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第3章 狐の嫁入り、夢か現か

第57話 変わる風向き

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 ――キス。
 それは、僕とシャルの“契約”の始まりであり、絆を結ぶ証となったもの。
 だから、少女の魂の奥に深く響く。

 復讐心の根が大きく揺らいだ今、最後の一押しとばかりに、熱く、甘く、根を溶かしていく。

「……んっ」

 身じろぎして逃れようとしても、逃がさない。
 彼女を、あるべき居場所に取り戻すまでは。《バーニング・ブレス》を放とうとしていた魔法陣を唇ごと封じ込め、反撃を許さない。

 永遠とも思える数秒の後、シャルの身体から憑き物が落ちるように力が抜けていく。
 そして――

「……だ、んな様?」
「うん」

 そっと唇を離した僕を見上げるのは、綺麗な黄金の瞳だ。
 ぼんやりとした目は、既に烈火を宿していない。その代わりに――

「……え? 今、キス……うえっ!?」

 徐々に、意識が現状に追いついたシャルは、顔を赤くして狼狽える。
 今更そんなに狼狽えられても、かえってこっちが恥ずかしい。大体、ファーストキスはそっちから強引に奪ってきたくせに。
 男の子の純情を弄ばないでほしいものだ。

 とはいえ――

「おかえり、シャル」
「だ、旦那様……あれ? 妾は、さっきまで父上の敵討ちを……!」

 記憶を塗り替えられていたときのことを思いだしたシャルが、青い顔をして息を飲む。

「そ、そんな……旦那様! 妾のせいで、け、ケガを!」
「大丈夫、大したことないから」
「で、でも!」

 泣きそうな顔で狼狽えるシャルの小柄な身体を抱きしめ、もう一度「大丈夫」と呼びかける。
 自分の犯した罪に押し潰されそうになっている少女に、してやれることと言ったらこれくらいだ。

「喰らう瞬間、内蔵とか太い血管は、《龍鱗》で破けるのを防いだから、見た目よりダメージはないよ」
「し、しかし、妾の爪が、旦那様の命を奪うかも知れなかったことも事実で……!」
「そうかもしれないけど、シャルのスキルのお陰で命拾いしたのも事実だ。だから、ありがとう」

 心の底からそう告げると、シャルはいよいよ涙を目に溜め、しゃくりあげる。

「だ、旦那様ぁ。ご、ごめんなさい!」

 その言葉を皮切りに、涙を止める堤防が決壊し、シャルは泣きじゃくる。
 そんな彼女の頭を、優しく撫でて――隙だらけの僕達を、梨狐さんが見過ごすわけもない。

「忌々しい! どいつもこいつも、茶番ばっかりで!」

 何か、気に障ることが他にもあったような言い回しで吠えると、右手を僕等に向ける。
 掌の先に青白い魔法陣が生じ、水の玉が数個、空中に解き放たれる。幻想主体の彼女でも、水属性と光属性の幻想系魔法を多く習得している以上、攻撃系のものも少しは習得していたらしい。

「喰らえ! 《ウォーター・バレット》!」

 刹那、水の弾丸がこちらへむけて肉薄する。
 シャルへ意識を割いていた僕は、致命的に対応が遅れ――しかし、慌てることはなかった。
 僕が命がけでシャルが元に戻ることを信じたように。もう1人のことも、信じているから。

「なっ!」

 直前まで勝ち誇った顔だった梨狐さんの顔が、驚きに硬直する。
 その表情と動揺、僕の目と鼻の先まで迫っていた水の弾丸は、その場で制止していた。まるで、

「間に合いました……」

 鈴の音のような、美しい声が響き渡る。
 
「水の魔法であれば、私の独壇場……これで勝負するなんて、幻想勝負よりも愚策ですよ」

 そう挑発的に述べるのは、夢の世界から自力で帰還した、ミリーさんだった。
 心なしか、吹っ切れたような表情にも見える。

「信じてたよ、ミリーさん!」

 感極まってそう呼びかけたが、次の瞬間、ぞくりと背筋に悪寒が走るのを感じた。
 梨狐さんから放たれるものではない。その凍えるような気配は、今まさに《水流操作》の権能で僕等を助けてくれたミリーさんから放たれていた。

「み、ミリーさん? 一体どうしたんでしょうか? なんか、殺気が漏れている気がするんですが」
「え? 気のせいですよ絆さん。私はいつも通り、平静です。ええ、現世に戻った瞬間、シャルと熱い口づけを交わし、抱きしめ、頭を撫でていたことを羨ま死ねなんて思っていません」
「いやめっちゃ気にしてるよね!? ごめん僕が悪かった!」

 呪い殺されそうな状況に、僕は思わず頭を地面に擦りつける。

「大丈夫ですよ、必要なことだってわかってたんで。ただ……」
「た、ただ?」
「今夜は、添い寝して頭を撫でてください♪」
「は、はい」

 水を張ったお風呂の中で、溺死しないだろうか?
 水に溺れて死ぬか、女の子に溺れて死ぬか。僕に突きつけられた究極の二択に、苦笑いを禁じ得ない。

「それはともかく……」

 僕は一つ咳払いをして、正面に向き直る。
 その視線の先には、未だ僕等を烈火の瞳で睨みつける梨狐さんの姿があって。

「そろそろ、反撃ってことでもいいのかな?」

 そう問いかける僕の両隣に、幻想から立ち直った2人が並ぶ。
 戦いは、最終局面へと移行する。そんな様相を呈していた。

 
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