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第3章 狐の嫁入り、夢か現か

第48話 現実への回帰

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「はぁ……はぁ……っ!」

 気が付いたとき、全身に汗を掻いていることにまず気付く。
 
「戻ってきたのか?」

 夢の世界から目覚める、のとは少し違う。
 さっきまで僕は、確かに異常な世界を見ていた。でも、正気に戻った今も

 目の前には寛人と亜実さんがいて、急に取り乱した僕に「どうした?」「ご飯喉に詰まらせたの?」と心配そうに顔を覗き込んでくる。
 1人、幻想から戻ったがゆえに、世界観が噛み合わなくなった僕を心配してくれている。

 
 正気に戻ったからこそ、この現状の異常性がわかる。
 
 まず、刈谷寛人には恋人などいない。2年A組、浅井夢は、成績優秀な文学少女――どころか、成績は平凡、なんなら基本1人で過ごしていて、誰かと好んで恋人関係になるような人間ではない。

 小森亜実もそうだ。普段はクラスのトップカーストで、女子連中とコスメやら恋愛話で盛り上がっている、ギャルに片足突っ込んでいる少女である。僕に色目を使うような性格では断じてない。

 そして、僕。
 自分で言うのもなんだが、さっきの事態に違和感を覚えない時点でおかしかったと言える。
 だって、僕には親友などいないのだから。ダンジョンから逃げ帰った臆病者のレッテルを貼られ、常に苛められるか無視される日々を過ごしていた。最近は、冒険者ランキングでトップに躍り出てしまったせいで、見る目が変わりつつあるが――それでも、気の置けない親友なんて、この学校には1人もいない。
 まして、唯一心を許しているシャルとミリーさんの存在を忘れるなど――あってはならないのだ。

 だが、戻って来られた。
 現実がデタラメで、何もかも虚飾で満ちた幻想の世界から。

何より恐ろしいのは、このおかしな現実を、この場ではしゃいでいる全員が、おかしいと思っていないことだ。
教室の前の方で楽しく談笑しているごうくんとさやさんのペアは、確かつい先日破局したばかり。
オタク文化をバカにしていたサッカー部の昭人くんは、おにぎりを食べながらラノベの新刊を読んでいるし、普段目立たない性格の誠次くんが、教壇に立って一発芸をしている。

そして、その姿に誰も違和感を覚えていない。
これが正しいと。世界のあるべき姿だと。当たり前の日常だと。それを疑いすらしていない。

 その現状が、遠くない過去で聞いた話を脳裏に蘇らせる。

 ――「幻想は所詮、幻想でしかない。しかし極端な話をすれば、世界中にいる全ての人間がその幻想を現実として認識すれば、それは紛れもない“本物”となる。娘には、幻想を現実に置き換えるだけの力があった」――

 強烈にリフレインするのは、愁いを含んだアザミさんの言葉。

「幻想の、現実化……」

 それが、今起きている事態。
 もし、そうだとすれば。この現象に関わっているのは。

「旦那様!」
「絆さん!」

 不意に、僕の耳に声が届く。
 頭に靄がかかったような幻想の世界では聞けない、確かな温もりを感じられる愛しい声が。

 反射的に声のした方――窓の外を見る。
 窓の外――そこに、シャルとミリーさんがいて。
 次の瞬間、ガラスを突き破って2人が教室に飛び込んで来た。

 響き渡る大きな音。散らばるガラス片。飛び込んでくる2人のモンスター。
 ツッコミどころしかない現状で、しかし誰もがそれに気付かない。
 僕が彼女達の存在を忘れていたように。この幻想の世界は、2人の存在を消し去っているのだろう。

「よかった。無事じゃな、旦那様」
「ビックリしましたよ。急に、契約の繋がりが希薄になったんですから」

 僕の無事を確かめた2人が、安堵に胸をなでおろす。

「うん、大丈夫だよ。2人のお陰で。……それより、2人は大丈夫なの? なんか、幻想を見せられてたから、てっきり2人もそれに巻き込まれてるのかと」
「幻想?」
「ですか?」

 僕の質問に、2人は揃って首を傾げる。
 だが、窓から飛び込んで来たのに、誰も自分たちに反応しない現状を歪とすぐに見抜いたのだろう。険しい表情をして、少しの間思案に耽る。

「……どうじゃろうな。言われて見れば、学校の敷地に入るとき、一瞬意識が遠のきかけたが……」
「私もです。ただ、それだけでしたけど」
「そっか」

 どうやら、世界から消えているはずの2人に、認識的な意味での幻術はかけられていないらしい。それか、“最強種”ゆえに、普通の人間より抵抗力が高かったからか。
 しかし、今はそんなことはどうでもいい。

「このデタラメな幻想世界……おそらく、アザミさんの娘――カリンさんの権能だと思う」

 理由は、彼女がこの学校にいる可能性が高いこと。
そして、“最強種”はダンジョンの外でも権能が使えてしまうことが根拠に挙げられる。だが。

「一体、何の目的で……?」

 この、一見デタラメに見える幻想世界は、今のところ誰にも害はない。
 むしろ、皆が笑っている幸せな世界だ。それがかえって不気味で、意図が読めない。カリンさんは、物心ついたときから絶望を味わったはずだ。ならば、もっと殺伐とした幻想にする方が、いっそ納得できるというもので――

「――、といったところじゃろうな」

 不意に、シャルが真剣な表情でそう呟く。
 
「時間稼ぎ?」
「そうじゃ。まあ、妾の口からよりも自分の目で見た方が早いじゃろう。旦那様は、幻想の効果範囲を脱しておるのじゃろう? であれば、見えるはずじゃ」

 何を、とは聞き返さなかった。
 彼女の言う通り、自分の目で見た方が早いから。僕は、シャルがそっと指さす頭上――窓の外の空を見上げる。

 晴天の今日。
 雲一つ無い青空。さっきまでは、そうだったはずだ。

 なのに――刻一刻と広がり続ける紫色の魔法陣が鎮座していた。
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