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第一部 出会い、そして混沌の夜明け
第一章1 突撃ヒロイン、「妹」参戦!
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な、な、何事ッ!?
痛む後頭部に手を置いたのと同時に、足下に何かが転がった。
青いバケツの中からこぼれる澄んだ水と、ぴちぴち跳はねる一匹の魚。
「……はい?」
状況が飲み込めず、呆けていると。
「あちゃー、やっちゃった! ごめんごめんッ!」
誰かが、謝りながらパタパタと足早に駆けてくる音が聞こえて、思わず振り返り――
ドキリと胸が高鳴る。
黄金色の髪を肩の辺りまで伸ばしている、小柄の美少女だった。
どこか茶目っ気のあるアイスブルーの瞳は大きく、僅かに吊り上げられた口が年相応の無邪気さを物語っている。
釣り竿を担いでいるあたり、どうやら釣りをしていたらしい。
まあ、なんでバケツが飛んできたのかはわからないけど。
「怪我けがはない?」
「う、うん」
かがんでバケツに魚を戻しながら、少女が上目遣いに聞いてきた。
「よかった」
少女は薄く微笑みかけ――何を思ったか、じっと見つめてきた。
「どうしたの? 急に……」
「……もしかして、おにい?」
「え? なに?」
(てか、おにいって何?)
鬼井さんとかいう格好いい名字だろうか?
それはわからないけれど、独りでに少女の顔が明るくなってゆく。
次の瞬間、いきなり抱きついてきた。
「おにいだよね! そうだよね!」
胸元に顔を埋め、頬をすりつけてくる謎の少女を前に、僕の心臓は否応なしに高鳴る。
うわ! 異世界に転生して美少女に抱きつかれた! チョーラッキー……ってそんなこと考えてる場合じゃ無くて!
「そうかと言われても僕にはさっぱりだし……そもそも君、誰?」
「もう! 忘れちゃったの?」
僕から離れた少女は、不機嫌そうな顔に変わった。さながら小学生に弄られる福笑いのように自在な変化。
(忘れたも何も、ホントに知らないんだけど)
そう思いつつ、
「ちょっと忘れちゃったみたい。ほら、会うの久しぶりでしょ?」
咄嗟に嘘をついた。
僕と彼女が知り合いらしいことは確定。あとは、今日会うまでに月日が経っているかの問題だ。さあ、結果は……?
「う~ん、確かに久しぶりだけどさ。かわいい妹の名前を忘れるのはひどくない?」
セェーフッ!
賭けに勝った。安堵感あんどかんが胸に押し寄せる。こうして人は博打にハマっていくのかな。
(というか、今この子、妹って言わなかった?)
前半に集中しすぎて、その次を聞いていなかった。
テスト返しの時、答案返却の瞬間までは緊張するけど、解説の時間は先生の話など上の空。それと一緒。
「フィリアだよ。フィリア=ロークス。忘れないでよね、カースおにい」
(おにい? ああ、お兄ちゃんてことか)
ようやくさっきの言葉の意味がわかった。実兄をおにいと呼ぶ人に会ったことが無いから、理解するまで時間がかかってしまった。
フィリアという少女の言うことから察するに、僕の名前はカースというらしい。カース=ロークス。韻を踏んでいて覚えやすいけど、なんかカッスカスな名前だ。
(つまり僕は、フィリアの兄としてこの世界に転生したってこと?)
もう一度、ふくれっ面のまま見つめてくる少女を見る。
どう控えめに見たってハイレベルの美少女だ。僕には勿体ないくらい。こんな美少女の兄になれたなんて、前世で間抜けな死に方をした甲斐があった。
「それより、おにい今まで何してたの? 遠くの街で働いてるみたいなことは、ママから聞いてたけど。理由を聞く前にいなくなっちゃったから」
状況が読めてきた。どうやら僕は、かわいい妹を置いて遠くの街に出てしまっていた設定らしい。
「魚を捌く修行に出てただけだよ。魚が捕れる湖は、向こうの街にもあるから」
またデタラメを口にした。
「ふ~ん、別にこっちでもできるのに」
フィリアは手にしたバケツを得意げに掲かかげる。小さな魚の尾ひれが、水面を下からひっぱたく。
それから急に顔を近づけてきた。
「それとも、こっちでやれない理由があったの? 向こうで素敵な彼女さんができちゃったり?」
大きな瞳が、生意気に揺れる。
「こんなかわいい妹を置いて、恋にうつつを抜かすと思う?」
嘘です。フラれたけど、同級生の女子に恋してました。
「も、もう。恥ずかしいからそーゆーのやめてよ」
突然フィリアはそっぽを向いた。心なしか耳の先が赤い。
(もしかして、不意打ちに弱いのか?)
