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5.異世界ライフのはじまり
しおりを挟む「いらっしゃい、ハルトさん。講習の帰りかい? 今日は何にする?」
魚屋の前を通りかかると、馴染みになった女将さんに声をかけられた。
「こんばんは。今日は魚を焼こうと思ってんだけど、美味しい白身はある?」
店頭には氷魔法で鮮度を保たれた大小様々な魚や魚介類が並んでいる。
「焼くなら、このオヒョウはどうだい。オレンジなんかを少し絞るとさっぱりしてて美味しいよ」
「オヒョウか、いいな。クロも今夜はこれでいい? 他に食べたいもんあるか」
ぴったりと張り付くように後ろに立っていたクロに声をかけると、甘えるように肩口に顎を乗せられ頬を寄せられた。
人前で舐めないようにと言い聞かせ続けたお陰で、ところ構わず舐め回されることは無くなったが、スキンシップは未だに止められないでいる。
「ハルトが作るものなら何でもいい。何でもうまい」
「そんな真剣な顔しなくても」
「あっはっはっは! 本当にクロちゃんはハルトさんが大好きなだねぇ」
「あぁ、もちろん大好きだ」
そんなことをキリッとした顔で言わなくていい、駄犬め。
懐かれて嬉しいやら恥ずかしいやら。肩口に乗ったままの頭を叩いた。
「いいねぇ、羨ましいよ。うちの亭主も昔はそんなふうに言ってくれたんだけどねぇ」
「おかみさん、クロは俺の旦那じゃないですからね」
「はいはい。アラも付けとくからクロちゃんにスープでも作っておやり」
「ありがとう、おかみさん」
「本当にクロちゃんは素直でかっこ良いねぇ」
おかみさんのうっとりした顔に苦笑しながら、代金を支払い魚の入った袋を受け取り、アイテムボックスへとすぐに閉まった。
魚屋の次は八百屋に寄り、必要な食材を揃えてから借りている平屋へと戻る。
クロと一緒に創造神に異世界へ送り込まれて2ヶ月。中規模都市のタリアという街でのんびり異世界暮らしを満喫している。
本当はすぐにでも各地の地酒を探す旅に出たかったが、何の知識もなく魔物の蔓延るところを動き回るのは危険だろうとクロに止められた。
2人で検討した結果、冒険者ギルドに登録して知識と経験を積むことにした。
この世界の冒険者ギルドは仕事の斡旋や獲物の買取以外にも、新人育成に力を入れていてスキルや適性合わせた講習を行なっている。
俺は魔法を、クロは剣術をそれぞれ先輩冒険者から教わっていた。
このスキルや適性は“創造神”に出した条件の一つ。
現代に日本に暮らしていた俺とぬいぐるみだったクロにもふもふとはいえ魔物が蔓延る世界で生き延びることは難しい。
そこでどんな魔物にも負けない魔法を使えるようになることを創造神に約束させた。
うんうん。生命は大事だもんね、もちろんいいよ。じゃあ、クロくんには身体能力を強化しておこうね。と創造神は微笑んで軽く手を振った。
その余裕そうな笑顔にイラついて、追加条件を出す。
『あとは先立つものも必要ですよね? 生前の貯金、あれを旅資金として持って行けるようにしてください』
そういうと、創造神は目を見開いて驚き、腹を抱えて笑い出した。
『お金! そうだよね、お金は大事だよ。過労死するほど頑張って稼いだお金だもんね。ついでに過労死の慰謝料も入れておくね。損害賠償請求は日本を視察中の部下に任せるから心配しないで。あ、お金自体は晴人くんのアイテムボックスに入れておくから金額が多くても大丈夫だよ。いやぁ、本当に晴人くんって図太いよね。神にお金を要求するんだもん』
10年分は笑ったよと、創造神は涙を浮かべながら息をついた。
異世界についてからアイテムボックスを開くと、異世界の通貨に換金された貯金と慰謝料が確かに入っていた。後々異世界の物価や賃金を聞いて、クロと2人一生遊んで暮らしても余りある金額だった。
貯金はそこまで多くはなかったので、創造神の部下の人がかなり優秀なんだろう。ありがとうございます。
神様との交渉した結果、働かずに贅沢しても困らない資産を手に入れたものの、贅沢するつもりはなくクロと2人、慎ましく暮らしている。
応援ありがとうございます!
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