この兄、厄介につき~実は溺愛されてたなんて聞いてません!~(不定期更新)

ナナシの助

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★アリーヤサイド

(決してお兄様の淹れる紅茶が、一番美味しいから釣られたとかじゃないわ)

アリーヤはそう自分に言い聞かせながら、紅茶を口に含み味わっていれば、いつの間にか心地よい眠気に誘われていった。

ふと、アリーヤは瞼を開ける。

(瞼を開ける??)

アリーヤは一瞬にして目が覚める。いつの間にやら自分にブランケットがかかっている。多方オーランドが気を利かせてかけてくれたのだろうが、窓の外を見て日が傾いている事に気付き

(どうせ気を利かせるなら起こして欲しかったわ!)

アリーヤは執務の途中だった事を思い出し、顔を青ざめながらソファーから慌てて立ち上がると

「やぁ。ようやく起きだようだね。私の眠り姫」

と呑気な声が机の方から聞こえる。

「お、お兄様……」

アリーヤは淑女の顔を被るのも忘れ、オーランドにギギギと顔を向けると、オーランドが自分の執務用の机を前に椅子の上でふんぞり返っている。

「気を利かせて寝かせて下さったのでしょうが、起こしてくださった方が今の私には助かりました…」

アリーヤがそう言ってオーランドの方へ行くと、違和感を感じる。何が違うのかと考えて気付く。山のようにあった書類がかなり少なくなっている。
 
「いやぁ。折角だから私も執務と言うものをしてみたくてね。そうしたら本来婚約者アリーヤがする仕事は微々たるものじゃないか。書類の山が嘆かわしくて他の文官でも事足りる物は丁重にリボンをつけてお返ししておいた。ああ、もしお前が趣味で執務をしているなら申し訳ない事をしたが、今回は許してくれ。相手も嬉しそうに笑顔で受け取っていたからな」

ふとアリーヤは思う。まさかオーランドの「恋人からの避難」なんて言うふざけた理由は建前で、自分の仕事を助けに来てくれたのでは無いだろうか。

紅茶を飲んでいるうちにいつの間にか寝てしまったのも、兄が疲れた自分を労わって睡眠薬と言う力技で休ませたのかもしれない。

そこまで考えて流石にそれは違うなとアリーヤは思い直す。基本的にオーランドは享楽的だ。寝てしまったのもたまたまで、執務をしてみたかったのもたまたまだ。大体、妹を休ませる為とはいえ、睡眠薬を入れるなど物騒すぎる。アリーヤは自分の斜め上すぎる発想に自分自身で引く。  
  
それに、リボンをかけて書類を返したのも公爵令息が書類を返しに来たらどんな顔をするだろうという興味本位だ。きっと相手は引きつった笑顔で受け取ったに違いない。オーランドは女性に甘く自分に甘いがこれで結構いい性格をしているのだ。

「そんなに言うなら私の秘書にでもなりますか?」

アリーヤは少しの皮肉を混ぜて話せば

「なるほど!それは良い!最近は父上がうるさくてうるさくて。仕事から逃げたかったのだよ。しかし可愛いアリーヤの手伝いと言えば父上も許してくださるだろう!」

全く見当違いの答えが返ってきた。 

* * * 

翌日、アリーヤはオーランドと執務室に向かう馬車の中、昨夜を思い出す。確かにオーランドは公爵家の仕事で忙しいはずなのに、両親はアリーヤの秘書になる事をあっさりと了承した。

(しかも理由も聞かないなんて…2人ともお兄様に甘過ぎるわ…) 

アリーヤの心労を1ミリも気にしないオーランドの弾んだ楽しそうな声が、目の前から聞こえ我に返る。

「アリーヤが私に秘書を提案してくれて本当に助かった。これで大手を振って王宮で働く女性に声が掛けられるという物だ」
「お兄様…王宮は仕事場であって出会いの場ではありませんのよ?」

これ見よがしにアリーヤは大きく溜息をついた。 

* * *

「ふむ。なるほど、なるほど。…で?貴殿はこれを筆頭公爵家の長女であり、王太子殿下の婚約者であるアリーヤ・リュクソン令嬢にさせようと?」

(またやってる…)

オーランドは書類を右手に持ちヒラヒラと動かしながら、とある男性文官を尋問している。文官は顔をひきつらせながら「あ、いえ、その…」としどろもどろに汗をかきつつ答えている。

「ああ!すまない。アリーヤの趣味が書類仕事だと君は知ってた故に持ってきてくれた訳だね。」
「……え?…ええ、ええ!その通りにございます!」

斜め上の解釈をしたように見せかけて、オーランドが質問をすれば、文官はそれに食いつくように頷き少しだけ安堵した表情を浮かべる。未来の国母として国民の為に働く事はやりがいがあるし、努力していきたいと思っている。だがアリーヤは仕事を趣味にした覚えは無い。

