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第3章 狐の嫁入り、夢か現か
第51話 狂気の幻想
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復讐。
その単語が出た瞬間、僕は胸が苦しくなった。
「復讐……一体、何に?」
「決まってる。私を捨てたあの人に。あの人達に。このクソみたいな世界に。復讐してやる」
梨狐さんは、一切の迷い無くそう答える。
問いかけはしたが、実際そう答えるだろうなと思っていた。
アザミさんから、彼女の過去を聞いた。父親を世界から消し、母親に捨てられ、仲間達から罵声を浴びせられ、たった一人で生きてきたはずだ。
愛を欲するのは、人も“最強種”も変わらない。契約のスキルを持つ僕は、誰よりもそれをよくわかっている。
その愛を、一番必要な時期に、得ることができなかった少女が目の前にいる。そんな少女が、愛に飢えて、飢えて、飢えて――とっくに渇望ごと枯れ果て、ヒビ割れ、憎悪に逆転してしまったのは想像に難くない。
「この魔法陣は、そのためのもの」
憎悪に淀む漆黒の瞳で、梨狐さんは空を見上げる。
今も着々と進んでいく、術式の構築。土星の輪っかを何重にも折り重ねたような複雑怪奇な魔法陣は、既に外縁部の構築に入っている。
この魔法陣から恐るべき権能が解き放たれるまで、そう猶予はない。
「“最強種”たる妖狐の持つ固有スキルは“幻想世界”。集団幻覚を見せ、空間すら歪曲させて別次元を生み出す力。でも、私の権能は違う。その完全上位互換――“偽実世界”。その名の通り、限りなく現実である虚構を造り出すこと。人の記憶に緩衝し、人の五感に干渉し、人の願いに干渉しうる。もちろん、時間、空間、虚数次元への干渉といった世界法則への介入も自由自在だ」
「……なんじゃそりゃ、なんでもありかの?」
「恐ろしい、ですね」
シャルとミリーさんが、脂汗を垂らしながらそう呟く。
正直、こちらとしても開いた口が塞がらない。その気になれば世界法則すら書き換える、それが“偽実世界”。
目の前の現実が虚構でも、誰も嘘と理解できねばそれは紛れもない本物となる。
それが、九尾である少女の権能。“偽実世界”の究極の到達点。
「その権能を最大限に活用し、光を屈折させて幻覚を生み出す魔法、《光幻》や、人の意識に干渉する水属性魔法、《水幻》など、多種多様な魔法を上乗せして放つ。それが、この儀式魔法――“反現実への転換門”」
頭上に広がる巨大な魔法陣を指さし、梨狐さんは乾いた笑いを浮かべる。
世界への復讐。そう彼女は言った。
もし、この儀式魔法が起動したら――世界が終わる。
人々の記憶も、認識も。世界のあるべき姿も。何もかもがデタラメになり、混沌の宴が幕を開ける。そこに、幸福という二文字が入り込む隙を、彼女はきっと許さない。
人々が狂い、怒り、疲弊し、世界が文字通り壊れるまで続くことになる。
そんなことは――
「絶対にさせない」
僕は、強く拳を握りしめる。
「そうだよね。こんな暴挙、見過ごせるわけがないもんね」
「ああ、見過ごせないよ」
その通り、見過ごせるわけがない。
こんな世界の危機を。そして何より――、……
「魔法の解法まで残り20分。さて、それまでに私をなんとかできるかな」
「っ!」
先手必勝。
彼女が幻覚を使って惑わしてくるタイプの相手である以上、直接戦闘は余り得意じゃないのは間違いない。
ならば、幻覚を生み出させる前に彼女を捉える!
「《竜翼》!」
翼をはためかせ、勢いよく飛び出す。
彼我の距離を瞬く間に消し飛ばし、僕は梨狐さんの目と鼻の先まで迫り、その腕を掴んで――
「なっ!」
確かに捉えたはずの腕をすり抜けて空気を掴み、僕は勢い余って転落防止用の柵に突っ込んだ。
「がはっ!」
ぶつかる寸前、身を捻って頭からぶつかるのを避けたものの、背中からぶつかって肺の空気が一気に押し出される。
「今の、は……幻覚か」
「そ。そう簡単には捕まってあげない」
その声は、左奥に佇む梨狐さんの口から紡がれていた。
声が確かにそちらから聞こえるからと言って、本物とは限らない。それが、幻覚使いたる少女の恐ろしさだ。
でも、それだけであれば――
「私には大した戦闘力もないけど、お人好しなキミ程度、戦闘不能に追いやるのは簡単なんだよ?」
「?」
そのとき、不意に呟いた梨狐の言葉に眉根をよせ――次の瞬間。
ぞわりと。全身を怖気が駆け上る。
咄嗟に身を捻ってその場を飛び退いたのは、奇跡以外のなにものでもない。
僕が今まで立っていた場所に、紅の砲弾が飛び込んで来た。
盛大に上がる土煙。その土煙を払い、砲弾がその姿を晒す。
「そ、んな……なんで」
「言ったでしょ。キミ程度相手に、20分粘るのは簡単。というか、キミは絶対にこの局面を打開できない。だって……心を許した者には手出しできない、弱虫だもんね?」
いっそ嘲るように告げる梨狐さんの声も、今は耳に入らない。
だって。僕を襲った砲弾は――僕が好きで、僕も好きで、ずっと側にいたいと思っていた――
「シャル!!」
