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第3章 狐の嫁入り、夢か現か
第43話 絶望へのカウントダウン
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《三人称視点》
時は一日と少し流れ、日曜日。
――宵闇が辺りを支配する時分だった。
人間の世界の言葉では、草木も眠る丑三つ時、とでも表現するのだろう。
街はすっかり寝静まり、風の音だけが起きている星空の下――少女が立ち尽くしていた。
場所は、一囉高校の屋上。その手すりに片手を掛け、感情の読めない漆黒の瞳で夜空を見上げる少女の横顔は、ひたすら虚無に彩られていた。
なぜ、こんな時間に少女が1人で高校にいるのか。
警備員や見回りの教員でもいれば、そう問いただされることは想像に難くない。それでも、少女がそれを問い詰められたことは、過去に一度も無い。
居場所の存在しない彼女は、ずっとこの学校に居続けているのに。まるで、その不自然な事実が当たり前だと、誰もが認識しているように。
――長かった。
夜空を見上げながら、少女はそう思う。
10年前に世界に生まれ落ち、7年もまえに故郷を追われてから、少女はずっと1人だった。
3歳になったばかりのあの日、何が起きたのかはあまり覚えていない。
ただ、ほんの少し気を抜いただけで、世界が変わった――その記憶があることは、おぼろげに覚えている。
何がどう変わったかは、少女自身まるで覚えていない。何か、大切な人を失ったような気もするけど、思い出そうとしても靄がかかったように曖昧に溶けて消えてしまう。
ただ、はっきりと覚えているのは。
世界が変わったあと、血相を変えて少女を口汚く罵る、大人達の顔だ。
「コイツが――」
「忌まわしい、穢らわしい!」
「呪われた子どもだ! 生きてちゃいけない!」
「今すぐ捨てろ! 反吐が出る!」
「きゃぁああああああ! こっちを見たわ! 見ないで! 呪われるッ!」
「私はなんで――こんな子を。ああ……産むべきじゃ、なかった」
――。
それからは、わけもわからぬままに、呪詛を浴びせられ、一族から放逐された。
齢三歳にして飛び出した弱肉強食のダンジョン。右も左もわからない。
罠に嵌まり、モンスターに襲われ、人間に助けを求めたとて「バケモノ」と恐れられ、剣を向けられた。
味方なんて、誰もいなかった。
幾度となく生死の縁を彷徨い、少女の心は摩耗していく。
自身の権能を駆使して、2年前にダンジョンから現世に出ることができたとき、少女は少しだけ期待した。
もしかしたら、ダンジョンの外なら――自分が待ち望んだ光景が見られるのではないか、と。
だが――彼女を待ち受ける運命は、なんら変わらなかった。
“最強種”として絶大な力を誇る少女を見た人々は恐怖に揺らぎ、誰にも彼女に力を貸さないばかりか、敵意に満ちた目を向けてくる人もいた。
よくわからない金属の筒みたいなものから、火花とともに鉛玉が放たれ、少女の身体を穿ったこともあった。
よくわからない罵声と歓声を背後に浴びながら、わけもわからず逃げるしかなかった。
だから彼女は、
家族が信じられない。
一族が信じられない。
ダンジョンが信じられない。
モンスターが信じられない。
人間が信じられない。
世界が――この世のすべてが、信じられない。
だから、世界を滅ぼすことにだって、なんのためらいもない。
――ああ。ダンジョンから出られたときは、確かに淡い期待をして――、……あれ。私はいったい、何を期待してたんだっけ?
――。
「術式の構築は済んだ……」
少女は、自身の固有スキルと持ちうる限りの魔法を織り交ぜて作った災厄の権能を、その小さな掌に載せて眺める。
紫色をした、小さな光の玉だった。
その光は、彼女にとっての希望であり、世界にとっての絶望そのものだ。
少女はそれを慈しむように撫で、空へ向かって放り投げる。学校の上空で、それは独りでに弾け、小さな魔法陣へと変化する。
「完全に権能が起動するまで残り10時間……我ながら、ちょっと猶予を残しすぎたかな」
この魔法陣が完成したとき、少女の願いが叶う。
もう、生きるのに疲れてしまった。だから、それもすべて終わらせる。少女の大嫌いなこの世界を、全て巻き添えにして。
そう思った時、少女の脳裏に1人の少年の顔が浮かぶ。
神結絆……だったか? 確かそんな名前だった気がする。
小さくて、非力で、疎ましい、ただのクズの名前。でも、なぜだろうか。あの少年からは、他の人とは違う何かを感じた。
もし、少女がもっと早くに彼と出会っていれば――
「――なんて、それこそ都合の良い幻想だよね」
少女は、疲れたように自身の想像を笑い飛ばす。
彼が、いったいなんだと言うのか。自分と世界にお別れするまえに、変な感慨でも浮かんだというのか。バカらしい。
味方なんていない。
それは、彼女の生涯が証明している。ついぞ、彼女を見限り続けたこの世界そのものが。
何もかもを諦めた少女の頭上で、ゆっくりと紫色の魔法陣が広がっていく。
この魔法陣が広がりきるまでの間、誰にも邪魔はさせまい。その思いに応じるように、学校を取り囲む不可視の結界が現れる。
ゆっくりとであるが確実に、世界は崩壊に向けて歩みを進めている。