生意気な子ほど打たれ弱いというのは、知っている。他でもない、「愛し合うカップルになるための教本」で得た知識である。
「悪かったよ」
苦笑しながら告げた。
「わかったならいい」
とたん、偉そうな態度に戻る。変わり身は早いが、赤くなった耳の色は戻っていない。
「でも、せっかくおにいに会えたのに、明日から会えないなんて残念」
「え?」
衝撃の告白に、驚きを隠せなかった。
てっきり、これから妹との共同生活が始まるものだと勝手に想像していたから。
異性に転生できたとはいえ、僕の幸運指数は生まれ変わった時点で底を突いていたみたい。
「明日から会えないって、どういうこと?」
「フィリアね、明日から街に出て仕事するの」
「仕事?」
「うん。おにいがやりたがってた、王国騎士団に入団が決まったんだよ!」
えっへんと無い胸をはる生意気妹。
(てかこの歳でそんな仕事、大丈夫なの?)
フィリアの華奢な身体を一瞥する。
見た目年齢は十五歳くらい。騎士団と言うからには、前世であった自衛隊とか兵隊みたいなものなんだろうが、基本的には大人の男が就く仕事だ。
悪いけど、癒やし系マスコットとして雇われたとしか思えない。
「ねぇ、その顔信じてないでしょ?」
バ☆レ☆た。
「いやぁ……だって、無理があるでしょ」
誠に申し訳ないが、剣を振り回す姿が想像できない。
「言っとくけど、ちゃんと試験に合格して、正式に隊員になるんだから!」
ぐいぐいと顔を近づけてくるフィリア。圧が凄いよ、圧が。
「ごめんごめん、わかったから」
なんとかなだめる。
(しかし、参ったなぁ)
問題なのはもちろん妹のこともあるけど、何より僕の今後だ。
右も左もわからない新たな世界で明日から一人。控えめに言って不安すぎる。
ここは、兄としての恥も外聞も捨て去るしかない。
(かくなる上は……!)
「よかったら、おにいも一緒に来る?」
(いや誘ってくれるんかーい!)
頼み込む前にフィリアからお誘いが来た。僥倖すぎる。このビッグウェーブに乗る以外の選択肢は無い。
「行くよ行く。フィリアがいいならだけど」
「ぜーんぜん? 来てくれる方が嬉しい」
よし。交渉成立だ。
仕事だのなんだのは、街に着いてから考えればいい。どのみち、何もせずこの少女と別れるのは、チャンスを棒に振ることと同じだ。
第一ミッションは、フィリアと一緒に隣町まで行く! ということになりそうだ。
「じゃあ、明日からまた二人で過ごせるってことなんだね!」
フィリアは太陽のような微笑みを向けてくる。
「おにいがいなくなってからも、パパとママの三人で過ごしてたから寂しくはなかった。でも、ほんとは一人暮らしをしなきゃいけないの、不安で仕方なかったんだ」
僕もです。一人だと何をすれば良いかわからない。
(でも、フィリアの手前男らしくしてなきゃ)
心に言い聞かせる。
一人になるのが心配で妹について回ることを決めた時点で、男らしさもクソもあったものじゃないんだけど。
「それで、今夜は家に泊まってくでしょ?」
「え? あ、うん。久しぶりに両親にも挨拶しなきゃね」
久しぶりというか初めてである。
向こうは僕のことを知った前提で話をするだろうから、ぼろを出すわけにはいかない。
「ささ! そうと決まればさっそく行こ!」
弾けるようにフィリアは僕の手を取った。
もう片方の手に繋いだバケツが、愉快に跳ねる。
「ちょっ! 別に手を繋がなくても!」
年相応の男の子並に慌てる僕。けれどフィリアは、
「え~いいじゃん。誰も見てないし」
そう上機嫌で言う。
よしわかった。今度は町中でこっちから繋いでやろう。
「ところでさ」
フィリアは僕の下半身を指さした。
「なに?」
そうフィリアに返す。
「ズボンのチャック、開いてるよ」
「おぉう!?」
弾かれるように下半身に目を向ければ、社会の窓が全開だ。これは恥ずかしい。
慌ててズボンのチャックを引き上げる。
先行き不安な異世界生活になりそうだ。
イラストは其田乃様作
無断使用はお控えください
痛む後頭部に手を置いたのと同時に、足下に何かが転がった。
青いバケツの中からこぼれる澄んだ水と、ぴちぴち跳はねる一匹の魚。
「……はい?」
状況が飲み込めず、呆けていると。
「あちゃー、やっちゃった! ごめんごめんッ!」
誰かが、謝りながらパタパタと足早に駆けてくる音が聞こえて、思わず振り返り――
ドキリと胸が高鳴る。
黄金色の髪を肩の辺りまで伸ばしている、小柄の美少女だった。
どこか茶目っ気のあるアイスブルーの瞳は大きく、僅かに吊り上げられた口が年相応の無邪気さを物語っている。
釣り竿を担いでいるあたり、どうやら釣りをしていたらしい。
まあ、なんでバケツが飛んできたのかはわからないけど。
「怪我けがはない?」
「う、うん」
かがんでバケツに魚を戻しながら、少女が上目遣いに聞いてきた。
「よかった」
少女は薄く微笑みかけ――何を思ったか、じっと見つめてきた。
「どうしたの? 急に……」
「……もしかして、おにい?」
「え? なに?」
(てか、おにいって何?)
