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1泊目 優しい嘘はお嫌いですか?
第2話 不思議な宿屋
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少年は、わけがわからないといった顔で固まっていた。
「あれ? 俺、確かに家の玄関を開けたはずなのに……」
硬直が解けると、少年は後ろを振り返る。
そのまま閉まったばかりのドアへと掛け寄り、反射的に扉を押し開けて――
「はっ!? なんだよ、これ!」
少年は、飛び出した先で立ち尽くしていた。
外は、いつも通り、この宿屋が建つ海の見える丘の上。しかし、彼にとってはそうじゃない。
「どこなんだよここ……俺は、夢でも見てるのか?」
確かめるように自分の頬を引っ張る少年へ。しかし、オーナーは淡々と真実のみを告げる。
「夢ではありませんよ。あなたは、この宿屋「お天気うさぎ」へ招かれたお客様です。あなたが開けた家の玄関が、運命の螺旋を通じてこの場所へと繋がっていた。ただ、それだけのこと」
「この場所へ繋がっていたって……」
絶句する少年。
まあ、彼の気持ちはよくわかる。
「受け入れられない気持ちはよくわかります。家に帰ってきたと思ったら、わけわかんない場所で、しかも目の前に糸目の怪しい男がいて「こっちおいで~怖くないよ~」とか、どんな不審者だよって感じですしね」
「い、いや。昔の人みたいな格好したお姉さんも十分怖いよ?」
「ハッ倒されたいんでしょうかお客様このやろう」
おっといけない。
思わずブラックななみちゃんが顕現してしまうところでした。
私は努めて営業スマイルを作りつつ、少年へ告げる。
「こほん……まあ、いろいろと聞きたいこともあるでしょうし、少しゆっくりして行かれては? 当宿屋では、ご来客の皆々様にはコーヒーを一杯サービスしているんです」
「お、俺。コーヒー飲めないけど……」
「ならココアなら飲めますか?」
「……、まあ」
少年は逡巡するように目を泳がせたあと、僅かに頷く。
「かしこまりました。オーナー、ココア一つ!」
「はいよ! ……って、思わず答えちゃいましたが、これ普通に立場逆では?」
そんなこと言われたって、オーナーにはコーヒーを煎れるくらいしか取り柄がないのだから仕方ない。
さて、私は腕によりをかけて夕食をつくりますかね。今の時間はもう午後6時を回った頃。少年の胃袋は今か今かと食事を待っているはずだから。
私は袖をまくると、厨房へと入っていった。
――。
「お待たせいたしました。本日の日替わりディナーはハンバーグとなります」
私は、お盆の上にハンバーグとサラダ、ご飯、お味噌汁を乗っけた極めてオーソドックスな定食を持って、宿屋のロビーに向かった。
カウンターから見えるロビーには、4人がけのテーブル席が二つ設置されている。そのうちの一つに座ってココアを飲んでいた少年が、美味しそうな臭いにごくりと喉を鳴らすが、
「だ、ダメだよ。俺、お金持ってないし」
そう言って、首と手を横に振る。
そんな律儀な少年に私は笑いかけて、
「大丈夫です。ここはいつでも赤字ですので。今更ハンバーグ定食を無料で提供したところで、オーナーの財布がまた一つ氷河期に近づいて行くだけです」
「そうですよ、子どもは遠慮しないでたくさん食べなさい。……ところで七海さん、あとでお話があります」
オーナーの威圧に気付かないフリをしつつ、私は少年の前に定食を置いた。
彼は、湯気を立てるハンバーグを凝視して、それから一瞬だけ私達を見る。私とオーナーが揃って頷くと、ナイフとフォークを手にとってハンバーグを切り分け、口に運んだ。
「! おいしい!」
思わずといった調子で叫ぶ少年。
そこから、彼は育ち盛りの食べっぷりを大いに発揮していた。
「ふふ、美味しいでしょう。なにせ、うち自慢の料理長の手料理ですからね」
「どうも、料理長と看板娘と雑用と支配人代理を仰せつかっています、床波七海と申します」
今更ながら、肩書きを添えて自己紹介する。
「支配人代理は言い過ぎじゃありませんか?」
「じゃあ副支配人で」
どうせ2人しか従業員がいないのだから、実質私が副支配人みたいなものだ。
「ご、ご丁寧にどうも。俺は……椎名悟って言います。ちゅ、中一です。あと、ハンバーグごちそうさまでした。美味しかったです」
食べ終わった皿を名残惜しそうに眺めていた少年――悟くんが、ぺこりと頭を下げてくる。
「お粗末様でした。僕の名前は凪鈴夜です。一応、この宿のオーナーをやってます。……さて、お互い自己紹介も済んだことだし、そろそろ本題に入りましょうか」
