ダンジョンに迷い込んだ落ちこぼれの僕。偶然助けた“最強種”の少女と契約したら、強さがバグってSランクモンスターをブッ飛ばしちゃった件

果 一

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第3章 狐の嫁入り、夢か現か

第39話 幻想世界の主

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「第0階層……?」

 僕は、思わず問い返していた。
 
「そう。夢と現うつつの狭間。族長が認めた者のみが立ち入りを認められる、一種の聖域」
「族長が認めた者?」
「そう。あなたは、族長のお眼鏡に適って、この聖域へと招かれた」

 そう言って、ミミさんはくるりと後ろを振り返る。
 髪に結んだ鈴が、しゃりんと鳴った。

「ついて来て」

 その言葉に促されるようにして、僕は歩き出した。

――。

 紅葉舞う中、舗装された石畳を奥へ奥へと進んでいく。
 周囲には灯籠や狛犬などが並んでおり、まさしく和の聖域に足を踏み入れたのだという感覚に捕らわれていた。

 道中、僕はミミさんから様々なことを聞いた。

 彷徨ほうこうの0階層。
 その名の通り、この階層は全ての階層の間を行き来する幻想の異空間らしい。
 この聖域を管理する族長の許しがない限り、立ち入ることのできない場所。
 
 この聖域に呼ばれたのは僕だけであり、シャルとミリーさんは55階層に取り残されているらしいということ。
 いきなり僕がいなくなって今頃寂しい思いをしているかもしれない、と思ったが、それについては心配ないようだ。

 この聖域、どうやら時間の流れが現世や他の階層と異なるらしい。
 と言っても、ここでの1年が外ではたった一時間、とかそういう形で固定されているわけではない。

 これは族長の権能、《|幻想世界イマジナリー・マップ》によるものであり、強烈な幻覚により世界の認識までも歪めているものなのだそうだ。
 あまりにもリアリティのある幻は、もはや現実となる。ここはそれを体現した場所に過ぎない。

 故に、現実とは時間の流れを切り離しきれない。
 引き延ばした分の時間を、必ずどこかで縮めなければならないのだ。
 外の世界の一日分、こちらの時間を半分に縮めたのならば、その分のしわ寄せが翌日にやってくる――そんな感じで認識しておけばいいらしい。

 まるで潮の満ち引きのように、時間の揺らぎがある世界。
 今は、たまたまこちらの一時間が外の世界の一分にも満たない時間となっているだけのようだ。
 55階層の二人を悲しませないで済むのは、不幸中の幸いといったところだが。

「着きました」

 ふと、先頭を行くミミさんが足を止める。
 目の前には、大きな社やしろがあった。神社の本殿、というよりも和風建築のお屋敷とでも言った方が正しい気がする。

「族長、お客様をお連れしました」

 ミミがそう問いかけると同時。
 玄関に当たる気の引き戸が、独りでに開いた。

「入られよ」

 中から、しっとりとした声色が届く。
 僕は一度、ミミさんの方を向く。ミミさんは無言で僕に頷きかける。
 一つ深呼吸をしてから、僕はお屋敷の中に足を踏み入れた。

 長く続く廊下の脇には行灯あんどんが置かれ、チロチロと優しい光を放っている。
 どうやらミミさんは僕に着いてくることはないらしい。

 僕を招いた族長と呼ばれる人物が一体どこにいるのか、それはあまり考えずともわかった。
 長い廊下の先に、一際目立つ襖ふすまがあったこと。
 そして――その向こうからただならぬ気配を感じるからだ。シャルやミリーさんと同じ空気感。おそらく、“最強種”のオーラを。

 木の香り漂う廊下を奥まで進み、襖に手を掛ける。
 
「失礼します」

 そう断ってから、思い切って襖を開いた。
 中は和室だった。い草の香りが立ち上る畳の部屋で、奥には縁側がある。その向こうは、まるで日本庭園のような景色が広がっていた。
 その和室に――座布団に正座する形で一人の女性がいた。

 雪も欺く白い肌。儚げな黒い瞳。
 美しい銀色の髪と耳。それから、銀色の尻尾を持つ妙齢の妖狐だった。

「急に呼び出してすまぬな、神結絆」
「いえ別に……って、どうして僕の名前を」
「女子おなごと楽しげに話しているのを見ていたからな。名前くらいは知っている」

妖狐の女性は、口元を扇子で隠しつつ穏やかに笑ってみせる。

「おぬしたちの様子を見ていて、朕ちんはおぬしと話してみたくなった。わけもわからずこんな場所へ招いたこと、どうか許してほしい」
「は、はぁ……別に構いませんが」

 しばらくその場に立ち尽くしていると、「座らぬのか?」と聞かれたので、お言葉に甘えて対面に置かれていた座布団に座った。

「あの……失礼ながらお名前をお伺いしても?」
「そうよな。朕だけがおぬしの名前を知っていると言うのも、フェアでもあるまい」

 尻尾を揺らしつつ、女性は告げた。どこか、愁いを含んだ表情で。

「朕の名はアザミ。ここ、第0階層、神座神殿で妖狐の族長をしておる……族長とは名ばかりの愚か者だ」

 そう言って、アザミさんは自嘲気味に笑った。
 
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