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1泊目 優しい嘘はお嫌いですか?
第1話 ご宿泊は一名様で?
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人間は感情の動物である、とはかのシェイクスピアの有名な言葉だ。
人生にはいろいろある。
楽しかったこと、辛かったこと、嬉しかったこと、悲しかったこと。喜怒哀楽と共に人は生き、その感情に左右されて一生を全うする。
そして、感情を持つが故に切っても切り離せないもの。それが――後悔。
そう後悔。
私こと床波七海16歳は、人よりそれが少しばかり多い。
例えばそう――
「こんな辺鄙な場所で、売れない宿屋の看板娘をやってることですね」
「ははっ、手厳しいな。七海さんは」
カチカチと、振り子時計の音だけが響く宿泊受付のカウンターで。
後悔はあるかい? と糸のように細い目を私の方に向けて聞いてきた宿屋の支配人――凪鈴夜さんは、快活に笑った。
彼は、20代前半ぐらいの優男で、宿屋――「お天気うさぎ」の店主だ。男性のわりにほっそりとした身体のラインと、色白な肌。目が小さいこと以外は、羨ましがられるほどの美人だ――男だけど。
「オーナー、今日の夕食の仕込みをしますが、何人分ですか?」
「ん? そうだね……とりあえず」
「わかりました、0人ですね。今日はもう上がります」
「ねぇ待って! 僕まだ何も言ってないよ!?」
メイド服みたいなフリルのついたエプロンをとる仕草をしつつ、私は踵を返して奥へ下がろうとする。
「確かに言ってませんが……1週間に7日くらい、0人分って答えるじゃないですか」
「それは、まあ……ん? 待って? それだと365日年中がらんどうにならない?」
色白の肌に脂汗を浮かべ、そうツッコミを入れてくる鈴夜さん。
だが、私がそう言ったのもあながち間違っていない。なにせ、私が住み込みで働いているこの宿屋。客がほぼ来ない。
1週間に2回、お客さんが来ればいい方。最悪、1ヶ月まったくお客が来ないときもある。
こんなんで、どうやって経営を回してるのか。不思議に思って帳簿を覗いてみたが、ちゃんと赤字だった。この宿、そのうち潰れないだろうか?
そしたら私は、また寄る辺のない根無し草に逆戻りで――
「それでオーナー、今日呼び止めた訳はなんです?」
不意に陥りかけた思考を振り切って、私はオーナーの目を見て問いかける。
「そう、その呼び方だよ。オーナーっていうのもいいけど、せっかくの大正風ハイカラさんな看板娘なんだし、ここは思い切ってご主人様と呼んで――」
「お盆頭に叩き落としますよ?」
とたんに大人しくなったオーナーは、こほんと咳払いすると、
「今日は、お客さんが1人宿泊される」
「え?」
その答えに、私は目を丸くした。
宿屋なら、事前の宿泊予約があって当然。そう思うかもしれないが、この宿屋にはそのシステムはない。
別に、オーナーが面倒くさがってそういうシステムを作らなかったわけではない。
この宿屋は、事前予約不可。
来客はいつも唐突で、だから頼りになるのはオーナーの無駄によく当たる山勘だけ。
そして――
チリン。
木製のドアに取り付けた鉄製の鈴が鳴る。それと同時に、木漏れ日と共に1人の客が訪れる。
お客は、少年だった。
歳は私よりも2、3歳下。
茶髪で、くりりとした目が愛らしい、中学生になりたてくらいの男の子。
その少年は、ただでさえ大きい瞳をより見開いてキョロキョロと内装を見渡したあと、一言呟いた。
「……え? 俺、なんで……ここ、どこ?」
顔に驚愕を貼り付けたまま、固まる少年。
その背後で、バタンと音を立てて扉が閉まる。
そう、来客はいつも唐突で。
いつだって、お客本人の意志とは無関係に訪れる。
だから、私はできるだけ怖がらせないように、寄り添うように、決して上手くない笑顔で言うのだ。
