ダンジョンに迷い込んだ落ちこぼれの僕。偶然助けた“最強種”の少女と契約したら、強さがバグってSランクモンスターをブッ飛ばしちゃった件

果 一

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第3章 狐の嫁入り、夢か現か

第56話 はじまりの、証《キス》

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《絆視点》

 腹に焼きごてを押しつけられたような灼熱の痛みに、僕は歯を食いしばる。
 シャルの突き出した爪は、躊躇いなく僕の腹に食い込んでいた。食いしばった歯の隙間から鮮血がこぼれ、顎を伝い落ちていく。
 いくら、主要な臓器と血管の周囲に《龍鱗》を展開して傷付くのを防いだとはいえ、穿たれた腹の肉は強烈な痛みを発しているし、毛細血管からはとめどなく血が流れている。
 払った代償は軽くない。それでも――

「ゲホッ……捉えた!」

 血を吐きながら、僕は不敵に笑ってみせる。

「なっ!? キサマ正気か!? 今、わざと妾に隙を見せたじゃろう!」

 泡を食ったのは、仇敵を刺し穿ったシャルの方だ。
 当然だ。彼女の中では、僕は父親を殺した憎い敵だ。そんな僕が防戦一方になっていたのも、きっと「殺す価値もないから舐めプしているだけ」と捉えられていたことだろう。
 激情に身を任せる彼女に、まさか「本当にこちらに戦う意志がない」などと悟る余裕はなかったはずだ。

 だから、聞く耳を持たずに襲ってきたのだし。だからこそ、シャルにとっては不測の事態に一瞬の間隙が生まれる。

「目を、覚ませ!」

 シャルの動揺の隙を突いて、僕は思いっきりシャルの頭に頭突きを見回せる。

「あぐっ!」

 額に衝撃が弾け、一瞬意識が朦朧とするが、それは相手も同じこと。いや、身構えていなかった分だけ、シャルの方が復帰までに時間がかかる。
 シャルの身体から一瞬力が抜けたのを好機と、彼女の両手首を掴み、そのまま急降下――屋上の床に、背中からたたき付けた。

「う、がっ!」

 恐ろしい速度で上空から屋上のコンクリートにたたき付けられ、シャルは肺の空気を全て吐き出された苦しさに喘ぐ。
 もっとも、たたき付けた場所のコンクリートが陥没するくらいの衝撃を背中に受け、人間なら即死のそれを、呼吸が乱されるくらいで済むシャルの頑強さが恐ろしいが。

 そのシャルの華奢な身体に覆い被さり、四肢の動きを封じる。

「クッ……」

 シャルは身じろぎしつつ抜け出そうとするが、彼女の力を持ってしても抜け出せない。
 ある意味、当然だ。僕だって今は、並みの“最強種”に匹敵する力を持っているのだから。
 やがて、この状態を脱することができないと悟ったシャルが、今度こそ沈黙する。
 それから、屈辱を噛みしめるように、震える声で呟いた。

「……殺せ」
「……」
「キサマのような外道の情けは受けぬ。さっさと殺すがいい! さあ!」

 いっそ噛みつくように、シャルは吠える。
 その顔は憎しみと――そんな強がりの仮面の下に隠しきれない、死への恐怖が浮かんでいて。
 よかったと、そう思った。

 操られている少女は、植え付けられた復讐に燃える理解の出来ないバケモノではない。
 命を失うことの恐ろしさを、当たり前に知っている、そんな普通の女の子だとわかったから。

「僕は、きみを殺さない」
「……は?」
「殺せないよ、シャル」

 最初から一貫して変わらない答えに、シャルは再び動揺する。
 この状態で。僕がシャルをいつでも殺せる、この態勢で。なにを言い出すのかと、本気で困惑している。

「なにを、言っているのじゃ。キサマは、妾の父上を殺した! その復讐に、妾はキサマの命を狙った! その報復は――命を狙われたことへの恨みを、果たす義務がキサマにもあるじゃろうが!」
「何度でも言ってやる。僕は、きみを殺さない。殺す理由が、ただの一つもない」
「っ! そんなこと、信じるわけが――!」

 そこまで言って、シャルは押し黙る。
 僕の腹から未だこぼれる鮮血に、気付いたからだ。

 ――この状況が欲しかった。
 シャルが動揺した隙をつかれて僕に負け、いつ殺されてもおかしくない状態になること。そして、殺されるべき理由があるのに、殺されていないという現状に戸惑うこと。
 
 復讐にかられた少女は、その復讐相手からの言葉しか届かない。
 ならば、その立場を存分に使ってやろう。殺したいほど憎んだ相手に、復讐以外の生き方を叩き込まれてもらおう。

 いくらでも恨むがいい。
 それでも僕は――お前の父を殺した僕は、お前を殺さない。
 たとえ100回、200回殺されようが、絶対に。

「殺す理由なら……作った。妾が、腹に風穴を開けたことじゃ」
「僕はそれを理由だとは思わない。僕が腹に傷を負ったのは、自分の意志だ」

 あくまで、必要経費の自傷行為と主張する。
 そして、彼女はそれを戯れ言とは認識できない。実際に、大怪我を負った上で、そう主張しているからだ。
 
 復讐心に逃げることも、僕を勝手に安っぽい復讐鬼にすることも、絶対に許さない。

「な、んで……わからぬ、理解できぬ!」

 僕の目が嘘を言っていないことに気付いたからだろう。シャルは子どものように取り乱す。

「おぬし、は……父上を殺した、のに。妾を、殺したくない、なんて」
「ああ、何度だって言う。きみの父親を手にかけたことは何度だって詫びるし、お墓の前で毎日頭を下げる。でも……きみは、絶対に殺さない」

 揺らぐ。
 復讐心を鍵にしたシャルの幻想が、復讐を取り除かれることで、歪んでゆく。崩壊してゆく。
 あと、もう少し。あと一押しがあれば――

「妾は、おぬし、を……!」

 刹那、シャルの口に魔法陣が生まれる。それは、《バーニング・ブレス》の予兆で――このままだと、僕の頭部は吹き飛ばされる。

「まだ、理解できないなら……僕が、きみをいるべき世界に戻してやる」

 そう言って、魔法陣を展開させる口を封じるように――シャルの唇に自分の唇を重ねた。シャルの思いを、完全に元の居場所に返すために。
 彼女と僕の、はじまりの証《キス》を。

 
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