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第一章 反逆への序章編

第9話 VS最凶

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《カイム視点》

「俺? まあなんというか……見すてるのもバツが悪くて来ちゃった、まな板の上の鯉ってところかな」



 相手の質問に対し、俺は平静を装って答えた。



 ほんと、なんで俺、来ちゃったんだろ。

 土壁からお互いに一定の距離を置いて、ラスボスことレイズと向きあいながら、この俺――カイムは心の中でため息をついた。



 誰もが憧れる、ヒロインのピンチに颯爽と駆けつける主人公ムーブ。

 それをしたのはいいいんだが、相手取るのはよりによって作中最凶のラスボスだ。



 はっきり言って自殺行為。

 正直めっっっちゃ後悔してる。



「それで、何をしに来たの、君」

「さぁ、自分でも血迷ったとしか……あ。しいて言うなら、用事をドタキャンしてサービス残業とか?」

「質問してるの、俺なんだけど」



 レイズのこめかみに、青筋が走る。



「あと、そのワケわかんない仮面、はっきり言ってキモい。趣味悪いだろ」



 レイズは、俺の顔を指さして聞いてくる。

 人のこと指さすんじゃありません! って、ママに習わなかったのかよ。

 そう言ってやりたかったが、これ以上煽ると瞬殺されそうだからやめておく。



「う~ん結構気に入ってたんだがな、このファッション」



 俺は、あくまでフランクに答える。

 レイズの指摘する通り、俺は今顔の上半分を覆うマスクをつけている。

 怪盗に憧れた中二病……とかではなく、相手に俺の顔を見せないためだ。



 ちなみに、魔力を隠蔽できない分、瞳に魔力を流してわざと瞳の色を変えている。

 普段は紫だけど、今は黄色だ。

 まあ、わずかでも容姿を偽れればそれでいい。



「ふん。まあいい。そんなダサいコスプレして、俺の前に現れるなんて、良い度胸してるよ君。なんとなくこの女を助けに来たってのはわかるが……それであってるかい?」

「サービス残業が示すところとしては、それで正解だろうな」

「そうか……じゃあ、死んでくれ」



 まるで、昨日の夕飯の献立でも言うかのような、自然な殺害予告。

 それだけで――周囲の空気が一気に重くなる。



「《突風槍スコール・ランス》」



 レイズが右手を俺に向けるのと同時。

 逆巻く風が槍の形を成して、俺めがけてカッ飛んで来た。



「くっ!」



 咄嗟に横に飛んで、それを躱す。

 鎌鼬かまいたちのような暴風が頬を掠め、血華がパッと舞った。



 獲物を捕らえ損ねた風の大槍は、うねりを上げて飛んでいき――遠くにあった小屋を粉々に粉砕した。



「……なんて威力だよ」



 俺は、吹き飛んだ小屋を見て戦慄する。

 むちゃくちゃな破壊力だ。人一人殺す用の技にしては、いささかオーバーキルすぎないか?



「ちっ。避けたか」

「黙って殺されるわけないだろ! 《火球フレア・ボール》ッ!」



 轟!

 赤い炎が瞬時に球形を象り、一直線に飛んでいく。

 ――が。



「何それ、遊んでるの?」



 レイズの纏う空気が、急激に和らいだ。

 と同時に、彼は右腕を斜めに振るう。

 すると、肉薄する高音の火球は、ろうそくの火を掻き消すかのごとく、レイズに届かぬまま消えた。



 冗談きついって、次元が違いすぎるだろ。

 一応、全力で魔法をブッパしたはずなんだが。



 無理矢理笑って、焦りを誤魔化す。



 こちらの本気の一撃をいなす際、空気が弛緩したのを感じた。

 つまり、あいつは俺の力量の底を瞬時に読み取って、結論づけたのだ。俺が、警戒するまでもない雑魚であることを。



 わかってはいたが、今喧嘩を売るべき相手じゃなかった。



 俺は、ちらりとフロルの方を流し目に見る。

 濃い桃色の瞳が、心配そうに俺の方へ向けられていた。

 

「ここで死ぬわけにはいかないな、こりゃ……《風刃エア・カッター》――二連撃デュオッ!」



 風魔法、《風刃エア・カッター》の鋭い斬撃が二つ、夜闇を裂いてレイズへと肉薄する。



「温いよ……《水鏡》」



 レイズはつまらなそうにそう吐き捨てて、左腕を水車のようにぐるりと回す。

 すると、その軌道にあわせて分厚い丸型の水幕が出現。



 風の刃を受け止め、水の塊の中に閉じ込めてしまう。



「やっぱ、今のままじゃ通じないか……」

「どうやら、俺のことを侮っていたみたいだね君。君が誰かは知らないし、興味も無いけど、せっかくだ。冥土の土産に一つ教えてあげよう。俺の名前はレイズ=トリシクス。秘密結社《黒の皚鳥》のリーダーにして、アリクレース公国の影の支配者。君のいない未来で、最凶となっている者の名前だ」



 レイズは、口の端を吊り上げて凄絶に笑う。

 そんな、魔王にでもなったかのような笑みを浮かべる彼に、言いたいことはたった一つ。



 うん、そんなこと知ってる。

 悪いが俺は、お前の全てを把握している。



 これから起こすこと。紡ぐ未来。そして――辿る末路。

 全てのシナリオを掌握しているからこそ俺は、悲惨な結末を回避するために一矢報いなければならない。



「――俺がここに来た、もう一つの理由。教えてやろうか?」

「……?」

「宣戦布告だよ。お前が辿る結末を、俺色で塗り替えるための、ね」

「……はぁ?」



 レイズは、訝しむように目を細め――堰を切ったように笑い出した。



「あっはははは! 何君、ちょーイタいじゃん! 大した実力もないくせに、何様のつもり?」



 ま、そうなるよな。

 お腹を押さえて笑い転げるレイズを前に、苦笑するしかない。

 

「ま、女の子助けるために格好付けて飛び出した手前、情けない姿を見せられないってのはわかるけどさ……茶番は終わり。三下に嘗めた口きかせるのも癪だからね。ほんの少し、俺の実力を見せてあげよう。まあ、見終わったあと生きてる保障はないけど……さ!」



 言葉が終わると同時に、レイズは右腕を空に掲げる。

 それに呼応するようにして、夜空に昇るブラッドムーンを中心に、赤い魔力線で描かれた巨大な魔法陣が展開された。



「――《終末ノ焔ラグナロク》」



 その言葉と共に、レイズは右腕を振り下ろす。

 魔法陣から赤黒い“何か”が無数に現れ、瞬く間に夜空を埋め尽くす。



 その“何か”は、次第に大きくなっていき――脅威そのものが天より降ってきているということを理解した。



「マジか……俺一人相手に、これを出してくるか」



 俺はただただ戦慄する。



 《終末ノ焔ラグナロク》。

 レイズが扱える火属性魔法の中でも、神話級の威力を誇る、広範囲殲滅用魔法。



 その猛威が、今俺を狙っている。

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