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第二章 《友好舞踏会》の騒乱編

第34話 《友好舞踏会》開幕

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《レント視点》

「しっかし、随分とまあ張り切ったパーティーだな」



 俺は、周りを見渡しつつ呟いた。



 ダンスホールの中央では、王国の人間と公国の人間が互いに手を取り合い、社交ダンスに興じている。

 流れている音楽は――曲名は知らないが、美しいワルツだ。



 この場に楽団らしき影は見えないから、おそらく一流の音楽団に演奏して貰ったものを、魔法でレコード化して流しているのだろう。

 

 三拍子のリズムが小気味よくテンポを刻み、それに合わせて男女が優雅に舞う。

 俺には社交ダンスの経験がないから、あの中には混じれないが――もしダンスが踊れたなら真っ先に飛び込んでいた。



 なにせ……合法で女子と抱き合えるのだから!

 こんなチャンスは、俺のようなあぶれ者には一切やって来ない!!



「とはいえ、マジでダンスのダの字も知らないから……無理して参加しても恥を搔くだけなんだよな」



 結論。

 俺は目の前に楽園エデンがあるにも関わらず、入場券を持っていない哀れな男である。

 体裁など気にせず突っ込む。



 そういう選択肢も無くはないが……男はいつだって格好付けていたいのである。



「そういや、カイムのヤツは……?」



 俺は、辺りを見まわす。

 さっきダンスホールの奥へ歩いて行ったのを見届けてから姿を見ていないが―――



「……いた」



 ダンスホールの端。

 丸テーブルに並べられた豪勢なご馳走を、片っ端から平らげている。

 まあ、あんな豪勢なご馳走めったに食べられるものじゃないから、気持ちはわかる。

 ただ――



「あれ、本当にカイムか?」



 なんというか、カイムにしてはやけに遠慮の無い食いつきだ。

 他の人が見ても特に気にしないだろうが、半年以上の付き合いを持つ俺だから気付いた、ほんの少しの違和感。



 俺は、反射的にカイムの方へ行こうとして――



『作戦開始はパーティー終了の午後五時。レーネ王女が閉会の言葉を言い終わった瞬間、私は状況を開始する。貴様ら雑兵は、次の指示があるまで動くな』



 頭の中に、直接流れ込む指示。

 不意に、寒気が背筋を駆け上る。

 反射的に振り返った俺の後ろには、正装に身を包んだツォーン様が立っていた。



 姿を気取られないためか、正装に不釣り合いなフードを目深にかぶり、頬には黒い線を描いている。

 そして、何よりおそろしいのが――こうして真後ろに立たれるまで、ツォーン様の気配を感じなかったことだ。



 思えば、この会場に来てから一度もツォーン様の姿を認識していなかった。

 まるで、大河に水が流れるがごとく。

 そこに平然とあるだけで、誰も意図して認識しない。



 《水龍》の異名を持つこの男は、水を思いのままに操る。

 そして――自身もまた、空気中に存在している水分がごとく、人の認識の外に身を置くことができるのだ。



 四天王一、暗殺に長けた男。

 そんな評判も流れている。



 俺は、ごくりと喉を鳴らし――



「なっ……!」



 次の瞬間、驚愕に目を見開いた。

 目を逸らしたわけじゃない。

 瞬きをしたわけでもない。

 

 ついさっきまで確かにそこにいたのに――いつの間にか、俺の前から姿を消していた。



「マジか……あれが、四天王」



 攻撃を放って見せたわけでもない。

 ただ、そこにいるだけで圧倒的な力の差を見せつけられた。

 俺は、狐に摘ままれたような気分のままカイムの方を向いて――



 カイムの背後に、ツォーン様が立っている……ような気がした。

 気がした。というのは当然、瞬きをした後には既に誰もいなかったからである。

 

 

△▼△▼△▼



 《リーナ視点》



 茂みに隠れて建物の様子を窺っていると、小童こわっぱから連絡が入った。



『リーナ、できたか?』

「ばっちりじゃ。今からおぬしに魔力波長のコードを送る」



 魔力波長のコードというのは、数時間前に小童から渡された水色の玉の、解析と数値化を行ったものだ。

 わしは、脳内の記憶メモリーに刻んだ数値化データを、小童の脳内に直接飛ばした。



『確認した。助かる』

「これしき造作も無いことよ。それよりおぬし、なぜさっきからエコーがかかっておるのじゃ?」

『え? ……ああ、今ちょっと近くに人がいるから、念話で話してるんだ』

「なるほどのう。相手方の状況開始は、昨夜会議で話したように、午後五時ジャストという認識でいいのじゃな?」

『ああ。たった今、確定情報が入った。ツォーン達が行動を起こすのは、王女が閉会の言葉を言い終えたそのタイミングだ』

「了解したのじゃ」

『ツォーンは俺が押さえる。事が起こった後の指揮はお前に一任するが、できるな?』

「相変わらず人使いの荒い男よのう? まあ良かろう。黒影を操れる以上、われ以上に現場指揮に長けた者は、この組織におらぬからな」

『ああ、頼りにしてる。任せたぞ』

「任せておけ」



 そう言って、わしは通信を切った。

 準備は上々。われらの組織が、忌まわしき《黒の皚鳥》の思い描くシナリオの全てを上書きする。



 この作戦は、われ等の華々しい門出となろう。

 ゆっくりと傾いていく西日を見ながら、わしは不敵に笑った。
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