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第二章 《選抜魔剣術大会》編
第80話 悪意再び
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《三人称視点》
そこは、薄黒い空間だった。
いくつかの丸テーブルが空間に置かれ、何かの店であることが窺える。
入り口の木戸から見て左側にカウンターがあり、その奥には酒を置くための棚があった。
どこかのバーであることが窺えるが、人影はない。
まるで死んだように静かな店内は、窓の隙間から西日が差し込む僅かな光に寂しく照らされている。
棚には酒の瓶の一つとて並べられていない。
このお店が既に廃業しているのは、誰の目にも明らかだった。
が、そんな店内に人影があった。
茜色をした髪をうなじ辺りでしばり、メガネのレンズの向こうには紫色の瞳が揺らいでいる妙齢の女性。
こんな場所にいるのが似つかわしくない、理知的な女性なのだが――どこか危険な色香を漂わせているようにも見受けられた。
彼女の名前はエリス=ロードフェリス。
普段その正体は秘匿されているが、彼女は《神命の理》の最高幹部の一翼。《道化師《クラウン》》である。
「そろそろかしら」
エリスは今日、この場所で人を待っていた。
とある重要な取り引きが最終段階へと移ったからだ。
組織のプロジェクトとしては、勇者を拿捕して聖剣の力を再現する計画の方が進んでいたため、重要視されていたのだが、主導者の《指揮者》があっけなく捕まったことで、セカンドプランとしての立ち位置だったエリスの計画が日の目を浴び始めた。
実現性が低いなどと散々に言われていたのに、今更焦った組織全体が圧力を掛けてきている。
「ふざけるな、と言いたいところだけど。組織が全面的にバックアップしてくれるんだから、複雑ね」
エリスは、色気の漂うため息をつく。
と、そのときだった。
コンコンとドアがノックされ、1人の男が入ってきた。
白の混じった頭髪を縛った、やせぎすの男だった。
言わずもがな、リクスが王都で見かけたあの男である。
ここは、王都路地裏の閉業したバーだ。
王国最難関の学園地下に、《神命の理》の研究所があったため、今王都では警備が強く敷かれている。
それなのに、大事な取り引きの場として王都を選んだのは、あえて裏をかくためだ。
最も警戒の強い場所であればあるほど、その意識が蔓延して1人1人の注意がおろそかになる。
必然、警備の穴も見つけやすい。
「私が提案した通り、あなたの娘は明日の《選抜魔剣術大会》に出場してくれるのかしら?」
男が席に着いた瞬間、エリスは挨拶もなく質問を飛ばした。
「……ええ、まあ」
やせぎすの男は、何か躊躇うように答える。
この男とは、少し前から取り引きをしていた。
エリスの目的は、彼の娘を手に入れること。なぜ娘に直接接触しなかったかと言うと、彼の弱みが娘そのものだからだ。
この男を利用した方が都合がいい。
もし力尽くで彼女を手に入れるとなると、どんな犠牲を払うかわからない。先の一件で組織の力が弱体化しつつある今、そうなることは愚策だ。
そうエリスは判断していた。
「ただ、少しエリス先生に聞いておきたいことがあるのです」
「なんでしょう?」
「彼女を治療するのに、本当に魔剣術大会への参加が必要なのですか?」
「そうする以外に、あなたは娘さんの治療費を払えるのですか?」
「そ、それは……」
男は言い淀む。
エリスは、この男の前では凄腕の医者ということになっている。
もちろん、そんなものは建前であり、彼女は裏稼業においての外道魔法使いだ。
しかし、彼の弱みを握る上でそれがベストの方法だった。
無論、医者と言われて根拠もないのにそう簡単に信じ込み、大切な娘を預けてくるようなバカ親などそうはいない。
だから、彼女はそれなりに説得力を持たせた。
まずは、医者や研究者をやっていてもおかしくないような、理知的で端麗な容姿。
