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1泊目 優しい嘘はお嫌いですか?
第3話 帰れぬワケ
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――私達はまず、悟くんがここへ来たわけを聞いた。
彼が話してくれたところによると、ちょっとした嫌なことがあって、家を飛び出したあと、お腹が空いてきたからバツが悪いままにとりあえず家に帰ってきて――玄関を開けたらそこは、怪しげな糸目の男と見目麗しい乙女がいる赤字旅館だったという寸法らしい。
「……俺は、家に帰れるのかな?」
ひとしきり話し終えた後、悟くんは不安げな表情で私達を見上げてくる。
「帰れるかという話なら、あなたがその場所に「帰りたい」と強く思うことで帰れますよ。この宿の扉は、その人物が心の底から偽りなく行きたい場所へ、繋がっておりますので」
「じ、じゃあ……!」
悟くんは目を輝かせて席を立つと、急ぎ足へ宿の扉へ向かう。
それから、勢いよく外へ続く扉を開いて――目の前に広がっていたのは、夜の闇よりなお深い、漆黒を湛えた海。言わずもがな、この宿屋がひっそりと佇んでいる、とある小さな丘の上だ。
「っ! なんでだよ!」
少年は苛立ったように、扉を開け閉めする。
何度も、何度も。だが、景色は変わらない。この扉は、確かに不可思議な扉だけど――どこぞの未来からやって来たロボットが出すピンクの扉みたいに、万能ではないのだ。
「なんで、家に繋がらないんだよ……」
ひとしきり開け閉めしたあと、悟くんは肩を落とす。
彼の家に、この扉が繋がってくれない理由。それは――
「お客様が今、本当に行きたい場所ではないからですよ」
「俺が本当に行きたい場所じゃない?」
淡々とした糸目オーナーの言葉を、悟くんは反芻する。
理解できない。こんな怪しい場所に連れてこられて、帰りたくないなんて思わないはずがない。そう顔に書いてあって。しかし――
「後悔が、あるのではないですか?」
「っ!」
その言葉には、劇的な反応があった。
「は? な、なんでそんな話になるんだよ……」
「先程、僕は言いましたね。あなたがこの宿に導かれたわけを話すと……その答えですよ」
「……?」
なおも、判然としないとばかりに眉根をよせる悟くんへ、
「宿屋「お天気うさぎ」は、後悔を抱えたお客様だけが訪れる……そんな場所なんです」
私は、彼が求めている答えを差し出した。
「俺が、後悔してる?」
「はい。だからこそ、お客様はこの不思議で怪しい宿屋へ導かれた。まあ、その怪しさも私の可愛さの前には相殺されて――」
「ふ、ふざけんな!」
不意に激高した悟くんの声に、私は押し黙る。
「後悔なんて、してるわけないだろ! そうさ……してるわけがない! 悪いのは全部、ゆい姉《ねえ》の方じゃないか!」
脈絡もなく飛び出した名前に、私は眉をひそめる。
自分でも思いがけず口にしてしまったといった様子で、悟くんは自分の口をふさぐと、バツが悪そうにそっぽを向いた。
「とにかく、俺には悔いてることなんてないよ。だから、たぶん俺を選んで招き入れたその扉が、壊れてるんだ」
「なるほど。それならお客様が望む場所に帰れないのも頷けますね」
オーナーは、うんうんと頷いたあと、
「わかりました。明日までに扉は直しておきますので、今日は二階の個室でゆっくり身体を休めてください」
「お願いしますよ……じゃないと、人さらいで通報します」
脅迫じみたことを言っているけど、ある意味当然だ。
いきなりわけのわからない場所に飛ばされてきたあげく、家に帰れないとなれば、そうなっても不思議はない。
「とりあえず、電話は貸しますので親御さんに連絡だけしておきますか?」
「……はい」
オーナーが差し出した受話器を受け取ると、少年は家に電話を掛けようと――
