Face of the Surface

悟飯粒

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鏡にキスを編

不穏な空気

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 飯田狩虎は自分のことを才能のない人間だと自覚しているが、そこには少々誤解がある。彼には他の追随を許さぬほどの才能がある。
 その非凡さの一つは模倣。自身の才能のなさを幼い頃から理解していた彼は、他人の模倣を積極的に行うようになっていた。それは自分の足りない部分を他人で補うように、観察し真似を繰り返す。言動から始まり、その人特有の癖、最後には思考にまで到達する。行動原理を理解できなければ行動を完璧に真似ることは出来ないと彼は思っているからだ。
 この能力は勉強にも役立てられている。歴史や倫理を学ぶとき、彼はいつだってその人物達がどんな生き方をしてその思考に辿り着いたのか、変革を起こしたのかを夢想する。彼にとってこの2科目は他人の人生のトレースでしかない。もちろん、実際に歴史上の人物を見たわけでもないし、声を聞いたわけでもないからその完成度はかなり低いが、それでも約20%は真似できていると自負していた。

 はるか昔の人間の模倣すらこなす彼が、もし10年間毎日喋っている親しい人間を模倣の対象になったとしたらどうなるのか………


 「残り4分」

 狩虎と亜花の殴り合いは続いていた。いまだに狩虎の方が殴られる回数は多いが、ていうか彼の攻撃なんてほとんど当たってはいないのだが、それでも数分前よりは戦いの形にはなっていた。亜花の攻撃の直撃を避け、吹き飛ばされることなく同じ間合いで戦い続ける。


 戦いながら狩虎は記憶を掘り起こし続けていた。宏美のイメージを思い出せば思い出すほど、俺の行動には無駄が多すぎることがよくわかる。もっと一直線に、無駄なく。行動の全てを骨格と筋肉から意識するんだ。関節の可動域を邪魔することなく筋肉を捻り推進力を生み出せ。

 「……………」

 狩虎とは打って変わって亜花は焦っていた。時を経るごとに狩虎の雰囲気が変わっており、徐々に動きから無駄が消えていくのだ。
 強くなってきている………というかこれ誰だ?別人?

 「おいおい、こんなんでを倒そうっていうのか?」

 一体誰と戦っているんだ!?

 狩虎の一人称が変わったと同時に攻撃のキレが一変した。泥臭くただ腕を振り回していただけのパンチが、全て最短距離を一直線に貫いてくる。亜花の顔面目掛けて放たれた上段蹴りをかわすが、追って放たれた左後ろ回し蹴りが頬っぺたを掠める。そこから止まることなく狩虎の攻撃が続いていく。全てが完成された一つの型として、一切止まることのない連撃が亜花を追い詰めていく。
 狩虎の攻撃のベクトルを変更しようとするが、今の狩虎の攻撃には一切の無駄がない。僅かなブレを増長しそらすことは容易だが、それがない攻撃をそらすには難易度が高すぎる。

 「今回は歯応えのある奴と戦えると思ったのになぁ!?ガッカリさせるなよ!」

 狩虎の攻撃の回転率は更に上がっていく!どのタイミングで呼吸してるんだよ!

 バチィン!!

 狩虎の拳が空中で弾けた!

 「おいやめろ亜花」
 「いいでしょもう」

 僕が指を鳴らすと風が渦巻き大地が捲れ上がり狩虎を巻き込んだ。そして空には暗雲が立ち込め、吹き飛んだ狩虎めがて稲光が弾け薄暗闇を照らす!
 忘れてはいけないが亜花は魔族である。彼の魔力故に出来てはいたが、基本的に魔族は接近戦を苦手とする。彼らの本領は魔力による遠距離攻撃。亜花はそれを解禁した。
 法則を思い通りに変化させ操る彼の魔力が本気を出せば、何もないところが発火し、晴天で雷が降り注ぎ雨が降る。頬を撫でるような爽やかな風が当たるだけで首の骨がへし折れ、大地が揺れることなく地震が起きる。その前代未聞の天変地異の全てが狩虎に降り注いでいた。

 「そんなもんか亜花ぁ!」

 しかし狩虎はそれら全てに巻き込まれながらも立ち止まることなくむしろ加速していく。

 「んだよそれ!」

 狩虎の身体から赤くドロっとした液体が溢れ出し、彼の進行経路を塗り潰していく。それはまるで粘度のある墨汁のようで、風と雷を巻き込み遮断する。
 亜花の心が焦り始める。魔力の全てが無効化されていくこの感じ………このままじゃ呑まれる!