人の評価は良くも悪くも、見た目の第一印象で決まる。
人は中身だ。などとほざく連中も多いが、出会って最初に感じる印象というのは大きい。彼女自身、とても外道組織に関わっていそうにない見た目だからこそ、今まで危なげなく活動できたという実績がある。
そして、もう一つ。
「あなたの娘さんは少々特殊な事情を抱えています。私としてもこのような患者は未知数。よって、彼女の魂に根ざす件《くだん》の力が色濃く浮かび上がる、戦いのデータが欲しいのです。それが、彼女を救う確率を上げてくれる。彼女の病の本質は、戦うための権能ですから」
「しかし……」
「これをご覧ください」
エリスはある資料を取り出す。
それは、組織内のトップ――《神命》が持つ魔剣のデータ。
「魔剣に選ばれて生まれた私の患者の体内魔力と脳波パターンを計測したものですが、こちらが平時。こちらが戦闘時です」
何やらグラフが書かれた二枚のデータを照合させ、男に説明する。
「戦闘のときの方が、魔剣の力がよりくっきり浮かび上がるはずです。それによって、魔剣が持つ固有の波長もより鮮明にわかるようになる。であればこそ、戦闘をさせることで、娘さんの治療により正確なデータを反映させることができるわけです」
「なるほど」
男は納得したように頷いた。
それこそが彼女のとった方法。
数値的なデータを示すことで、彼女が特殊な魔法などの病気に長けた人間だと思わせることができる。
こうして、完全に騙された男は、藁にも縋る面持ちで質問をした。
「もし、娘が大会で優勝すれば賞金が手に入る。それを使って治療費を払えば――」
「ええ。必ずあなたの娘さんは救います。大丈夫。命を救うのが医者の使命ですから」
そう言って、エリスは妖艶に微笑んだ。
厚いレンズで隠された瞳に、狂気の色を灯して。
「戦闘のデータはこちらで採らせていただきます。あなたは娘さんを応援してあげてください」
「わかりました。先生、どうかよろしくお願いします」
男は、最後の希望を託すように頭を下げた。
――かくして。
人知れず様々な思惑を孕んだ《選抜魔剣術大会》は、幕を開ける。
そこは、薄黒い空間だった。
いくつかの丸テーブルが空間に置かれ、何かの店であることが窺える。
入り口の木戸から見て左側にカウンターがあり、その奥には酒を置くための棚があった。
どこかのバーであることが窺えるが、人影はない。
まるで死んだように静かな店内は、窓の隙間から西日が差し込む僅かな光に寂しく照らされている。
棚には酒の瓶の一つとて並べられていない。
このお店が既に廃業しているのは、誰の目にも明らかだった。
が、そんな店内に人影があった。
茜色をした髪をうなじ辺りでしばり、メガネのレンズの向こうには紫色の瞳が揺らいでいる妙齢の女性。
こんな場所にいるのが似つかわしくない、理知的な女性なのだが――どこか危険な色香を漂わせているようにも見受けられた。
彼女の名前はエリス=ロードフェリス。
普段その正体は秘匿されているが、彼女は《神命の理》の最高幹部の一翼。《道化師《クラウン》》である。
「そろそろかしら」
エリスは今日、この場所で人を待っていた。
とある重要な取り引きが最終段階へと移ったからだ。
組織のプロジェクトとしては、勇者を拿捕して聖剣の力を再現する計画の方が進んでいたため、重要視されていたのだが、主導者の《指揮者》があっけなく捕まったことで、セカンドプランとしての立ち位置だったエリスの計画が日の目を浴び始めた。
実現性が低いなどと散々に言われていたのに、今更焦った組織全体が圧力を掛けてきている。
「ふざけるな、と言いたいところだけど。組織が全面的にバックアップしてくれるんだから、複雑ね」
エリスは、色気の漂うため息をつく。
と、そのときだった。
コンコンとドアがノックされ、1人の男が入ってきた。
白の混じった頭髪を縛った、やせぎすの男だった。
言わずもがな、リクスが王都で見かけたあの男である。
ここは、王都路地裏の閉業したバーだ。