少女の絶望を、世界に思い知らせるために。
ただ、惜しむらくはきっと。
何もかも諦めた少女に、最後の最後、手を差し伸べる者がいるかもしれないことだけだ。
時は一日と少し流れ、日曜日。
――宵闇が辺りを支配する時分だった。
人間の世界の言葉では、草木も眠る丑三つ時、とでも表現するのだろう。
街はすっかり寝静まり、風の音だけが起きている星空の下――少女が立ち尽くしていた。
場所は、一囉高校の屋上。その手すりに片手を掛け、感情の読めない漆黒の瞳で夜空を見上げる少女の横顔は、ひたすら虚無に彩られていた。
なぜ、こんな時間に少女が1人で高校にいるのか。
警備員や見回りの教員でもいれば、そう問いただされることは想像に難くない。それでも、少女がそれを問い詰められたことは、過去に一度も無い。
居場所の存在しない彼女は、ずっとこの学校に居続けているのに。まるで、その不自然な事実が当たり前だと、誰もが認識しているように。
――長かった。
夜空を見上げながら、少女はそう思う。
10年前に世界に生まれ落ち、7年もまえに故郷を追われてから、少女はずっと1人だった。
3歳になったばかりのあの日、何が起きたのかはあまり覚えていない。
ただ、ほんの少し気を抜いただけで、世界が変わった――その記憶があることは、おぼろげに覚えている。
何がどう変わったかは、少女自身まるで覚えていない。何か、大切な人を失ったような気もするけど、思い出そうとしても靄がかかったように曖昧に溶けて消えてしまう。
ただ、はっきりと覚えているのは。
世界が変わったあと、血相を変えて少女を口汚く罵る、大人達の顔だ。
「コイツが――」
「忌まわしい、穢らわしい!」
「呪われた子どもだ! 生きてちゃいけない!」
「今すぐ捨てろ! 反吐が出る!」
「きゃぁああああああ! こっちを見たわ! 見ないで! 呪われるッ!」
「私はなんで――こんな子を。ああ……産むべきじゃ、なかった」
――。
それからは、わけもわからぬままに、呪詛を浴びせられ、一族から放逐された。
齢三歳にして飛び出した弱肉強食のダンジョン。右も左もわからない。
罠に嵌まり、モンスターに襲われ、人間に助けを求めたとて「バケモノ」と恐れられ、剣を向けられた。
味方なんて、誰もいなかった。
幾度となく生死の縁を彷徨い、少女の心は摩耗していく。
自身の権能を駆使して、2年前にダンジョンから現世に出ることができたとき、少女は少しだけ期待した。
もしかしたら、ダンジョンの外なら――自分が待ち望んだ光景が見られるのではないか、と。
だが――彼女を待ち受ける運命は、なんら変わらなかった。
“最強種”として絶大な力を誇る少女を見た人々は恐怖に揺らぎ、誰にも彼女に力を貸さないばかりか、敵意に満ちた目を向けてくる人もいた。
よくわからない金属の筒みたいなものから、火花とともに鉛玉が放たれ、少女の身体を穿ったこともあった。
よくわからない罵声と歓声を背後に浴びながら、わけもわからず逃げるしかなかった。
だから彼女は、
家族が信じられない。
一族が信じられない。
ダンジョンが信じられない。
モンスターが信じられない。
人間が信じられない。
世界が――この世のすべてが、信じられない。
だから、世界を滅ぼすことにだって、なんのためらいもない。
――ああ。ダンジョンから出られたときは、確かに淡い期待をして――、……あれ。私はいったい、何を期待してたんだっけ?
――。
「術式の構築は済んだ……」
少女は、自身の固有スキルと持ちうる限りの魔法を織り交ぜて作った災厄の権能を、その小さな掌に載せて眺める。
紫色をした、小さな光の玉だった。
その光は、彼女にとっての希望であり、世界にとっての絶望そのものだ。
少女はそれを慈しむように撫で、空へ向かって放り投げる。学校の上空で、それは独りでに弾け、小さな魔法陣へと変化する。
「完全に権能が起動するまで残り10時間……我ながら、ちょっと猶予を残しすぎたかな」
この魔法陣が完成したとき、少女の願いが叶う。
もう、生きるのに疲れてしまった。だから、それもすべて終わらせる。少女の大嫌いなこの世界を、全て巻き添えにして。
そう思った時、少女の脳裏に1人の少年の顔が浮かぶ。
神結絆……だったか? 確かそんな名前だった気がする。
小さくて、非力で、疎ましい、ただのクズの名前。でも、なぜだろうか。あの少年からは、他の人とは違う何かを感じた。
もし、少女がもっと早くに彼と出会っていれば――
「――なんて、それこそ都合の良い幻想だよね」
少女は、疲れたように自身の想像を笑い飛ばす。
彼が、いったいなんだと言うのか。自分と世界にお別れするまえに、変な感慨でも浮かんだというのか。バカらしい。
味方なんていない。
それは、彼女の生涯が証明している。ついぞ、彼女を見限り続けたこの世界そのものが。
何もかもを諦めた少女の頭上で、ゆっくりと紫色の魔法陣が広がっていく。
この魔法陣が広がりきるまでの間、誰にも邪魔はさせまい。その思いに応じるように、学校を取り囲む不可視の結界が現れる。
ゆっくりとであるが確実に、世界は崩壊に向けて歩みを進めている。
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