 接近を嫌った亜花が岩盤を勢いよく浮上させて狩虎を巻き込もうとするが、狩虎はその岩盤を叩き割った!!

 「1分終了」
 「はははははは!!」

 狩虎の勢いを殺せないままに入る20秒間の無反撃時間!ノリにノッた狩虎はひたすらに防御体勢の亜花に攻撃を叩き込んでいく!攻撃の全てが急所めがけて飛んでくる!直撃だけは避けないとダメだ!

 狩虎の攻撃をただ無言で防御し続ける亜花。この20秒が終わったら反撃タイムだ。もう終わらせる。一撃で全て掻っ攫ってやる。無意識で右手に力がこもる。キツく固められたその拳は周りの空気すらも握り潰し、エネルギーを奪い去り灼熱を帯びていた。そしてその時は来る。

 「………し」

 狩虎が右腕を使って攻撃しようとしたのを確認した亜花は、グレンが言い終わるよりも前に拳を振り抜いた!
 しかし狩虎は右腕で攻撃することなく引っ込めると一歩後ろに飛び退いた。

 「ゅ」

 飛び退くと同時に体を右に一回転させ、右脚を勢いよく持ち上げ亜花の顔面目掛けて振り抜く!!

 「うりょう」

 パァアンン!!!

 亜花の顔面にカウンターで後ろ回し蹴りが決まり亜花の意識が飛んだ。そのまま追撃に入ってトドメを刺そうとした時、亜花の渾身一撃によって生み出された強風が増長し嵐となり狩虎を巻き込み吹き飛ばした!!しかしそれだけで今の狩虎は止まらない。空中で体勢を整え着地するとすぐに亜花の元へと…………

 「…………もしかして俺やっちゃった?」

 俺を巻き込んだ嵐が更に大きく膨らんでいく。周りの空間にある熱エネルギーや位置エネルギー光エネルギー電気エネルギー…………エネルギーの全てを吸収しているのだ。更に嵐は形を持ち硬質化していく。取り込んだ元素を全て金属原子にでも変質させているのか?風と呼ぶにはそれはあまりにも物理的すぎて、この場を暗闇に染めながら俺に向かってくる。

 「………………」

 何を言っているのか分からないが小声で亜花君はなにかを言い続ける。そのただならぬ雰囲気から察するにヤバいよね。多分ブチギレてるよねこれ。
 食らったら死ぬよなぁどうすっかなぁ。かと言って逃げて他の受験者が被害受けて死なれるのは困る。俺の屁理屈は失格者が1人も出ないからこそ[俺が全員を守った]とグレンを黙らせられるのだ。1人でも出たら反論する隙を作り出してしまう。

 「おい小僧、ワを使うのだ」

 久しぶりに喋ったなこのガラクタ。

 「魔剣様はガラクタですし、これをどうにかできるわけないじゃないですか」
 「伝説の聖剣に向けてよい言葉ではないな」

 泣きながら言ってくるから余計にそう思えるんだよなぁ。

 「ワの能力を使えば空間ごとあれを切断できるぞ」
 「…………マジ?」
 「うむ、剣が当たる距離まで近づかなければならぬがな」
 「ゴミじゃん」
 「良かれと思って………」

 まーた泣く。しかし今の俺にはそれしか手段がないのも事実だ。やってみるか。
 俺はいまだに巨大化していく竜巻に向かっていく。まるで光すらも吸収するブラックホールだな。多分、あの中は重力が凄いことになってるんだろうな。巻き込まれたらまず命がない。