王国最難関の学園地下に、《神命の理》の研究所があったため、今王都では警備が強く敷かれている。
それなのに、大事な取り引きの場として王都を選んだのは、あえて裏をかくためだ。
最も警戒の強い場所であればあるほど、その意識が蔓延して1人1人の注意がおろそかになる。
必然、警備の穴も見つけやすい。
「私が提案した通り、あなたの娘は明日の《選抜魔剣術大会》に出場してくれるのかしら?」
男が席に着いた瞬間、エリスは挨拶もなく質問を飛ばした。
「……ええ、まあ」
やせぎすの男は、何か躊躇うように答える。
この男とは、少し前から取り引きをしていた。
エリスの目的は、彼の娘を手に入れること。なぜ娘に直接接触しなかったかと言うと、彼の弱みが娘そのものだからだ。
この男を利用した方が都合がいい。
もし力尽くで彼女を手に入れるとなると、どんな犠牲を払うかわからない。先の一件で組織の力が弱体化しつつある今、そうなることは愚策だ。
そうエリスは判断していた。
「ただ、少しエリス先生に聞いておきたいことがあるのです」
「なんでしょう?」
「彼女を治療するのに、本当に魔剣術大会への参加が必要なのですか?」
「そうする以外に、あなたは娘さんの治療費を払えるのですか?」
「そ、それは……」
男は言い淀む。
エリスは、この男の前では凄腕の医者ということになっている。
もちろん、そんなものは建前であり、彼女は裏稼業においての外道魔法使いだ。
しかし、彼の弱みを握る上でそれがベストの方法だった。
無論、医者と言われて根拠もないのにそう簡単に信じ込み、大切な娘を預けてくるようなバカ親などそうはいない。
だから、彼女はそれなりに説得力を持たせた。
まずは、医者や研究者をやっていてもおかしくないような、理知的で端麗な容姿。
人の評価は良くも悪くも、見た目の第一印象で決まる。
人は中身だ。などとほざく連中も多いが、出会って最初に感じる印象というのは大きい。彼女自身、とても外道組織に関わっていそうにない見た目だからこそ、今まで危なげなく活動できたという実績がある。
そして、もう一つ。
「あなたの娘さんは少々特殊な事情を抱えています。私としてもこのような患者は未知数。よって、彼女の魂に根ざす件《くだん》の力が色濃く浮かび上がる、戦いのデータが欲しいのです。それが、彼女を救う確率を上げてくれる。彼女の病の本質は、戦うための権能ですから」
「しかし……」
「これをご覧ください」
エリスはある資料を取り出す。
それは、組織内のトップ――《神命》が持つ魔剣のデータ。
「魔剣に選ばれて生まれた私の患者の体内魔力と脳波パターンを計測したものですが、こちらが平時。こちらが戦闘時です」
何やらグラフが書かれた二枚のデータを照合させ、男に説明する。
「戦闘のときの方が、魔剣の力がよりくっきり浮かび上がるはずです。それによって、魔剣が持つ固有の波長もより鮮明にわかるようになる。であればこそ、戦闘をさせることで、娘さんの治療により正確なデータを反映させることができるわけです」
「なるほど」
男は納得したように頷いた。
それこそが彼女のとった方法。
数値的なデータを示すことで、彼女が特殊な魔法などの病気に長けた人間だと思わせることができる。
こうして、完全に騙された男は、藁にも縋る面持ちで質問をした。
「もし、娘が大会で優勝すれば賞金が手に入る。それを使って治療費を払えば――」
「ええ。必ずあなたの娘さんは救います。大丈夫。命を救うのが医者の使命ですから」
そう言って、エリスは妖艶に微笑んだ。
厚いレンズで隠された瞳に、狂気の色を灯して。
「戦闘のデータはこちらで採らせていただきます。あなたは娘さんを応援してあげてください」
「わかりました。先生、どうかよろしくお願いします」
男は、最後の希望を託すように頭を下げた。
――かくして。
人知れず様々な思惑を孕んだ《選抜魔剣術大会》は、幕を開ける。
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