鬼井さんとかいう格好いい名字だろうか?
それはわからないけれど、独りでに少女の顔が明るくなってゆく。
次の瞬間、いきなり抱きついてきた。
「おにいだよね! そうだよね!」
胸元に顔を埋め、頬をすりつけてくる謎の少女を前に、僕の心臓は否応なしに高鳴る。
うわ! 異世界に転生して美少女に抱きつかれた! チョーラッキー……ってそんなこと考えてる場合じゃ無くて!
「そうかと言われても僕にはさっぱりだし……そもそも君、誰?」
「もう! 忘れちゃったの?」
僕から離れた少女は、不機嫌そうな顔に変わった。さながら小学生に弄られる福笑いのように自在な変化。
(忘れたも何も、ホントに知らないんだけど)
そう思いつつ、
「ちょっと忘れちゃったみたい。ほら、会うの久しぶりでしょ?」
咄嗟に嘘をついた。
僕と彼女が知り合いらしいことは確定。あとは、今日会うまでに月日が経っているかの問題だ。さあ、結果は……?
「う~ん、確かに久しぶりだけどさ。かわいい妹の名前を忘れるのはひどくない?」
セェーフッ!
賭けに勝った。安堵感あんどかんが胸に押し寄せる。こうして人は博打にハマっていくのかな。
(というか、今この子、妹って言わなかった?)
前半に集中しすぎて、その次を聞いていなかった。
テスト返しの時、答案返却の瞬間までは緊張するけど、解説の時間は先生の話など上の空。それと一緒。
「フィリアだよ。フィリア=ロークス。忘れないでよね、カースおにい」
(おにい? ああ、お兄ちゃんてことか)
ようやくさっきの言葉の意味がわかった。実兄をおにいと呼ぶ人に会ったことが無いから、理解するまで時間がかかってしまった。
フィリアという少女の言うことから察するに、僕の名前はカースというらしい。カース=ロークス。韻を踏んでいて覚えやすいけど、なんかカッスカスな名前だ。
(つまり僕は、フィリアの兄としてこの世界に転生したってこと?)
もう一度、ふくれっ面のまま見つめてくる少女を見る。
どう控えめに見たってハイレベルの美少女だ。僕には勿体ないくらい。こんな美少女の兄になれたなんて、前世で間抜けな死に方をした甲斐があった。
「それより、おにい今まで何してたの? 遠くの街で働いてるみたいなことは、ママから聞いてたけど。理由を聞く前にいなくなっちゃったから」
状況が読めてきた。どうやら僕は、かわいい妹を置いて遠くの街に出てしまっていた設定らしい。
「魚を捌く修行に出てただけだよ。魚が捕れる湖は、向こうの街にもあるから」
またデタラメを口にした。
「ふ~ん、別にこっちでもできるのに」
フィリアは手にしたバケツを得意げに掲かかげる。小さな魚の尾ひれが、水面を下からひっぱたく。
それから急に顔を近づけてきた。
「それとも、こっちでやれない理由があったの? 向こうで素敵な彼女さんができちゃったり?」
大きな瞳が、生意気に揺れる。
「こんなかわいい妹を置いて、恋にうつつを抜かすと思う?」
嘘です。フラれたけど、同級生の女子に恋してました。
「も、もう。恥ずかしいからそーゆーのやめてよ」
突然フィリアはそっぽを向いた。心なしか耳の先が赤い。
(もしかして、不意打ちに弱いのか?)