 俺は魔剣を振り下ろした。すると空間ごと竜巻が切り裂かれ、次元の狭間へと消えていった。あっという間の出来事だった。

 「……………」

 俺はその光景を馬鹿みたいに口を開けて見ていた。いやだって、はい?な?…………こんなことできんの?もっと早めに教えてよ。

 「ちなみにこの技のクールタイムは1ヶ月だ」
 「ゴミじゃん」
 「こ、小僧が雑魚だから悪いんだぞ!」

 泣き喚く魔剣を無視して俺は腰に付けている鞘に剣を収めグレンの元へと向かう。
 
 「試験の残り時間は2分と30秒。亜花君は気絶している。試験は終わりでいいんじゃないですか」

 鬼ごっこで鬼役がリタイアしたんだ、もう続けることは出来ないはずだ。

 「…………亜花の魔力は複雑でやれることが多すぎてな、俺も全てを把握しているわけじゃあないんだけど」

 俺は無言で魔剣を引き抜いた。まずい、絶対にこの雰囲気はまずい。俺の首筋から汗が流れ落ち、カシャンと音を立てた。汗が凍りついている………っ!!

 「どうもお前の最後の一撃、返ってるみたいだぞ」

 グニッ!

 一歩退こうと右足を動かした時、上手く踏み出せなくて身体が傾いた。足元を見てみると足が逆向きにっ!!

 「あはははははっっ!!!」

 そして何もない空間から現れた亜花君の強烈な一撃を不意打ちで喰らった俺は気絶した。


 ~20分後~

 「すまんな狩虎、こっちの都合で試験者を減らさなきゃいけなかったんだ」

 どうやら試験が終わったらしく、目が覚めた俺はベッドの上で眠っていた。周りにいるのはグレンと、負傷してしまった受験者達。大体50人はいる………俺が途中参加したこはかなり遅かったのだろうなぁ。

 「……………」
 「………まぁいい線はいってたし目標も達成だ。今回の試験は合格だな」
 「…………じゃあなに?俺は試験の合否に関わらずぶちのめされたんですか?」
 「しょうがねーだろ、お前の身体よりも俺の都合のほうが大切なんだからな」

 自己中だなぁ!マジで力が戻ったら真っ先にこの人をぶちのめそう。

 「じゃあさっさと勇者と認めてください。こんな人の身体を労らない場所に長居したくないんで」
 「何言ってんだ?この試験は三次試験まであるんだぞ。一次試験が終わった程度で勇者になれると思うな」
 「……………」

 どちゃくそ逃げ出してぇ。そう思いながら俺は布団を頭まで被った。

 「そんなことよりもよ、大事な話が」
 「あっ、こんな所にいた!」

 すると聞き慣れたイリナの声が聞こえてきた。それも相まって俺は更に深く布団をかけた。

 「おいどうしたユピテルも連れて。試験中はお前らみたいな上級の勇者はうちの敷地に入っちゃあダメな決まりなんだが?」
 「緊急事態なんだよ」

 その言葉にグレンの雰囲気が引き締まり、俺は更に布団を被る。被りすぎて足出ちゃったよ。スースーする。

 「どうやら魔族が侵入しているみたいなんだ」
 「俺のこと?」
 「今の君は無害だから魔族換算されてないよ」

 俺もう魔剣みたいに号泣しちゃうよ。

 「どうやら危険な魔族が変装して試験に侵入しているらしいんだ。何か被害が出る前に対応しないと」
 「…………丁度良い、俺もその話をしようと思ってたんだ」
 「まさか…………」
 「亜花が失格にした試験者は合計で56人。しかし実際の不合格者は86人………俺達が知らない所でどうやら30人も殺されていたみたいなんだ」

 ただならぬ気配を感じた俺は布団から顔を出した。その時に衝撃的だったのはグレンやイリナではなく、怒りと憎しみで歪むユピテルさんの表情だった。

 「目と口と耳を縫われた男………名はウェンディゴ。私の婚約者を殺した魔族だ」

 不穏な流れを感じた俺はまた布団を頭まで被った。
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