ、見えねェよ。ちょーっとかわいいからって自意識過剰ですよ、お嬢さま」
「あーら、やっと私の美貌に気がつきましたこと?」
二人は互いの顔を見合わせる。……が、二賀斗はすぐに顔を赤くして目をそらし、白旗を上げた。
「……いくぞ」
二賀斗は下を向いて言い放った。
「はーい」
葉奈は笑いを堪えるように手で口を塞ぎ、答えた。
二賀斗が葉奈の小屋で居候を始めてからまだほんの数日しか経っていなかったが、二人はいつの間にかこんな戯れ事を言い合う間柄になっていた。
今日は風呂を沸かすための薪集めをすることにした。そのため小屋の奥にある集落に何か使えるものがないか、二人は探検に出掛けた。
集落にある家々は、屋根がさび付いていたり、木が腐っていたりと見事なまでに朽ち果てており、しかも蔓が壁から屋根から縦横無尽に勢力を伸ばしていた。
「ひぇぇェ。こりゃ昼間でも恐えーなぁ。……葉奈ちゃんさ、よくこんなところに一カ月も居れたなぁ」
なるべく周りを見ないように、恐る恐る二賀斗は歩く。
「廃墟好きなんでしょ! 何言ってんのよ。こんなの、ただのボロ家の集まりよ。本当に怖いものを知らないからそんなこと言うのよ、にっかどさんはッ!」
先頭を歩く葉奈の意気込みに、二賀斗は身を縮めてついていった。
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二賀斗は軍手を叩きながらしかめっ面でつぶやいた。
「ふぅ……。これじゃ、子供の火遊び程度の火しか起こせねぇぞ」
「にっかどさーん! こっち来て!」
葉奈の声に二賀斗は急いでそちらに向かったが、葉奈は廃墟と化した家屋群の中にいた。
「この中に入るのか……。ったく、アイツ勇ましすぎるぞ。……どしたー」
二賀斗は嫌そうな顔をしながら草を掻き分け、葉奈のところまで歩いて行った。
「なんかあったかぁ」
「ねえねえ、あれ薪じゃない?」
葉奈は指差した。
「どれどれ……」
廃墟と化した、とある家の庭先に蔓がびっしりと絡んだ薪棚が置いてあり、その薪棚の中には朽ちた薪が口いっぱいに詰め込まれていた。
「でかしたッ! あんたすごいよ!」
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「あっははははは――」
二人は向き合って笑い出した。
その後、二人は荷台いっぱいに薪を乗せて小屋に持ち帰った。
「はあぁ。……もう、このくらいでいいだろ」
二人は水くみ場から何往復もして風呂に使う水を汲むと、小屋の風呂釜に注ぎ込んだ。
「これからどうするの?」
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作業を始めてから三十分が経過した。
「どうだーい?」
風呂場にいる葉奈に向かって二賀斗は叫んだ。
「うーん。……まだかなー!」
葉奈は風呂場で風呂釜のお湯の様子を見ている。
……それからまた三十分が経った。
「どうだい?」
「いいかも!」
「よし。……じゃあさ、先に入りなよ!」
二賀斗は、かまどの様子を見ながら壁の向こう側にむかって叫んだ。
「……にっかどさん! 覗かないでよッ!」
壁の向こうから威勢のいい声が帰って来た。
「……覗かねえよ。大体そんな言うほどいい身体してねえだろーっての」
かまどの様子を見ながらつぶやいた。
「え! なに! 文句あんの!」
葉奈の凶暴な叫び声が二賀斗の方に響いた。
「……いえ、何でも……ないっす」
二賀斗は身体を縮めて小さな声で答えた。
二賀斗は縁側に座り、水を飲みながら葉奈が風呂から出るのを待っていた。
「あー、久しぶりにいいお湯だったー!」
葉奈は風呂からあがると、手をうちわ代わりに扇ぎながら居間に入ってきた。頬がピンク色に染まっていて、いっそう彼女の肌の白さを浮き立たせていた。
「なんか汗が止まんないよ。あついー」
葉奈は服のすそをパタパタと扇ぎながら、半そで半ズボンの体操着姿で二賀斗の前に現れた。
「下着が見えるぞ」
二賀斗は横目で注意した。
「それがどうしたー。にっかど!」
葉奈は裾を扇ぎながら笑顔で叫んだ。
「な、なんだよ、よっぱらってんのか?」
二賀斗はその姿を見ないようにうつむいた。
「入ってきなよ、にっかどさん。すっごい気持ちいいから!」
「……じゃあ、行ってくるか。これ、飲みな」
二賀斗は葉奈の分として用意していたペットボトルの水を彼女に差し出した。
「ほんとにやさしーね、にっかどさん。もてるでしょ」
葉奈は嬉しそうに二賀斗の肩を人差し指でツンツンと押した。
二賀斗はムスッとした表情で立ち上がった。
「は、は、は。君ほどじゃないけどねー」
そう言って、風呂場に向かった。
しばらくして二賀斗が頭から湯気を出しながら風呂から出てきた。
「汗が止まんねェぞ――ッ。あつい!」
上も下も下着姿で葉奈の前に現れた。
「ち、ちょっと! なんなのよ変態! もう!」
葉奈は突然のことに手で顔を隠し、大騒ぎした。
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(小説家になろう様にも投稿しています)
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