49 / 61
第3章 狐の嫁入り、夢か現か
第49話 術者の下へ
しおりを挟む
「あ、あれって……!」
学校上空に展開される魔法陣の禍々しい光に、僕は思わず息を飲む。
明らかに、普通じゃない。そして、さっきまでは確かにあんなに目立つ魔法陣が見えていなかった。
「どんな世界を見たのかは知らぬが、この大規模な儀式魔法を悟られないための幻想世界じゃろうな」
シャルが、忌々しげにそう吐き捨てる。
刻一刻と完成へ向けて外縁部が構築されていく魔法陣。あれがどんな効果を持つものなのか、詳しいことは何一つわからない。ただ、放たれるオーラは明らかに“負”の感情を滲ませたものだ。
もし、これを起動しているのが妖狐すら凌ぐ、幻術系スキルの申し子たる九尾の狐ならば――
「世界の一つ、丸ごと現実が塗り替えられかねない!」
「じゃろうな」
「そう思います」
歯噛みする僕に、シャルとミリーさんは神妙な面持ちで頷く。
状況は一刻を争うと見た。
「行こう二人とも!」
必然、僕は教室を飛び出した。
この場にいる人々は、僕等を除いて全員が幻術の中にある。対処できるのは、僕等しかいない。
「で、旦那様はこの仕掛け人がどこにいると睨んでおる?」
廊下を走りながら、シャルがそう問いかけてくる。
ちなみにミリーさんは、《水流操作》ので空気中の水分を操り、空中を泳ぐようにしてついて来ている。
僕は、シャルに振り返りつつ、
「決まってる。あんな大規模な魔法陣を展開するのに、陣が見えない場所なんてことは有り得ない。だから――」
僕は、迷うこと無く指を上へ向けた。
「屋上だ!」
「わかったのじゃ! ……お、早速階段が見えたのう!」
シャルは光明が見えたとばかりに、僕を追い越して階段の方へ急ぐ。
しかし、僕はその光景に違和感を覚えていた。それも、強烈な違和感を。
「……おかしい。学校の内装、こんなだったか?」
普段、学校の構造など詳しく見るものではないが、流石に1年も通えば大体の配置は覚える。その記憶と、目の前の光景がどうにも噛み合わなくて――まさか!?
「シャ――」
「! シャル! ダメ!」
僕の呟きからいち早くその可能性を察知したミリーさんが吠える。
が、僅かに忠告が遅かった。
ばんっ! と音を立てて、階段を駆け上がろうとしたシャルの身体が止まる。まるで、透明な何かに行く手を遮られるように。
「ぶえっ、な、なんじゃ……」
そのまま膝から崩れ落ちるシャルに追いついた僕は、階段の方へ手を伸ばす。すると、何もないはずなのに手が、確かな感触を捉える。
「やっぱり。ここは教室の壁だ」
壁のある場所の視界を歪めて、あたかも階段があるかのように見せかける。
相手が幻術使いであるなら、ただ見えている景色を錯覚させるだけという、脳に干渉しない当たり前の手段を使ってくる可能性を考慮してしかるべきだった。
「くっ。記憶の改ざんや集団幻覚を無意識下レベルまで平然とやってのけるから、こんな単純な手を使ってくる可能性を失念してた!」
人は、あまりにも強大な力を見たとき、自然と小さなものを見落とす。
完全に一杯食わされた感じだった。
「シャル、大丈夫?」
「くっ……なんてことをしてくれるのじゃ!」
シャルは怒りに拳を握りしめ、思いっきり腕を横に振るう。が――
「待って! 生物室脇には――!」
が、忠告も虚しくシャルの腕は風を切ってフルスイングし――がしゃぁあああん!
ガラスの割れ砕ける音と共に、今まで幻術で隠されていたザリガニの水槽が破壊される。当然、割れた穴から水が飛び出し、シャルに直撃。忽ち濡れ鼠になってしまう。
「――あ」
僕は、あまりにもあんまりな光景に、言葉を失っていた。シャルの肩の上で呑気にハサミを振るうザリガニが羨ましくてしょうが無い。
まあ、一秒後にはこんがりソテーされていても仕方ないくらい、危ない橋を渡っていることにザリガニは気付いてないだろうが。
「あ、あの……シャル?」
「――やる」
「え?」
「天井ごと《バーニング・ブレス》で吹き飛ばしてやる! そうすれば幻覚なんぞ関係ないわぁああああああああ!」
「やめて落ち着いて! そんなことしたらいろいろ被害がぁあああああああ!」
「そうですよシャル! 落ち着いてください! なんの罪も無い生徒を消し炭にしてしまいます!」
暴れるシャルを、ミリーさんと二人でなんとか取り押さえるのだった。
――。
「ゆ、許さん。こんな悪辣な罠を仕掛けるなんて……性悪すぎるじゃろ!」
「(ほとんど自爆しただけですけどね)」
「(ミリーさん、シーッ!)」
ジト目で辛辣な台詞を吐くミリーさんに、僕は人差し指を口に当ててジェスチャーする。
「で、結局どう攻略するんじゃ、旦那様」
「う~ん。そうだな」
僕だって、なんでもかんでも学校の配置や間取りを覚えているわけではない。
なんとなくの階段の場所ならわかるが、それだけだ。道中、怪我をしないとも限らない。
僕は少しの間思案して。ふと、それに気付く。シャルの髪から未だ垂れる、水滴に。
「旦那様? どうしたんじゃ、妾のことをじっと見て」
「――案外、楽に攻略できるかも」
「唐突にチョロい女だと思われた!?」
シャルの絶叫が、辺りに木霊した。
学校上空に展開される魔法陣の禍々しい光に、僕は思わず息を飲む。
明らかに、普通じゃない。そして、さっきまでは確かにあんなに目立つ魔法陣が見えていなかった。
「どんな世界を見たのかは知らぬが、この大規模な儀式魔法を悟られないための幻想世界じゃろうな」
シャルが、忌々しげにそう吐き捨てる。
