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第3章 狐の嫁入り、夢か現か
第53話 望まぬ戦い
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《絆視点》
なぜ? どうして、こんなことに。
そんな嘆きに、憎悪を込めたシャルの声で答えが示された。
「お前だけは、許さない! 父上を殺した、お前だけは!!」
歯を食いしばり、目を猛禽類のように細め、我を忘れて飛びかかってくるシャル。
こちらも咄嗟に《龍之鉤爪》のスキルを起動して、手から爪を生やし、シャルの爪を受け流す。
鋼鉄よりも硬い爪と爪がぶつかって火花を散らすのを尻目に、僕は頭を高速回転させる。
父上――父親?
そういえば、ミリーさんの母親であるリースさんが、口に出していたことを思い出す。
――「? そこの殿方は“最強種”ではない……ただの人間かしら? ふふ、ひ弱な人の子を番いにするなんて、あの偉大な「漆黒龍」の血を引く者も堕ちたものね」――
漆黒龍。それが、シャルの父親を示す言葉なのは、なんとなくわかる。その口ぶりから、凄まじい力を誇っていた存在であることも。
その父親を、殺した存在がいる……?
いや、それすらも嘘かもしれない。
急にシャルがおかしくなったのは、十中八九、梨狐さんの権能の影響だろうが、その効果範囲が彼女の頭をどれだけいじっているかもわからない。
ひょっとしたら、シャルの父親が生きている可能性もあるのだ。
「シャル! 目を覚まして! 僕は――」
「うるさい! その臭い口を閉じるのじゃ!」
「ねぇ待って操られてるってわかってても傷付くから!!」
有無を言わせぬ罵倒を浴びて、こちらとしては涙目になるしかない。
シャルの放つ《ファイア・ボール》をこちらの《ウォーター・ボール》で相殺する。凄まじい音と共に水が一瞬で気化し、真っ白に視界が煙る。
「お願いだシャル! 話を――」
「無駄だよ」
その声は、僕の真横からかけられた。
いつの間にか僕の死角に音もなく回り込んでいた梨狐さんが、冷めた口調で続ける。
「彼女は魂に根ざす幻覚に囚われているから」
「魂に根ざす……幻覚?」
「そう。私の“偽実世界”の権能も、万能ってわけじゃない。無理矢理辻褄をあわせた世界に対象を呼び込めば、違和感から抜け出されてしまうことだってある。さっきの、キミみたいにね。だから、引っかかりのないデタラメな幻覚を見せても、心の抵抗力が強い人間ニはあまり効果がないんだ。でも……心の奥底に楔を打ち込んでしまえば、違う」
ニヤリと、梨狐さんは朱をひくように笑う。
その笑顔が、まるで仲間を見つけたような、そんな心の底から楽しそうな顔をしていて、僕は思わず唾を飲み込んだ。
心の奥底に楔を打ち込む。
その言葉の意味を紐解くと、ある可能性が浮かび上がる。それは――
「シャルのあの憎悪は……権能で植え付けられたものじゃない?」
「そういうこと。あの子には、父親を何者かに殺された記憶がある。彼女自身が思うよりも、深く暗い感情が根付いている。私はそれを芽吹かせてあげただけ。キミを、憎悪の対象に書き換えることで、ね」
「っ!」
その事実に、僕は歯噛みする。
だが、それ以上にショックを受けていた。シャルと出会って日は浅いけど、それでも絆を結んできたと思っていた。でも――彼女が心の奥にどんな闇を抱えているのか、それを知らなかった。
もちろん、信頼しているから心にズケズケと土足で踏み込んでいいわけではない。それでも、これは信頼を築けなかった僕のツケだ。
たとえ、えげつない権能に心を支配されていたとしても。
「……本当に、恐ろしい権能だ」
「恨んで良いよ。人の心に踏み込んで、操って、そういうことを平然としている私をさ」
梨狐さんは、凄絶に笑ってみせる。まるで、自ら悪役を演じているかのように。それが悲しく、どこまでも寂しい笑顔に見えた。
だから――
「いいさ。必ず救うから」
その言葉が、シャルだけに告げたものではないと、たぶん梨狐さんは気付かない。
――。
「ぁああああああああああああああ!」
怒りに形相を歪め、少女は空を翔る。
《龍翼》をはためかせ、幾度となく僕めがけて突進してくる。その度に振るわれる鉤爪を受け止め、受け流し、幾度となく剣戟を交えていく。
その間、僕はシャルに語りかけ続けた。
喉をからすほどに叫び、必死に訴えかけ続ける。ミリーさんの援護も期待したいところだったが、彼女は彼女で厳格に囚われているらしい。
屋上にきたときの状態のまま、ピクリとも動かない。
僕1人で、なんとかするしかないのだ。
「なぜ攻撃しない! さっきから受け流してばかり……攻撃しろ! 妾を舐めるな! 侮辱するでないわぁあああああ!」
怒りとともにシャルが吠え、攻撃の速度が加速していく。
「だ、だから! 僕はシャルが思っている復讐対象じゃない――」
「嘘をつくな! その顔! 声! 見間違うはずがないじゃろうが!!」
ダメだ。何を言っても逆効果だ。
僕は、彼女の中で神結絆ではない。どす黒い記憶に佇む、憎悪の対象。だから、届かない。
彼女の復讐心は、ここにいる僕では、解くことができない。
「……ん? ここにいる、僕では?」
そのとき、ある可能性に気付く。ひょっとしたら、なんとかなるかもしれない。が、それ以上に危険が伴う行為で――
「えぇい! 一か八かだ!」
彼女を救いたいんだろう? なら、迷う必要なんてないぞ、神結絆!
僕は歯を食いしばり、シャルとの剣戟を重ねていく。そして――受け流しきれない爪の威力に腕を弾かれ、身体が大きく後ろに仰け反った。
「とった!!」
刹那、鋭い爪が肉を断つ音と共に、鮮血が舞う。
シャルの爪が、腹に深々と突き刺さった。
なぜ? どうして、こんなことに。
そんな嘆きに、憎悪を込めたシャルの声で答えが示された。
「お前だけは、許さない! 父上を殺した、お前だけは!!」
歯を食いしばり、目を猛禽類のように細め、我を忘れて飛びかかってくるシャル。
こちらも咄嗟に《龍之鉤爪》のスキルを起動して、手から爪を生やし、シャルの爪を受け流す。
鋼鉄よりも硬い爪と爪がぶつかって火花を散らすのを尻目に、僕は頭を高速回転させる。
父上――父親?
そういえば、ミリーさんの母親であるリースさんが、口に出していたことを思い出す。
――「? そこの殿方は“最強種”ではない……ただの人間かしら? ふふ、ひ弱な人の子を番いにするなんて、あの偉大な「漆黒龍」の血を引く者も堕ちたものね」――
漆黒龍。それが、シャルの父親を示す言葉なのは、なんとなくわかる。その口ぶりから、凄まじい力を誇っていた存在であることも。
その父親を、殺した存在がいる……?