魂が軋むような痛みを覚えながら、黄金の瞳に烈火を宿す少女――シャルの名を叫んだ。
その単語が出た瞬間、僕は胸が苦しくなった。
「復讐……一体、何に?」
「決まってる。私を捨てたあの人に。あの人達に。このクソみたいな世界に。復讐してやる」
梨狐さんは、一切の迷い無くそう答える。
問いかけはしたが、実際そう答えるだろうなと思っていた。
アザミさんから、彼女の過去を聞いた。父親を世界から消し、母親に捨てられ、仲間達から罵声を浴びせられ、たった一人で生きてきたはずだ。
愛を欲するのは、人も“最強種”も変わらない。契約のスキルを持つ僕は、誰よりもそれをよくわかっている。
その愛を、一番必要な時期に、得ることができなかった少女が目の前にいる。そんな少女が、愛に飢えて、飢えて、飢えて――とっくに渇望ごと枯れ果て、ヒビ割れ、憎悪に逆転してしまったのは想像に難くない。
「この魔法陣は、そのためのもの」
憎悪に淀む漆黒の瞳で、梨狐さんは空を見上げる。
今も着々と進んでいく、術式の構築。土星の輪っかを何重にも折り重ねたような複雑怪奇な魔法陣は、既に外縁部の構築に入っている。
この魔法陣から恐るべき権能が解き放たれるまで、そう猶予はない。
「“最強種”たる妖狐の持つ固有スキルは“幻想世界”。集団幻覚を見せ、空間すら歪曲させて別次元を生み出す力。でも、私の権能は違う。その完全上位互換――“偽実世界”。その名の通り、限りなく現実である虚構を造り出すこと。人の記憶に緩衝し、人の五感に干渉し、人の願いに干渉しうる。もちろん、時間、空間、虚数次元への干渉といった世界法則への介入も自由自在だ」
「……なんじゃそりゃ、なんでもありかの?」
「恐ろしい、ですね」
シャルとミリーさんが、脂汗を垂らしながらそう呟く。
正直、こちらとしても開いた口が塞がらない。その気になれば世界法則すら書き換える、それが“偽実世界”。
目の前の現実が虚構でも、誰も嘘と理解できねばそれは紛れもない本物となる。
それが、九尾である少女の権能。“偽実世界”の究極の到達点。
「その権能を最大限に活用し、光を屈折させて幻覚を生み出す魔法、《光幻》や、人の意識に干渉する水属性魔法、《水幻》など、多種多様な魔法を上乗せして放つ。それが、この儀式魔法――“反現実への転換門”」
頭上に広がる巨大な魔法陣を指さし、梨狐さんは乾いた笑いを浮かべる。
世界への復讐。そう彼女は言った。
もし、この儀式魔法が起動したら――世界が終わる。
人々の記憶も、認識も。世界のあるべき姿も。何もかもがデタラメになり、混沌の宴が幕を開ける。そこに、幸福という二文字が入り込む隙を、彼女はきっと許さない。
人々が狂い、怒り、疲弊し、世界が文字通り壊れるまで続くことになる。
そんなことは――
「絶対にさせない」
僕は、強く拳を握りしめる。
「そうだよね。こんな暴挙、見過ごせるわけがないもんね」
「ああ、見過ごせないよ」
その通り、見過ごせるわけがない。
こんな世界の危機を。そして何より――、……
「魔法の解法まで残り20分。さて、それまでに私をなんとかできるかな」
「っ!」
先手必勝。
彼女が幻覚を使って惑わしてくるタイプの相手である以上、直接戦闘は余り得意じゃないのは間違いない。
ならば、幻覚を生み出させる前に彼女を捉える!
「《竜翼》!」
翼をはためかせ、勢いよく飛び出す。
彼我の距離を瞬く間に消し飛ばし、僕は梨狐さんの目と鼻の先まで迫り、その腕を掴んで――
「なっ!」
確かに捉えたはずの腕をすり抜けて空気を掴み、僕は勢い余って転落防止用の柵に突っ込んだ。
「がはっ!」
ぶつかる寸前、身を捻って頭からぶつかるのを避けたものの、背中からぶつかって肺の空気が一気に押し出される。
「今の、は……幻覚か」
「そ。そう簡単には捕まってあげない」
その声は、左奥に佇む梨狐さんの口から紡がれていた。
声が確かにそちらから聞こえるからと言って、本物とは限らない。それが、幻覚使いたる少女の恐ろしさだ。
でも、それだけであれば――
「私には大した戦闘力もないけど、お人好しなキミ程度、戦闘不能に追いやるのは簡単なんだよ?」
「?」
そのとき、不意に呟いた梨狐の言葉に眉根をよせ――次の瞬間。
ぞわりと。全身を怖気が駆け上る。
咄嗟に身を捻ってその場を飛び退いたのは、奇跡以外のなにものでもない。
僕が今まで立っていた場所に、紅の砲弾が飛び込んで来た。
盛大に上がる土煙。その土煙を払い、砲弾がその姿を晒す。
「そ、んな……なんで」
「言ったでしょ。キミ程度相手に、20分粘るのは簡単。というか、キミは絶対にこの局面を打開できない。だって……心を許した者には手出しできない、弱虫だもんね?」
いっそ嘲るように告げる梨狐さんの声も、今は耳に入らない。
だって。僕を襲った砲弾は――僕が好きで、僕も好きで、ずっと側にいたいと思っていた――
「シャル!!」
魂が軋むような痛みを覚えながら、黄金の瞳に烈火を宿す少女――シャルの名を叫んだ。
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