ようこそ、宿屋「お天気うさぎ」へ

果 一

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1泊目 優しい嘘はお嫌いですか?

第4話 夢の世界へ

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「お客様のお部屋は201号室です」

 今日は友達の家に泊まってくから、と無難に説明を済ませた悟くんを連れ、私は宿の二階へ上がった。
 
「……意外に広い」

 割り当てられた部屋を覗き込んだ悟くんは、内装を見て目を丸くした。
 この宿には全部で3つ客室があり、すべて和室となっている。6畳半の1人部屋が二つと、12畳の大部屋が一つ。
 1人用に6畳半となれば、それなりにくつろげることだろう。

「お風呂は一階に降りて突き当たりを右へ行けばあります。露天風呂もあるので、好きな時に入ってください。あ、でも0時~6時は立ち入り出来ないので、注意してくださいね」
「はい」
「それから混浴とかはないので、私の裸身が見たくなっても、そこは残念でしたということで――」
「元々そのつもりはないから大丈夫です」

――。

「――というわけで、すげなく追い返されてきました」
「当たり前ですよ。お客様相手になに口走ってるんですか」

 頭が痛いとばかりに顔を手で覆うオーナー。
 だが、「旅館に似合うから」と、プレミアがついている昭和の電話を買ったアホオーナーには言われたくない。

「……それで、お客様からの要望なので一応聞きますが、扉は壊れてたんですか?」
「いいえ、ちゃんと不思議な扉のままですよ」
「でしょうね」

 わかりきった答えが返ってきて、私はそっけなく応じる。
 後悔のある者を招き、その者が心から行きたいと望む場所へしか繋がらない、そんな不思議な扉のまま。
 
「後悔はあるか? ってな質問にわかりやすく反応していたから、なんとなくわかってましたけど」
「後悔している自分を認めたくなかったのでしょうね」

 私の呟きに、オーナーが重ねる。
 結局のところ、そういうことなのだろう。
 自分の気持ちに蓋をして目を逸らし、扉が壊れているせいにする、そんな可愛らしい抵抗。

「大丈夫ですよ」

 誰に対する言葉なのか、不意にオーナーが呟いた。
 彼はその糸目に優しげな光を灯し、

「明日にはきっと、気持ちの良い気分で宿を後にしていただける。宿屋とは、それをこそ提供するために存在するのですから」

 そう語るオーナーの表情は、いつになく真剣だった。
 コーヒーを淹れる意外まともな取り柄がない彼だが、この横顔が期待を裏切ったことがないことを、私は知っている。
 ゆえに――

「今回もんですか?」
「ええ。心の準備、しておいてくださいね。今夜はきっと、眠れないですから」

 そう言って、オーナーは私に視線を向けてくる。
 私は、オーナーの目を見つめ返して、

「……いかがわしい言い方しないでください」
「してませんよ!? いや、自分でもちょっとそういう風に捉えられそうだなとは思いましたが!」

――。
 
 事が動き出すのは、日付も変わってしばらく経つ頃。
 私とオーナーは、明かりの消えた201号室の扉を音が立たないように慎重に開いた。

「(……寝てるみたいですね)」
「(はい。起こさないよう、慎重に行きましょう)」

 私とオーナーは頷き合うと、抜き足差し足忍び足で悟くんの寝ているところまで向かう。
 なんだかんだで気疲れしているのだろう。

 部屋の中央の布団に寝転がる悟くんは深い眠りに就いていて、起きる気配がない。
 ここだけ切り取ると完全に不審者だが――今更取り繕うつもりはない。これから私達は、更に不審なことをするのだから。

「(準備はいいですね、七海さん)」
「(いつでもどうぞ)」

 ――唐突だが、世の中には稀に不思議な力を持った人達がいる。
 例えば、未来を限定的に予知できるエスパーだったり、例えば動物の心がわかる能力者だったり。
 あるいは、単に霊感の強い人というのも、広義で言えば特殊能力に数えられるのかもしれない。とにかく、私が言いたいのは――
 
「――リンクしました」

 不意に、オーナーの呟く声が耳に飛び込んでくる。
 彼の右手の指が、悟くんの額に優しく触れており――その接触面が淡く発光していた。その不可思議な現象に言及することも無く、オーナーは私を振り返って、いつも通りの言葉を口にする。

「(行きましょう、悟さんの精神世界……第一の部屋へ)」

 ――そう、オーナーもまた、不思議な力を持つ1人だった。
 寝ている間に限り、第三者の精神世界へ行ける。そして、精神世界へ行けるということは――その人物が過去に何を思い、何をしたのか。その全てを、知ることができるということ。

 その人の抱える後悔に向き合い、背中を押す。
 それが、私達の――宿屋「お天気うさぎ」が、迷える子羊たちに夜な夜なしている、些細な善意の押し売りだ。

 なになに? 他人の心に土足で踏み込むなんて、失礼千万?
 生憎と私以上にあけすけなヤツに心当たりはないので、今更である。

 いつも通り私は、オーナーの肩に手を触れる。
 それが、お客様の精神世界へ入るときの合図で――刹那、視界が白く染まる。
 それとは対照的に、意識は急速に暗転していき――

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