いや、それすらも嘘かもしれない。
急にシャルがおかしくなったのは、十中八九、梨狐さんの権能の影響だろうが、その効果範囲が彼女の頭をどれだけいじっているかもわからない。
ひょっとしたら、シャルの父親が生きている可能性もあるのだ。
「シャル! 目を覚まして! 僕は――」
「うるさい! その臭い口を閉じるのじゃ!」
「ねぇ待って操られてるってわかってても傷付くから!!」
有無を言わせぬ罵倒を浴びて、こちらとしては涙目になるしかない。
シャルの放つ《ファイア・ボール》をこちらの《ウォーター・ボール》で相殺する。凄まじい音と共に水が一瞬で気化し、真っ白に視界が煙る。
「お願いだシャル! 話を――」
「無駄だよ」
その声は、僕の真横からかけられた。
いつの間にか僕の死角に音もなく回り込んでいた梨狐さんが、冷めた口調で続ける。
「彼女は魂に根ざす幻覚に囚われているから」
「魂に根ざす……幻覚?」
「そう。私の“偽実世界”の権能も、万能ってわけじゃない。無理矢理辻褄をあわせた世界に対象を呼び込めば、違和感から抜け出されてしまうことだってある。さっきの、キミみたいにね。だから、引っかかりのないデタラメな幻覚を見せても、心の抵抗力が強い人間ニはあまり効果がないんだ。でも……心の奥底に楔を打ち込んでしまえば、違う」
ニヤリと、梨狐さんは朱をひくように笑う。
その笑顔が、まるで仲間を見つけたような、そんな心の底から楽しそうな顔をしていて、僕は思わず唾を飲み込んだ。
心の奥底に楔を打ち込む。
その言葉の意味を紐解くと、ある可能性が浮かび上がる。それは――
「シャルのあの憎悪は……権能で植え付けられたものじゃない?」
「そういうこと。あの子には、父親を何者かに殺された記憶がある。彼女自身が思うよりも、深く暗い感情が根付いている。私はそれを芽吹かせてあげただけ。キミを、憎悪の対象に書き換えることで、ね」
「っ!」
その事実に、僕は歯噛みする。
だが、それ以上にショックを受けていた。シャルと出会って日は浅いけど、それでも絆を結んできたと思っていた。でも――彼女が心の奥にどんな闇を抱えているのか、それを知らなかった。
もちろん、信頼しているから心にズケズケと土足で踏み込んでいいわけではない。それでも、これは信頼を築けなかった僕のツケだ。
たとえ、えげつない権能に心を支配されていたとしても。
「……本当に、恐ろしい権能だ」
「恨んで良いよ。人の心に踏み込んで、操って、そういうことを平然としている私をさ」
梨狐さんは、凄絶に笑ってみせる。まるで、自ら悪役を演じているかのように。それが悲しく、どこまでも寂しい笑顔に見えた。
だから――
「いいさ。必ず救うから」
その言葉が、シャルだけに告げたものではないと、たぶん梨狐さんは気付かない。
――。
「ぁああああああああああああああ!」
怒りに形相を歪め、少女は空を翔る。
《龍翼》をはためかせ、幾度となく僕めがけて突進してくる。その度に振るわれる鉤爪を受け止め、受け流し、幾度となく剣戟を交えていく。
その間、僕はシャルに語りかけ続けた。
喉をからすほどに叫び、必死に訴えかけ続ける。ミリーさんの援護も期待したいところだったが、彼女は彼女で厳格に囚われているらしい。
屋上にきたときの状態のまま、ピクリとも動かない。
僕1人で、なんとかするしかないのだ。
「なぜ攻撃しない! さっきから受け流してばかり……攻撃しろ! 妾を舐めるな! 侮辱するでないわぁあああああ!」
怒りとともにシャルが吠え、攻撃の速度が加速していく。
「だ、だから! 僕はシャルが思っている復讐対象じゃない――」
「嘘をつくな! その顔! 声! 見間違うはずがないじゃろうが!!」
ダメだ。何を言っても逆効果だ。
僕は、彼女の中で神結絆ではない。どす黒い記憶に佇む、憎悪の対象。だから、届かない。
彼女の復讐心は、ここにいる僕では、解くことができない。
「……ん? ここにいる、僕では?」
そのとき、ある可能性に気付く。ひょっとしたら、なんとかなるかもしれない。が、それ以上に危険が伴う行為で――
「えぇい! 一か八かだ!」
彼女を救いたいんだろう? なら、迷う必要なんてないぞ、神結絆!
僕は歯を食いしばり、シャルとの剣戟を重ねていく。そして――受け流しきれない爪の威力に腕を弾かれ、身体が大きく後ろに仰け反った。
「とった!!」
刹那、鋭い爪が肉を断つ音と共に、鮮血が舞う。
シャルの爪が、腹に深々と突き刺さった。
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