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第3章 狐の嫁入り、夢か現か

第42話 見えた光明は幻想か

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 その日の夕方。
 家に戻った僕は、シャルとミリーさんに、アザミさんから頼まれたことを包み隠さず伝えた。

「――ってわけで、僕は今後、アザミさんの娘さん――カリンさんの捜索に力を入れようと思う」
「……なるほどのう。それはまた厄介なことに巻き込まれたものじゃ」

 徹頭徹尾黙って聞いていたシャルは、話し終えると開口一番に難しい顔をしてそう答えた。
 
「旦那様もよくよく、妾達“最強種”と縁があるのう」
「まあ、僕もそう思うよ……」

 実際、その縁を見込まれて託された部分もあるのだし。
 
「それにしても、0階層なんてあったんですね。ダンジョンに長く住んでいるのに、知りませんでした」

 ミリーさんは、眉根をよせてそう呟く。

「0階層と言っても、妖狐の固有スキルを使用した幻想世界の類いで、階層ってわけじゃないみたいだよ。1階層から最下層までの間を彷徨う異空間……みたいな感じかな」
「強力ですね。まして、探し人はそれよりも遙かに強力な幻想を操る九尾の狐……正直、見つけるのは至難の業でしょう」
「うん、わかってる。だからこそ、2人とも、何か知ってることとかあったら話して欲しい。どんな些細なことでも構わないから」

 そう言って頭を下げる僕の前で、シャルとミリーさんは顔を見合わせる。それから、2人揃って首を横に振った。

「生憎と、妾の記憶に思い当たる節はないな。“最強種”と言えど、他の種族のことまで全て把握できるわけでもない」
「右に同じくです。お役に立てず、申し訳ありません」
「そっか……いや、いいんだ。情報がないというのも、一つの情報だしね」

 気休めを言っているとわかりながら、僕はそう告げる。
 しかし、思った以上に厄介な頼みを引き受けてしまったものだ。まあ、頼まれていなくても引き受けていたような気はするが。

「でも……そのカリンさんって子も、聞いた限りじゃ苦しい境遇を辿っていますよね。少なくとも、私には耐えられません」

 父と母の寵愛を受けて育ったミリーさんが、そう苦々しげに呟く。

「うん、だからこそ、見つけてあげたい」

 僕は、力強く頷いて見せる。
 頼まれなくても行動に移していた自負があるのも、結局のところそういうことだ。
 生まれて物心がつき始めた頃に、最愛の父を生まれ持った力で消し去り、すがるべき母親に捨てられた。そんなの、どう考えたって苦しすぎる。
 それこそ、世界の全てを呪い、復讐を誓ったってなんの不思議もないくらいには。

「とにかく、きっかけがないんじゃどうしようもないな……」

 手当たり次第、と言いたいところだが、それはやめておいた方がいい。
 もしそれで見つかるのなら、あの優しいアザミさんが、とっくの昔に見つけていて然るべきだから。
 まあ、自分の存在を幻想の権能で認識できなくしている可能性も0ではない。もしそうであるなら、尚更無策で挑むのはよくないというものだが。

 早くも手詰まりな現状に、僕は嘆息して。

「……う~ん」

 シャルが、難しい顔で唸っているのに気付いた。

「これは……いや、偶然か? それとも」
「何か心当たりがあるの?」
「いや、心当たりと呼べるほどでもないのじゃが……少し、気がかりなことがあってのう。まあ、偶然だと思うのじゃが」

 僕は、「勘違いでもいい」と話を促す。
 今は、些細なことでもヒントが欲しい。

「いやのう。先日、旦那様が帰ったとき、人間からはするはずのない臭いがする と言ったじゃろ?」
「ああ、一昨日の話だよね」

 一昨日……つまり、ミリーさんと出会う以前の話に、ミリーさんは頬を膨らませる。
 自分の知らない秘密を話しているみたいで、面白くないのだろう。そんな姿が愛おしくて、僕はミリーさんの頭を撫でる。

 とたん、ふくれっ面が蕩とろけそうになるのを見て、頭を撫でながら話を続けることを決める。
 ――正面に座るシャルが今度はふくれっ面になってしまったが。

「左様。そのとき感じた不思議な臭いに、似た臭いを、0階層から戻った旦那様に感じたのじゃ。もっとも、あの一瞬、僅かに香っただけでうろ覚えなのじゃが」
「え……」

 その言葉に、一瞬呼吸を忘れる。
 あの言葉は、人間(?)とかいうふざけた称号を得てしまったことで、それに対して言われたことだと思っていたが、違ったのか?
 もし、その臭いとやらが、僕の中からではなく外的要因によるものだとすれば。

「……学校から帰った僕と、0階層から帰った僕に染みついた臭いが似ていた。つまり、僕は――」
「学校で、妖狐族かそれに近しい人間に会っている。その可能性も、限り無く低いが0ではないじゃろうな」

 寝耳に水だ。
 ノーヒントの状態から、一気にここまで話が進むなんて。

「もちろん、妾の鼻に狂いがないとは言い切れぬ。というか、勘違いの線の方が大きいじゃろうな」
「それでも、一考の余地があるね」
「お、おう……まあ、旦那様が妾の荒唐無稽な話を信用するのであれば、じゃが……」

 自信なさげに言うシャルに、僕は「信じるさ」と即答した。

「シャルの言うことなら無条件で信じるよ」
「う……本当に旦那様は、たまに歯の浮くようなことを。まったく」

 悪態をつきつつ、シャルはそっぽを向く。
 その耳は羞恥で赤くなっていた。

 とにもかくにも、光明が見えた。
 次すべきことは――カリンさんを学校で探すことだ。

 思わぬ僥倖ぎょうこうに打ち震える。
 しかし、僕は――僕達は知らない。その期待が、思いが。手を差し伸べるそのタイミングが、ほんのすこしだけ、致命的に、遅すぎたということを。
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