刻一刻と完成へ向けて外縁部が構築されていく魔法陣。あれがどんな効果を持つものなのか、詳しいことは何一つわからない。ただ、放たれるオーラは明らかに“負”の感情を滲ませたものだ。
もし、これを起動しているのが妖狐すら凌ぐ、幻術系スキルの申し子たる九尾の狐ならば――
「世界の一つ、丸ごと現実が塗り替えられかねない!」
「じゃろうな」
「そう思います」
歯噛みする僕に、シャルとミリーさんは神妙な面持ちで頷く。
状況は一刻を争うと見た。
「行こう二人とも!」
必然、僕は教室を飛び出した。
この場にいる人々は、僕等を除いて全員が幻術の中にある。対処できるのは、僕等しかいない。
「で、旦那様はこの仕掛け人がどこにいると睨んでおる?」
廊下を走りながら、シャルがそう問いかけてくる。
ちなみにミリーさんは、《水流操作》ので空気中の水分を操り、空中を泳ぐようにしてついて来ている。
僕は、シャルに振り返りつつ、
「決まってる。あんな大規模な魔法陣を展開するのに、陣が見えない場所なんてことは有り得ない。だから――」
僕は、迷うこと無く指を上へ向けた。
「屋上だ!」
「わかったのじゃ! ……お、早速階段が見えたのう!」
シャルは光明が見えたとばかりに、僕を追い越して階段の方へ急ぐ。
しかし、僕はその光景に違和感を覚えていた。それも、強烈な違和感を。
「……おかしい。学校の内装、こんなだったか?」
普段、学校の構造など詳しく見るものではないが、流石に1年も通えば大体の配置は覚える。その記憶と、目の前の光景がどうにも噛み合わなくて――まさか!?
「シャ――」
「! シャル! ダメ!」
僕の呟きからいち早くその可能性を察知したミリーさんが吠える。
が、僅かに忠告が遅かった。
ばんっ! と音を立てて、階段を駆け上がろうとしたシャルの身体が止まる。まるで、透明な何かに行く手を遮られるように。
「ぶえっ、な、なんじゃ……」
そのまま膝から崩れ落ちるシャルに追いついた僕は、階段の方へ手を伸ばす。すると、何もないはずなのに手が、確かな感触を捉える。
「やっぱり。ここは教室の壁だ」
壁のある場所の視界を歪めて、あたかも階段があるかのように見せかける。
相手が幻術使いであるなら、ただ見えている景色を錯覚させるだけという、脳に干渉しない当たり前の手段を使ってくる可能性を考慮してしかるべきだった。
「くっ。記憶の改ざんや集団幻覚を無意識下レベルまで平然とやってのけるから、こんな単純な手を使ってくる可能性を失念してた!」
人は、あまりにも強大な力を見たとき、自然と小さなものを見落とす。
完全に一杯食わされた感じだった。
「シャル、大丈夫?」
「くっ……なんてことをしてくれるのじゃ!」
シャルは怒りに拳を握りしめ、思いっきり腕を横に振るう。が――
「待って! 生物室脇には――!」
が、忠告も虚しくシャルの腕は風を切ってフルスイングし――がしゃぁあああん!
ガラスの割れ砕ける音と共に、今まで幻術で隠されていたザリガニの水槽が破壊される。当然、割れた穴から水が飛び出し、シャルに直撃。忽ち濡れ鼠になってしまう。
「――あ」
僕は、あまりにもあんまりな光景に、言葉を失っていた。シャルの肩の上で呑気にハサミを振るうザリガニが羨ましくてしょうが無い。
まあ、一秒後にはこんがりソテーされていても仕方ないくらい、危ない橋を渡っていることにザリガニは気付いてないだろうが。
「あ、あの……シャル?」
「――やる」
「え?」
「天井ごと《バーニング・ブレス》で吹き飛ばしてやる! そうすれば幻覚なんぞ関係ないわぁああああああああ!」
「やめて落ち着いて! そんなことしたらいろいろ被害がぁあああああああ!」
「そうですよシャル! 落ち着いてください! なんの罪も無い生徒を消し炭にしてしまいます!」
暴れるシャルを、ミリーさんと二人でなんとか取り押さえるのだった。
――。
「ゆ、許さん。こんな悪辣な罠を仕掛けるなんて……性悪すぎるじゃろ!」
「(ほとんど自爆しただけですけどね)」
「(ミリーさん、シーッ!)」
ジト目で辛辣な台詞を吐くミリーさんに、僕は人差し指を口に当ててジェスチャーする。
「で、結局どう攻略するんじゃ、旦那様」
「う~ん。そうだな」
僕だって、なんでもかんでも学校の配置や間取りを覚えているわけではない。
なんとなくの階段の場所ならわかるが、それだけだ。道中、怪我をしないとも限らない。
僕は少しの間思案して。ふと、それに気付く。シャルの髪から未だ垂れる、水滴に。
「旦那様? どうしたんじゃ、妾のことをじっと見て」
「――案外、楽に攻略できるかも」
「唐突にチョロい女だと思われた!?」
シャルの絶叫が、辺りに木霊した。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった
ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます!
僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか?
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
プール終わり、自分のバッグにクラスメイトのパンツが入っていたらどうする?
九拾七
青春
プールの授業が午前中のときは水着を着こんでいく。
で、パンツを持っていくのを忘れる。
というのはよくある笑い話。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる