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第3章 狐の嫁入り、夢か現か
第54話 もしもの虚構√C
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《三人称視点》
「こ、こは……?」
気付いたら、少女は見知らぬ世界にいた。
薄暗い空間……ダンジョンの中だろうか? あたりにチロチロと水が流れているから、ここはダンジョンの第28階層のはずだ。
でも、ミリーが知る幻想的な場所ではない。
普段なら蛍のようなモンスター“ライト・バグ”が周囲で瞬いていて、その幻想的な明かりで透明度の高い水面が照らされている。
なのに――
「なに、これ……」
ミリーは、思わず息を飲んだ。
“ライト・バグ”が一匹もいないばかりか、周囲の壁や天井が悉く破壊され、瓦礫と洪水で無残な様と成り果てている。
あちこちに点在する濁った水たまりに、複数の影が横たわっていた。
それは、人だ。何十人もの、魂の抜け落ちた冒険者の成れ果てが、糸の切れた人形のように突っ伏している。
その光景は、初めて見るものだ。
でも、見覚えが確かにありすぎるものだった。
矛盾した感傷を抱きながら、ミリーは28階層の残骸の中を進んで行く。
いや、本当に進んでいると言っていいのだろうか? さっきから、身体の感覚がない。下を見ても、自分の尻尾が見当たらないのだ。
視覚と聴覚だけが機能し、他は何もない――例えるなら、魂だけで第三者視点から世界を俯瞰している幽霊のような感覚だ。
だからこそ、自覚する。
これは、あの少女――九条梨狐が見せた幻だと。
(私には、直前まで屋上にいた記憶があるし……どう見ても明らかに夢だもん)
記憶や現実に働きかけることもできる、彼女の権能からしたら拍子抜けするくらい拘束の弱いものだ。ただ夢を見せるだけなどと言うのは。
(まあ、そう深く拘束できるはずもないよね)
ミリーは、そう当たりを付ける。
自分が夢に囚われているということは、シャルや絆も同じように幻想に振り回されている可能性が高い。それだけでなく、学校全体に幸せな世界を見せ、校舎内の構図を幻覚でメチャクチャにし、あげくの果てには世界すら滅ぼせる大魔法――“反現実への転換門”すら展開中なのだ。
強力な幻想を複数同時にかけるなんて、いくら九尾の狐といえど限度があるだろう。
だったら――
「そのかかりが甘い、私がなんとかしなきゃ……」
おそらく元の世界では、シャルや絆が戦っているだろう。一刻も早く、そこに加勢しなければ。
「そう、うまく行くわけがないでしょ?」
不意に、声が響いた。
その声に振り返ったミリーは、思わず目を剥く。
いつの間にか――破壊の跡地であるその場所に、一人の少女が佇んでいた。
「あなたにはわかっているはずです。この場所が、どういう場所かということを。あなたの心の奥深くに刻まれた、あなたの罪が知っているはずだから」
鈴を転がすような綺麗な声。その中に、隠しきれない悲嘆と諦念を宿し、少女が呟く。
その、突き刺すような発言に、ミリーは唇を噛む。デタラメを言っているのではない。今、この場にある光景は――
「私の、歩むはずだった世界……」
「そうです。あなたが、最愛の人と出会わなかった場合の世界……父の暴走を止める者が誰もいなかった世界です」
ちらりと、少女は脇を見る。つられてミリーもそちらを見ると、顔も名も知らぬ一人の中年男が横たえていた。
「この世界では、神結絆は間に合っていない。だから、因縁の相手である川端剣砥と邂逅することもない。あなたは別の冒険者に襲われ――父の天罰を世界に解き放った」
「っ!」
その淡々とした説明に、ミリーは顔を悲痛に歪める。
足下が瓦解していくような感覚に襲われるが、必死に心を強く保つ。忘れるな。ここは、存在しない“もしも”の世界だ。
何もかもが虚構。こんなものはまやかしだ。
「こ、この世界は――」
「嘘の世界、ですか?」
起死回生の一手もあっさりと看破され、ミリーは今度こそ押し黙る。
そんなミリーを、いっそ哀れむように見ながら、少女は言葉を連ねる。
「さっきも言いました。あなたには、この場所がどういう場所なのかわかっているはずです。かつて、あなたの我が儘で家を抜け出した結果、モンスターに襲われて、激怒した父が3000匹まとめて巣ごと壊滅させました。あなたの身勝手のせいで、何の危害も加えていない者まで、理不尽に、不合理に、不条理に」
「……」
「もしもの世界? 私は神結絆と出会ってる? そんなの、運命の歯車が少し都合のいい方向に回っただけの、結果論ではないですか」
唾棄するように、少女は言った。決定的な一言を。
「だから、これは現実です。あなたは、かつてと同じ過ちを犯した。自らの我が儘で、なんの罪もない者をたくさん滅ぼした。これは、運命の歯車のズレでごまかすことのできない、あなたの罪です」
違うと、声を大にして叫びたかった。
でも、喉が張り付いたように否定の言葉が出てこない。だって、言えるわけないじゃないか。この場にいるのが、他人なら違っただろう。
