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4.お茶会(後編)
しおりを挟む「異世界ってあの、小説なんかに出て来るアレですか」
「そう、それ。科学は君たちの世界より遅れているけれど、代わりに魔法が存在する不思議な不思議な異世界だ」
異世界、ねぇ。
「興味ない?」
興味の有無で言えば、正直ある。
でも、ここで素直に頷くのは正解なのか。
創造神が何を考えているのか、俺やクロに何をさせようというのか、そこが読めない。
「……あまりないですね」
「美味しいお酒とクロくんみたいに可愛い動物やモフモフの魔物もいっぱいいるよ?」
良いところを突くじゃないか。
でも、ここで流されたら何が待ち受けているか分からない。
「エルフの樹液酒にドワーフの火酒、竜人の古酒なんかもお勧めなんだけどなぁ」
こんな抗い難い誘惑はずるいだろう。
「魔物もすごく可愛いよ。モッフモフだよ?」
もふもふの魔物……。
いやいや、魔物ってあれだろ?
襲って来たり、人を食べたりするやつだろ?
「魔物なんて怖いじゃないですか。ーークロがいれば、十分です。というか、クロはどうして、人の姿なんですか」
「見慣れない?」
創造神はクスッと笑うと、クロの方へ片手を振る。
すると、クロはパッと一瞬で20年以上ともに暮らした黒柴の可愛らしいぬいぐるみへと姿を変えた。
「クロ!」
名前を呼ぶと隣の椅子から嬉しそうに前足を伸ばして来る。デフォルメされた短めの可愛い足を伸ばす姿がとても可愛く見えて、ぎゅっと抱き締めた。
パタパタと動く尻尾が腕を掠ってくすぐったい。
「可愛い……すごく可愛い」
三十路手前の男がぬいぐるみ相手に可愛いを連呼するのは、虚しいし気持ち悪いかもしれないけど構わない。
誰に見られるわけじゃなし。
「わん!」
クロもこうして喜んで鳴いている。
あれ?
「クロ、おしゃべりは出来ないのか?」
人間? 獣人? のときは、スムーズに話してたのに。
大きな黒目を覗き込むと、クロはしょんぼりと耳を垂れさせる。
「くぅん……」
哀しそうなクロをよしよしと撫でてやると、少し元気が出たのか尻尾を振った。
「ぬいぐるみバージョンの時は、犬の鳴き声しか出せないように設定してあるんだよ。話がしたいなら、人の姿に戻すけど。どうする?」
「設定って……。こっちの方が可愛いですけど、今は話が出来ないと困りそうなので戻して頂けますか」
「もちろん。椅子に座らせて」
言う通りにぬいぐるみのクロを隣の椅子に降ろす。
創造神が手を振ると、クロは一瞬で獣人バージョンに戻った。
「魔物に興味はないっていうけど、ぬいぐるみ姿で動くクロくんはどう? おしゃべり出来るクロくんは?」
「……」
「異世界でなら、クロくんは自由にぬいぐるみになったり、獣人になったり出来るよ」
「それは……」
「興味、出て来たんじゃない?」
「それは俺にーー俺とクロに異世界に行けってことですか」
「そんな重く考えなくて大丈夫。魔王を倒せとかそんなことは言わないから。ただ異世界でのんびり暮らしてみないかって提案だよ。珍しいお酒飲んだり、美味しい物食べたり、旅に出るのもきっと楽しいと思う」
その言葉に本当に嘘はないのか、俺には判断がつかない。
創造神の瞳をじっと見つめる。
「もし、断ったらどうなるんですか。元の世界に戻してもらえるんですか」
「残念だけど、それは無理だね。そちらの世界で晴人くんはもう死んでるから」
全然残念そうな顔をしていない。
どんなところか分からない。何が待ち受けているか分からない。
そんなところへ行けと言うのか。
ーー生命を盾に。
膝の上で拳を握り締めると、黙って俺たちの話を聞いていたクロが手を重ねてきた。
ぬいぐるみの時よりずっと温かい手のひらに少しずつ落ち着いて来る。
「どうして、俺なんでしょうか。死ぬ人なんて他にもたくさんいますよね。その全員に“提案”をしてるんですか」
「たまたま目についたから、と言ったら晴人くんは納得してくれるのかな」
「偶然ってことですか」
「そう、偶然。ーー無理強いはしないけど、このまま死ぬより異世界で生き直すのも悪くないと思うよ」
創造神の瞳に闇と星屑が浮かぶ。
ここに来た時点で断れる交渉ではなかったのだ。
「分かりました。ただしーー」
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