オーナーはそう言って、テーブルを挟んで悟くんの正面に座る。
「本題?」
「はい。お客様が当宿屋へ導かれた……その理由を」
「あれ? 俺、確かに家の玄関を開けたはずなのに……」
硬直が解けると、少年は後ろを振り返る。
そのまま閉まったばかりのドアへと掛け寄り、反射的に扉を押し開けて――
「はっ!? なんだよ、これ!」
少年は、飛び出した先で立ち尽くしていた。
外は、いつも通り、この宿屋が建つ海の見える丘の上。しかし、彼にとってはそうじゃない。
「どこなんだよここ……俺は、夢でも見てるのか?」
確かめるように自分の頬を引っ張る少年へ。しかし、オーナーは淡々と真実のみを告げる。
「夢ではありませんよ。あなたは、この宿屋「お天気うさぎ」へ招かれたお客様です。あなたが開けた家の玄関が、運命の螺旋を通じてこの場所へと繋がっていた。ただ、それだけのこと」
「この場所へ繋がっていたって……」
絶句する少年。
まあ、彼の気持ちはよくわかる。
「受け入れられない気持ちはよくわかります。家に帰ってきたと思ったら、わけわかんない場所で、しかも目の前に糸目の怪しい男がいて「こっちおいで~怖くないよ~」とか、どんな不審者だよって感じですしね」
「い、いや。昔の人みたいな格好したお姉さんも十分怖いよ?」
「ハッ倒されたいんでしょうかお客様このやろう」
おっといけない。
思わずブラックななみちゃんが顕現してしまうところでした。
私は努めて営業スマイルを作りつつ、少年へ告げる。
「こほん……まあ、いろいろと聞きたいこともあるでしょうし、少しゆっくりして行かれては? 当宿屋では、ご来客の皆々様にはコーヒーを一杯サービスしているんです」
「お、俺。コーヒー飲めないけど……」
「ならココアなら飲めますか?」
「……、まあ」
少年は逡巡するように目を泳がせたあと、僅かに頷く。
「かしこまりました。オーナー、ココア一つ!」
「はいよ! ……って、思わず答えちゃいましたが、これ普通に立場逆では?」
そんなこと言われたって、オーナーにはコーヒーを煎れるくらいしか取り柄がないのだから仕方ない。
さて、私は腕によりをかけて夕食をつくりますかね。今の時間はもう午後6時を回った頃。少年の胃袋は今か今かと食事を待っているはずだから。
私は袖をまくると、厨房へと入っていった。
――。
「お待たせいたしました。本日の日替わりディナーはハンバーグとなります」
私は、お盆の上にハンバーグとサラダ、ご飯、お味噌汁を乗っけた極めてオーソドックスな定食を持って、宿屋のロビーに向かった。
カウンターから見えるロビーには、4人がけのテーブル席が二つ設置されている。そのうちの一つに座ってココアを飲んでいた少年が、美味しそうな臭いにごくりと喉を鳴らすが、
「だ、ダメだよ。俺、お金持ってないし」
そう言って、首と手を横に振る。
そんな律儀な少年に私は笑いかけて、
「大丈夫です。ここはいつでも赤字ですので。今更ハンバーグ定食を無料で提供したところで、オーナーの財布がまた一つ氷河期に近づいて行くだけです」
「そうですよ、子どもは遠慮しないでたくさん食べなさい。……ところで七海さん、あとでお話があります」
オーナーの威圧に気付かないフリをしつつ、私は少年の前に定食を置いた。
彼は、湯気を立てるハンバーグを凝視して、それから一瞬だけ私達を見る。私とオーナーが揃って頷くと、ナイフとフォークを手にとってハンバーグを切り分け、口に運んだ。
「! おいしい!」
思わずといった調子で叫ぶ少年。
そこから、彼は育ち盛りの食べっぷりを大いに発揮していた。
「ふふ、美味しいでしょう。なにせ、うち自慢の料理長の手料理ですからね」
「どうも、料理長と看板娘と雑用と支配人代理を仰せつかっています、床波七海と申します」
今更ながら、肩書きを添えて自己紹介する。
「支配人代理は言い過ぎじゃありませんか?」
「じゃあ副支配人で」
どうせ2人しか従業員がいないのだから、実質私が副支配人みたいなものだ。
「ご、ご丁寧にどうも。俺は……椎名悟って言います。ちゅ、中一です。あと、ハンバーグごちそうさまでした。美味しかったです」
食べ終わった皿を名残惜しそうに眺めていた少年――悟くんが、ぺこりと頭を下げてくる。
「お粗末様でした。僕の名前は凪鈴夜です。一応、この宿のオーナーをやってます。……さて、お互い自己紹介も済んだことだし、そろそろ本題に入りましょうか」
オーナーはそう言って、テーブルを挟んで悟くんの正面に座る。
「本題?」
「はい。お客様が当宿屋へ導かれた……その理由を」
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