でも、目の前にいるのは――他人じゃない。
誰よりも、ミリーのことが大嫌いな少女。
頬を枯らした涙の痕で汚し、体中に泥と返り血を浴びた――もう一人の私なのだから。
「こ、こは……?」
気付いたら、少女は見知らぬ世界にいた。
薄暗い空間……ダンジョンの中だろうか? あたりにチロチロと水が流れているから、ここはダンジョンの第28階層のはずだ。
でも、ミリーが知る幻想的な場所ではない。
普段なら蛍のようなモンスター“ライト・バグ”が周囲で瞬いていて、その幻想的な明かりで透明度の高い水面が照らされている。
なのに――
「なに、これ……」
ミリーは、思わず息を飲んだ。
“ライト・バグ”が一匹もいないばかりか、周囲の壁や天井が悉く破壊され、瓦礫と洪水で無残な様と成り果てている。
あちこちに点在する濁った水たまりに、複数の影が横たわっていた。
それは、人だ。何十人もの、魂の抜け落ちた冒険者の成れ果てが、糸の切れた人形のように突っ伏している。
その光景は、初めて見るものだ。
でも、見覚えが確かにありすぎるものだった。
矛盾した感傷を抱きながら、ミリーは28階層の残骸の中を進んで行く。
いや、本当に進んでいると言っていいのだろうか? さっきから、身体の感覚がない。下を見ても、自分の尻尾が見当たらないのだ。
視覚と聴覚だけが機能し、他は何もない――例えるなら、魂だけで第三者視点から世界を俯瞰している幽霊のような感覚だ。
だからこそ、自覚する。
これは、あの少女――九条梨狐が見せた幻だと。
(私には、直前まで屋上にいた記憶があるし……どう見ても明らかに夢だもん)
記憶や現実に働きかけることもできる、彼女の権能からしたら拍子抜けするくらい拘束の弱いものだ。ただ夢を見せるだけなどと言うのは。
(まあ、そう深く拘束できるはずもないよね)
ミリーは、そう当たりを付ける。
自分が夢に囚われているということは、シャルや絆も同じように幻想に振り回されている可能性が高い。それだけでなく、学校全体に幸せな世界を見せ、校舎内の構図を幻覚でメチャクチャにし、あげくの果てには世界すら滅ぼせる大魔法――“反現実への転換門”すら展開中なのだ。
強力な幻想を複数同時にかけるなんて、いくら九尾の狐といえど限度があるだろう。
だったら――
「そのかかりが甘い、私がなんとかしなきゃ……」
おそらく元の世界では、シャルや絆が戦っているだろう。一刻も早く、そこに加勢しなければ。
「そう、うまく行くわけがないでしょ?」
不意に、声が響いた。
その声に振り返ったミリーは、思わず目を剥く。
いつの間にか――破壊の跡地であるその場所に、一人の少女が佇んでいた。
「あなたにはわかっているはずです。この場所が、どういう場所かということを。あなたの心の奥深くに刻まれた、あなたの罪が知っているはずだから」
鈴を転がすような綺麗な声。その中に、隠しきれない悲嘆と諦念を宿し、少女が呟く。
その、突き刺すような発言に、ミリーは唇を噛む。デタラメを言っているのではない。今、この場にある光景は――
「私の、歩むはずだった世界……」
「そうです。あなたが、最愛の人と出会わなかった場合の世界……父の暴走を止める者が誰もいなかった世界です」
ちらりと、少女は脇を見る。つられてミリーもそちらを見ると、顔も名も知らぬ一人の中年男が横たえていた。
「この世界では、神結絆は間に合っていない。だから、因縁の相手である川端剣砥と邂逅することもない。あなたは別の冒険者に襲われ――父の天罰を世界に解き放った」
「っ!」
その淡々とした説明に、ミリーは顔を悲痛に歪める。
足下が瓦解していくような感覚に襲われるが、必死に心を強く保つ。忘れるな。ここは、存在しない“もしも”の世界だ。
何もかもが虚構。こんなものはまやかしだ。
「こ、この世界は――」
「嘘の世界、ですか?」
起死回生の一手もあっさりと看破され、ミリーは今度こそ押し黙る。
そんなミリーを、いっそ哀れむように見ながら、少女は言葉を連ねる。
「さっきも言いました。あなたには、この場所がどういう場所なのかわかっているはずです。かつて、あなたの我が儘で家を抜け出した結果、モンスターに襲われて、激怒した父が3000匹まとめて巣ごと壊滅させました。あなたの身勝手のせいで、何の危害も加えていない者まで、理不尽に、不合理に、不条理に」
「……」
「もしもの世界? 私は神結絆と出会ってる? そんなの、運命の歯車が少し都合のいい方向に回っただけの、結果論ではないですか」
唾棄するように、少女は言った。決定的な一言を。
「だから、これは現実です。あなたは、かつてと同じ過ちを犯した。自らの我が儘で、なんの罪もない者をたくさん滅ぼした。これは、運命の歯車のズレでごまかすことのできない、あなたの罪です」
違うと、声を大にして叫びたかった。
でも、喉が張り付いたように否定の言葉が出てこない。だって、言えるわけないじゃないか。この場にいるのが、他人なら違っただろう。
でも、目の前にいるのは――他人じゃない。
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