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第一章 反逆への序章編

第12話 ラスボスを超える覚悟

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 どれくらい気を失っていただろうか?

 水の底から泡が立ち上るように、沈んでいた意識がゆっくりと覚醒する。



「……うん?」



 まず、感じた感触は後頭部に柔らかい何かがあたっている、ということ。

 続いて重たい瞼を開けると、人の上半身が映った。



「あ、気が付いたんだね」



 その人物が、俺の顔を覗き込む。

 桃色の綺麗な瞳が、俺を真っ直ぐに射貫いた。

 どうやら俺の後頭部は、この美しい少女の太ももに乗っかっているらしかった。



「お前は……フロルか。よかった、無事だったんだ」

「え? なんで私の名前……」

「知ってるさ。だって俺達、一度会ってるし」



 俺は、息を小さく吐きつつ答える。

 フロルはもちろん首を傾げているが、別に間違ったことは言っていない。



 アジトの廊下の角でぶつかるという、ラブコメお約束展開を経験済みだ。

 もちろん、名前を知っているのは別件だが。



「それよりも、ありがとう。助けてくれて」



 こっちこそありがとう。柔らかい太ももで膝枕してくれて。

 なんて緊張感のない台詞を吐きたかったが、変態と思われるのは嫌なのでやめておく。



「どういたしまして。無事でよかったよ、本当に」



 俺は、ふっと微笑みかけて――ふとそれに気付く。

 赤い月が照らす彼女の首元には、まだチョーカーがついていることに。



「しまった。チョーカー取り外すのを忘れてた……!」



 俺は、急いで飛び起きる。

 とりあえず、フロルは、オーナーに逆らったら死ぬ呪いで死んでいない。

 じゃあ、フェリスの方は!



 周囲を見まわす。

 草原に横たわるフェリスが、すぐに視界に飛び込んできた。



「フェリス!」

「……当然のように、その子の名前も知ってるんだね」



 フロルは落ち着いた声色で、俺の考えを察したように言葉を続けた。



「大丈夫だよ、お兄さん。フェリスちゃんは死んでない」

「本当か!?」

「うん」



 俺は、ひとつ深呼吸をして横たわる彼女を注視する。

 彼女の大きな胸は、呼吸に合わせて静かに上下していた。



「よかった……」



 どうやら、二人とも呪いは発動していないみたいだ。

 というかむしろ、首輪に流れる魔力の光が消えている。

 たぶん、術者のレイズが、彼女たちが死んだと思い込んだことで、呪いの持続効果が切れたのだと思う。

 ただ、これはあくまで効果が切れているだけ。



 電気のスイッチが切れているだけで、電球がなくなったわけではないのと一緒だ。

 呪いそのものは、チョーカーに刻み込まれている。



「呪いが発動する心配はもう無さそうだけど、念のためだ。解いておくよ」

「え? 呪いを解くって……?」

「そのままの意味だ」



 俺は、《魔法創作者スキル・クリエイター》を起動して、無属性魔法《解呪ディスペル》を作成する。



 魔力自体は、寝たことである程度回復しているから、既に効力を切られている状態の呪いを解くには十分だろう。



「《解呪ディスペル》」



 フロルのチョーカーに手を当て、そう唱える。

 すると、白い光がチョーカーを包み込み、パキンと音を立ててチョーカーが割れ砕けた。



「これでよし」

「す、凄い……」



 フロルは首に手を当て、驚いたように目を丸くする。

 

「次はフェリスだな」



 俺は、横たえているフェリスの方に歩いて、同じように手をかざした。



「《解呪ディスペル》」



 チョーカーが白く輝き、涼やかな音を立てて割れ砕ける。

 その音が、彼女の意識を覚醒させる呼び水になったらしい。



「ん」



 身じろぎをしたフェリスの瞼が、ぱちりと開く。

 その下から現れたブルーの瞳が、俺を見上げた。



「お目覚めかな、お姫様」

「誰なのだ?」

「そうだな……悪い魔王から君を救い出したナイト……的な?」

「……その顔で言われても、説得力がないのだ」



 え? 顔?

 俺そんなモブじみた顔だっけ?

 あ、モブだったわ



 俺は、自分の顔に手を置いて。

 硬い何かが、指先に当たった。



「ああ、そういえばずっと仮面付けてたんだった」



 俺は、正体を隠すために付けた仮面を取り外し、色彩変化の魔法で変えていた目の色を、元に戻した。



「あ、あなたは……!」



 そんな俺の顔を見て、フロルは声を上げる。



「あのとき、廊下でぶつかった……!」

「そう。だから言っただろ、俺達は一度会ってるって」

「でも私、名前教えてなかったような……」

「まあ、その辺の細かいことは、気にするな」



 俺は苦笑いしつつ、仮面をしまった。



「助けてくれてありがとうなのだ」



 フェリスは、落ち着いた声色で頭を下げてくる。



「いいさ、気にしなくて。勝手にやっただけだから」



 そう、これは俺が勝手にやったこと。

 自分のこれからにリスクを背負ってでも、彼女たちが死ぬことを知っていて、目を背けることはできなかった。



 正直俺は、この世界に転生したとき、死ぬ運命がわかっていながらもそこまで悲観はしていなかった。

 自分には、並外れた才能がある。自分には、前世で得たゲームの知識がある。



 だから、何とかなるだろうとタカを括っていたのだ。



 しかし、俺は今日思い知った。

 この世界の行く末を。未来を知ってしまった中で生きることが、どれほど残酷なことなのかを。



 ――そう。

 俺は、一人だけ生き残ることに、とてつもない罪悪感を感じているのだ。



 たぶん、これから先。俺は、自分のことだけを考えて生きていくことはできない。

 いつか自分が殺される運命も、彼女たちが殺される運命も。

 これから起こる理不尽で、死んでいく人達も。



 それらが全部、あのクソッタレのラスボスのせいで引き起こされるのなら、その元凶たるラスボスを叩きつぶす。

 俺が、レイズにとってのラスボスとなるのだ。



 自分も他人も死ぬのが嫌だから、知識チートと天賦の才で、とことん無双してやる。
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