生意気な子ほど打たれ弱いというのは、知っている。他でもない、「愛し合うカップルになるための教本」で得た知識である。
「悪かったよ」
苦笑しながら告げた。
「わかったならいい」
とたん、偉そうな態度に戻る。変わり身は早いが、赤くなった耳の色は戻っていない。
「でも、せっかくおにいに会えたのに、明日から会えないなんて残念」
「え?」
衝撃の告白に、驚きを隠せなかった。
てっきり、これから妹との共同生活が始まるものだと勝手に想像していたから。
異性に転生できたとはいえ、僕の幸運指数は生まれ変わった時点で底を突いていたみたい。
「明日から会えないって、どういうこと?」
「フィリアね、明日から街に出て仕事するの」
「仕事?」
「うん。おにいがやりたがってた、王国騎士団に入団が決まったんだよ!」
えっへんと無い胸をはる生意気妹。
(てかこの歳でそんな仕事、大丈夫なの?)
フィリアの華奢な身体を一瞥する。
見た目年齢は十五歳くらい。騎士団と言うからには、前世であった自衛隊とか兵隊みたいなものなんだろうが、基本的には大人の男が就く仕事だ。
悪いけど、癒やし系マスコットとして雇われたとしか思えない。
「ねぇ、その顔信じてないでしょ?」
バ☆レ☆た。
「いやぁ……だって、無理があるでしょ」
誠に申し訳ないが、剣を振り回す姿が想像できない。
「言っとくけど、ちゃんと試験に合格して、正式に隊員になるんだから!」
ぐいぐいと顔を近づけてくるフィリア。圧が凄いよ、圧が。
「ごめんごめん、わかったから」
なんとかなだめる。
(しかし、参ったなぁ)
問題なのはもちろん妹のこともあるけど、何より僕の今後だ。
右も左もわからない新たな世界で明日から一人。控えめに言って不安すぎる。
ここは、兄としての恥も外聞も捨て去るしかない。
(かくなる上は……!)
「よかったら、おにいも一緒に来る?」
(いや誘ってくれるんかーい!)
頼み込む前にフィリアからお誘いが来た。僥倖すぎる。このビッグウェーブに乗る以外の選択肢は無い。
「行くよ行く。フィリアがいいならだけど」
「ぜーんぜん? 来てくれる方が嬉しい」
よし。交渉成立だ。
仕事だのなんだのは、街に着いてから考えればいい。どのみち、何もせずこの少女と別れるのは、チャンスを棒に振ることと同じだ。
第一ミッションは、フィリアと一緒に隣町まで行く! ということになりそうだ。
「じゃあ、明日からまた二人で過ごせるってことなんだね!」
フィリアは太陽のような微笑みを向けてくる。
「おにいがいなくなってからも、パパとママの三人で過ごしてたから寂しくはなかった。でも、ほんとは一人暮らしをしなきゃいけないの、不安で仕方なかったんだ」
僕もです。一人だと何をすれば良いかわからない。
(でも、フィリアの手前男らしくしてなきゃ)
心に言い聞かせる。
一人になるのが心配で妹について回ることを決めた時点で、男らしさもクソもあったものじゃないんだけど。
「それで、今夜は家に泊まってくでしょ?」
「え? あ、うん。久しぶりに両親にも挨拶しなきゃね」
久しぶりというか初めてである。
向こうは僕のことを知った前提で話をするだろうから、ぼろを出すわけにはいかない。
「ささ! そうと決まればさっそく行こ!」
弾けるようにフィリアは僕の手を取った。
もう片方の手に繋いだバケツが、愉快に跳ねる。
「ちょっ! 別に手を繋がなくても!」
年相応の男の子並に慌てる僕。けれどフィリアは、
「え~いいじゃん。誰も見てないし」
そう上機嫌で言う。
よしわかった。今度は町中でこっちから繋いでやろう。
「ところでさ」
フィリアは僕の下半身を指さした。
「なに?」
そうフィリアに返す。
「ズボンのチャック、開いてるよ」
「おぉう!?」
弾かれるように下半身に目を向ければ、社会の窓が全開だ。これは恥ずかしい。
慌ててズボンのチャックを引き上げる。
先行き不安な異世界生活になりそうだ。
イラストは其田乃様作
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