「これ、どうやってかけるんですか?」
「ほらオーナー、だから買い換えようって言ったんですよ。雰囲気重視で黒電話ってなんですか。バカなんですか」
彼が話してくれたところによると、ちょっとした嫌なことがあって、家を飛び出したあと、お腹が空いてきたからバツが悪いままにとりあえず家に帰ってきて――玄関を開けたらそこは、怪しげな糸目の男と見目麗しい乙女がいる赤字旅館だったという寸法らしい。
「……俺は、家に帰れるのかな?」
ひとしきり話し終えた後、悟くんは不安げな表情で私達を見上げてくる。
「帰れるかという話なら、あなたがその場所に「帰りたい」と強く思うことで帰れますよ。この宿の扉は、その人物が心の底から偽りなく行きたい場所へ、繋がっておりますので」
「じ、じゃあ……!」
悟くんは目を輝かせて席を立つと、急ぎ足へ宿の扉へ向かう。
それから、勢いよく外へ続く扉を開いて――目の前に広がっていたのは、夜の闇よりなお深い、漆黒を湛えた海。言わずもがな、この宿屋がひっそりと佇んでいる、とある小さな丘の上だ。
「っ! なんでだよ!」
少年は苛立ったように、扉を開け閉めする。
何度も、何度も。だが、景色は変わらない。この扉は、確かに不可思議な扉だけど――どこぞの未来からやって来たロボットが出すピンクの扉みたいに、万能ではないのだ。
「なんで、家に繋がらないんだよ……」
ひとしきり開け閉めしたあと、悟くんは肩を落とす。
彼の家に、この扉が繋がってくれない理由。それは――
「お客様が今、本当に行きたい場所ではないからですよ」
「俺が本当に行きたい場所じゃない?」
淡々とした糸目オーナーの言葉を、悟くんは反芻する。
理解できない。こんな怪しい場所に連れてこられて、帰りたくないなんて思わないはずがない。そう顔に書いてあって。しかし――
「後悔が、あるのではないですか?」
「っ!」
その言葉には、劇的な反応があった。
「は? な、なんでそんな話になるんだよ……」
「先程、僕は言いましたね。あなたがこの宿に導かれたわけを話すと……その答えですよ」
「……?」
なおも、判然としないとばかりに眉根をよせる悟くんへ、
「宿屋「お天気うさぎ」は、後悔を抱えたお客様だけが訪れる……そんな場所なんです」
私は、彼が求めている答えを差し出した。
「俺が、後悔してる?」
「はい。だからこそ、お客様はこの不思議で怪しい宿屋へ導かれた。まあ、その怪しさも私の可愛さの前には相殺されて――」
「ふ、ふざけんな!」
不意に激高した悟くんの声に、私は押し黙る。
「後悔なんて、してるわけないだろ! そうさ……してるわけがない! 悪いのは全部、ゆい姉《ねえ》の方じゃないか!」
脈絡もなく飛び出した名前に、私は眉をひそめる。
自分でも思いがけず口にしてしまったといった様子で、悟くんは自分の口をふさぐと、バツが悪そうにそっぽを向いた。
「とにかく、俺には悔いてることなんてないよ。だから、たぶん俺を選んで招き入れたその扉が、壊れてるんだ」
「なるほど。それならお客様が望む場所に帰れないのも頷けますね」
オーナーは、うんうんと頷いたあと、
「わかりました。明日までに扉は直しておきますので、今日は二階の個室でゆっくり身体を休めてください」
「お願いしますよ……じゃないと、人さらいで通報します」
脅迫じみたことを言っているけど、ある意味当然だ。
いきなりわけのわからない場所に飛ばされてきたあげく、家に帰れないとなれば、そうなっても不思議はない。
「とりあえず、電話は貸しますので親御さんに連絡だけしておきますか?」
「……はい」
オーナーが差し出した受話器を受け取ると、少年は家に電話を掛けようと――
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