「いらっしゃい。ようこそ、宿屋「お天気うさぎ」へ。ご宿泊は、1名様ですか?」
人生にはいろいろある。
楽しかったこと、辛かったこと、嬉しかったこと、悲しかったこと。喜怒哀楽と共に人は生き、その感情に左右されて一生を全うする。
そして、感情を持つが故に切っても切り離せないもの。それが――後悔。
そう後悔。
私こと床波七海16歳は、人よりそれが少しばかり多い。
例えばそう――
「こんな辺鄙な場所で、売れない宿屋の看板娘をやってることですね」
「ははっ、手厳しいな。七海さんは」
カチカチと、振り子時計の音だけが響く宿泊受付のカウンターで。
後悔はあるかい? と糸のように細い目を私の方に向けて聞いてきた宿屋の支配人――凪鈴夜さんは、快活に笑った。
彼は、20代前半ぐらいの優男で、宿屋――「お天気うさぎ」の店主だ。男性のわりにほっそりとした身体のラインと、色白な肌。目が小さいこと以外は、羨ましがられるほどの美人だ――男だけど。
「オーナー、今日の夕食の仕込みをしますが、何人分ですか?」
「ん? そうだね……とりあえず」
「わかりました、0人ですね。今日はもう上がります」
「ねぇ待って! 僕まだ何も言ってないよ!?」
メイド服みたいなフリルのついたエプロンをとる仕草をしつつ、私は踵を返して奥へ下がろうとする。
「確かに言ってませんが……1週間に7日くらい、0人分って答えるじゃないですか」
「それは、まあ……ん? 待って? それだと365日年中がらんどうにならない?」
色白の肌に脂汗を浮かべ、そうツッコミを入れてくる鈴夜さん。
だが、私がそう言ったのもあながち間違っていない。なにせ、私が住み込みで働いているこの宿屋。客がほぼ来ない。
1週間に2回、お客さんが来ればいい方。最悪、1ヶ月まったくお客が来ないときもある。
こんなんで、どうやって経営を回してるのか。不思議に思って帳簿を覗いてみたが、ちゃんと赤字だった。この宿、そのうち潰れないだろうか?
そしたら私は、また寄る辺のない根無し草に逆戻りで――
「それでオーナー、今日呼び止めた訳はなんです?」
不意に陥りかけた思考を振り切って、私はオーナーの目を見て問いかける。
「そう、その呼び方だよ。オーナーっていうのもいいけど、せっかくの大正風ハイカラさんな看板娘なんだし、ここは思い切ってご主人様と呼んで――」
「お盆頭に叩き落としますよ?」
とたんに大人しくなったオーナーは、こほんと咳払いすると、
「今日は、お客さんが1人宿泊される」
「え?」
その答えに、私は目を丸くした。
宿屋なら、事前の宿泊予約があって当然。そう思うかもしれないが、この宿屋にはそのシステムはない。
別に、オーナーが面倒くさがってそういうシステムを作らなかったわけではない。
この宿屋は、事前予約不可。
来客はいつも唐突で、だから頼りになるのはオーナーの無駄によく当たる山勘だけ。
そして――
チリン。
木製のドアに取り付けた鉄製の鈴が鳴る。それと同時に、木漏れ日と共に1人の客が訪れる。
お客は、少年だった。
歳は私よりも2、3歳下。
茶髪で、くりりとした目が愛らしい、中学生になりたてくらいの男の子。
その少年は、ただでさえ大きい瞳をより見開いてキョロキョロと内装を見渡したあと、一言呟いた。
「……え? 俺、なんで……ここ、どこ?」
顔に驚愕を貼り付けたまま、固まる少年。
その背後で、バタンと音を立てて扉が閉まる。
そう、来客はいつも唐突で。
いつだって、お客本人の意志とは無関係に訪れる。
だから、私はできるだけ怖がらせないように、寄り添うように、決して上手くない笑顔で言うのだ。
「いらっしゃい。ようこそ、宿屋「お天気うさぎ」へ。ご宿泊は、1名様ですか?」
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