ダンジョンに迷い込んだ落ちこぼれの僕。偶然助けた“最強種”の少女と契約したら、強さがバグってSランクモンスターをブッ飛ばしちゃった件

果 一

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第3章 狐の嫁入り、夢か現か

第52話 もしもの虚構√B

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《三人称視点》

 ――少女シャルにとって、父親は憧れの対象であり、同時に憎悪の対象でもあった。
 偉大な「漆黒龍」として名を馳せた父だ。
 尊大で、堂々としていて、他者を見下す。しかし、それは自身のひ弱な自尊心故に見せかける、偽物ではない。正真正銘、誰よりも強く、雄々しいからこその傲慢。そうすることに誰も逆らえない、世界から許された唯一無二の最強。
 
 物心ついたときから、シャルは父親の愛情を貰って育つことはなかった。だって、一人でなんでもできる父親には、娘だって必要ないのだ。
 
 だからこそ、シャルは偉大な父が大好きで、誰よりも大嫌いだった。

 そんな父も、3年前に死んだ。
 住処である洞穴に遊びから戻ったとき、薄暗いはずの洞窟は炎で照らされていた。どこまでも赤く、紅《あか》く、朱《あか》い炎が、地面を、外壁を、天井を舐め上げる。その中心に、一匹のドラゴンが倒れていた。
 玉虫色に反射する漆黒の鱗は、炎よりも鮮烈な血の赤に染められ、息絶えている。
 その姿を見て、シャルが最初に放った一言は、今でも覚えている。

 ――「ざまあみろ」――

 因果応報、今まで散々他者を見下して敵を作り、強さに溺れた者の末路に相応しい。
 だから、シャルが抱くには当たり前の感情で――決してそれだけでは済まされない感情が滲み出ていた。

 死んで当たり前の大嫌いな父親だ。
 でも。ドラゴンとして、その強さに、その在り方に心惹かれていたのも事実で。
 好きと嫌い、スカッとする気持ちと悲しい気持ち、それらが胸の中で渦巻いて、シャルの心をぐちゃぐちゃにしていく。
 だからだろうか? ふと顔を上げたシャルの視線の先。揺らめく炎の向こうに、去って行く人影を見つけ――それが、そのやるせない気持ちをぶつける相手だと悟った。

――「お前か。お前が、父上を!」――

 記憶の中の人影は、炎越しにシャルを振り返る。
 その姿は、炎で遮られて見えない。だから、シャルの記憶に今も強く残るその姿は、炎に揺らぐ黒い怪人という印象でしかなくて。
 
 ――不意に、記憶の彼方にある炎が、一瞬途絶える。
 漆黒の人影と幼いシャルの間を隔てる壁が、なくなる。その黒い人影は、どこか愛しく感じる、可愛らしい少年の姿をしていて。

――。

 気付いたら、シャルは見知らぬ屋上にいた。
 空には紫の魔法陣。殺伐とした空気の流れる空間に、凄まじい力を持った少女が佇立している。
 一目で、同じ“最強種”とわかる、圧倒的なまでの威圧感。

 けれど、そんなことは今どうでもいい。
 シャルにとっての最優先は――

(なんで、お前がここにいるのじゃ!)

 拳を握りしめ、“最強種”の少女と退治する少年の横顔。
 それを、穴が空くほどに睨みつける。
 すぐ隣にいる少年の顔は、憎き炎の記憶の少年と、まったく同じ顔をしている。

 なぜ、シャルがこの場にこの少年と共にいたのか、そんなものはわからないし、どうでもいい。
 問題なのは、この憎しみだけでは語り尽くせない思いを、ぶつける相手が今この場にいるという、それだけのことだ。

「《竜翼》!」

 そんな少年が、不意にドラゴンの権能を放つ。少年の背から赤い翼が生え、一息に目の前の少女へ向けて飛翔する。
 その姿に、シャルは目を剥いた。
 それと同時に、胸の内から怒りが湧いてくる。

(ふざけるな……を、妾の前で堂々と使うなど!!)

 激情が、胸中を支配する。
 赤く染まる視界の中、相手を捕らえ損ねてフェンスに激突する少年の姿を見た。
 そこから先は、迷わなかった。

 シャルの背から、赤い翼が解き放たれ、手の甲に鱗が生えそろい、鋭い爪が伸びる。
 激情のままに吠え、シャルは屋上のコンクリートを蹴り潰して前進し、少年へ横殴りに襲いかかる。

「っ!」

 なかなか勘が鋭いらしい。
 少年は、シャルが飛びかかる直前に離脱し、シャルの爪はコンクリートを穿つ。コンクリートの床が爆発し、粉塵が舞い上がる。
 鬱陶しい粉塵を薙ぎ払ったシャルの目に、少年が映る。

「そ、んな……なんで」

 少年は、見るからに狼狽えていた。
 心の拠り所を失ったような、そんな顔を。それがかえって腹立たしい。
 
 ふざけるな。なんでお前がそんな顔をする。
 奪った側の人間のくせに。それは、その表情は――

(妾のものだ!)

 瞳に烈火を宿し、シャルは拳を構える。
 目の前のいけ好かない相手を、ねじ伏せるために。

「シャル!」

 だから――泣きそうな表情で叫ぶ少年の慟哭どうこくに、ちくりと胸が痛んだのは、きっと気のせいだ。

「お前だけは、許さない! 父上を殺した、お前だけは!!」

 心の奥底に湧いた迷いをかみ潰すように吠え、シャルは少年めがけて駆け出した。

 
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