「それは助かる!書類仕事が趣味と言うのは些か物好きではあるが、そんな不器用なアリーヤを思ってここまで来てくれたとはね!何せアリーヤは美人だがこの目つきゆえか、性格もキツく見えるだろう?その辺りが何とも不憫なアリーヤらしいのだが、そのせいで気遣われた事がなくてね。本当に有難い限りだ。これは秘書としてではなく、リュクソン公爵家一同から後程お礼をさせて頂きたい。貴殿の所属と名を教えて頂け無いだろうか。」

オーランドは、アリーヤを気遣ってもらって嬉しくて堪らないと言った表情で左手で文官の肩を叩くが、オーランドの言葉を聞いた瞬間、文官は顔を青くしオーランドから書類を奪い取ると逃げるように執務室を後にする。

「……お兄様」
「なぜそんな冷たい目で私を見るんだ、アリーヤ。私は『公爵家から礼を言いたいから名を教えて欲しい』と言っただけだ。何も悪い事はしてないぞ?頑固で融通が利かないくせに、抜けていて友人もいない可哀想なアリーヤに、理解者が増えた事をただ一心に喜んでいただけだ」

アリーヤは窘めるように声を低くするが、オーランドは痛くも痒くもないと言った表情で、白々しく、つらつらと要らない言葉をアリーヤの名前の上に付け足しては、肩を竦めて話す。

公爵家から礼をしたいから名前を教えろ、などと言われたら、ほんの些細な事でも後暗い人間はすぐに逃げるに決まっている。どんなお礼と言う名の悲惨な末路が待っているか分かったものではない。

(おかげで今日はまだ重要な書類以外は来ていないけれど…)

ずっと山積みの書類整理をしていたせいか、書類が無いとそれはそれで落ち着かない。何せオーランドはレオナルドが放置している書類までつっ返すのだ。レオナルドの執事が青い顔で去っていった時は流石にアリーヤも同情し追いかけようとしたが、オーランドがああだこうだ言ってはアリーヤが追いかけるのを阻止した為、結局引き止めることが出来なかった。

──そんなやり取りが何件か続いた後、扉がノックされ、今度は愛らしい女性文官が顔を覗かせた。

「リュクソン公爵令嬢様、こちら本日中にご確認いただきたい書類でございます」

彼女は困ったように眉を下げ、潤んだ瞳でアリーヤに視線を送る。アリーヤが書類を受け取ろうと手を伸ばすと、その間にスッとオーランドが割って入った。

「おお、これは麗しきご令嬢。そんなに困った顔をなさっては、私の心臓が痛んでしまうではありませんか。何なりとお申し付けください。この社交界一美丈夫な私が、貴女様のお力になりましょう。」

オーランドは女性の手を取り、惜しみない笑みを向ける。女性は顔を赤らめ、おずおずと書類をオーランドに差し出した。

「あ、ありがとうございます、リュクソン公爵令息様。それではこちらを…」
「ご令嬢、どうかこれからは貴女に囚われた哀れな私の事はオーランドと」 

彼女は湯が沸かせるくらいに赤面し、こくこくと頷いては書類を手渡すと急いで執務室を後にした。

「……お兄様」

アリーヤは呆れたように眉をひそめた。

「どういうことですか。男性からの書類は全て突っぱねたのに、女性からのものは全て受け取るなんて。公爵令息がそんなことをしては、『女性に書類を持たせれば良い』などと変な噂が立ちますわ。おまけに口説くなど…」

オーランドはひらひらと書類を扇子のように使いながら、悪びれもなく答えた。

「当然だろう?美しい花たちが苦しみを抱いて私を頼って来たのだぞ?何を置いてもやるしかあるまい。それに、私はアリーヤのような真面目すぎる女性ばかり見ていては、心が枯れてしまう。たまには潤いも必要だろう?」

「花たちに甘い言葉を囁くのは社交界一美丈夫に生まれた私の義務だが、私のアリーヤは妬いてしまったかな?それなら明日からは嫉妬深いアリーヤが泣かぬように心を鬼にして断ろう。」

どこからそんな自信が来るのか。貴族の世界は足の引っ張り合いだ。心が強くなくては生き残れない。そういう意味ではオーランドの心臓は、鋼の上に鋼の毛が生えている程に強いのかもしれない。こうはなりたくないが、その心臓は社交界では大事にして欲しいとアリーヤは頭のどこか遠くの方でぼんやりと考える。

「どうでも良いので、どなたにも明日から平等に接してくださいませ」

「女性が持ってきた書類なら受け入れる」なんて噂が広まり、書類を持ってくるのが女性だらけになっては結局元通りだ。女性には殊更甘いオーランドへ仕事だけでも態度を改めさせられたのは、かなりの奇跡だ。

(全く嫉妬はしていませんけどね…)


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